第五話 No.4神山藍
【前回までのあらすじ】
鬼灯「君の視界を誤魔化すのさ(キリッ)」
「ねえ、この前神山君がさー……」
「え、うっそマジで!?」
――昔から、こうやって女子に噂される事が多い。
内容は決まって悪口です。別に直接悪口を聞いた訳ではないですけれど、コミュ障で根暗、取り柄も趣味も無いし友達もいない、更に運動神経も0を通し越してマイナス……こんなオレにつく噂なんて悪口以外に思い浮かびません。
――ああでも、一人だけこんなオレといて「楽しい」って言ってくれた人がいたっけ。
いつも笑顔で、頭も良くて、運動神経抜群で、絵も上手くて、歌も凄い上手で、女の子にモテていて……
オレなんかとは大違いだし、こんなオレを「親友」と呼んでくれた彼。
いつも独りのオレに気を使ってくれてたのかもしれないけど、本当に嬉しかったなぁ……
――意地悪で捻くれてるけど実は誰よりも空気読めるし、逆に周りに気を使いすぎるし……しっかりしているように見えて、どこか放っておけない彼。
そんな彼だから、一緒にいたいと思うんですよね。
「なーんか背中が軽いと思ったら、まさかランドセル忘れてたとは……」
鬼灯さんにより発見され、オレが運んできたランドセルを背負い、零音君は溜息を吐く。
「いや軽いと思った時点で気づきましょうよ!」
「返す言葉もありません……」
そんな彼の隣で珍しく正論を吐いているのは零音君の彼女である彩葉ちゃんです。
今日の服装は長袖の白いパーカーに黒のプリーツスカート、黒のニーハイソックスに白いブーツを合わせた、初夏にしては暑そうな格好だが本人は汗一つかいていません。
「今から普通に登校しても遅刻確定だな……小学生共は学校の側まで転送してやるから、さっさと手を繋げ」
「手っ!?」
携帯の時刻表示を見ながらの塁兎君の発言に、彩葉ちゃんは白い頬を鮮やかな朱に染めました。
恋する乙女は可愛いです。
「て、手を繋ぐだなんてそそそんな……!」
「はい、繋いだよ」
両手で顔を覆ってもじもじとしだす彩葉ちゃんですが、対象的に随分落ち着いた様子の零音君が彩葉ちゃんの手を取りました。
彩葉ちゃんは何の躊躇もなく、あっさり手が握られた事に拍子抜けして硬直していましたが、やがてはっとしたように零音君の顔をキッと睨みつけます。
「ちょっと零音君! そこはもう少し恥じらっても良かったんですよ!?」
「あ、え……?!」
零音君は瞳に戸惑いの色を滲ませ、言葉にならない声を上げました。
零音君の心の声を代弁するならば、「何で今僕怒られてるの? 何かした?」でしょうね。
零音君の鈍感もここまでくると、大罪だと思います。
「……もういいです」
「え、え……?」
彩葉ちゃんは零音君が何も分かっていないのを悟ると不機嫌に頬を膨らませ、ぷいとそっぽを向きました。
……零音君はもう少し乙女心を理解しましょうね。
「よし、ちゃんと繋いだな。それでは転送するぞ」
塁兎君は二人に向かって携帯端末を突き出しました。
それはカバーもストラップも何も付いていない、市販のタッチパネル式の携帯です。
あれで一体何をしようというのだろうか……?
