第七話 No.6アンリ(黒田蓮)【序】
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(そしてまさかの三部構成)
「遅い」
校門を通り抜ける瞬間、怒りが篭った声に呼び止められて思わず足を止める。
「ホームルーム終了から三十五分二十三秒経過か。チャットと猫の世話しかする事がない暇な帰宅部の分際でこんな時間まで何をしていたのかな?」
校門に寄りかかり、天女を彷彿とさせる微笑を湛える鬼灯。
しかし目が据わっていて、且つその声が怒気を含んで低くなっている。
普段女の子とそう変わりない高いトーンの声の鬼灯が、こういった男らしい声を出す時。それは本気で怒っている時だ。
面倒な奴に出くわしたな……
「……少し図書室に寄っていただけですよ」
内心毒づくが、そんな事はおくびにも出さず同じような笑顔を返すと鬼灯が眉を釣り上げる。
「へえ? この学校の図書室は今日図書室の先生が出張で終日閉鎖してる筈だけど」
「……わぁ、よくご存知ですね」
実に良い笑顔で本来彼が知っている筈のない情報を語る鬼灯に、背筋が寒くなる。
今の発言は出鱈目に言って鎌をかけようとしたのか、予め調べて言っているのか……ああ、鬼灯の場合後者だろうな……
――しかしこの程度で折れる程俺は往生際が良くない。
「俺は鍵の管理担当者ですから。忘れ物を探しに鍵を開けて入ったんですよ」
「ふーん? ここから職員室見えるけど、さっき君が鍵戻しにきてたのはそういう訳?」
だから何で知ってるんですか。
今日は暑く、クーラーもない我が校の職員室の窓は開け放たれている為、少し距離がある校門からでも目が良い人には職員室内部は見えなくもない。
しかし職員室から此処までにはグラウンド一個分の距離もあるのだ。中にいる人の顔は勿論、鍵を戻しにきたなんて細かい事までは流石に見えない筈……だが、鬼灯にそんな常識は通じる訳もなく。
「……校内に隠しカメラを設置したんですね? 盗撮は犯罪だから止めた方が良いですよ」
「大丈夫、理事長に許可はもらってるから」
おい理事長。
小学生相手に何懐柔されてるんですか。と文句を言おうとしたが、そういえばこの子は日本から大分離れた位置に存在する何処かの王国で王族に次ぐ権力のある家の子供だった。
うちのハゲ散らかした頭の理事長はきっと金と権力に物を言わせて脅され、止むなく設置許可を下ろしたのだろう。
「それで、さっき君が戻した鍵が図書室の鍵なんでしょう?」
「……」
何も言えなかった。
恐らく何もかも見透かしているだろうこの恐ろしい子供の前で今下手な事を言えば、一気に畳み掛けられて糾弾されるのは目に見えている。
「カメラの映像を見る限りだと、君は先程の鍵を戻しに来たのを抜いて一度だけ職員室を訪れている」
無言になった俺に鬼灯は笑みを深め、徐にランドセルからノートパソコンを取り出すと画面を俺に向けてきた。
「今朝、いつも通り鍵を一つ一つ確認していたようだね。いやぁ、偉いなぁ。じゃあその時に鍵を持って来たのかなぁ?」
画面に映っているのは職員室で、黒い帳簿にボールペンで何か書き込んでいる俺が拡大されて映されている。
映像の下に書いてある日付は今日の朝だ。
暫く無言でその映像を眺めていると、鍵を全て確認し終えた俺はスタスタとその場を立ち去って行った。
両手に帳簿とボールペンを抱えながら。
「……あっれー? おかしいなぁ。君の話通りならこの時にはもう図書室の鍵を持ち出していないと説明がつかないよね? 君が去った後も鍵は全部揃ってるよ?」
あ、これはもう言い逃れできない。
俺は強く確信し、笑顔のまま鬼灯から次に飛んでくるであろうボディブローを躱すべく身構えた。
――事の顛末は藍に逃げられた直後まで遡る。
*
*
*
ひやりと指先から伝わる冷たい感触に一瞬怯むが、そのまま冷たい手摺りに指先を滑らせ、上履きからあまり音が鳴らないよう慎重に登ってゆく。
屋上に繋がるこの北校舎四階は普段滅多に使われないので、廊下には人は愚か、ゴキブリ一匹もいない。
