104 家族の絆2
ファミレスに着くと、ちょうどレジにいたファミレス店長の中村さんと目が合う。
「あら、木崎君いらっしゃい。今日もご利用ありがとうございます。彼女さんもう着てるわよ。奥のテーブルにいるわ」
ふふっと笑って奥のテーブルを指差した。
響が彼女だと勘違いしているようだが、俺は礼を言って、響の待つ奥のテーブルに移動する。
テーブルの壁際の席に白のワンピース姿の響がいる。
頭には学校ではつけていないカチューシャを付けていた。
傍から見ると純粋に綺麗なやつだと思う。
カチューシャが無ければ、同じ歳には見えないくらいだ。
他の客席にいる若い男がチラチラと響を見ているのも頷けるほどだ。
「すまん響。待たせたか?」
俺が響の正面に座りながら言うと響は顔を横に振り、
「いいえ。たいして待ってないわ」
いつもと変わらず無表情に答えた。
「それで待ち合わせだなんてどうしたの?」
「響に聞きたいことがあってな。響さ、お前のファンクラブがあるの知ってる?」
「…………ええ、一年の冬に知ったわ」
響は変わらず無表情。
しかし、答えるまでのわずかな間が、響のためらいを示したのではないだろうか。
「昨日、放課後に会わせた二人いるよな?」
「ええ、川上さんに柳瀬さんね。貰った手紙は読ませてもらったわ」
このときも無表情、しかも即答か。
「ちゃんと読んでくれたんだな。お節介した甲斐があったよ」
「本当にお節介だったわね」
無表情が続く響。まるでギャンブラー同士の心理戦でもやってる気分だ。
響の表情を探り続ける。
「それで明人君は私を呼び出して、その二人のことが言いたかったのかしら?」
「いや、今のはどちらかと言うとついでだな」
「それならファンクラブの件について、明人君は手を出さないでちょうだい」
無表情のまま響は言葉を吐き出す。
「おいおい、いきなりだな。まあその前に、俺、喉が渇いてるからさ。飲物頼もうぜ。今日は呼び出したの俺だから、響の分は奢らせろ」
「そういう気遣いは無用なのだけれど。いいわ。今日は明人君に奢らせてあげる」
二人分のフリードリンクを注文した後、二人でドリンクを入れに行き席に戻る。
響はグレープフルーツを選び、俺はジンジャーエールを選んだ。
「……手を出すなってのは、それはどういう意味で言った?」
「あなた、ただでさえ女子に悪い噂があるのよ。これ以上酷くなったらどうするの?」
目線を遠くにやってコクコクと頷いている。
ふむ。俺を案じて言っているのか。
「それじゃあ、最初から話を戻そう。俺は昨日たまたま響のファンクラブ、姫愛会とか言う存在を知った。さらにお前に近付くことを禁じたばかばかしい掟があることも知った」
「……確かに馬鹿らしい掟ね。誰が得をするのかしら」
響は無表情に答える。
いや、嫌悪感は出ているのか、眉の辺りがわずかに動いた。
「それで俺は考えた。そんなファンクラブなんて潰そうと思った。会長がいるらしいからコンタクト取ろうとも思った。少し考えが変わって、お前と交流できるようにファンクラブを変えられないか、お願いするつもりになった」
「…………無意味だわ」
響は無表情のまま呟く。
「なんで無意味なんだ?」
「あの人たちは、勝手に私を祀り上げて勝手に幻滅するのよ。勝手に寄ってきて、幻滅すれば離れていく。そんなのに付き合う義理も価値も無いわ。私がその人たちの望む姿でいないといけないなら、無駄な時間よ。それを無意味な行為と言いたいのよ。明人君はそうしろと言うの?」
「んー、俺はそう思わないし、響が変わる必要も無いと思ってる」
「じゃあ、どうして今日私を呼んだの?」
「俺にしたいことが出来たから。それが響に関わることだから。お前に知って欲しかったんだよ」
「え? 意味が分からないのだけど……」
「さっきお前、俺にお節介って言ったよな。今度は別の奴にお節介するつもりだ。姫愛会ってやつと東条響って奴にな」
「………………」
