10 てんやわん屋7
美咲さんから聞いた話をまとめると、表屋は二名での勤務スタイルだったが、先輩が辞めてしまったために店長はサポート役にまわり、基本的には美咲さん一人でやっていたらしい。
店長は開店当時から裏屋を主担当としているが、人が揃うまで表屋の店番をしていて、俺が来たときに居たのは美咲さんが休憩中だったからのようだ。
俺が来たことで二人になるから、店長は自分の持ち場へと帰っただけの話なのか。色々合点がいった。俺が一人の時も店長に連絡すればサポートして貰えるということか。
「……なるほど。この事、この間言ってなかったですよね?」
「……あれ? 言って……なかったっけ?」
美咲さんは目を泳がせながら言った。本人も記憶がなかったらしい。
仕事の内容は聞いているので早速取り掛かかろう。実際やることはレジの操作と陳列棚の整理。商品の補充と一般的な販売店とやることは変わらない。
ただ、商品の補充は裏屋にいって貰ってくるってところが違うだけだ。
陳列棚の整理を始めた俺は、着替えのとき美咲さんを追い出したことを思い出した。
「あ、美咲さん。まだ休憩中だったでしょ? 助けて欲しいとき呼びますんで、続きどうぞ。ドーナツまだ全部食べてなかったでしょ」
「そうやって、私を独りにするんだ~。よよよ」
泣真似しながらそう言うが、指の隙間からチラチラこっちを見ているのがバレバレです。
「はいはい、後でゆっくり相手しますから」
「え? ほんとに? 絶対だよ?」
ぱっと目を輝かせながら俺を見つめる。あなたは子供ですか?
地雷地帯に自ら入ったような後悔感はあったものの、美咲さんのご機嫌な顔を見ると仕方ない気分になる。ご機嫌な美咲さんは更衣室に向かい、ヒラヒラと手を振りながら中に入っていった。
てんやわん屋の陳列棚は、カテゴリー別に分けられている。棚の整理といっても空いたスペースを、見栄え良く配置し直したりするだけなので、労力は要らない。
俺が店に着いてから、まだ一人も来客がないから、そう頻繁に作業も起きないようだ。この時間を利用して、カテゴリー別の棚にある商品を記憶していくために店内を回る。時折、見たことが無い器具や、地方の特産品らしい物があって興味深い。しゃがみ込みながら特産品を手にして見ると中国産と書かれていた。
『特産品なのに中国製?』と、突っ込みたくなる。
「おまたせ~」
俺が特産品を見て唸っていると、美咲さんが思ったより早く出て来た。
「早かったですね?」
立ち上がりながら言うと、
「あ、びっくりした。逃げたかと思った」
美咲さんはほっとした顔をしながら言うが、何で俺が逃げる必要がある。というか、何故その答えに行き着いたのかを俺に教えてくれ。
「何してたの?」
美咲さんは興味津々といった顔で、俺に近づきながら聞いてくる。
「棚にある物把握しておこうと思ってですね」
「わー、明人君って真面目だね」
美咲さんは驚いたように、俺の顔を見つめながら言う。
「バイトは真面目にやりますよ」
俺は苦笑いしながら答えた。
「ほほう、若いのに感心、感心」
三歳しか変わらないはずなのに、年寄りじみた言い方をする。本当に、美咲さんは会った時から、キャラの統一性がない。最初見たときは頼りになりそうな人だと思ったのに。この人が、次にどんなキャラで攻めてくるかと、身構えてしまいそうだ。ただ、この人懐っこさで緊張感が飛んだのは確かだ。ツンケンされるよりかは、ましなので、徐々に慣れていくようにしよう。
陳列棚をくるりと回り、俺がレジに向かうと、美咲さんもついて来た。
カウンターに入ると、レジに置いてあるイスを俺のほうに差し出しながら、
「普段は座っててもいいからね」
と、俺に座るよう促してくれた。
俺がイスに座ると、美咲さんももう一つのイスに腰をかけて俺のほうをじっと見る。
俺は視線を避けるようにして、ふと入り口のほうを見やると、駐車場に一台の車が入ってきたのが見えた。客なら、俺にとって最初のお客さんになる。
ふと、レジのことで、疑問が浮かんだので美咲さんに聞いた。
「今までのバイト先では清算の時に札のお釣りの場合、チーフか店長のチェックあったんですけど。美咲さんにお願いすればいいですか?」
「え? そんなことやってたんだ? 別に言わなくてもいいよ」
美咲さんは驚いた顔して言ったが、普通の店ではよくあることだ。
店員を信用しているのか。それとも疑いを持つことすら考えていない、お人好しな経営なのか。勝手な思い込みだが、恐らく後者だろう。チェックを受ける時、規則上仕方がないと分かっていても、信用されてないみたいで嫌な気分になった。少しほっとした。
先程、駐車場に入って来た車の主は、トランクから荷物を降ろしそのまま右手側へ進んでいった。
「あの人は裏屋行きね。買い取り希望でしょうね」
俺の視線の先を見て察したのか、美咲さんは俺に説明してくれた。
☆
お客が来ない。
バイトに来てかれこれ二時間は経つというのに、お客が来ない。
おかげで、美咲さんに「相手するって言ったよね?」と話し相手にされてしまった。
主に俺が質問攻めされている。時折、美咲さんの病気が出て、静かな店内に俺の声が虚しく響くことが度々あったけれど。
「……ふーん。そっかー、そんなにいっぱいバイトしてるんだ?」
美咲さんが感心したように呟き、フムフムと頷く。
「高校生のとき、私そんなこと出来なかったな」
しみじみと、昔を思い出したみたいに言う。
美咲さんの視線が、妙に遠いような気がしたのは気のせいか。
「経験を積みたいってのもありますね。社会に出た時に少しは役に立つかもだし」
偉そうな言い方してしまったなと、少し気恥ずかしくなってしまった。
美咲さんは気にした様子もなく、
「明人君、自分で考えてやってるんだから偉いよね」
真顔で言ってきた。
そういうこと言われると非常に照れる。顔が赤くなっているのが自分でもわかるほど熱い。
ただ、言った当人の美咲さんの表情に、少し影が見えたのが気になった。
『…………やっぱり、私は駄目だな』
ボソッと何かを呟いていたが聞き取りにくく、最後の言葉だけが耳に聞こえた。
「何が駄目なんです?」
聞こえた言葉の意味を聞いてみると、
「え? あ? な、なんでもない! なんでもない!」
両手を振りながら、顔を真っ赤にして否定していた。
それは嘘だろうと思ったが、無理強いして聞くのも野暮だしあえて聞かないことにした。
美咲さんが振り回している手をピタっと止める。
美咲さんの視線が俺の後ろで止まった。
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