階段を登り切った終着点、使われなくなった机や椅子が埃と共に無造作に積まれた空間の奥に立てかけられた立入禁止の札は何が書いてあるのか判別するのも危ういくらいに掠れてしまっている。
本来鍵がかかっているべき扉へ目を凝らすと、塗装の禿げかけた金属の扉と古い木製の枠の間に微かに生まれた隙間からびゅお、と風が漏れ出ている。
風圧で重くなっている筈の金属の扉を軽々と開き、自分が屋上へ出た後隙間がないように閉める。
薄暗い所から急に明るい空の下へ出た反動で視界は白く眩んだが、その人物が待ち受けているであろう場所は検討がついていたのでそちらに向かって呼び掛けた。
「逃げなくても良いじゃないですか」
昨日も今日も真夏日で、この片田舎の小さな町でも既に何人か救急車で搬送されていて、蒸し暑い筈なのに屋上付近の気温はかなり低く感じる。
「れ、蓮。来てくれたんだ」
漸く視界が明るさに慣れた頃、俺の目の前には屋上のフェンスを背にぎこちない笑顔を浮かべ、しきりに後ろを気にする藍の姿を捉えた。
「ええ、好奇心で。……俺に御用があるという方は何方にいらっしゃるのですか?」
にっこりと微笑みかけると、藍はまたもビクッと身体を震わせた。
それも当然だろう。要件は何も話さずに俺が此処に来るよう仕向けたのに、俺が何もかも見切ったような態度でいるのだから。
――俺は此処に来るまでの数分間、ずっと思案していた。
教室での藍の態度から、まず人に聞かれたくない内容だというのは容易に察せた。
そして他に幾らでも場所はあるだろうに、彼がわざわざ立入禁止の屋上を選んだという事が引っかかったのだ。
何故なら屋上の鍵は職員室で厳重に管理されている一個だけで、複製やマスターキーも存在しない。
どうやって一生徒である藍が鍵を手に入れられたのか疑問に思った。
……失礼、一つ言い忘れていた事がありました。
俺は用具委員会に所属していて、各教室の鍵を管理しています。
全く、幾ら俺がスーパーミラクルチート優等生とはいえ、一生徒である事に変わりないのに。
校内全ての鍵の管理などという大事な役目を一生徒如きに任せるなんてこの学校は馬鹿なのでしょうか。いえ確実に馬鹿ですね。
――おっとすみません、話が逸れましたね。
閑話休題といきましょう。
俺が屋上について聞き返し、さり気なく鍵を手に入れた経緯を聞き出そうとした所で藍が逃げてしまい、益々疑心は強まった。
藍は馬鹿がつく程真面目で、人に中々心を許さないが一度信頼した相手から頼まれた事は断れない性格だ。
――これは藍に深く関わる「誰か」に頼まれて俺を呼び出しているのではないか、と疑いを持つのは最早必然だろう。
何故俺がこんな回りくどい方法で呼び出されねばならないのか、呼び出しの内容は心当たりはありすぎて逆に分からないが。
だがわざわざ人目につかない場所を指定した辺り、警戒しておくに越した事はないだろう。
「わざわざ俺の唯一無二の親友である藍まで使い、尚且つこんな場所を指定して俺が此処に来るよう仕向けたのは誰です?」
藍がいつまでも顔面蒼白で固まっているのを焦れったく思い、普段より少し低めの声音で再度問うた。
表情は一切変えていなくとも、警戒心丸出しな重圧を放てる自分の演技力と表現力を全力で褒め称えたい。
「え、えと……」
俺が言い終わった瞬間、藍の瞳が俺の背後に向いたその一瞬を俺は見逃さなかった。
「……私よ」
俺が振り向くのと、後方から轟音と土煙を立てて錆びた扉が開いたのはほぼ同時だった。
屋上の扉をかなり強引に開け放った犯人は胸までの金髪をお下げに結った、細身で小柄な女子生徒だ。
階段を慌てて登ってきたのだろうか、彼女の呼吸は荒く若干顔を赤らめている。
遠目に見るとロリ系に見える彼女だが、よくよく見てみれば凛とした眉に気の強そうな切れ長の紫紺の瞳、スッと通った鼻筋、小さな薄紅色の唇……随分と大人っぽい顔立ちをしている。
更にブラウスでは到底隠し切れない豊満な胸が、彼女が少し動く度に激しく揺れて自己主張している。
うちの学校は田舎の癖して顔面偏差値だけは無駄に高いが、ここまで綺麗な子はいただろうか?