「ありのままのお前でいい。俺の知ってる響は説明下手で、歯に衣着せない言い方で、人の顔に猫髭描くようなユニークなところもあって、感情もちゃんと持ってる友達を欲しがってる普通の女の子だ。そんな女の子だって、ファンクラブの連中に言ってやりたい。見ろよ、お前ら知らないだろ。これが本当の東条響だって、俺はそれを知ってるんだぜって自慢してやるんだ」
そう言った途端、響の表情が大きく戸惑いを見せた。
俯いて、言いにくそうにしていたが、顔を上げ何かを決意したような顔つきで俺を見据える。
「…………明人君。私はあなたに言っておかないといけないことがあるの……。私があなたに近付いたのは――」
「――おっと、待った。俺と友達になりたかったからだろ? 俺もそう思ったんだよなー」
言わせない。言っても意味がない。
今更聞いても意味が無い。
「……え?」
「お前みたいな不器用な奴おもしろいじゃん。俺に言ったこと覚えてる?」
「えっと、なんて言ったかしら?」
「普通の人間だって証明したいのよって言ったんだぜ? そんな面白い事言う奴と友達になったら楽しそうじゃないか。きっかけがどうであれ、俺達はもう友達だろ?」
「………………」
響が俺に近付いた理由なんてもう意味が無い。もう俺達は友達だ。
響が困るなら手助けをする。響が間違ったことするなら直してやる。
一緒に馬鹿やって、笑って泣いて喧嘩して過ごせるようにしたい。
俺だけじゃなく、太一やアリカ達みんなで。
「それでな響。俺がしたいことはさっき言ったことなんだが、お前はどう思う? これがお前を呼び出した理由だ。要は友達同士の相談だ。響はそのファンクラブをどうしたい? 俺にどうして欲しい? 今の話を聞いた上で答えてくれないか?」
「…………」
「ああ、すぐじゃなくていいぞ。響の中で形が決まってからでも聞かせてもらえればいいかな」
「……もう、本当に……あなたはどう返していいか、わからないこと言ってくるわよね」
そう言った響の顔は前に見せてくれた笑顔だった。
嬉しいような恥ずかしいような、そんな普通の感じの笑顔だった。
「……ねえ、一つ、聞いていい?」
「なんだ?」
「今の内容だったら、電話でも大丈夫だったような気がするんだけど? 何故呼び出したのかしら?」
「ああ、直接、響の顔を見ながら話したかったからな。それだけの理由だ」
そうしないとわずかな表情の変化が見れないからな。
「…………太一君が言ってたのはコレね。確かに危険だわ」
「え? 太一が何?」
「ううん。なんでもないわ」
そう返した響の頬が少しだけ赤いように見えたが気のせいだろうか。
まあ、せっかく会ったついでだ。
世間話でもしゃれ込もう。
「そう言えばさ、今日アリカと美咲さんが二人で買い物出かけてんだよ。もう家に帰ってきてるかもしれないけど」
「そうみたいね。でも家には着いてないわ」
「え、なんで分かるんだよ?」
俺が聞くと、響はストローを口にして少し吸い上げる。
ストローから口と手を離すと、視線を俺からずらした。
「――だって、向こうの席から、二人がこっちをチラチラと見てるんですもの」
「え?」
響の視線を追いかけると、俺らが座る奥席の対角線上、窓際の席に美咲とアリカが座っていた。
えーと、……二人揃って、ドス黒いオーラ背負ってるんですけど?
「響、いつからあの二人いた?」
美咲とアリカから目線を外さずに響に問いかける。
「えっと、私たちがドリンクを持って席に着いた時に入ってきたわ」
「何でそれ言わない?」
俺が手を振ると美咲とアリカが席を立ってこちらに近付いてくる。
何故だろう? もの凄く悪寒がするんだが。
「言う前に話が始まったんですもの」
「向こうはいつ気付いた?」
「すぐよ? 明人君は気付いてなかったみたいね」
えー、そこは教えようよ。
「私、会釈だけはしてたわよ?」
「はあ? それいつだよ?」
響に聞こうと振り向いた瞬間、背後から血の気が引くような声が聞こえた。
「明人、やっと気付いたね?」
「ねえねえ、響ちゃんと明人君何してるの?」
きっと心臓麻痺起こす瞬間ってこんな感じなんだろうな。
俺の心臓がキュってなったよ。
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