100 友達の相談1
バイトの帰り道、いつものように一緒に帰る美咲に響の話をしてみた。
言うか言うまいか少し悩んだが意見と助言が欲しかったからだ。
「へー。響ちゃんファンクラブまであるんだ」
「本人は知らないみたいだけどね」
「なんか、春ちゃんと似てるなー」
「春那さんと?」
「春ちゃんもね高校のときファンクラブがあったって、晃ちゃんが言ってた。上履き盗られたり、家を覗かれたり、帰り道ついてくる子もいたらしくてねー。大変なんだよって言ってたな」
美咲、それストーカーです。余裕で犯罪者です。
「スペック高すぎるんだよね。春ちゃんと一緒にいると本当にそう思う。家事全般こなすし、頭もいいし、英語とかペラペラだし、しかも、あの顔に、あのボディだよ!」
最後、気のせいか、妬みこもってなかったか?
それに顔なら負けてないだろう。
「え、でも妹さんT大だろ? スペックで言うならそっちの方が上だろ」
「春ちゃんもT大受かってたよ? でも、こっちの大学に来たの」
「はあ? 何でそんなもったいないことしてんの?」
意味が分からない。T大蹴ってまで、清和大に入る理由があったのか?
「そこは教えてくれないの。聞いても『色々あったんだ』しか言わないんだもん。晃ちゃんに聞いても教えてくれないの。こっちに来てから晃ちゃんとほとんど連絡取ってないし」
春那さんにも言うにやまれぬ事情があったのだろう。
人に話したくない事があるって気持ちは俺にもよくわかる。
俺にはそれが家族のことだからだ。聞かれても曖昧にしか答えたくない。
なんだか自分が惨めな気分になるからだ。
「まあ、その話は置いといて、スペックで言うなら響も高いよな。成績トップだし、運動神経も抜群とか聞いたし、親も金持ちだし、顔もいい、スタイルだってそんなに悪くはない。あいだっ!」
美咲、だからなんでわき腹に突くんだよ。
自転車押してるからガードできないだろう。暴力反対。
「うふふふ。明人君は響ちゃんのどこ見てんのかな?」
頼むから、その笑顔なのに笑っていないように見えるのやめて欲しいです。
怖いから文句を返すのはやめとこう。お仕置き病が出ても困る。
「いや、一般論で言ってるだけだから。その準備している手は横にしまおう」
「……明人君はどうしたいの?」
「ファンクラブ自体はいいんだけどさ。方向性を修正したいんだ。近付いたらペナルティとか、誰も近寄るなって言ってるもんだろ。そんなの響を孤立させてるじゃないか。抜け駆け禁止っていうなら、触れ合う機会を平等に作ればいいと思うんだよ」
「……ちょっと難しいよね」
俺の言葉を聞いて美咲は少し間をおいて考え始めた。
「……春ちゃんに聞いてみようか?」
「え?」
「今日春ちゃん休みだし、いいアドバイスくれるかもしれないよ」
美咲はそう言って鞄から携帯を取り出して電話をかけ始めた。
「あ、春ちゃん。美咲です。ちょっと明人君に助言してあげて欲しいんだけど。うん。今、帰り。うん。あと十分くらいで着くから。え、何で私の下着、部屋に干すの? いや、春ちゃんのも駄目だってば」
謎の会話を横で繰り広げる美咲の横で顔が熱い俺でした。
こうして俺は初めて美咲たちの部屋に上がることになった。
いつもはこのハイツの前で美咲と分かれ、美咲が部屋の中から手を振って俺が帰路へと進むのが恒例になっていた。
だが、今日は美咲と一緒に部屋の扉の前にいる。
一緒に住んでるみたいな気分で、何だかくすぐったい。
誰かと同棲したらこんな気分になるんだろうか。
美咲が鍵をあけて扉を開く。
「ただいまー。明人君つれてきたよー」
「お、おじゃまします」
美咲の後ろから入っていこうとしたら、美咲が急に振り返って俺を入れないようにブロックしてくる。
なんで?
