101 友達の相談2
春那さんからの不意な質問。響と友達になった理由……。
それは……あいつが望んだこと。他の男子と違って、俺はあいつの目を見ても固まらない。
俺と接することで、あいつ自身が普通の奴だと周りにアピールしたいという願い。
それが浸透していけば新たな友達だってできるかもしれない。
あいつ自身が望む、友達が欲しいという願いが叶うかもしれない。
俺は響にその気持ちを感じたから友達になっていいと思った。
「……東条響がそう望んだからかい?」
春那さんは俺の考えを見通したかのように静かに告げる。
……違う。確かにそれもある。でも、それだけじゃない。
『私と普通に接することができる人』
響は俺にこう言った。
俺も響は周りの奴に普通に接して欲しいだけだと思った。
そもそも普通って何だ? 俺や太一の態度と何が違う?
俺はあいつのことまったく知らずにいて、成績や家のこと、後から知ったことばっかりだ。
これって最初は誰でもそうだろ。
ただ響の、あいつの嬉しそうな顔したときにもっとそういう表情が見たい、仲良くなりたいって思ったから。
あいつの願いを叶えてやりたいって、こんな俺でも出来るかもしれないって。
そう、答えは簡単なことだ。
俺がそうしたいと、友達になってみたいと思ったからだ。
「俺も……。俺も友達になってみたいと思ったからです」
そう呟いた俺の顔をじーっと見つめる春那さん。
射抜くような鋭い視線。俺の言葉を、態度を、容赦なく吟味しているように思えた。
数秒間の沈黙の後、ふっと破願してにやりと笑う。
「だよね。友達ってどういう関係か考えると簡単なようで難しいよね」
春那さんの言ってることは俺もよく思う。
同じクラスなら友達か?
たまに話すのが友達か?
しょっちゅう一緒にいなかったら友達じゃないのか?
どこからどこまでが友達なんだと。
「これは私の中の定義だけど、『その人のために何かしてあげたい』とお互いに思える人ならば、私にとって友達だ。私も聖人君子じゃない。そう思えない相手だっている。友達になりたくない人に一方通行に友達関係を求められても迷惑なだけだ。そういう人とは友達にはなれない。私が冷たい人間だからかもしれないが」
春那さんはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「私の体験談で言うと私のファンクラブの子達は、いや、一部の子達は『理想の私』を相手にしてた」
「『理想の私』ですか?」
「ああ、そうだよ。その子達によって作られた私だ。その子達は無茶なことを色々やった。私が嫌いになるなんて微塵も思わずにね」
「………………」
「これも推測だけど、彼女は彼女自身どうしていいかわからないんじゃないかな? 彼女はおかれている環境を理解しているだろう。だけどそれを解決する方法を知らない。想像もできない。彼女はとあることを思いついて賭けに出た。明人君と友達になるっていう賭けにね」
「それって賭けにならないんじゃ?」
「なるさ。君と友達になれる保証がないだろう? もし君が断ってたら終わってた話だ」
ああ、そういうことか。確かに俺が断ったり、固まってたら響とはこうならなかった。
アリカと再会することも、みんなと遊びに行くことも響は体験できずのままだ。
「ここから話すことは嫌な話になるかもしれないけれど、これも私の想像だ。……美咲から聞いたけど、明人君は学校の女子から距離を置かれているらしいじゃないか」
「……ですね。色々噂が立ってて、女子からは距離置かれています」
「逆に言えば、今の君は女子から注目される存在だ」
「あ……」
春那さんが言わんとしてることが分かった。
確かに俺は噂で女子から要注意人物としてマークされている。
女子ネットワークを知る女子は俺の事を知ってしまったんだ。
木崎明人の存在、姿を知ってしまった。
俺の行動は興味本位であれ、侮蔑の対象であれ、見られることが多くなる。
その俺の傍にいれば、普通にしている響も同時に見る機会が増える。
「打算的なところはあったかもしれないけれど。彼女の願いは一貫しているだろう」
「普通に接して欲しい――ですか?」
「そのとおり。それしかないんじゃないかな」
「だとしたら、俺は春那さんの言うようには放っておくのはできません。響に友達が出来るチャンスを増やすためにも姫愛会をなんとかしたいです」
「うん。やっぱり明人君はいい子だね。……美咲、やっぱり私も参戦していいか?」
「春ちゃん!」
「冗談だよ」
急に二人が何の話をしたのかよくわからなかったが、美咲が妙に慌てている。
参加じゃなくて、参戦? 言い間違いか?