「君は……」
「私は隣のクラスの神山はぐ。直接話すのは初めてかしら? 黒田蓮君」
俺が尋ねるより一足早く、息を整え終わった女子生徒は嫣然とした笑みを薄紅色の唇に湛え、胸に手を添えながら自己紹介した。
神山はぐの仕草一つ一つが本当に艶やかで、非の打ち所がまるでない。これで同じ学年とは俄かに信じ難いです。
この神山はぐという女子生徒はきっと良家の子女か何かなのだろう――
「……ん? 神山……?」
気の所為だろうか。彼女の名前に酷く既視感を覚えるのだが……何処で聞いたのだったか……
「うん。はぐはオレのお姉ちゃんなんだ」
俺が「神山はぐ」という名前を脳内でゆっくり噛み砕いて吟味していると、沈黙していた親友から答えが上がった。
「……え?」
誇らしげに宣告されたその内容に、我が耳を疑う。
「あら、気がつかなかった? 顔は似てるとよく言われるのだけど」
「髪色と性格は似てないけどね……」
「それは仕方ないわよ!」
「いや……え?」
確かに苗字は同じですし、いざ指摘されてみれば顔のパーツも似ているような気もしますが、社交的で小柄な巨乳美人のはぐさんとコミュ障で高身長残念邪眼美少年の藍が、姉弟……?
「……ダウト……」
「ねえ、あからさますぎて傷つくんだけど……!?」
思わず声に出してそう言うと、藍が今にも泣きだしそうな顔で睨みつけてくる。
そんな小犬みたいな顔で睨まれても怯むどころか逆に嗜虐心を煽られるだけだが、そんな内心をおくびにも出さずポーカーフェイスを貫き通す。
「いや、だって矛盾してますし……」
「へ?」
――そう。仮に二人が姉弟だとして考えると、先程の発言がどうしても矛盾する。
「はぐさん。先程「隣のクラス」と仰ってましたよね……?」
言い間違えや聞き間違えという可能性もあるのではぐさんの上履きを確認してみると、赤いラインが入っている。
今年の我が校は一年が緑、二年が赤、三年が青と学年ごとに上履きの差し色が分けられている。
彼女が履いているのは俺や藍と同じ赤色。
――つまり、神山はぐは同学年という事になるのだ。
彼女が藍の姉で、しかもこの学校の生徒というなら青い上履きを履いている筈なのである。
記憶力が良く、細かい事がいちいち気になってしまう俺が真剣な面持ちで指摘すると、いつの間にか俺の隣に並んでいた藍と真正面のはぐさんは互いに顔を見合わせ、そして……ニヤリと笑った。
「僕達は」
「私達は」
笑顔の真意が解せずにポカンとする俺の前で、二人は同時に喋りだす。
「「一卵性双生児です!」」
――その可能性があったか……!
