113 恋愛≒好意1
日曜日
心地よい目覚めとはいかなかったものの、夢を見たような、見なかったような。
少しぼやっとしていた。
昼の十二時からバイトだが、まだかなりの時間がある。
昨日の夜にやっていた課題を進めておくことにした。
アリカからの電話で中断していたのを思い出したからだ。
小一時間ばかりやっていて、課題のほとんどを終える。
一年生の復習みたいな課題ばっかりだったので比較的楽だった。
残りは英語の長文和訳だけだ。区切りがいいので今日はここまでにしよう。
とは言うもののまだまだ時間はある。
つくづく家にいると何もすることが無いな。
最近は本とか漫画とかも買っていない。
簡単に掃除はしたが、これも時間稼ぎにならなかった。
ふとアリカ達の買い物話を思い出す。
俺も買い物に行くことにしよう。今からなら店が開くころに着くだろう。
一時間もあれば買い物も終わるだろうし、それから昼食を取っててんやわん屋に行けばいい。
そう決めた俺はバイトの用意を鞄に詰めて出かけることにした。
連休中であるからか、日曜日であるからか、道を進めていると家族で出かけようとしている光景を何度か目にした。
子供がまだ小さいところがほとんどだったが、それでも俺には羨む光景だった。
いかん、いかん。
外出して、こういうことは考えないようにしないと。
到着したのは定番中の定番ユニシロ。
原色カラーのバリエーションとサイズが豊富。
値段も手頃で、俺も愛用している。
美咲もアリカもここで買うことが多いと前に言っていた。
遊びに行くとしても、日中は夕方になると少しばかり肌寒くなる。
それに動きやすい方がいいだろうし、定番のレイヤー物を買うか。
長袖のTシャツ、三種類。レイヤードシャツ二枚。デニムのストレートパンツも二枚。
ついでに靴下も三点で千円だったので購入。一万円でわずかばかりのおつりがきた。
今、家にある物とこれで夏物を買うまでは凌げるだろう。
四月の健康診断で去年の秋から二センチほど身長も伸びていた。
まだ伸びるだろうか。どうせなら一七五センチは超えて欲しい。
今、現在一七三センチ。あと少しだ。
ストレートパンツの裾直しで待ち時間の間、店内をぶらぶらと散策。
レディスコーナーに飾ってあるマネキンを見て、ふと、美咲が思い浮かぶ。
そういえば、俺の周りにいる女性陣の身長は結構まばらだ。
順に並べてみると、春那さんが一番高く、美咲と響が同程度。
若干、響の方が高いかもしれないな。暫定で響、美咲の順にしよう。
それから愛だな。愛よりわずかに低い綾乃、見た目が少女の王者アリカへと続く。
何かすっぱりと綺麗系と可愛い系に分かれた。
おお、こう考えると面白い。
次はどんな順番で考えようかと、頭を捻る。
スタイル? 知力? 運動能力? 声の質? キャラの質?
ボケ度? 突っ込み度?
こう考えると色々ランキングできるな。
「えい」
急に膝裏に膝を入れられ『カクン』と膝から下の力が抜ける。
あまりの不意打ちに、完全に膝をついてしまった。
「あは、綺麗に入った。明人さん、こんな所で何してるんですか?」
俺の膝を入れたのは綾乃だった。その後ろに涼子さんもいる。
どうやら二人も買い物に来たらしい。
「あ、綾乃ちゃん? 何で膝入れてんの?」
「だって、明人さんがこんな所で考え事してるんですもん」
こんな所?
