102 友達の相談3
自宅に着くと母親の使っている車が無い。
まだ帰って来ていないようだが、逆に安堵している自分がいる。
真っ暗になった家の玄関。開けて言うは小さな『ただいま』だけ。
誰からも返事が無い。いつものことだけれど、寂しさと虚しさを感じる。
入浴と食事を終わらせて、自分の部屋に戻った俺はベッドに転がりながら考え事をしていた。
色々なことが入り混じる。愛や太一の事、アリカの事、美咲の事、響の事。
まず目の前のことで考えるなら、響の事。
今の俺の考えとしては、響を取り巻く姫愛会と響自身を交流させたいと考えている。
せっかく響に好意を持った集団がいるなら、その中に響と友達に成りえる奴だっているはずだ。
春那さんの言うように、響自身の考えを聞いた上で行動に移したい。
気がかりなのは、あいつ自身がそれを拒否した場合どうするかだ。
こればっかりは聞いてみないと分からないことだけれど、そうならないことを祈るしかない。
響は俺がこんなことを考えてると知ったらどんな顔をするだろうか。
いつもみたいに無表情に返すか。それとも、表情を崩すか。
ある意味賭けに近いものがあるだろうけど、何もせずに後悔するよりましだろう。
☆
気が付くと白い世界。ただ白い世界に俺がいる。
この展開は定番の夢だな。いつの間にか寝てしまったようだ。
なんで俺の夢はいつも白い世界なんだろう。今度、夢占いの本でも見てみようか。
周りを見渡しても何も無い風景。天と地すらどこが境界線かわからないような世界。
意識的にはなんだかハッキリしてるのに、ふわふわした感じだ。
ここ最近こんな感じの夢を見た。最初は、俺の過去の出来事。
その次は俺の周りにいる美咲や愛、坂本先生が出てきたファンタジーぽい世界。
今度の夢は何を見させるつもりなんだろう。
天井を見上げてみても、白い世界は変わらずだ。
不意に誰かがトントンと俺の肩を叩いた。
「明人なにしてんの?」
アリカの声だ。
振り返ってみると、そこにはアリカではないアリカがいた。
俺の知ってるアリカは背が低く胸がペッタンコの幼児体型で、睨んできたりすぐに怒ったりして、それでも笑うと実は可愛いかったりする奴だ。
目の前にいるアリカは俺と同じくらいの身長で、胸が大きくてスタイルのいい、笑顔の似合う超美人さん。
笑顔以外まったく違う大人なアリカさんだった。
「聞いてる? 何してるの」
大人なアリカさんは笑顔のまま、もう一度聞いてくる。
声はそのままだから、なんだか違和感が激しいな、おい。
「いや、ここどこかなって……ん?」
大人のアリカさんの後ろにコソコソと隠れた誰かがいる。
「アリカの後ろにいるの誰?」
「何言ってんの? 愛に決まってるじゃない」
大人のアリカさんの後ろには、本来のアリカと同じくらいの小さな愛がいた。
この愛は、本来の愛と比べるとボディがツルペタンだった。
大人のアリカさんの後ろからコソコソと俺を見つめてる。
俺と視線が合うと恥ずかしいのか、アリカの後ろに身を隠す。
「この子、照れ屋さんだから」
愛はアリカの身体に隠れてはいるものの、少しだけ顔を出している。
「明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだ。明人さんだー」
愛から呪文のような呟きが聞こえる。
最後のはマジ呪文みたいだったけど気のせい?
連呼されると少し怖いからやめようね。
アリカは後ろに隠れた愛の首根っこを摘んで、猫のように持ち上げ俺の前に突き出す。
夢の中でも馬鹿力はそのままらしい。
「ほら、愛、いつまでも隠れてないでちゃんとしなさい。用事があるんでしょ? わざわざ連れて来てあげたのに」
首根っこを掴まれてぷらーんと俺の前に突き出される愛。
俺の目の前で恥ずかしそうに顔を赤くして照れているが苦しくないのか?
