114 恋愛≒好意2
綾乃が気にしていたので、「大丈夫だよ」と頭をポンポンとすると、また顔が赤くなって口元がムニュムニュと動く。
「明人君危ない!」
涼子さんの声で反射的に横へ飛び退くと、俺の立っていた位置を下から綾乃が蹴り上げていた。
何でバット振ったような音がするの?
当たったら天井にまで吹き飛ぶんじゃね?
蹴り上げた足は勢いよく頭上まであがり、空手家の演舞のように、ぴたっと止まる。
ただ、そのときの綾乃は試着したワンピースを着ていた。
蹴り上げられたスカートは捲り上げられて、つまり、パンツが丸見えになる。
黄色に黒のストライプというか虎柄。
何でそんなの強そうなパンツはいてるの?
鬼娘が着けそうなパンツで、かえってそれが目を引いた。
『お前は虎になるのだ!』と思わず言いたくなった。
言ったら、そのまま踵落としが降って来そうな気がしたので、空想だけで止めておこう。
俺の視線に気付いた綾乃が「うわ!」と慌てて足を降ろす。
良かった。踵落としが来るかと思って一瞬びびった。
「み、見ましたね?」
綾乃は顔を真っ赤にしてスカートを押さえている。
「見てない。見てない。虎柄なんて見てない」
はい。お約束しました。犯行を自供する馬鹿やろうです。
目に涙ためて睨まなくても。ボッコボコにされそうで怖いんですけど。
「お母さん。明人さんにパンツ見られた」
涙目に涼子さんに訴える綾乃。
事実なだけに、こういう時俺どうしたらいいの?
「綾ちゃんの自業自得でしょ?」
涼子さんが綾乃の頭を撫でて言ったのも束の間、
「というわけで、明人君。責任とって綾ちゃんと結婚は無理だから、婚約してください」
くるりと振り返り、俺に向かって爆弾発言。
「「ええええ?」」
驚く俺と綾乃。そら驚くわ。
ちょっとまった。パンツ見えたくらいで婚約っておかしいだろ。
「冗談よ」
俺と綾乃、二人揃って肩がずるっとなった。
「もう、お母さん何言ってるの?」
「お母さんだって、明人君と絡みたいのよ」
また訳の分からないこと言い出す涼子さんであった。
なにがともあれ、涼子さんの冗談で落ち着いた綾乃に涼子さんが選んだ服を渡す。
もしかしたら涼子さんわざとふざけて、綾乃を落ち着かせた?
綾乃が着合わせてみると、涼子さんの見ためどおり白のワンピースにもよく似合っていた。
その後、三人で店内を一緒に散策。
多少時間のあった俺は、涼子さんたちの荷物持ちを進んで請け負い、一緒に店内をついて回った。
涼子さんや綾乃から、「これどう?」と、似合うかどうか聞かれたりして、微妙なものは答えにくかったけど、雰囲気で察してくれたようだった。
考えてみれば、俺が親と一緒に買い物行ったのって最後いつだったのだろう。
もう記憶に無いくらい昔のような感覚。
思い出せもしないのか。なんだか、寂しくなった。
涼子さんたちのユニシロでの買い物も終わる。
どうやら別の店に移動して買い物の続きをするらしい。
涼子さんと綾乃はバスで移動してきたようで、バス停まで一緒に同行した。
「ほら、お母さん。やっぱり車の方が良かったじゃない」
「だって運転するの怖いもん」
ぶーっと頬を膨らませる涼子さん。
大人なのか、子供なのか、わからんときがある。
「そんなの言ってたら、いつまでたっても運転できないよ?」
親子で言いたいことを言い合えるのは羨ましいことだと思う。
俺なんて、会話その物が無いんだから。
また卑屈になっている自分に嫌悪感を覚える。
待ち時間もそれほど無くバスが到着した。
「それじゃあ、明人君またね。明日、綾乃のことお願いね」
「明人さん、また明日」
挨拶を終えた二人はバスに乗り込み、俺に向かって小さく手を振っている。
