112 家族の絆10
美味いお好み焼を食べて満足だ。また今度来てみたいと思った。
みんなを連れてきてみたいとも思った。
美咲もどうやら当てが当たったのが嬉しかったのかご機嫌だ。
今度は春那さんを誘ってぜひ来たいと言っている。
会計を済ませ、店の主人に美味しかったので、また寄らせて貰いますと言うと、
「いつでも気の向いたときにいらしてください」
と、変わらずの笑顔で言ってくれた。
店を出た後、美咲の家まで送る。
美咲のハイツまで歩いて五分もかからない距離だ。
いつもと同じように俺の横を歩く美咲。
食事を終えてからの美咲はずっと機嫌がいい。
いつも以上にニコニコしていた。
「そんなに気に入ったの?」
「うん! こんな近くにあんなに美味しいところあったなんて、それに……ゴニョゴニョ……だったし」
何か途中急に声が小さくなって聞こえなかったけど、なんて言った?
しかも、誤魔化し気味にわざと『ゴニョゴニョ』って言っただろ。
「なんて言ったの?」
「内緒」
美咲は顔を赤らめながら笑って言った。
美咲のハイツが見えてくる。
明かりがついていないから、春那さんはまだ帰っていない様子だ。
明日は日曜日、またてんやわん屋でバイトだ。
いつもと同じように美咲と分かれて、少し経ってから窓を見上げる。
美咲が窓から覗いていて小さく手を振っていた。
俺はそれに応えると、帰路に向かって足を進めた。
☆
一歩、また一歩と踏みしめるたびに陰鬱な空気が近付く。
また独りになる。そう考えてしまう自分がいる。
誰かが傍にいてくれた時は忘れられる。
封じ込めることが出来る。
独りになったときの俺は弱い。
封じ込めた思いはあっさりと封印が解かれ、その重みを増していく。
帰りたくない。でも他に帰る場所が無い。
今日一日、楽しいことはたくさんあった。
笑えることだって、真剣に考えることだってあった。
それすらも瞬時に虚無の世界へと連れ去られていくような感じがする。
今日はどうやら反動が強いようだ。
きっと家族ってものを見せ付けられてしまったからだろう。
高槻さんと立花さん達の家族を築く姿勢。
アリカと愛の仲のいい姉妹。家族をサポートする関係。
響と静さん。子供を思う母親と母親を思う子供の関係。
そして、美咲とそのお母さん。家族内のことを言い合える関係。
それぞれ家族としての絆や関係が普通にあった。
これくらい当たり前だろ。そんな声が聞こえてもいいくらいだった。
でも俺には無いんだよ。
そんなものとっくの昔になくなってしまった。
正直、羨ましい。
正直、悔しい、妬ましい。
何で俺にはこんな温かいものがないんだろうって思ってしまう。
こういうことを考えてしまうから、一人の時間は嫌いだ。
独りの時間はもっと嫌いだ。
みんなの前でいる木崎明人は虚構で作られた存在のような気がする。
本当の俺は、羨ましがったり、悔しがったり、本当は妬んだりもしている。
みんなの前では格好つけてるだけだ。
自分の置かれている環境をなぜ言えない?
格好悪いと思われるのが嫌だからだ。
可哀想って言われるのが嫌だからだ。
俺はみんなの前でいる時、『今の俺』ならこう考えると行動していないだろうか。
独りになった途端、弱くなる。暗くなる。どうしようもなくなる。
どうすれば俺の世界は正しくなるのだろう。
この壁を取り払わない限り、俺は救われないんじゃないか?
でも言えない。言いたくない。
それだったら、嘘をつき通そう。
俺はみんなが作った木崎明人になろう。
ばれたらどうする?
俺がみんなの前からいなくなればいいだけだ。
……馬鹿なことを考えた。こうじゃいけない。
危なく堕ちるところだった。
弱い。弱い。こんな自分が嫌いだ。
空を見上げると、何だか今日の月は随分と小さく遠くに見える。
それは、俺が手を伸ばしても、望みには届かないんだぞと言われている気がした。
まもなく自分の家、なのに俺の足取りは重くなる一方だ。
俺の家から明かりが漏れている。
どうやら今日は母親が家にいるようだ。
また俺の周りを陰鬱な空気が加速度を増してへばりつく。
顔を会わせた所で、何も話さずにいるから、いないほうがましなんだが。
そう思っていると、家の明かりが消えた。
寝るにしては早すぎる。まだ九時前だ。
少しばかり様子を見ていると、母親の車のライトが点灯した。
どうやらどこかへ出掛けるようだ。
もしかしたら、最近ずっと見かけないのは、俺が帰ってくる前に家を出ているからか。
母親の車は俺がいる方向とは反対へ車を走らせると、そのうち見えなくなってしまった。
少しばかり安堵する自分がいる。
家の玄関をあけて『ただいま』と小さく呟く。
真っ暗な通路。誰もいない我が家の静けさが俺を出迎える。
シャワーを浴びた後、部屋で学校から出された課題をやっていた。
何かをしていた方が気が楽だからだ。
小さな音が聞こえる。振動か?
