107 家族の絆5
響のマンションに近付くにつれ、その大きさに驚かされる。
ファミレス前から見えていたときはそうは思わなかったが、これ何階まであるんだ?
頭一つどころから、周りの建物の高さと段違いだ。
マンション前の敷地も広く、エントランスまで続く道は歩行者用と車寄せ用がある。
エントランス前まで等間隔に設置された灯りが高級感を損なうことなく足元を照らす。
明らかにここは高級マンションだと分かってしまうような造りだ。
「ひゃ~、すごい大きなマンションだね。これ何階まであるの?」
美咲が下からマンションを見上げて言った。
「二十六階です。上の階だと上り下りが面倒なのだけれど」
響は無表情に答えているが、今の言い方だと響の部屋は上の階のようだ。
「お二人ともよろしければ、母に会っていって貰える?」
響が無表情に聞いてくる。
「母はいつも家にいるから、刺激を与えておきたいのよ。それに今度遊びに行く相手の紹介もしておきたいから。母には美咲さんが引率者だと説明してあるの」
「うん。それじゃあ、少しだけ」
美咲もせっかく来たのだからと思ったのか、それともマンションの中を見たいと思ったのか、特に気にもせず承諾した。
おそらく後者だろう。
「では、どうぞ」
響に導かれて自動ドアを抜けると、もう一つの自動ドア。
どうやら、二枚目はオートロックのようだ。
響が入り口脇の操作盤を操作すると、チャイム音が鳴りしばらくすると音声が聞こえてきた。
『あらん? ひーちゃん、もう帰って来たの? 待ってね。今開けます』
ひーちゃん? 響、家でそう呼ばれてるのか?
それに今の甘ったるい声は誰だ?
随分と若く感じたが、響の母親だろうか。
涼子さんみたいに見た目が若い人もいるから、ありえるかもしれない。
自動ドアが勝手に開く。
どうやら中から開けてくれたようだ。
エントランスに入ると、そこはいかにも高級そうな構造。
入ってすぐの場所に警備員の詰め所らしき部屋。
中には制服を来た警備員がいる。
何個かモニターが見えるか監視カメラの映像だろう。
俺と美咲はキョロキョロと周りを見回す。
外観もすごいけれど内装もすごかった。
目が奪われるなんてものじゃない。
壁や床も大理石みたいにピカピカしている。
間接照明も所々に設置されていて豪華な感じ。
エレベータまでの通路にも絵画やオブジェなどが飾られている。
小市民の俺にはなんだか肩身が狭いような気がする。
エレベーターは三つもあった。
高層マンションだからあるとは思ってたけど三つもかよ。
引越しの時に家具の運搬とかに使えそうな大きいのが一つ。
人が五、六人でも余裕で入れそうな小さいのが二つ並んでいる。
響は右側の小さなエレベータのボタンを押した。
「小さい方が高速で早く上がれるの」
エレベーターに乗り込み、響が二十六と書かれたボタンを押す。
響の部屋って最上階かよ。
こういう所の最上階って一番いい部屋じゃないの?
エレベーターが動き出すと高速と言うだけあって確かに速い。
階を示すランプが勢いよく移動する。
目的の階の手前でエレベーターの動きに違和感が感じられ、動きが緩やかに変わる。
どうやらもう最上階に着いたようだ。
高速と言うだけあって、かなり速い。
響に案内され、響宅の扉前。
頑丈そうな重厚感のある立派な扉。
美咲はキョロキョロと周りを見ていて、何だか不思議がっているがどうしたんだろう。
響がチャイムを鳴らすと、しばらくして扉が開いた。
「ひーちゃん、おかえり」
「ただいま。今度遊びに行く時の引率の方を連れてきたの。今日会った友人も一緒よ」
俺と美咲は固まった。
目の前にいるのはエプロンをつけた男の人だったからだ。
身長も俺より高く、すらっとした細みな感じ。顔もむかつくくらいイケメンだ。
それだけだったら俺と美咲は固まらなかっただろう。
問題は声と格好だ。
スタイルも顔もいいのに、なんで胸元が大きなハートのエプロンつけてるんだ?
それにさっきの「おかえり」って声。
この声はさっきオートロックの扉の前で対応してくれた声だ。
どう聞いても女の声なんだけど?
もしかして男に見えるけど女?