寸分の狂いも生じず、重なり合った二人の言葉に俺の思考は完全に停止した。
「ナ、ナンダッむぐっ!?」
「しっ! 声大きい!」
混乱のあまり此処が立入禁止の屋上で、教師に此処にいるのがバレたら大目玉をくらうという事も忘れ、発狂しかけた俺は藍に口を塞がれたお陰で大声を上げずに済む。
「異常に驚きすぎだからね!? てか双子という可能性を考慮しなかったの!? それとも美人のはぐとオレなんかじゃ血が繋がってるようにも見えないってこと!?」
「んむ、んむむむむっむむんー!」
いや、そこまで言ってません!
否定の言葉を口に出そうにも、強く口を塞がれているせいでくぐもった声しか出せない。
というか藍、口だけではなく鼻も塞いでますからね!? 息できない、死ぬ!
必死に手足をばたつかせて抵抗するも、藍の腕はびくとも動かない。
俺は運動部の助っ人によく呼ばれるくらいだし運動神経には結構自信がある方だから、吹奏楽部所属でアルトサックス担当の藍を振り解くくらいわけない筈なのに。
あ、もう苦しいを通り越して本格的にやばくなってきた。
酸素が足りない……
「ちょっと藍! 黒田君死にかけてる!」
「うぇっ!?」
「ぷはっ……」
周りの景観が眩みゆく中、はぐさんの指摘により俺が呼吸機能を停止している事に漸く気づいた藍の腕が即座に離れてゆき、俺はうつ伏せに倒れこんだ。
「げほっ、ごほっ……」
「うぁぁああ悪気はなかったんですごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
――本気で死ぬかと思った……
呪文のように謝罪の言葉を続けながら咳き込む俺の背中を優しく摩ってくれる藍。
さっき俺の口を押さえていた物凄い力は何処に……?
「ごめんなさ……っうぅ…………ひぐっ……うぁぁああ!」
初めは涙を堪えようと袖口で乱暴に目を擦っていたが数秒と経たずに限界が訪れたらしく、藍は蹲って盛大に泣き出した。
「ごほっ、ら、ん……!? 泣かないでゲフォオッ!」
「うぁぁああん!」
俺自身咽せていたので、宥めようにもまず満足に話す事ができない。
――というかこういう状況では本来なら俺が泣くべきものではないんですかね……!?
まあ涙の安売りをする気は毛頭ありませんが!
「落ち着きなさいっ邪眼野郎!」
はぐは藍の前にしゃがみこむと彼の頭を掴み、強引に自分の方へ向かせる。
邪眼云々とか聞こえたのはきっと気のせいです。
「赤ちゃんみたいにピーピー喚くんじゃないの!
男は常に強く、勇ましくなければならないって父上に教わったでしょうが!
貴方は全てを守り切る強さを得たいのでしょう!? この程度で泣くんじゃないの!」
はぐさんの言葉に藍はハッとしたように目を見張る。
そして拳を握り締め、手の甲で雑に目を擦った。
「……そうだね。オレはもっと強くならないと駄目だ」
泣いたのと強く目元を擦ったせいで目は真っ赤だったが、そう小さく呟いた声には確かに強い決意が篭っていた。
――藍はとても弱い子です。
知り合って二年経ちますが、泣いてない日なんてまず見ない。
ちょっと転んだだけでも泣く、勉強が分からなかったら泣く、マラソンの授業があったら走りながら泣く……
人付き合いも苦手で、教室にいる間はいつも緊張して周りに怯えていたし、極度の被害妄想。
運動だって決して得意な方ではない。
しかし、彼は自分の意思で変わろうとしている。
大事なものを守り切る強さを手に入れる為に、苦手な人付き合いも剣技も必死になって頑張っている。
――いや、実に立派だと思いますよ。特にはぐさんが。
流石双子です、藍の扱いを完璧に心得ていますね。
あっという間に藍に平静を取り戻させたはぐさんに内心称賛を送った。