「――簡易式転送術、発動」
塁兎君の声を合図に、液晶画面から薄桃色の閃光が二人めがけて放射されました。
閃光は瞬く間に二人を呑み込むと、閃光に包まれていた二人ごと蝋燭の炎が消えるようにふっと姿を消したのです。
「転送完了……だな」
得意気に口元を綻ばせる塁兎君の後ろに並ぶ僕と由梨愛ちゃんは、目の前の光景をあんぐりと口を開けて眺めていました。
――え、いや、え……これは何からツッコめば……
「ん? どうしたお前ら」
「い、いえ何でもッ!」
咄嗟に笑顔を顔に貼り付ける由梨愛ちゃんだが、貼り付けたその笑顔は明らかに引きつっています。
「む……そうか。ならそろそろ馬鹿と合流す――」
「皆ぁ! たっだいマンドリルー!」
奇跡的なタイミングで上がった声に、皆の視線が鬼灯へ向けられます。
雲のようにふわふわした髪を持ち、白衣を着た全体的に白い人物がぶんぶんと千切れそうなくらい腕を振り回しながら走ってくるのが見えました。
「お前はフラグ創造神か何かか……」
「え、何か言った?」
塁兎君が瞳に呆れの色を入り混じらせながら呟きますが、生憎鬼灯さんには聞こえていなかったようで再度問い返されます。
「気にするな。ところで例の餓鬼はどうした?」
塁兎君が口にした質問に、その場の空気が一瞬冷えた気がしました。
「……あ、やっぱ聞いちゃう?」
「当然だ。餓鬼とはいえ仲間に手を出したんだからな」
「あー……ははは……」
空気の変化を目敏く察した鬼灯さんは眉尻を下げて困った顔をしながら、乾いた笑い声を上げました。
――俺達が零音君にランドセルを届ける際、偶然に遭遇したその子供。
皆が登校する時間にランドセルも背負わず、ぶらぶらと歩いていた子供がいたので気になって見てみると、鮮血を彷彿とさせる赤い髪の色……
普通の人間にはないその色に目を惹かれていると、その子供は突然零音君の後ろに回り込んだと思えば次の瞬間、零音君を道路に突き飛ばしたのです。
――咄嗟に塁兎君が道路に飛び出し、零音君を救出したので零音君は無事でしたが何の為に零音君を狙っていたのかとか、何故魔族がこんな所にいるのかとか、聞かねばならない事は沢山あります。
それに場合によっては……考えたくはありませんが、始末しないといけませんし。
皆が無言で鬼灯さんの言葉を待っていますと、鬼灯さんは少し話しづらそうに再度乾いた笑い声を漏らします。
「へへ……何と言いますか、逃げられちゃったんだよね〜」
…………
「っはぁあ!?」
「えぇええぇぇぇえええ!?」
「……ほう?」
上から順にオレ、由梨愛ちゃん、塁兎君。
オレ同様、由梨愛ちゃんも驚愕した表情を浮かべていますが塁兎君はぴくりと眉を動かしただけで、目立った表情の変化は見られませんでした。
「に、逃げられたって貴方……!」
「ごめんちょ☆」
鬼灯さんは特に申し訳なさそうでもなく、自らの頭を軽く小突いて舌を出して謝罪します。
この人は何を考えているんですか!? この状況でそんな緊張感皆無の態度取ったら塁兎君がブチ切れ……
「――おい」
――案の定オレの前方から威厳を持った、冷たい響きを持つ少年の声が発せられました。
この声の主である塁兎君。オレは彼が小学生の頃からの付き合いですがやはり彼は昔から人形のように精巧な顔立ちをしていて、同い年の子と比べると頭一つ分小柄な体躯も、赤くぱっちりとした瞳も、歌っている時の可憐な少女のような声も非常に可愛らしかったです。
高校生の今もやはり小柄で(本人に言ったら殺されるので誰も指摘しない)、端正な容姿は殆ど変わっていないのですが、中学生になった辺りから目つきが鋭い眼光を放つ切れ長の瞳へと変わり、声も徐々に現在のハスキーな声へと変わっていきました。
――そして何を隠そう、オレは塁兎君の独特なよく通る声が非常に苦手なのです。
この声は遠くから聞いている分には幾許かマシですが、ただでさえ射抜くような鋭さを持つこの声に怒りを含めて発せられる怒鳴り声はこの目つきの悪さも相埃ってそれはもう……恐ろしい事になります。
一度塁兎君が本気でキレている所を見たことがありますが、怖さのあまり涙すら出てきました。
笑顔を浮かべているのに、目元が一切笑ってないだもんなぁ……
恐る恐る塁兎君の顔色を伺うと、塁兎君は難しい顔で何か考えてこんでいる様子でした。
――あれ? 今回は珍しく怒ってない……?