手を振り返してバスが発進するのを見届け移動を始めた。
バイトに行く前に昼食を取ろうと、国道沿いを移動する。
国道沿いは飲食店もぽつぽつとあって、選ぶのには苦労しないだろう。
ラーメン、牛丼、ハンバーガーショップ。店の前を通るも食指が動かない。
そろそろ決めないと、さすがにまずい。
結局、選んだのはコンビニ弁当。
店内に喫食スペースのあるコンビニだったので、そこでそのまま食べることにした。
最近、愛の弁当を食べるようになってから、舌が肥えてしまったのか、あまり美味いと感じない。
ただ腹に詰めただけと言った感じだ。贅沢と言えば贅沢なのだが。
食後の缶コーヒーを飲み干し、ゴミを片付けてコンビニを後にする。
自転車に跨り、一路てんやわん屋を目指す。
今日一日過ごせば、明日はみんなと遊びに行く日だ。
これは正直、俺も楽しみしている。
みなも思い思いの待ち遠しさを感じていることだろう。
ふと、春那さんが言った言葉が頭をかすめる。
『君たちはもっと絡み合うべきだ』
今までの俺達は交わりがあるようだけど、まだ知らないことがお互い多い。
時間を、経験を共有して初めて見えるものもあるだろう。
接するたびに一つ、また一つと相手を、友達を知っていく。
そしてそれは、俺の事を知られるということにもなる。
俺達は、いや、俺は今まで自分のことだけ考えていたのだと思う。
まだ間に合うのか。俺も変われるのか。
いつか、みんなに打ち明けることが出来るのか。
自分の弱さを肯定できる日が来るのか。
そんなの無理だ。今まで出来なかったじゃないか。
未来に希望を見出せない自分が嫌いだ。
弱い自分を肯定できない自分が嫌いだ。
……止めよう。
一人でいると、ついつい余計なことまで考えそうになる。
もう見慣れた郵便局が見える。あと少しでてんやわん屋だ。
その郵便局の前、バスが止まっている。
そのバスから見慣れた姿が降りてくる。美咲だった。
バスから降りてきた美咲の表情は俺の知らない美咲だった。
響のような無表情。
いつもの人懐っこさなんて全然感じられない。
美人だけど陰鬱さが台無しにしている。
それがそのときの美咲の印象だった。
美咲は降りて郵便局をじっと見つめるとガッツポーズをした。
その途端、いつもの俺の知っている美咲になった。
人懐っこい感じのする柔らかい表情。
さっきまでの美咲と対極の美咲。
美咲がキョロキョロと周りを見回す。
顔が俺の方を向くとぴたっと止まった。
どうやら俺が来ているのを視認したようで、いつもの笑顔で手を振ってくる。
「おーい、明人くーん。今日は早いんだねー。私も今着いたのー」
いつもの人懐っこい笑顔、綺麗すぎて、つい見惚れてしまう笑顔。
そこにはさっき見えた美咲の陰鬱さなど一片も残っていなかった。
美咲自身変わろうとしている。それは本人から話を聞いて分かっていた。
いや、分かっていたつもりだった。
もしかして、俺が思っていた以上に美咲が抱えているものは大きいのか。
俺が知っている美咲は、かなり改善された状態の美咲なのかもしれない。
俺だけじゃないのか?
一人でいるときに余計なことを考えてしまうのは。
美咲もそうなのか?
美咲に手を振り返して、美咲の横で止まり、自転車から降りる。
その途端、笑顔の美咲に鼻を摘まれた。
「なにふぉする?」
「また変な事考えながら来たでしょう? 悪い癖だよ」
どうやら美咲には、やっぱり、すぐ分かるようだ。
これもまた一つなのかな。
「今日一日がんばろうね。お客さんが来たらだけど」
おどけながら笑う美咲。それを言ったらお終いだろ。
それよか、早く鼻を離せ。
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