いや、ただ単に藍が単純すぎるだけかもしれませんが。
はぐさんは藍が立ち直ったのを優しい目で見届け、すっと立ち上がると改めて俺の方を向いた。
「さて……長らくお待たせしたけれど、本題へ移りましょうか」
「ええ」
原因を作ったのはのは十中八九俺のせいですがね。猛省します。
――しかし、これで疑問は解けましたね。
家族相手に頼まれた事なら、藍はその頼み事の内容が余程危険なものではない限り絶対に断らないでしょうね。
つまり屋上に不法侵入しているのは許容範囲と。
ほう。これは後できっちりお話する必要がありますね。
そして俺に不利になる頼み事も、藍は決して受けない。
彼の義理堅さは親友の俺がよく知っているから断言できる。
――ですが、藍はその単純で真っ直ぐな性格故に騙されやすいですからね……
将来詐欺に遭わないか心配です。……じゃなくて、今は俺自身の事だ。
はぐさんは身内を騙してまで俺を危険な目に遭わせるような人には見えないし、俺に対して恨みを持っているという可能性もない。
何故なら彼女は屋上に着き、自己紹介した後こう付け加えたのだ。
「直接話すのは初めてかしら? 黒田蓮君」
と。
その言葉の通りで、俺は彼女の存在自体つい先程初めて知ったくらいだ。
ちなみに彼女が俺の名前を知っているのは別段おかしな事ではない。
俺以外に友達がいない藍なら、家で姉であるはぐさんに学校の出来事について話す際必ず俺の名前は出るだろうし、俺自身学校では一目置かれている存在。
今まで初対面の生徒にこうして呼び出しをくらう事もしばしばあった。主に女子生徒。
――だが、その場合話の内容は一つに絞られるのだ。
「黒田蓮君、私……」
「お断りします!」
「早っ!?」
言うが早いか、真剣そのもので言葉を紡ぎかけたはぐさんの言葉にわざと被せて断りの言葉を叫んだ。
「てかまだ私何も言ってないでしょ!? 何で断られるの!?」
「言わずとも分かるんですよ。慣れてますから」
戸惑うはぐさんに躊躇なく、爽やかに言い放った俺に藍が「えっ何これイケメンテロ?」と呟いていたが聞こえないフリをして俺は扉へと足を向ける。
「ちょおぉぉぉおおっ!? 待って!」
「何です、まだ御用がおありですか?」
今までの優雅さを完全に捨て、追いすがってくるはぐさんに呆れたような表情を装って返事を返す。
それにしても猫を被っている人の猫を引っぺがす瞬間はとても愉快ですね。
藍も流石にこの少女漫画や乙女ゲームの展開に憧れる全国の乙女達が目の当たりにしたら間違いなく固まってしまう超展開は流石に予想できなかったらしく、此方を見たまま石のように固まっている。
はぐさんが俺にいつから好意を持っていたかなど知る由もないが、大方告白の前に俺の事は調べ上げたのだろう。
そしてここからは憶測にすぎないが、俺の事を調べる内に俺が用具委員で本来生徒の一存で任される筈のない鍵の管理を任されている事を知った。
その鍵の一つである屋上の鍵。複製など用意されていない屋上の鍵の存在を知り、持ち出した。
今朝確認した時は屋上の鍵は職員室にあったので、それから放課後までの約六時間の間に何らかの方法で持ち出したという事になる。
そして恐らく俺が鍵が無くなったに気づき、慌てている所に藍を使って屋上に呼び出させて告白する計画だったのだろう。
一歩間違えば停学もあり得る、リスクが高すぎる手段をわざわざ選んだのは俺の気を引きたかったからか、それとも屋上に何か特別な思い入れでもあったのか。その辺りは分かりかねる。
――そして自分が俺の唯一無二の存在である大親友の藍の身内で、且つその藍本人を呼んだ場で告白すれば俺も簡単には振れないとでも考えたのだろうが、甘すぎる。
俺の性格を全然知り得ていない……!
