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帰路  作者: まるだまる
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115 恋愛≒好意3

 ようやく鼻から手を離してもらい、いつもの帰り道のように並んで歩く。

 バスから降りた時の表情が気になったものの、先手を打たれてしまい聞けなくなってしまった。

  

 美咲から、今日の午前中、春那さんに料理を教わっていたと聞いた。

 美咲は肩にかけたトートバッグをチラリと見て、微笑んだ。

 その微笑みにドキッとした。……別の意味で。


 ……どうしよう。すごく帰りたい。

 きっと、このトートバッグの中には、その作品が入っているはずだ。

 前回、味見したのは、甘さを抑えた激辛味の緑色な抹茶スライム羊かん。

 軽く三途の川を見学できる特典付きの卵焼き。

 今日は一体どんな物が俺の前に現れるのだろう。

 異世界に転生しちゃう食べ物なら味わってみたい気もするが、そういったネタだと転生先でひどい目にあうのが落ちだ。

 自分で最後まで付き合うといっておきながら、俺の心はすでに折れかけている。


「きょ、今日は何を教わったの?」

 僅かながら声が震えた。

 うん。まだ自分を抑え切れていない証拠だな。


「んとね、豚カツ」


 豚カツ……これは春那さん考えたんじゃないか?

 ライン作業さえ間違えなければ、比較的簡単なメニューだ。 

 豚カツの作り方を考えると、まず豚肉叩いて柔らかくする。次に塩胡椒で下味付けて小麦粉をまぶす。

 次に溶いた卵につけてパン粉をまぶす。パン粉を満遍なくまぶしたら油で揚げる。

 衣が狐色になったところで、すくい上げ、油を切って完成だ。

 人によって微妙に違うところもあるだろうが大体はあってるだろう。

 美咲の腕前を加味して危険性を考えると、塩胡椒が多すぎても食べられないことは無い。また、揚げ過ぎたとしても固くはなるが、これも食べられないほどでは無い。

 これは三途の川を散歩することなく、済むんじゃないか?

 さすが春那さん、前回は調味料で失敗していたから、使わないで済む料理をチョイスするとは。


「今日は自信があるよ。春ちゃんもこれならいけるって言ってくれたんだよ」

「春那さん味見したの?」

「うん。揚げた後ね、味見してもらったの。美味しいって言ってくれた」


 そうか。出来上がった豚カツを春那さんは味見したのか。

 これは絶対的に安心できる。そうか、そうか。


「それ、今日持ってきたの?」

 分かってはいるけど、一応、確認しておこう。

 聞いてみると、美咲は嬉しそうに頷いた。


 てんやわん屋についた俺達は横の入り口の鍵をあけて中に入る。

 美咲にはバイト前に味見すると言っておいた。

 元々、豚カツは好きなので、早く食べたいってのが本音だが。

 コンビニ弁当が物足りなかったのも理由のひとつ。

 更衣室でそれぞれ準備。準備が終わって、後ろを振り返るとテーブルの上に容器が置いてある。

 今日はオレンジの容器か。一瞬、俺の顔が引きつったのはトラウマのせいに違いない。

 美咲も今日は自信満々のようで、ニタニタしていた。

 春那さんの墨付きを貰っているので、早く披露したいのだろう。



「それじゃあ、さっそく、味見させて貰います」

 箸と容器を受け取り容器の蓋を開けると、そこにはプルプルと動く青いスライムがいた。

 思わず容器の蓋を閉める。


 ――今のが豚カツ?


 俺の知ってる豚カツはプルプルしてないし、青くもない。

 どう見てもスライムじゃん。


「ああ、間違えた! そっちは羊かんだった」


 また羊かんですか? しかも濃い青色だったけど?

 羊かんは和食文化が生んだ和菓子だから、決して悪くは無いけどさ。

 普通でいいじゃん。こんな濃い青色なに混ぜたら出来るの?

 関係ないけど青い羊かんって夏目漱石の作品に出てきた気もする。

 見たくないもの見たから現実から目を背けたくなるのは当然か。


「それは食後のデザートなの」


 美咲がトートバッグの中から今度はグリーンの容器が出してくる。

 それ、この間の卵焼きが入ってた奴だよな。

 思い出すから、今度は別の容器にして欲しい。

 一度、蘇った恐怖はすぐに拭えない。

 美咲から受け取った容器の蓋をゆっくり開けた。

 開いた隙間から見える狐色に揚がった豚カツの姿。

 

 安心した俺は一気に蓋を開ける。


 並べられた豚カツは、綺麗な狐色に揚がっていて、とても美味しそうだ。

 来たよ、これ。これだよ。これ! これこそが豚カツだよ。

 だけど、すでに青い羊かんに心を奪われた俺の喜びはすでに半分だった。 

 これ食べたら、あいつにも手をつけないといけないと思うと、すでに足が震えてる。

 

