111 家族の絆9
ひたすら謝る美咲と憮然とした俺は店内へ。
暖簾をくぐると、鉄板焼き屋の独特ないい匂い。
座敷が三つ、カウンターの席は四つと随分とこじんまりとした店だ。
くすんだ壁の色や古ぼけたポスターに歴史を感じる。
わざとレトロ感を演出した店もあるが、ここはどうやら天然もののようだ。
外観から想像してた通りと言えばその通りなのだが。
三つのうち一番手前の座敷が空いていたのでそこに座る。
座ると年老いた店の主人が水を持ってきてくれた。
「初顔さんだね。ゆっくりしてっておくれ」
水を置き俺達の顔をちらりと見ると、ほんわりとした笑顔で戻っていった。
好々爺の主人といった感じに見える。
どうやら店内にいる他の客は常連のようだ。
主人と世間話をしながら食事を楽しんでいる。
お品書きを見ると、豚玉、いか玉、モダン焼き、焼きそばと定番メニューが並ぶ。
その他にも、ちょっとした一品物が並んでいた。
俺は豚玉、美咲はいか玉を注文。
自分で焼いてもいいそうなのだが、今回は初めて来たので焼いてもらうことにした。
待ってる間に今日のてんやわん屋のバイトの事を美咲に話す。
いつもと勝手が違ったが、運ぶだけだったことを伝えると「力仕事は苦手だな」と美咲は苦笑いした。
それから、前島さんについての話もした。
「ええ? 前島さんもあの日プロポーズするつもりだったんだ?」
美咲は興味深そうに食いついてきたが、それからの進展は無いことを言うと、
「前島さん純情だからね~」
前島さんならしょうがないかみたいな顔をした。
夏の慰安旅行の件は伏せておいた。
去年は美咲がみんなに慣れていなかったから、計画すら立てなかったと聞いたから。
店長からも美咲には、その事実を内緒にしてくれと言われている。
口を滑らせるとまずいから、店長から言ってもらうようにしよう。
「みんなで前島さんを応援しようって話になったよ。その後は淡々と仕事だった」
「それじゃあ、そのこと以外は、お仕事あっさり終わったんだね」
ああ、と返事しようとした途端、聞き覚えのある音がした。
『パパッパ、パパッパ、パ♪ ビヨビヨビヨ♪』
向こうに座ってるおじさんが「土管?」と呟く。
ですよねー。気になりますよねー。
俺も同じこと思いましたよ。
慌てて携帯を取り出して携帯を確認する美咲。
また晃って人じゃないだろうな?
「ごめんね。ちょっと外で電話してくる」
そう言って席から離れて一旦店を出る美咲。
美咲を待ってる間、手持ち無沙汰だったので、俺も携帯を取り出して見てみる。
メールが四件、着信していた。気が付かなかった。
響の家でマナーモードにしていたのを忘れていた。
中身を確認してみると、愛、アリカ、響、そしてまたアリカだった。
うん? なんでアリカは二件も送ってんだ?
中身を順番に確認してみると、愛は案の定サプライズに感激したことのようだ。
件名は、thxです。またも意味不明な……。後でぐぐろう。
俺が顔を見せに来たことへの手厚いお礼から始まっていた。
そして『高速回転を身につけました。立体軌道装置さえあればもう可能です』といった謎のメッセージが書いてあった。どこの兵団に所属したの? 俺にどう返せというのだろう。
愛からのメールは謎が多いから気にしないほうがいいだろう。
アリカの一件目。
件名は『おい』、ってなんだよ。
中身は、『愛が笑いながら高速スピンして怖いんだけど、どうしてくれる?』という内容。
…………本当に高速回転を身に付けたんだ。色んな意味で怖いな。
でもな、アリカ。
お前、家族なんだから俺に振るなよ。俺もわかんねえよ。
とりあえず犯罪にだけは走らせないように阻止しろよ。
響のメールは、俺が響に聞いた事への回答だった。
件名は、今日の件。
短い文面で『今日のあなたの話に乗るわ。方針はまた後日』とだけ書かれていた。
響もどうやら覚悟を決めてくれた様子。
響を傷つけないように慎重に模索しよう。
会長の手掛りも無いままだし、まずは愛に頼んだ情報収集からだ。
そこから始めよう。
アリカの二件目。また愛の様子でも報告だろうか?
件名はなし。
中を見てみると、『返事が来ないからって、催促してるわけじゃないんだからね』
お前はどこのツンデレだ。
あのアリカがこんなメールを寄越す事に笑いが出てくる。
初対面の印象が悪かったから、気付かなかった事が多いと実感する。
あれ? 下の方にもまだ続きがある。
これ気付かなかったら、見落とすぞ。
『あんたに悪口言われた気がするので、今度覚悟しときなさい』
ちょっとまて。被害妄想もいいところだろ。
それとも俺が文句言うことを前提にメール送ってきてるのか?
言われた気がするだけで何で、俺が……。ふと着信時間を見ると二〇分前。
美咲とビックリ鈍器の話をしてた頃だ。
そういえば、あの時アリカの大食いな事聞いて、出るとこ出てないとか考えてたっけ。
あいつどこまで勘がいいんだ。
まだ美咲が戻ってこないので、戻ってくるまで適当に返信しておこう。
全員に返信した数分の後、美咲が戻って来た。
「ごめんね。お母さんからだった」
「何かあったの?」
「いやー……姉が、怖いんだけどって。あと少し愚痴を聞いてたの」
そう言えば、趣味本作成の修羅場に突入してるんだっけか。
BLの趣味がある以外はまともな人らしいけれど、どんな感じの人なんだろう。
兄妹や姉妹って、いいなって思うのは俺が一人っ子だからだろうな。
ああ、いけない。また変な考えが思い浮かびそうになった。
美咲が座敷に上がると、店の主人が注文したお好み焼きを持ってきた。
ふっくらと焼きあがったお好み焼きは見るからに美味そうだ。
「そこにかつお節と青のり置いてあるから、お好みでかけておくれ。ごゆっくりどうぞ」
二人していただきますと合掌。
俺は大きめに、美咲は一口サイズにヘラで切っていく。
小皿に乗せて箸をつけてみると、しっかりした生地なのに、ふんわりとした感じもする。
キャベツのシャキシャキ感、時折感じる紅しょうが、絶妙なバランスだ。
これは美味い。
「美味い」
「うん。美味しい」
俺と美咲が口々にそう言うと、カウンターの中にいる主人が嬉しげな顔を見せた。
時折、美咲が口に入れるときに「あちち!」と声を上げる。
どうやら舌を火傷しそうになったようだ。
ちゃんとフーフーしなさい。
会話を交えながらの食事をする喜び。
それがどれだけ心地よいか俺は知っている。
その対極を知っているから。
誰とも会話せず、独りでぽつんとにする食事ほど、つまらないものは無い。
それがどれほど美味い物であってもだ。
家では今でも独りで食事だ。
独りと一人は違うことを俺は気付いた。
周りに人がいるけど一人で食べるのと、独りで食べるのでは気持ちが全然違った。
高校に入ってから太一と仲良くなって、学校での食事は独りじゃなくなった。
てんやわん屋に来てから、大勢の人と一緒に食事をする機会が増えた。
そして、今こうして美咲と一緒に食事。独りじゃない食事。
たったそれだけだけど、俺にとっては嬉しい事だった。
目の前で「あつっ!」と言いながら、美味しそうに食べる美咲。
そんな光景を俺は嬉しいと感じていた。
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