俺は藍とは違う……というか正反対だ。
俺は普段誰に対しても分け隔てなく優しく、人当たりの良い社交的な優等生を演じて教師や生徒達に信頼されている。
――だが、嫌な事はハッキリ嫌と言わねば気が済まないタイプでもある。
周りの空気を読んで思ってもいないような事を口に出したりは面倒だし、むしろそういう空気を破壊しにいくタイプだ。
その為俺と本当に仲が良い人達からは「辛辣」「フラグクラッシャー」「ドS」などという評価を頂いているのだ。
――それはこの状況でも変わらないんですよ、はぐさん。
「い、いや、えっと……た、確かに告白しようとしてたけどさ! 初めて話す人にいきなり恋人になって欲しいとか非常識も甚だしい事は言う気なかったよ!?」
「……つまり?」
初対面時よりも色味の失せた顔で必死に俺を引き留める彼女の姿が可笑しくて、零れる笑みを抑えられない。
「わ、私とお友達になってください!」
――ああ、可笑しい。
恋は盲目とは言うけれど、いつも振られた途端血相を変えて追いすがって程自分に惚れ込んでくれるなんて有難いですね。
俺には恋愛なんて無駄な感情、理解し得ませんがね。
「友達なら構いませんよ」
「本当!? やったぁ!」
はぐさんは露骨に表情をパッと明るくさせる。
――落とした後、上げる。
俺の場合は一度こっ酷く振って、相手に絶望感を味わせた後友達というラインまで下げて妥協する事で、相手に希望を持たせてあげる。
普通の女性なら、乙女ゲームとかでこういったシチュエーションに陥った時「イケメン攻略の為に頑張ろう!」と燃え上がり、得た友達という立場を活かしつつ俺にアピールしようと意気込むだろう。
――そうする内に、やがて俺に依存する。
――いや、我ながら素晴らしい。
俺としてもこうする事で従順な手駒を増やして来ましたし、何でもできて女子にモテモテなせいで男子には散々妬まれてきましたが、もし学校生活で何かあっても俺の頭脳と優秀な手駒さえあれば大抵は乗り切れる。実に素晴らしいです。
世の女性に告げます。
男の顔とか体格とか、頭脳とか運動神経とか家柄とか……そんなものは所詮オプションに過ぎません。
どんなにステータスが良くとも、中身がクズなら泣きを見るのは自分ですよ。
傷つくのが嫌なら、精々人を見る目を養ってくださいね……?
* * *
「お前最低……」
「ふふ、それはどうも♪」
説明を終えると、鬼灯はドン引きしながら俺から少し距離を取る。
周りに人が大勢いるせいで、離れたといっても精々数センチ程度だが。
あの後はぐさんや藍とたっぷり『お話』をした所、屋上の鍵は俺の名前を使って堂々と職員室に乗り込んで入手したものらしい。
勿論これを聞いた後説教しました。
「いや褒めてないからね?」
「俺にとっては褒め言葉ですよ」
――俺達は今、こうして説明する合間にも移動していた。
目的地は学校近くの町のカラオケ。
今日はあの子、塁兎、鬼灯、俺の四人でカラオケ店の前で待ち合わせして遊ぶ予定だったのだが、俺が余りにも遅かったので鬼灯が迎えに来たらしい。
鬼灯は盛大に溜息を吐き、俺の顔を見やる。
「何でこんなステータスは良いけど性格がゴミクズ以下の奴がモテるんだろう……信じられない」
――勉強も、運動も、絵も、歌も、ピアノも……初めのやり方さえ分かれば何だってそこそこできるようになってしまう、要領が良い俺。
しかも顔立ちも整っているし、義眼オッドアイだし、誰に対しても物腰が柔らかいパーフェクトな俺は女子達に絶大な人気を得ていた。
――愛だの恋だの、そんなものに興味は微塵もないので全員振ってきたが。
しかしただ振るだけでは勿体無いので、駒……げふんげふん、お友達になってもらってるだけだ。
「……あれ?」
