103 家族の絆1
土曜日
単なる欲求なら俺にだってある。
表に出さないだけであって、俺だって健全な高校男子だ。
色々興味だってあるし、部屋の中に隠している本だってある。
だからあんな夢を見たっておかしくない。
……俺は一体何に言い訳してるんだ?
やっぱり俺の欲望が夢に影響したんだろうな。
少しばかり反省しよう。
少しばかりの懺悔を終え身支度にうつる。
今日のバイトはいつもと違うパターン。
美咲とアリカは二人で買い物に行く予定で二人はバイトに来ない。
幸い今日の天気はよくて、二人の買い物にはもってこいだろう。
美咲がアリカを襲わないで我慢しているかが心配だけれど。
身の周りの事を終え家を出ようとしたとき母親の車が無いことに気付く。
また、帰ってこなかったのか?
家にいた痕跡はあったから戻ってきていないことは無いようだが……。
まあいい、顔を合わせなくていいならそれに越したことは無い。
いつもの愛用の自転車にまたがり、バイト先を目指した。
☆
出勤した俺に与えられた作業は運搬。
時間の拘束もそれほどではないようで終わり次第終了のようだ。
店長と立花さんが表屋、高槻さんと前島さんが裏屋を担当して発送する商品を梱包。
俺はその荷物をガレージに運ぶ役目だった。
受け取りのトラックが午後に来て、それに積み込めば終了らしい。
重量物は前島さんもしくは立花さんが手伝ってくれる形で運ぶ事になっている。
大中小の荷物を運び、表裏とひたすら往復し、気が付けば昼飯の時間。
店長が注文しておいてくれた仕出しの日替わり弁当が本日の昼食。
普段、店長達が利用しているようで、値段の割にはボリュームがあった。
申し訳ないが、味付けは愛の作る弁当の方が上手いと思った。
俺の舌が肥えてきているかも知れない。
ガレージ前、みんなで雑談交じりの食事。
男だらけで華は無いが、たまにはこういうのもいいと思う。
「明人君がいるからか早く終わりそうだね~」
食べ終わった店長が缶コーヒーを片手にガレージ前にある荷物を見て呟く。
「ああ。運搬役がいると全然違うな」
高槻さんも同意して頷く。
「役に立ってるなら光栄です。それにしてもこれだけの荷物よく買い手がつきましたね?」
持っていた疑問をぶつけてみると、いつもの薄笑いを浮かべ店長は答えた。
「んー。それは立花君に任せてるところなんだよ。利益はしっかり確保してるから。立花君がこの事業を始めてから、うちの赤字はなくなったからね。オーナーも驚いてたよ」
「意外と簡単ですよ。工夫すれば外国にだって買い手がいるんですよ。気をつけなくちゃいけないのは禁止されている物がないかってことだけです。違法な場合は捕まりますからね」
そう言った立花さんに影が見えたのは気のせいだろうか。
「あの、立花さんって。前は何やってたんですか?」
「俺かい? 俺は貿易会社に勤めてたんだ。一流じゃないけど、そこそこ名の売れた会社だったよ。そこで主に原料担当の仕事してたんだ」
そう答える立花さん、今度はなぜだか妙に晴れやかに言った。
「辞めて正解だったけどね」
「裕美さんにプロポーズしたのは、吹っ切れたからかい?」
「店長には敵いませんね。それが大きいですね。待たせるのも悪かったし」
「当たり前だ。それより俺に早く孫抱かせろ。かかあも楽しみにしてんだ」
「……親父さん」
「まあ、いい。これから詰めていく話だしな。今度からは家族になる。もっと遠慮しないからな」
そう言って高槻さんはニヤリと笑うと、対照的に立花さんは苦笑いを浮かべていた。
「あれで遠慮してたんですか?」
この二人はいい義理の親子関係になれそうな気がした。
二人を見て薄笑いを浮かべる店長は、そのまま視線を前島さんに移した。
「次は前島君かな~?」
「う……」
振られて黙々と二つ目の弁当を食べていた前島さんの箸が止まる。
「おお、そうだ。前島はどうなってるんだ? お前同棲してるくせに立花に先を越されてるじゃねえか。奈津美といつ結婚するんだよ?」