「明人君。ちょ~っと、ここで待っててね。扉を開けたら駄目だよ?」
扉をがっちりと保持したまま、顔だけ出す美咲。
『パタン』と扉が閉まった。
閉まった扉の向こう側から、
『春ちゃあああああああん! 何で玄関に下着干してんのよ?』
『部屋に干すなって言ったの美咲だろう?』
『お客さんが来るのに玄関に下着干す人がどこにいるのよ!』
『美咲の目は節穴か? 目の前にいるだろう』
『何わけのわからないこと言ってるのよ! いいから早く片付けて!』
『明人君だって喜ぶはずだぞ? 厳選セクシー系集めて干しといたから』
『ああああ、私のお気に入りまで干してる!』
『美咲、このスケスケの紐パン、こんなのどこで買ったの?』
『春ちゃああああああああああああああん!』
うん、めっちゃ聞こえてます。顔が熱いっす。
しばらくバタバタとした感じが続き、急に静かになった。
扉が開いて美咲が顔を出す。
「ごめんね。おまたせ。さあ、どうぞ」
美咲に導かれて中に入る。
女の人の部屋。それだけでもドキドキする。
玄関は狭いが、靴箱が装備されているようだ。
中には美咲たちの靴がしまっているのだろう。
玄関を通り、少しばかりの通路、右手に扉が二つ並んでいる。
恐らくトイレと浴室だろう。
「やあ、明人君。いらっしゃい」
通路に出てきたのはこの部屋の主、春那さん。
パジャマ姿の春那さん。淡い黄色のオーソドックスなパジャマ。
それでも春那さんが魅力的に見えるのはスタイルのせいだろう。
「んにゃあああ、春ちゃん着がえてって言ったでしょ!」
「やだよ。面倒くさい」
あの、気のせいでしょうか? 胸の辺りにぽっちがあるんですけど?
もしかしてノーブラですか?
「おや、明人君。そんなに見つめられると身体が火照るじゃないか」
照れたように軽く頬を赤らめもじもじとする春那さん。
双丘がプルンと揺れた。
「い、いえ、み、見てません。いだっ!」
だから美咲。手刀はやめろ、手刀は。
「す、すいません。夜も遅いのに」
美咲のジト目から逃れつつ春那さんに侘びを入れる。
「いや大丈夫だよ。ここではなんだから中どうぞ」
通路を抜けると四畳ほどのキッチン、右手に続く部屋は六畳間より少し広い感じがする。
部屋はなんだかほんのり甘い香がしている。
間取り的には2DKといった感じだ。
右手の部屋の中央にテーブル。その下には三畳ほどのラグが敷かれている。
この部屋から美咲は俺に手を振っていたのだろう。
壁際にはラックボードその中央には三〇インチくらいのテレビがある。
ラックボードには雑貨品や雑誌が数点置いてある。随分と無駄を省いたような感じだ。
飾り気の無い感じだけど、春那さんの雰囲気になぜかあっていると思ってしまった。
以前入ったことのある綾乃の部屋とは逆な感じ。
ただ、テレビの横にいるアヒル隊長の違和感が半端なく、この部屋の雰囲気をおもいっきりぶち壊しにしていた。
もう一部屋奥に続いているようだが、そこは閉まっていてどういう感じか分からない。
恐らく寝床にしている部屋だろう。
テーブルの窓側に春那さんが座る。どうやらそこが春那さんの場所らしい。
その正面に座るよう促され俺は座った。
美咲はお茶を持ってきてくれて、空いた場所に座る。
春那さんに響の話と美咲にした俺がしようと思っていることを話した。
春那さんは俺の話を聞くと店長のような薄ら笑いを浮かべる。
「ふむ、明人君が言いたいことはわかった」
「どうすればいいと思います?」
「この件に関してだけ言えば、ほっとくのがいい」
「なんでです?」
「それは彼女がそう選択してるからだと」
「ええ? 春ちゃんなんで分かるの?」
「いや、推測の域は出ないよ。でも当たってるとは思う」
春那さんは薄笑いのまま美咲に答える。
「あの子基本無表情だろ。あれもわざとだろうなって思う」
「なんでわざわざそんなことするんです?」
「美咲や明人君の話を聞くと表情を出していることもあるようだけど。それはあの子が隠し切れなかった感情だろうね。これも推測だけど、ファンクラブの存在をあの子はとっくの昔に知ってると思うよ。恐らくネットワークとやらも。……そうだね。では、ちょっと私からの質問もさせてくれ」
春那さんは薄笑いを浮かべたまま俺を見つめる。
その瞳はまるで俺を試しているかのように見えた。
「明人君は、なぜ東条響と友達になった?」
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。