カラオケ店まで後僅かという所で、鬼灯は不自然に足を止める。
俺も鬼灯に倣って止まり、鬼灯の視線の先に目を凝らした。
「そこの幼女〜俺らハロワ帰りで暇なの。どっか遊びに行かね?」
「断るわ。先約があるの」
「くぅーっつれない所も痺れるねぇ! ゲーセン行こうぜ!」
「いやだから行かないって……」
俺達の目的地でもあるカラオケ店の真ん前。
二十代半ば程の、ヤンキーのような出で立ちをした二人組の男が赤いワンピースを着た女子小学生に声を掛けているが、少女は大の男二人に囲まれているにも関わらず億さずつっけんどんに受け答えしている。
周りは少女の方にちらちら視線を送っているが、傍観しているだけで何もしようとはしない。
頭の高い位置で服に合わせた赤いリボンで二つに束ねた栗色の髪、幼さが残っている整った顔……そして何より、あの高飛車な態度は……
「……あれって、チサキだよね?」
「ええ……そう見受けますが……」
男達の顔は位置的に見えないが、片方は金髪で年甲斐もなくチャラチャラとピアスをしていて、もう片方はスキンヘッドのデブ。
「……無職だけならまだしもチャラ&デブでロリコンとかマジ乙なんだぜ、です」
「蓮、日本語可笑しい」
「おっと、失礼。……というかこれ助けに行くべきですよね。人間として」
思わず口調がキツくなったのを誤魔化すように、薄ら笑いを浮かべてロリコン二人組を指差すと鬼灯は静かに頭を振った。
「それもそうだね。彼女ならこういうの慣れてるだろうし、大丈夫だろうけど一応通報しとくか」
「何すんの!? 放しなさいよ!」
鬼灯が携帯電話を取り出し耳元に当てたその瞬間、彼女の甲高い悲鳴が上がった。
彼女に視線を戻すと、デブに掴まれた腕を必死に振りほどこうと暴れる彼女が目に入った。
「暴れんなよ幼女。ちょっとって言ってるだろー? 付き合えよ〜」
「嫌! 放しなさいよ!」
強気な言葉を吐いているが、その大きな瞳が潤みかけているのが遠目にも分かる。
それでも周りは哀れみの籠った視線を送るだけで、動こうとはしない。
此奴らは目の前で女の子が拉致されかけているのに傍観を決め込んでいるというのか。
――まあ、それも仕方ないか。
想像してみてください。
例えば自分のクラスで一人の生徒が複数の生徒に虐められているとする。
これが漫画なら突然やってきた転校生が虐めを辞めるように諭すとかいう展開が鉄板だろうが、現実は違う。
現実ではクラスの殆どが虐めを知っていて見て見ぬ振りをするでしょう。
虐めに関して全くの無関心とか、虐められている人を面白がって嘲笑しているとか、巻き込まれたくないから遠巻きにしているとか……多くの場合この三つのパターンに分かれます。
だって下手に虐めを辞めさせようとして、自分に矛先が向いたら堪ったものではありませんからね。
――結局人間なんて自分の身が一番大事な生き物なのだ。
自ら望んで面倒事に巻き込まれにゆく変わり者なんてそうそういないでしょうしね。
それは俺も同じです。
俺の力ならあの二人を血祭……失礼、フルボッコにする事も可能だが俺が下手に手を出して此方も咎められたら堪ったものではない。
だから今の俺には、こうして傍観しながら警察が来るのを待つしかできない……
「その薄汚い手で彼女に触れないでくれるかな?」
――そう思った刹那、ロリコン二人組のデブの方が突然後ろに吹っ飛んで尻餅を着いた。
「塁兎!」
一瞬何が起こったか理解できなかったが、途端に明るくなった彼女の表情と口に出した名前に俺は今の今まで何故かこの場にいなかった人物が漸く姿を現したのだと察した。
「ごめんね、自販機が中々見つからなくて遅れた」
――むせ返るような熱気が押し寄せる炎天直下。