「そ、それは……」
大きな前島さんの図体が段々と小さくなっていく。
「あ? 男ならハッキリしやがれ。図体でかいくせに何やってるんだ?」
「……俺は結婚したいんすけど。まだ言ってないというか……言えなかったというか……」
「あ? 結婚する気あるんならさっさと言いやがれ」
「……あの時、立花に先越されちまったんで、言えなくなってしまって」
前島さんの細々とした声にみんなの目がキョトンとした顔になる。
「え、もしかして、お前もあの時プロポーズするつもりだったの?」
立花さんが驚いた顔で前島さんを指差す。
小さくコクっと頷く前島さん。
「最後の締めの前に時間貰って言うつもりがよ。お前に先越されちまって……言えずじまい」
前島さんの言いたいこともわかる。サプライズは一度だけ。
同じ内容の場合、後手に回った場合、ありがたみと言うか感動は薄れるかもしれない。
勢いでプロポーズしたと思われるのも嫌だったのだろう。
奈津美さんに惚れ込んでいる前島さんがそれを回避したのも頷ける。
「うわー、タイミング悪いね~」
「ああ、それでお前二次会荒れてたんだな……。俺に絡んできた理由が他にもあったのか」
「かあああっ! お前は本当にそういうのダメダメだな! 奈津美と付き合うのだって、俺や店長、立花や裕美がどんだけ苦労したと思ってるんだ! しかも最終的に奈津美まで協力してたんだぞ」
「うう……すいません。その節はお世話になりました」
いやいや、前島さんの付き合いが成就するのに周りが相当苦労したみたいだ。
前にアリカが『前島さん可愛いところあるし』と言っていたのも頷ける。
この人は純情なんだ。純情で不器用で。なんだか笑いがこぼれてしまう。
「よし、店長。これは是非ともやらねばならん企画が出来た」
「そのようですね~」
「とは言うものの、きっかけを一つ入れたいな。親睦会やったばっかりだし」
「うう……」
さらに縮こまる前島さん。そろそろ物理的に縮こまる限界だ。
「どうせなら、立花君に負けず劣らずな環境でさせてあげたいですね~」
店長それハードル上げ過ぎてません?
前島さん顔青ざめてますよ。
俺だって立花さんのサプライズに負けず劣らずな環境なんて想像つかない。
「店長。そういえばだが、明人も来た事だし、夏の慰安旅行またやってもいいんじゃないか?」
「ああ、そうですね~。今年は大丈夫そうですね~」
「慰安旅行?」
「前はね。オーナーから別荘借りて、二泊三日で慰安旅行してたんだよ~。去年は美咲ちゃんが俺達にまだ慣れてなかったからやめたんだ。これ美咲ちゃんには内緒ね~」
「あそこなら、この間の人数来たって余裕で泊れるし、チャンスは幾らでもある。どうだ?」
「まだ期間もあるし、用意に手間がかかっても大丈夫ですね」
高槻さんと立花さん。じきに義理の親子になるこの二人は、何故か邪悪な笑みを浮かべている。
単に面白がっている様に見えるのは気のせいだろうか。
「ふむ、それでは今年の夏はてんやわん屋慰安旅行を計画してみましょう。オーナーには俺から言っておきます。あの人仲間外れにすると拗ねるから、参加前提で話持っていきますね~」
オーナー拗ねるんだ?
「よし、こうなったらそこでプロポーズだ! いいな前島」
「はい! 気合入れてがんばるっす!」
高槻さんの掛け声に背筋を伸ばして返す前島さん。
こうして表は夏の慰安旅行、裏は前島さんのプロポーズ大作戦の計画が始動された。
昼からの作業は順調に進み、三時前に受け取りのトラックが到着した。
高槻さんがフォークリフトで重量物をトラックに載せて、俺を含む他の人たちで中小の荷物を積んでいく。
たんたんと作業は進み、四時前には今日の作業が終了した。
挨拶を済ませ、てんやわん屋を後にする。
鞄から携帯を取り出して、響にメール。
俺の移動を考慮して、この間、集まったファミレスで響と会うことにした。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。