携帯が鳴っているのだと気付き、急いで鞄から取り出す。
電話だ。相手も見ずに操作して電話を取る。
『あ、出た! もしもし、あたし。アリカだけどさ。今どこ?』
アリカ? なんで今頃電話して来るんだ?
「もう家にいるぞ。どうした。なんかあったのか?」
『いやー、何かあったってわけじゃないんだけどさ。今、大丈夫なの?』
「ああ、全然大丈夫だ」
『そっか。ちょっとさ、あんたに聞きたい事あって』
「なんだ?」
アリカの話は響のことだった。
学校の話とはいえ、アリカも気になっているようで、できる範囲で構わないから教えて欲しいと言ってきた。アリカなりに心配したからなのだろう。
響のファンクラブの存在と、無意味な掟。それとファンクラブとの交流についてアリカに教えた。
『へー、もてるのも大変なのね。でも同性のファンが多いのはいい事のような気がするけど』
「交流が取れてればの話だ。そこで交流させたいと俺は思ったわけだ」
『あー、響なら無視しそうだもんね。昔からそういうのは関わらないタイプだもん』
なんだかんだと言って、響の事を分かっているようだ。
『香ちゃーん、スーさん貸してー。あ、ごめん電話中?』
突然、向こうから愛の声が聞こえる。
どうやら部屋に乱入してきたようだ。
『あんたノックくらいしなさいよ』
『いいじゃん。姉妹なんだし』
『前みたいに首取らないでよ? 直すの大変なんだから』
『んじゃ、ちょっと借りてくね。高速回転で削ぐと、どうなるか確認しなくちゃ』
『ちょっと、削ぐならハマちゃんにしなよ?』
『ハマちゃんは首が長すぎて、的がおっき過ぎるんですー。じゃあねー』
おい、姉妹。お前らの会話おかしいぞ。
『あ、ごめんごめん。乙女の会話聞かれたわね。興奮した?』
「今のどこに興奮する要素が含まれた会話があった?」
お前、美咲の影響受けてないか?
てか、アリカもこんな冗談言えるんだな。また一つだ。
『と、ところでさ。……今日のあたしの格好おかしくなかった?』
「いや、全然おかしくないぞ。可愛くなってるって言わなかったか?」
『あ、あれ、マジだったんだ? そっか、安心した。普段あんな格好しないから、ちょっと自信なかったの。同性だとすぐ可愛いって言ってくれるけど、異性から見たらどうかなって』
「お前は普段から十分可愛いと思うぞ?」
笑ってたらマジで可愛いと思う。
怒ってるアリカさんマジ怖いです。
『そそそそそ、そんなことないし!』
何を慌ててんだ?
『香ちゃーん。ところで誰と電話してんの?』
また愛の声がする。再び乱入してきたようだ。
これ、答えづらいだろうな。まさか俺だとは言うまい。
『え、明人。響の事で話してた』
まさか馬鹿正直に言うと思わなかった。予想外だ。
『何でもっと早く言わないのよ! 貸して貸して。明人さんですか?』
「こんばんは。明人です」
『きゃああああ! 香ちゃん鼻血出てない?』
『あー出てない出てない。スーさん返してよ』
さっきから出てくるスーさんとか、ハマちゃんってなんだ?
『すいません明人さん。うちの香ちゃんが遅くに電話なんかして、後で懲らしめておきますんで』
『その前にあんたに鉄拳制裁が必要のようね。スーさんボロボロじゃないの』
『うふふふ。今日はいい夢見れそうです。最近宙吊りになる夢が多くて』
それ多分、例のアニメ見すぎだと思うよ?
口々に削ぐとか言ってるし。
『あ、そうそう。今度うちにぜひ遊びにいらして下さい。歓迎いたします』
『ちょっと、何、勝手なこと言ってんの?』
『うるさいわね。妹の将来のために目潰ししときなさいよ』
えっと多分、正しくは目をつぶっておきなさいと言いたいのかな。
表現が危険すぎるよ。
『ああ、もういいから貸しなさい。明人、ごめんね。また今度それじゃあ!』
プツっと電話が切れた
「何なんだ? あの姉妹は揃うと賑やかになるな」
だが、その賑やかさに救われたような気がした。
心地よい気持ちがあるうちに今日は寝てしまおう。
変なことを考える前に寝てしまおう。
おやすみ。嫌な俺。
お読みいただきましてありがとうございます。
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