容赦ない日照りの中でも長袖の白いパーカーを着ている塁兎が申し訳なさそうな顔を彼女に向けながら、彼女の前に立ちはだかる形でビニール袋を片手に持って佇んでいた。
……成る程、あの袋でデブを殴ったのか。
「さ、鬼灯も何だか遅いし僕らも蓮を迎えに行こう?」
いつの間に、何処からか沸いてきた小さな少年にロリコン二人は暫くギョッとして口をあんぐり開けていたが、塁兎が彼女の手を取ってその場を去ろうとした時に漸く我に返り塁兎の肩を掴む。
「おいてめえ! 待ちやがれ」
肩を掴まれ、強制的にロリコン共と向き合う事になった塁兎だがその表情は感情豊かな彼にあるまじき無表情だった。
何の感情も無く見える顔だが、目は口ほどに物を言うという言葉があるようにその瞳は彼の内心を顕著に表している。
「あ? さっきの威勢はどうしたよチビ?」
無表情のまま微動だにしない塁兎にロリコン共は下品な笑い声を立てる。……気づいてないのか、馬鹿共め。
「餓鬼がナイト様気取りか? 怪我したくなきゃとっととおうちに帰んな糞チビ!」
――ああ、本当に此奴らは救いようがない馬鹿だな。
流石変態低脳無職共と言った所ですかね。
「……れよ」
「あぁ?」
俺がロリコン共の馬鹿さに呆れを通り越し感心していると、塁兎がぽそりと小声で何かを呟いた。
ロリコン共は下品にニマニマと笑いながら、塁兎に視線を合わせるようにしゃがみ込み、そのまま顔を近づけ――
「貴様らこそ調子に乗るな、黙れよ。……と言ったんだよ、聞こえなかったか? それともその年で既に耳が遠いのか? 哀れだな」
――そのまま硬直した。
男達の体の隙間から見えた塁兎の表情は、とても冷ややかで酷薄な笑顔だった。
通行人も小学生男子が発してはいけないその威圧的なオーラに息を飲み、足を止めて塁兎に注目している。
「此方が下手に出ていれば、図に乗りおって…… 折角の親切心を無駄にしたな」
「ひぃっ……な、何だこの餓鬼……!?」
「彼女を穢す輩は、僕が……」
そう言って、塁兎は人目も憚らず袖を弄りだす。
本能で塁兎の危険さを察知したロリコン共が後退るが、遅い。もっと早く悟れよ。
「塁兎、ストップ」
塁兎が往来で暴走しようとしたその時、知らぬ間に電話を終え俺の隣をすっと通り抜けていた鬼灯が塁兎の手を抑える。
塁兎はロリコン共に向けていた光の無い冷たい視線を鬼灯に向けるが、周りの人間を圧倒させるその視線に鬼灯はたじろぐどころか微笑すら浮かべ、親指で自分の後ろを指し示す。
「君のターンは此処までさ。ご苦労だったね……小さな王子様」
鬼灯のキザったらしい言葉を合図に、現場に数人の警察官が駆けつけて来た。
塁兎「さて、お決まりの糞コーナーの時間だ」
ゆりあん「さーて、今回の質問コーナーはどんな内容にしようかn」
謎の少年「此処は俺が占拠した!」
塁兎「!?」
謎の少年「さあそれでは俺からの質問(?)だ!」
【鬼灯もう女の子でいい】
蓮「あ、それ思いました」
塁兎「確実に鬼灯はついてくるもの間違えて生まれてきたよな」
【本編のゆりあんどこ行った】
ゆりあん「ゲーセンでシューティングゲームやってるよ」
塁兎「おいコラ」
【蓮がゲスい】
蓮「それは褒め言葉ですね♪」
【鬼灯が出てからBL化してるのではないか?】
鬼灯「僕はただ幼馴染として塁兎の事を崇拝し、心配しているだけさ!」
謎の少年「……(疑いの視線)」
鬼灯「本当だって! 塁兎に相応しい人が現れたらちゃんと応援する!
まあ塁兎の隣に相応しくないと判断したら……」
鬼灯・蓮・ゆりあん「「「……その時は団員総出で血祭りだな」」」
謎の少年「いや怖えよ! 団長皆に愛されすぎだろ!」
蓮「ふふ、血祭り楽しいですよ?」
謎の少年「うっせえゲス!」