オレがきょとんとしたのも束の間、塁兎君が口を開きました。
「お前お手製の対魔族用拘束具を解いたのか。やはり試作段階で使用するのは些か早計だったか……」
「いいや、不具合ではないよ。その子初め魔術発動させようとした時普通に防いだから不具合ではないと思うけれど、急にパンッ! って弾けたんだよね」
「ふむ……ただの餓鬼ではないということか」
対魔族用拘束具だとか、魔術だとかいう単語が飛び交う中由梨愛ちゃんは無言で首を傾げていました。
まあ彼女は人間界の他にも別の世界があるという事を知ったのすら最近ですから、無理もありませんね。
オレ? ああ、オレはこのくらいじゃ驚きませんよ。
この常軌を逸した天才二人とは長い付き合いですし、何より例の対魔族用拘束具の制作にはオレも携わっていますから。
「……俺は少年の詳しい容姿を確認できなかったが、お前はどうだ?」
眈々とした口調で鬼灯さんに尋ねている塁兎君にはやはり怒っている素振りはなく、無表情ですが瞳が少し輝いているようにも見えます。
この瞳は酷く見覚えがある……とある知り合いの科学者が偶に見せる、好奇心に揺れているような瞳。
これはきっと怒りの感情よりも鬼灯さんが考案・作成した対魔族用の拘束具を簡単に破った者に対する好奇心が彼の中で上回った……という事でしょうか。
「背丈は零音君と同じくらいか、それより少し高いかな。長い赤髪を三つ編みに結んで前に流してたのが可愛かったよ〜」
そう言っている合間にも背景にほわほわした光のエフェクトの幻覚が見える程明るい笑顔を振り撒く鬼灯さんだが、口から涎を垂らしているせいでただの変態にしか見えませんでした。
その顔やばい、通報される。
「ロングで三つ編み……? あれは少年だと思ったが、少女だったのか?」
「いや、彼は男だ。自分の事俺って言ってたし、口調も荒くて声のトーンも子供にしては低めだったね。それから……」
「もういい、分かったから」
更に続けようとする鬼灯さんを塁兎君は片手で制します。
……しかし、鬼灯さんが言うとかなり説得力があるように感じるのは何故でしょうか。
「そう? 後は……赤眼で瞳の中に六芒星が見えたから純血魔族のようだね」
「ほう。大した洞察力だな」
「そうだろう!?」
珍しく感心して目を見張っていた塁兎君だが、鬼灯さんはそのたった一つの褒め言葉で調子に乗ってずいと身を乗り出します。
「この聡明で美しきマッドサイエンティストである僕をもっと罵っておくれよ! さあ!」
人目も憚らず「ドヤァ」と効果音が聞こえてきそうなくらいの大声で叫ぶ鬼灯さんに塁兎君は「ウザい」の一言を以って彼を制した。
「ああ……いい……そのゴミを見るような目……!」
「大丈夫か?(頭が)」
「副音声fooooooo! もっと罵っておくれよ!」
「ドマゾ」
「もっと!」
――鬼灯さんは某無料で読める漫画アプリの某保留殺人鬼の方や某大学生の方と仲良くできそうですね。
「……やっぱ分かんないなぁ」
塁兎君と鬼灯さんによるカオスなマシンガントークは、由梨愛ちゃんが胡乱げな声音で漏らした一言によって終止符を打たれました。
「……えっ?」
「むぅ……」
彼女は俯き、口元に手を添えて神妙な顔つきで唸っていました。
「どうした霧島?」
「いやぁ……話戻すようで悪いんだけどさ」
塁兎君が鬼灯さんの腕の関節を逆に曲げながら首を傾げると由梨愛ちゃんは肩を竦め、両腕を広げてみせます。
「その零音君を殺そうとしたって子が魔族ならどうしてこんな手口で零音君を殺そうとしたのか気になって来ちゃって」
「確かに〜。高位な魔族ならこんな回りくどい真似をしなくても魔法を使った方が手っ取り早いだろうにね!」
まるで口裏を合わせておいたかのように、鬼灯さんも現在進行形で関節を外されかけている人とは思えないにこやかな笑顔で話を合わせます。
「……あの子供が魔法を使うのを避けていた、とお前らは言いたいのか?」
塁兎君の真意を確かめるような質問に、二人はほぼ同時に頷いた。
――ここで空気読んでオレも話合わせておくべきなのかな……?
空気が読めない奴は嫌われるし、メンタルの強度が豆腐以下なオレとしては他人に嫌われたら精神的に死ねる自信があるし。
取り敢えずこの後オレに話題振られたら場の空気を壊さないよう、適当に相槌を打つのが懸命ですね。
「てか上級魔族が直々に来るってのも普通に考えておかしいよね〜。ね、藍君っ」
――そしてその時は思ったよりも早く来てしまった。
話題を振られる事態は予測していたのに、名を呼ばれた瞬間胸の奥で心臓が一際大きく脈打つのが分かりました。
「えぁ、そ、そうだね……?」
そして会話に間を開けないように、急ぎ開いた口から飛びだしたのは何とも情けない、挙動不審を隠し切れていない声でした。
――ああああ何か変な声出たあああああ!?
言い終わった瞬間、全身から暑さによるものではない汗がドッと吹き出してくるのが分かりました。
――さっきまで普通に話せてたのに何で!? 何でこういう時に限ってコミュ障スキル来るの!?