 とりあえず美咲が自信を持って作った豚カツを一口食べてみる。

 ソースはかかっていないが、とりあえず素の味で確認だ。

 この柔らかさはひれ肉か、中は柔らかく、外はかりっとした感じ。

 塩胡椒も適度に利いていて、素でも美味い。


「あ、美味い。塩胡椒もいい塩梅だ」

「ほんと?」


 美咲は満面の笑みを浮かべて言った。

 これは冗談抜きで上手に出来上がっている。

 何だよ。やれば出来るじゃん。

 これなら誰が食べたって合格点をくれるだろう。


「いや、これマジで美味いよ。この間のが嘘みたいだ」

 美咲の顔がぐにゃぐにゃになるくらい嬉しそうな顔をしている。


「んじゃ、次これ! って、何でそんな顔してんの?」

 危ない。どうやら相当嫌そうな顔をしたようだ。

 実際、嫌なんだけどな。


 美咲の手には、さっきのオレンジ色の容器が持たれている。

 中身を見てしまっている以上、それは恐怖の対象でしかない。

 原料不明の羊かん。未知なる物への恐怖。

 俺が食べた後にどうなるのか分からない恐怖。

 今の俺はきっと青い羊かんばりに青ざめているに違いない。


 とりあえず、情報を手にした方がいいのか、しない方がいいのか悩む。

 原料や混ぜたものを聞いたら安心できるのか、逆に不安になるのか。

 よし決めた。今回聞くことはこれだけにしよう。


「これ、春那さん味見した?」

「拒否った」


 ――――――――終わった。

 唯一の希望が初めからなかった。


 そうか。やっぱりそうか。

 前回があれで、いきなり料理が上手になってくるなんて出来すぎだ。

 ちゃんと落ちどころが用意されてるなんて、決まりきったお約束。

 

 オレンジ色の容器を受け取り、蓋を開ける。

 相変わらず某有名ゲームに出てくるスライムにしか見えない。

 目と口をつけてやりたくなる。ちょうど八匹か。合体したら王様になれる数だ。

 一匹一匹は弱いけど、合体すると強くなる。

 でも、おそらく目の前にいる一匹一匹は、バグッてんじゃないのってくらいのチート級だろう。

 合体したら、それこそ全人類が滅んでしまう魔王が生まれるかもしれない。

 

 勇気をもってスライムに一撃を喰らわせる。

 プルプルと震える青いスライム羊かんを口の中に放り込んだ。

 さっさと飲み込んでやるとモグモグとした途端。


 ――世界が暗転しかけた。


 口の中に広がる、得体の知れぬ刺激。

 俺の肉体が中から暴れている。

 内部から破壊されるという一子相伝の技は、くらったらこんな感じかもしれない

 何をどうしたらこんなものが出来るのか。

 おそらく化学反応した結果ではないだろうか。

 俺の身体がユラユラと揺れる。

 どうやら膝にもきているようだ。

 目の前の美咲が二重、三重にぼやけて見える。

 不安そうな顔で俺を見つめている。


 次第に焦点が合っていき、美咲の顔がはっきりとしていく。

 どうやら俺の身体は耐えきれたようだった。 


「ど、どう」

「うん。無理」

 正直に言うと美咲はがっくりとうな垂れた。


 謎の成分で出来た青いスライム羊かんの残り七匹は、美咲の手によって静かにトートバッグに封印された。

 いつか勇者に出会って退治されるまで封印されていて欲しい。

 落ち込んだ美咲は「ははは。やっぱり駄目だ」と枯れた笑いを浮かべていた。 

 

「今日は半分合格、半分不合格だから50点な。また次がんばろ」 

「まだ、付き合ってくれるの?」


 ああ、付き合ってやるさ。怖いけど。

 俺が美味いって言った時の美咲の顔がまた見たいから。


「美咲のうまい料理が食べたいから付き合うよ」

 つい年上なのを忘れて頭を撫でて言ってしまった。  


「明人君…………こんちくしょおおおおおおお」

 美咲から出た言葉は綺麗な顔にまったく似合わなかった。

 咄嗟の事で俺は動くことが出来なかった。

 まさか、美咲が抱きついてくると思わなかったから。


「ほんっとにイイコなんだから!」

 抱きついたまま、美咲が叫ぶ。

 顔がよく見えないけど、美咲、今どんな顔してんだ?


 ――――――その時、更衣室の扉が開けられた。


 扉を開けたのは何故かアリカだった。

 アリカは俺達の姿を見ると、何も言わずに静かに扉を閉めた。


 ――――――見られた! 


 急いで美咲を引き剥がして扉を開けてみたが、そこには、もうアリカの姿は無くなっていた。


「明人君?」


 美咲は扉に背中を向けていたのでアリカに気付かなかったようだった。

 絶対、あいつ勘違いしてるよな。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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