116 恋愛≒好意4
――見られた。美咲に抱きつかれているところをアリカに見られちまった。
いや、見られたって別に、アリカと俺が付き合ってるわけじゃないから関係はないんだが。
あの顔と態度は気になるだろうがよ。
何だよ。あんなに驚いてこわばった顔してんじゃねえよ。
いつものお前だったら、俺に文句言うなり手刀するなりしてきただろ。
……なんで何も言わずに戻っちまうんだよ。
更衣室の前でどうしようかと考えていると、美咲が気にしたように寄って来る。
「明人君、急にどうしたの?」
美咲はアリカの姿を見ていないから、何が起きたかわからないままだ。
話した方がいいよな。アリカの勘違いを解消するにも。
話そうと美咲に近付いた途端、勢いよく走ってくる音がした。
音のする方へ顔を向けると、血相を変え迫ってくるアリカだった。
怒ってるアリカの顔だ。よく拝見するので間違いない。
「やっぱ、むかつくから。ちょっと、くらいなさい!」
お前、そのためにわざわざ走って戻ってきたのかよ?
シリアスな展開になると思ったのに!
てか、お前の脚、速過ぎだろ!
もう、目の前じゃねえか?
俺に向かってジャンプして、右腕を伸ばし喉元への一撃。
つまり、ラリアット。素早い動きによけられない。
直撃したものの、高さが微妙に低く、胸元に当たる。
これなら耐えられる。
男の意地だ。倒れるわけにはいかん。
だが逆に、俺が耐えてしまったせいで、腕を支点にアリカがひっくり返りそうになる。
「あれ?」
「あぶね!」
咄嗟にアリカの身体を抱きかかえ転倒を防ぐ。
――――うわ、すっげえ軽い。
ちっこい身体は予想してたよりも軽く、女の子特有の柔らかさを備えていた。
アリカはひっくり返る衝撃に耐えようとして、無意識に俺の身体にギュッと抱きついていた。
俺はアリカの頭と腰を抱きかかえるように、かばっていた。
――――気が付けば、二人抱き合っている状態。
……アリカ、無い、無いとは思ってたけど、本当に無いのな。
当たるべきものが当たらなくて、ある意味残念なんだが。
「今、余計なこと考えなかった?」
俺に抱きつくアリカの腕に殺意のこもった力が加えられる。
だから何で分かるんだよ。マジで苦しいから緩めろ。
頭の上に気配を感じると同時に、背中がやけにゾクゾクし始める。
「ねえねえ、明人君……いつまで、そうしてるのかな?」
美咲から発せられる絶対零度の声。
静かな店内に張り詰める静かな空気と、身も心も冷やすような気配。
その声と気配にアリカも我にかえったようだ。
慌てて俺から身を離す。
「あ、あ、あ、あんた何抱きついてんのよ?」
顔を真っ赤にしたアリカが、目線を合わさずに言う。
「お前がこけそうになったから、防いだんだろが!」
「そ、そもそも、あんたが美咲さんに抱きつかれて、ヘラヘラしてるのが悪いのよ!」
俺から抱きついたわけでもないし、なんで俺が悪いんだよ。
落ち着きを取り戻したアリカは、一つ嘆息をつく。
「――で、美咲さん。なんで明人に抱きついてたんです?」
「病気です」
おい美咲、即答で返すにしても病気ってなんだよ。
自分で言うか、普通。
「また興奮したんでしょ? 仮にも明人は男なんですから。病気でも駄目ですよ」
「ごめんなさい」
年下に怒られる美咲だった。
てか、アリカも病気で納得しちゃうの?
「それで、興奮したってことは相当嬉しかったことでもあったんですか?」
アリカは随分と冷静な態度で聞いてくる。
さっきまでのアリカとはぜんぜん違う。
「ほら、昨日した料理の話」
昨日一緒に買い物に行ったときに、二人で料理の話をしていたらしく、アリカは「あー」と分かったような顔して言った。
「明人が味見するって言ってたやつね」
「今日、春ちゃんに教えてもらったのがいい評価もらえてねー」
「おお、美咲さん。がんばったんですね」
すると、アリカは妙に納得したような顔して呟いた。
『……だったかな』
アリカが何を言ったのか、小さな声だったので最後しか聞こえなかった。
あと一〇分もしたら店の開ける時間だ。
そろそろ用意しないと間に合わない。
「ところでアリカ。お前、用事あってきたんじゃねえの?」
聞いてみると、アリカ自身が「え?」と戸惑った顔をした。
「あ、ああ、朝の挨拶よ、挨拶。もう来てるかなって思って見にきただけよ。べ、別にあんたの顔見に来たんじゃないんだからね。美咲さんのよ。美咲さんの!」
顔を赤くしてツンデレっぽい台詞を吐くアリカ。
昨日、美咲と一緒に買い物いったんだから、それは普通にあることだろう。
仲良きことはいい事だ。
「天然のツンデレってこうなのね……悔しいが可愛い。ハグハグしたい」
横で美咲がアリカの事を羨ましそうに、訳のわからない事を言っているが無視しておこう。
「それじゃあ、あたし戻るから!」
アリカは誤魔化すかのように慌てて裏屋目指して走って行ってしまった。
慌しいやつだ。
「さて」
美咲はアリカが裏屋に戻ったのを見届けると、小さく声をあげた。
もう時間も時間だから開店準備にかかろうと言うのだろう。
「お仕置きといきますか」
ちょっと待て。なぜそうなる?
美咲が目を怪しく光らせながらジワジワと寄って来る。
まるでゾンビのように首を傾げながら手を上げているのは演出か?
来るな。近寄るな。来ないで下さい!
美咲は学習していた。
俺の回避行動を先読みして、逃がさぬよう立ちふさがる。
あっというまに背後に回られ、首に腕が巻きつけられる。
日進月歩の言葉通り、美咲のスキルレベルも上がっていた。
美咲の胸がぷにっと背中に当たる感触はあるものの、そんなのを喜んでいられない。
「おしおきだあああああああああああああ!」
「うきゅー」
はい。また首を絞められました。
日に日に手強くなっていく美咲対策をどうにかしないと、また落とされそうだ。
今はかろうじて、完全に極まっていない。
出来うる限りの抵抗を図る。
さっきから、むにむに、むにむにと背中に当たるものが意識を奪う。
これの対策が一番厄介なのかもしれない。
何とか意識を保ったまま、離してもらえた。
満足げな美咲は、息も絶え絶えな俺をおいて開店準備に移っていく。
お仕置きの頻度が上がっているのは気のせいだろうか。
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