ああ、きっと変な奴とか思われてるよ絶対……!
事実塁兎君が今オレに不審そうな視線を送ってるし! 鬼灯さんは隠す素振りも見せず盛大に爆笑してるし!
何より無表情な由梨愛ちゃんが一番怖い。
いつも笑ってる子が急に真顔だぞ。怖すぎるぞこれ。
うわぁぁぁあもし「いい年こいてコミュ障とかないわ……キモッ……」とか思われてたらどうしよう?!
そんな事思われてたら「まじ病み……リスカしよ……」状態に陥る自信がありますよオレ! てか穴があったら入って埋まって窒息死してしまいたい! うわぁぁぁあ!!
「……よし鬼灯、学校に三人休むと連絡しろ」
「仰せのままに。団長」
オレは暫く自分の晒した醜態に悶えていたが、周りはそれ程気にしてはいなかったらしく何事もなかったかのように視線を逸らし、塁兎君が「団長命令」を下すと鬼灯さんは恭しく一礼し、携帯電話を取り出しました。
――ああぁぁあ良かったぁぁあ……
張り詰めていた緊張感が一気に解け、全身から力が抜けてよろけるが何とか体勢を立て直したオレは内心ホッと胸を撫で下ろします。
掌がひりひりと痛むので見てみると、緊張のあまり無意識の間に手を握り締めていたらしく爪が手に食い込んで皮が剥けていました。
血は出ていないし、大丈夫だろう。
ああ、それにしても話題変わって本当良かっ……
「……え? 学校休むってどういう……」
「だんちょーさーん! 私はー?」
一難去って気が緩み切っていたオレは、先程聞こえた会話の中に潜むとある可能性にやっと気づき、確認しようと口を開いた所オレの質問に被せるように由梨愛ちゃんが大声で挙手をします。
「霧島は彩葉に零音の身辺の警護をするよう伝えてくれ。
そしてアンリを此方に向かわせるようにもな」
「あいあいさー!」
――もしかして、この流れは……
オレの中で確実に疑心が現実へと変わりゆく中、オレの心情など知る由もない塁兎君は一つ大きく息を吸い込み真剣な面持ちで団員全員を見回しました。
「緊急任務だ。あの少年の捜索、及び身柄の確保と零音の身辺の警護に徹する」
「了解!」
「ほいさ!」
やっぱりいぃぃぃいい!?
――まずい、これはまずいぞ……この子達が学業というものに全くと言っていい程興味がないのは知っていたが、鬼灯さんは既に出席日数に絶望的な数字が刻まれているし、由梨愛ちゃんは成績が絶望的だし……!
――いや、それ以前に……鬼灯さんの発明品すら効かない上級魔族を敵に回すのが怖かったのかもしれない。
だって、下手したら皆が危険な目に遭うかもしれない。
やっとこんな自分でも、受け入れてくれる人達を見つけたってのに……
「ま、待ってくださいよ! 学校にはちゃんと行ってください!」
「あぁ!?」
そう思うといても立ってもいられず、口を挟むと由梨愛ちゃんは今まで見た事がないくらい鋭い目でギロリとオレを睨みつけます。
「あんたバッカじゃない!? 人が一人殺されかけてるこの異常事態で呑気に学校なんて行ってられるもんですか!」
いつになく辛辣で、何処かあの子を彷彿とさせる態度に、感情の起伏を滅多に表に出そうとしない塁兎君ですら目を見開いて由梨愛ちゃんを凝視しています。
「た、確かに零音君が狙われているのは事実ですし、身辺の警護や犯人の捜索が大事なのは分かります!
でも警護ならイロハちゃんに任せれば良いですし、捜索なら自由に動けるアンリ君に町中の監視カメラをハッキングして探してもらうので充分じゃないですか!
わざわざオレ達が行く意味あるんですか!?」
強気な彼女の態度にたじろぎつつも、オレも引く訳にはいかないので強気に出させてもらいます。
しかし情けない事に足の震えは止まらないです。
「とか言ってさぁ、本当は上級魔族を相手取るのが怖いだけじゃないの!?