ユニシロで考え事くらいしてたって、おかしくないだろう。
立ち上がりながら周りを見て女性下着のコーナーであることに気付く。
考え事しながら歩いていたせいでまったく気付いていなかった。
「女性下着見て唸ってるから、さすがに声をかけにくかったわ」
涼子さんが、笑いながら言う。
「ち、違います! 周り見えてなかっただけですよ」
「周りも見えないほど、下着に夢中だったの?」
「マジで勘弁してください」
ほら、周りにいるお客さんも引いてるじゃないか。
そういうのやめようよ。泣いて走り出したくなるからさ。
「二人で買い物ですか?」
「レギンス買おうと思って。ここは種類が豊富でしょ。綾ちゃんも服が欲しいっていうから、連れて来たの」
涼子さんは近くの商品を手に取って確かめながら答える。
「太一は?」
「お兄ちゃんは朝から釣りに行ってますよ。お昼頃には帰るとか行ってたけど」
あいつはあいつでマイペースだな。
「趣味のバス釣りか」
「どうせなら食べられる魚にして欲しいんだけど」
涼子さんの主婦らしい発言に共感を覚える。
俺も同感である。どうせなら食べれる魚の方がいい。
バスは食用として入ってきた外来種だから実際食べられるらしいが、持って帰って食すというのをあまり聞かない。
太一も釣ったブラックバスを食べるのは嫌だと言っていた。
どちらかというとスポーツゲームみたいな感覚で、釣ることだけがバス釣りの醍醐味らしい。
釣った獲物は『キャッチアンドリリース』が基本のようだ。
バスはとても大食いな雑食らしく色々な生き物を捕食するそうだ。
捕食される側の一部、在来種では、絶滅の憂き目にさらされているという話も聞く。
どこかの地域では在来種保護のため、『リリース』しないでと訴える場所もあるそうである。
「明人君もお買い物?」
「俺はもう買い終わったんですよ。裾直し待ちです」
「明人さん、これどう思います?」
俺の後ろから綾乃がワンピースを身体の前にかざして聞いてくる。
白いワンピース。胸元の小さな同色のリボンが何となく可愛い。
袖丈が七分丈と少し短めだが、今の季節ならちょうどいいかもしれない。
これに軽く上着を羽織れば十分だろう。
「お、可愛いね。それ似合うんじゃない」
「ちょっと試着してみますね」
そう言うと、顔を赤らめた綾乃は試着室へ向かって行った。
「今日もお昼からバイトなの?」
「はい。昼からですね」
「あらあら、時間があったらお茶でもと思ったけど、少しばかり時間が無いわね」
涼子さんは残念そうな顔でいうが、ちゃっかりと商品を選びながらなのは、さすが主婦だ。
「あら、これ綾ちゃんにいいかも。さっきのにも合いそう。明人君着いてきて」
言われたとおりついて行くと、試着室の所についた。
ちょうど俺の裾直しも、試着室の前で受け取る所があるので来たのは好都合だった。
綾乃の靴が手前の試着室前に置いてある。
涼子さんがノックして外から声をかけた。
「綾ちゃんも着替えた? 開けて大丈夫?」
「うん。大丈夫」
中から綾乃のちょっと照れたような声がする。
「あら、それ似合うじゃない」
「え、そうかな?」
開いた扉から見えた綾乃は白のワンピースに身を包み、幼さの残る笑顔を向けていた。
いつもダボダボな服を着ていて気にしていなかったが、身体付きは思ったより細かった。
ふわりとしたワンピースは若干大きい感じがしたけれど、綾乃がしおらしく見える。
服装一つでここまで印象が変わるなんて、女の子は魔法でも使っているのかとすら思う。
「明人君どう? 綾ちゃん可愛くなってるでしょ」
「はい。とっても」
俺がそう言うと、綾乃は顔を真っ赤にして俯いてフルフルと震えだした。
てっきり照れ隠しで前髪をくしくしと撫でるかと思っていたので驚きだ。
態度までしおらしくなってる。
「――――いけない! 明人君避けて!」
突然、良子さんが一歩下がって俺に叫んだ。
「え?」
と思ったのも束の間、綾乃から高速で繰り出されるパンチのラッシュが俺の目前で残像を結ぶ。
「綾乃ストップ! ストップ!」
涼子さんの声に綾乃の拳が俺の顎先でピタッと止まる。
気のせいか、拳から蒸気のようなものが見える。
やばかった。今の来てたら顎打ち抜かれてた。
はあはあと息の上がったような感じの綾乃。
「ああああああ、明人さんごめんなさい!」
我に返った綾乃は思いっきり頭を下げて謝る。
「こら、綾ちゃん。恥ずかしいからって流星拳は駄目!」
涼子さん、すいません。それ頭に天馬ってつきませんか?
「う、ごめんなさい」
「もし当たってたら明人君血だるまだったわよ?」
物騒なことを言わないで下さい。
「もう、それが原因で前の彼氏と別れたのに!」
「かあさん!」
かあっと顔を赤くして涼子さんの口を塞ぐ。
綾乃彼氏がいたんだ? 太一からそんな話は聞いたことが無かったけれど。
今時の中学生だったら十分ありえるか。まあ、そんなことはどうでもいい。
助かったと思うことと、もう一つ。
太一お前、こういうのに耐えてるってすげえ。
俺、お前のことマジで尊敬する。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。