もしかして一緒に遊びに行きたいのか?
そんなことを考えていたら、春那さんがまた語り始めた。
「まあ、私からの助言というなら、姫愛会だっけ? それに対処すべきは、君じゃなくて彼女自身だってことだね。遠くから見てるだけの子に自分から寄るのは面倒なことだけど。あの子に寄るつもりが無いから、今の現状のままなのだと思うね」
「春ちゃんは響ちゃん自身に解決させたほうがいいって言うのね?」
「まあ、そういうことだ」
美咲の問いに春那さんは首を傾げながらやんわりと微笑んだ。
「それでも手を出したいと望むなら、響君に伝えてからにしたほうがいいね。明人君がどうしたいかを彼女に教えた方がいい。その上で彼女がどうしたいかを知ってからの行動でもいいんじゃないかい?」
「……はい。響に話してみます。すいません。夜も遅いのに話聞いてもらって」
「いやいや、大丈夫だよ。前にも言ったけど、君たちはもっと絡み合うべきだよ。アリカや太一君や響君、他の二人ともね。今回の遊びに行くのはいい機会だ。直接見れないのは残念だけれど」
春那さんは優しい瞳で俺と美咲を交互に見つめる。
そして、俺のところで視線が止まると俺をマジマジと見つめ始めた。
春那さんの目が肉食獣のような目になり始めた気がするのは気のせいだろうか?
「まあ、明人君が望むなら、私はいつでも肌を絡めてもいいんだけど。ああ、そうだ。せっかく、うちに来たんだからそうしよう」
「「は?」」
今、春那さんなんて言った? 肌を絡める?
美咲も目を見開くほど驚いた顔をしている。
「美咲、一、二時間ばかりお遣いに行って来てくれるかい?」
「春ちゃああああああん!」
真っ赤な顔をして春那さんの腕を掴んで身体を揺らす美咲。
残像が見えるくらいの速さで揺らされてますけど、春那さん大丈夫なんですか?
「美咲はケチだなー。明人君の童貞くらいもらってもいいじゃないか。なあ明人君」
美咲に揺らされているにもかかわらず、器用に話しながら俺にウィンクする春那さん。
その弾みで豊かな双丘が右へ左へ上へ下へと揺れまくる。
その、色々とやばくて直視できない。視線をどこにおいていいのか、わからない。
そういうの人前で聞くことじゃないですよね? 顔が無茶苦茶熱いんですけど!
初心な青少年を苛めるの止めてもらえません?
確かに童貞ですけど! とても興味のあることですけど!
「明人君も何想像してんの! 顔がにやけてるよ!」
俺に怒らないで下さい。
てか、なんで美咲は春那さんの前だとそんな剣幕なの?
いつまでもいると、また春那さんに弄ばれそうなので帰ることにした。
「あの、もう遅いんで帰ります」
俺がそう言うと、美咲は春那さんを揺らすのを止めた。
玄関まで二人が見送りにきてくれて、俺は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「たいしたお構いもせずに申し訳ないね。また遊びにおいで。特に美咲がいないときに。そのときはたっぷりサービ――――」
「はるちゃああああああああん!」
言い終わる前に、美咲にガクガクと揺らされる春那さん。
さっきより残像数が多く見える。
春那さん笑ってるけど、平気なのか?
玄関から出て扉を閉める時に見えた小さく手を振る美咲。
俺も小さく手を振って、
「おやすみなさい」
と言って美咲の家を後にした。
帰路へと進みながら考えていた。
考えに考えて出た結論。
俺は携帯を取り出し、響にメールを送った。
『土曜日の夕方、俺のバイトが終わったら会って話がしたい』
送って五分もしないで『了解。連絡待つわ』と返事がきた。
俺の話を聞いて響はどんな顔をするだろうか。
何故だか、そっちの方が楽しみな俺だった。
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