「紹介するわね。うちの家政夫の三鷹さん。正真正銘の男よ」
「あらん、ひーちゃんのお友達? 三鷹雄二と申します。よろしくね」
目の前で動く口から出る女の声、明らかに目の前の三鷹さんから発せられている。
美咲がいつの間にか俺の袖を摘んでいた。
どうやら恐怖を感じているらしい。
「三鷹さん、母さんは?」
「居間にいるわ。なんかねー、ずっと悩んでるのよ」
あの三鷹さん、なんでお姉な言葉遣いなんですか?
美咲が怖がってるんですけど。
「二人とも入ってちょうだい。母を紹介するわ」
「お、おじゃまします」
響に促され玄関を上がり、響の後についていく。
玄関では三鷹さんが俺達の靴を出船に並べて変えている。
長い通路を歩きながら響に尋ねる。
「なあ、響。色々聞きたいことがあるんだが」
美咲はまだ俺の袖をつかんだまま、玄関にいる三鷹さんを警戒している。
「何かしら?」
「いや、さっきの三鷹さんの事とか」
「何かおかしいかしら?」
「いや、あの顔であの声は反則だろう。しかもお姉言葉だし」
「母が気に入ってしまったからしょうがないわ。でも仕事は有能よ?」
ピタっと響が足を止め、扉を指差す。
どうやらここが目的の居間らしい。
「ふぎゃあああああああああああああああああああああ! またバッドエンドおおおお」
扉の向こう側から叫び声。
嫌な予感しかしないのはなぜだろう。
「一応、先に言っておくわ。正真正銘、私の母よ」
響は俺達に無表情にそう言って扉を開けた。
まず広い居間に驚いた。
パーティ会場にできそうなくらいあるんじゃないか?
デザイン的なソファーセットに部屋の片隅に大きなテレビが置いてある。
家具もなんだか日本製じゃないようなお洒落な感じのものが多い。
だが、俺は部屋のことよりも、すぐに別のことに気を捕らわれた。
部屋の片隅にある大画面のテレビに映し出される『BAD END』の文字。
そのテレビ前にはゲームコントローラーを片手に床に突っ伏して泣いている着物姿の女性がいた。
「うううう…………これで四回目。どこでフラグ立て忘れたのかしら…………」
「母さん。お客様を連れてきたのだけれど」
声をかけられたその女性――響の母親はゆっくりと顔を上げる。
その顔はボロボロと涙を流しマジ泣き状態だった。
「ひびきぃ、このゲームむかつくー」
「そう、それは残念ね。明人君、美咲さん紹介するわ。母です」
「うううう。響が冷たい」
いや、色々と突っ込みたいところあるんですけどね。
何で着物でゲームなのとか、よりによって何でギャルゲーやってんのとか。
大人がゲームで何でマジ泣きしてんのとか、響が何でそんなに冷静なのとかさ。
テレビ周りにあるギャルゲーやら乙女ゲーとか積んでるのは何とかさ。
なんで三鷹さん気に入ったのとか、色々ありすぎて俺の頭の中、祭り状態だよ。
「すいません。お見苦しい所をお見せしました。響の母です」
身を整えて、深々とお辞儀する響の母親。
名を静というらしい。
直接聞いたわけではなく、お茶を持ってきた三鷹さんが「静さん」と呼んだから分かったことだ。
俺と美咲も静さんに名乗った後、深々とお辞儀する。
俺と美咲の前に並ぶ異質な光景。
その異質さを産み出している筆頭は間違いなく三鷹さんの存在。
頼むからそのハートのエプロンはやめてくれ。
直視できないだろう。
美咲も何故かビクビクしてるから、少し離れてもらいたい。
「響の事よろしくお願いしますね。私、自宅警備員なので、どこにも連れて行ってやれないんです」
今、聞いてはいけないことを静さんの口から聞いた様な気がする。
聞きなおしていいのだろうか。
横を見ると美咲も何かをためらっている様子だ。
おそらく俺と同じ考えなのだろう。
「母さん、嘘はいけないわ」
響の言葉にほっとする俺と美咲。
良かった冗談か。笑えないからやめて欲しい。
「自宅警備すら三鷹さんにしてもらってるでしょう?」
そっちかい⁉
これ対応に困る。
見てはいけないものなのではないだろうか。
なんで響は静さんを俺達に会わせたんだ?
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。