「明人さんに卵焼き作ったの!」
ああ、愛が作ったのなら安心だ。夢の中だろうときっと美味しいだろう。
「はい、これです。食べてください」
アリカに吊るされたまま、どこに隠し持っていたのか目の前に小皿を出した。
小皿の上に卵焼きが乗っている。
そこには俺の知らない卵焼きがいた。
いや、全人類が知らない卵焼きだな。だって手足が生えて動いてるもん。
何で小皿の上でコサックダンス踊ってんの?
「無理!」
俺がそう言うと愛はムンクの叫びのような顔で固まった。
口から魂が出ているように見えるけど、死ぬほどショックだったんだろうか。
「あら? 愛の様子がおかしい。しょうがないわね。――ていっ」
アリカはそう言うと振りかぶって後ろ側に愛をぶん投げた。
いや、すばらしい投球です。剛速球でした。愛があっという間に星になる。
妹に容赦ない仕打ちをした後、アリカが振り返る。
「さて邪魔者がいなくなったし……しよっか?」
振り返った大人のアリカは先ほどまでの表情と違い、潤いの帯びた目で俺に呟く。
今、何て言った? 何をしようと言った?
「はい?」
俺が聞き返すも、アリカはいそいそと布団を用意し始める。
ねえねえ、どこから布団出したの? てか、なんで枕二つ並んでんの?
ねえねえ、その枕元のティッシュと小さな四角いパッケージは何?
「えーと、アリカさん? 何をしてらっしゃるんでしょうか?」
「え、決まってるじゃない。準備よ?」
「なんの?」
「しょ、初夜の」
顔を赤くして布団の横に正座するアリカ。
三つ指を立てて、頭を下げて一礼すると、顔を傾げてこう言った。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします。……優しくしてね?」
いつものアリカだったらここまでドキドキしなかっただろう。
大人のアリカは反則だ。美咲とも春那さんとも違う可愛さが溢れている。
思わず俺もアリカの正面に正座して頭を下げた。
「お、俺こそお願いします」
これ、夢だよな。うん、夢だ。だって太ももつねっても痛くねえもん。
だったら、少しくらいいいよな。だって夢だから。
俺は布団の中に入ろうと布団をめくった。
「え?」
そして、すぐに布団を元に戻す。
――うん。気のせいだと思いたい。
深呼吸をして、もう一度布団をめくると赤ら顔の美咲がいる。
「もう明人君たら恥ずかしがり屋さんなんだから」
両手を頬に当てて『きゃっ』と照れる美咲。
「美咲なにやってんの?」
俺が驚いてるにもかかわらず、アリカは美咲を気にもせず、布団に潜り込む。
「さあ、明人、一緒に寝ましょう。そ、それと、しょ、初夜を」
いや、アリカちょっと待て。この状況はおかしいだろ。
目の前の布団の中に美咲がいるんだぞ。
「もう、乙女に恥をかかせないでよ!」
アリカはそう言うと俺の手を掴んで布団の中に引っ張り込んだ。
え、何この状況? 右に美咲で左がアリカ。
現実だったらこれハーレムだよ。ありえないけど。
てか、なんで俺だけ突然、裸なんだよ。下すらはいて無いじゃん。
夢だからってはしょりすぎじゃね? どうせならみんな裸が定番じゃないの?
そんなことを考えているうちに、美咲とアリカが布団の中に潜り込む。
「うわ、明人君の可愛いね~」
「うわ、ホントだ~。可愛い~」
おいお前ら、どこ見て言ってる? 俺、舌噛んでいいか?
いや、確かに立派なものではないけどさ。可愛いはやめろ。
それは男子の一部分に対して屈辱的な表現の一つだ。
「これどこまで伸びるか試してみよう」
「あ、いいですね。袋も試しましょう」
「え? ちょっと待て! それは危険すぎる!」
俺の言葉を無視した美咲とアリカの手が俺の下腹部に伸びる。
身じろぎして抵抗しようにも二人の身体で押さえられて動けない。
「やめろ! やめっ、やめろって、あああああああああああ!――――」
いつもの天井が見える。
キョロキョロと周りを見渡し自分の部屋だと分かる。
ぼーっとしたまま、つい呟く。
「危なかった…………ごめんなさい」
俺は夢に出てきた美咲やアリカ、それと投げ飛ばされた愛に心から謝った。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。