異変
薄暗い洞窟
これは大陸の北端に位置するアルフノーテス山脈の中腹にあった。
あちらこちらに白いクリスタルが散らばりほのかに輝いている。
ドーム状の空間である岩肌は灼熱の炎で融解され滑るように輝く
周囲の地面には数か所の深淵の縦穴があり、マグマの熱がこの
洞窟全体の温度を上げている。
その中心に、首を丸め何かを守るように横たわる影
その表面は白い鱗で覆われ、体長十五メートルは有にある存在
そう人はそれをホワイトエンシェントドラゴンと呼ぶ
両翼を広げると五十メートルはあろうその翼を折り畳み岩の様に動かない。
一人身長ほどの大きな頭部には大きく鋭い角が二本、その下には
それよりやや小さめの角が左右に四本生えている。
目をかすかに開きじっと見つめる先に 守るそれはあった。
それは五十センチほどの白くてとても小さな卵
卵といっても表面の殻はクリスタルで覆われており
美しくぼんやりと輝いていた。
ドラゴンは長い時を生き、その命が尽きる前に1つの卵を産み落とし生涯を終え魂の輪廻を繰り返す。
そう、今 まさしくその時を迎えようとしていた。
洞窟の右隅の方からゆっくりと歩いてくる1つの影が
体長はニメートル、屈強な胸板、青紫の皮膚をし、人間のようにも見えるが
よく見ると皮膚は細かな鱗、そして大きく異なるのは
そう、後頭部に後ろ向きに二本の角が生えているのである。
竜人族の族長カイル・ノア
彼は中央まで歩み寄り片膝を落とし頭を下げた。
それまで卵を見つめていた金色の瞳を一瞬その近づいてきた彼に向けたドラゴンは
「カイルか」
声は一切発していない、竜と竜人族は念話ができるのである。
黙っている彼にドラゴンは続けて
「時はもうそろそろだが、その前に我は滅ぶ
長きに渡り大儀であった
我が子を頼んだぞ」
途切れがちに、そしてゆっくりと最期の生を絞り出すようにその声がカイルの頭に響く。
「ハッ」
彼は卵から産まれる次なるドラゴンである竜人族の王に仕えろと。
竜人族は今も昔もこれからもドラゴンを王として仕える種族なのである。
何代もの族長が現王に仕えてきたが、
まさしくカイルが族長の時に王が生まれ変わるのだった。
カイルが生まれた頃は既に現王はこの洞窟の中から出る事も無く、
彼が飛びまわりこの世界の覇者として君臨していた時代は
代々続く伝承でしか聞かされていない。
それでも彼らはこの里を守って来た。それはこれからも変わらない事実。
ドラゴンである王は低いうなり声を上げたかと思うと動きを止めた。
そしてカイルは今一度拝跪すると、後ろに向かい命を飛ばした
「ヨルム、ノース 次なる王をお守りしろ」
「ハッ」
この洞窟の入口付近で待機していたのであろう、呼ばれた彼らが駆け寄ってきた。
ドラゴンと竜人は念話で話をするが、竜人同士は普通に会話をする。
カイルはチラッと卵を見、次なる王に仕える期待を胸にその場を去った。
しかし、半日も経たないうちに大異変が起こったのである。
山の斜面に横穴を掘っただけの質素な家である。
山脈の中腹とは言え三千メートルは超える高地にも関わらず
竜族の集落の近辺には雪は無い。
王がくり抜いた洞窟からはマグマで到達する縦穴が掘りぬかれ
その熱が常に集落まで漂っており非常に暖かい。
王の最期を看取ったカイルは夕食を食べていた、
その日の夕食は肉の入ったスープだけと質素なものであるが、
人の食べるものとして唯一異なるのは、
その中に一ミリほどの白い砕かれたクリスタルの破片が入っている点。
そう、ドラゴンは生涯クリスタルを産み落とす。
竜人族はこのクリスタルを食べないと
この世界で生きていくことは出来ないのである。
強大な力を持つと言われているドラゴンに
恐怖で仕えている訳ではないのだ。
ドラゴンがいないと竜族は生きていけないのであった。
「次の王はいつ頃お生まれにるのでしょう?」
彼の妻のフレア・ノアは夫のカイルに聞いてきた
「ん、そうだな伝承によると王が死んだ後二,三日で誕生すると聞いた事がある」
そう、ドラゴンは数千年の生を持ち、竜人は二百年の生しか持たない。
なので何代にも渡り一人の王に仕えるのである。
この世界にドラゴンは彼らが仕えるホワイトエンシェントドラゴン
遥か南にレッドエンシェントドラゴンしかおらず、
大陸を隔てているせいか彼らは南のドラゴンのことをよく知らない。
「はぁ、早くご誕生されないかしら 楽しみだわ」
「ちっさくてきっとかわいいんでしょうね」
そう楽しそうに喋っている妻のフレアを見ながら
カイルも新たなる王に早くお会いたいと思いスープに入っている
小さなクリスタルの破片をかじっている丁度その時に
ゴォォォォォォっとした地鳴りと共に
地面がうねる大地震が発生したのである。
上下に激しく揺れる地面、彼の頭の中には新たなる王の卵の事しかなかった。
不吉な予感が彼の脳裏を駆け巡るが、一瞬でそれを振り払い
その揺れる地面をものともせず凄まじいスピードで卵の元へと向かったのである。
まだ地面は揺れている、その揺れは上下から左右に大きく変わる
彼は卵があった場所に到着し・・・
その一点の割れ目を凝視しながら・・
その割れ目の横で下を覗いているノースに向かい
「王は!」
聞かなくても分かっている、その地面の裂け目に王である卵が落ちたことは、
幅5m程の裂け目、ヨルムは王を守ろうと卵毎裂け目に飲み込まれたのである。
まだ横揺れする中、カイルは裂け目の端に立ち、じっとその下を見た
どれくらいの高さなのか想像もできないほどの闇が続く・・
カイルは絶望を感じている頃 ようやく揺れが止まり
そしてクリスタル化が始まった前の王を見ながら、
「十五年・・・・持って二十年か・・・・・」と呟いた。
そう、伝承によると次の王が誕生しても成人するまで次の王はクリスタルを落とさない。
その間は旧王の屍により生きながらえるのである。
「俺たちはどうすればいいのか」
彼は一族を守るためやらなければならないことを考えながら呟いた。