なら藍君だけ学校行きなよ! 私達で勝手に探すからさ!」
「そんな事……」
周りにオレ達の姿は見えないが声は消えている訳じゃない事も忘れ、感情を剥き出しにして怒鳴ってくる由梨愛さんに否定しようとしたが、言葉が出てこなかった。
「……神山、これは団長命令だぞ」
言葉を詰まらせたオレに追い打ちを掛けるかのように、塁兎君が真っ直ぐな眼差しで告げてきます。
――ああ、もう……この人達は。
「分かりましたよ……オレも探します」
お手上げだ。
愚直なまでに自分の身より他人の身を優先するこの人達に何を言っても無駄だと悟ったオレは溜息と共に渋々承諾しました。
「む……そうか。強要するみたいになってすまなかったな」
その渋々といった響きを持たせた言葉に、塁兎君は申し訳なさそうな顔をします。
この子も、人の感情に疎すぎるのと何かしら物事に対するピントがずれてるのを除けば本当に良い子なんだけどなぁ……
「別にそこは気にしてませんよ。でも、既にその魔族に鬼門通られちゃってたらどうするんですか?」
鬼門というのは簡単に説明すると人間界と他の世界を繋ぐ通り道で、世界各地に存在する。
「いや、それはなかろう。此処から一番近い鬼門は一時間前に閉じたのを確認した」
その鬼門はオレ達の住むこの町にもあり、この町の鬼門は夜に開いている事が多いのですが鬼門はとても気まぐれで何十年も開かなかった事もあれば、二日連続で開く事もあるのです。
「鬼門が次に開く時間は妖気の流れから推測するに約十二時間後だな。今は午前八時十一分だから夜八時辺りだ。
少年は98.9%の確率で鬼門が開くまでこの町に留まっているだろうから、十二時間以内に探し出すぞ」
――そして我らが団長様は天界、人間界、妖界、魔界、冥界の五界の摂理に関しての研究をしており、妖気の流れから鬼門がいつ開いていつ閉じるかを推測する事ができる。
「でもやっぱり危ないですよ……大悪魔とかだったらどうするおつもりですか?」
上級魔族といったら、一人前の退魔師が数十人束になっても倒せるか倒せないかという相手。
鬼灯さんと塁兎君は……特別ですから油断さえしなければ捕縛くらいはできるかもしれませんが、由梨愛ちゃんに至っては戦力外ですし。
「塁兎がいるし大丈夫さ。一緒に頑張ろう!」
「だね! 藍君今日講義無いし丁度良いじゃん!」
「何でオレの時間割知ってるんです!?」
何でこの子達は自分の命が危ないかもしれないのにこんなに生き生きとしているんでしょう。
無鉄砲という言葉で片付けるにはちょっと無理がありますよ。
「……お前達、何を言っている? 少年の捜索を行うのは俺と霧島とアンリで、神山と鬼灯は別行動だぞ」
「「「え?」」」
まるでそれが当たり前かのように告げられた言葉に、塁兎君を除くその場の全員の戸惑いの声が同時に発せられる。
「どういう意味だい塁兎!?」
「どういう意味も何も、鬼灯。お前は今日の夜仕事があったろうが」
「ぬっ……」
未だ腕を逆方向に捻られている鬼灯さんが食ってかかりますが、塁兎君にそう言われ言葉に詰まった様子で固まる。
あの鬼灯さんが押されるなんて珍し……ってか仕事ってなんですかそれ!? オレ何も聞いてないんですけど……!?
言い返せない鬼灯さんに塁兎君は強気な笑みを向ける。
「あれは魑魅魍魎の動きが鈍い午前の内に済ませ。異論は認めないからな?」
*
*
*
「んー、此処のようだね!」
あの後結局反論もできずに気迫負けして、オレ達二人は廃工場を訪れています。
地図が示しているその場所は壁や屋根のトタンはところどころ錆びていて、予想していたよりも遥かにみすぼらしい外観です。
今はもう単なる廃工場ですが、工場の中には用途もよく分からない麻袋が積まれっ放しになっていたりとかつて工場が稼働していた時の面影を微かに匂わせています。
「確かに……この妖気は穏やかではありませんね」
建物を取り巻く夥しい妖気は、周辺数十メートル先からでも感知できる程。
道中鬼灯さんから聞いた話によると新しくショッピングモールを作る為に此処を取り壊す予定なのですが、作業をしようとする度に物が突然落ちてきたり、無くなったり、奇妙な音が聞こえたり……などという心霊現象が起こっているそうです。
怪我人が出たという話は幸いにも無いのですが、気味悪がって誰もここに来たがらないので何とかして欲しいとの事。
「よくもまあ、ここまで放置できたものだね」
「同意です……」
室内に充満する邪悪な妖気に、心なしか体調が悪くなってきた気がします。
そして夥しい数の気配を感じるのですが、来訪者に警戒しているのか魑魅魍魎らしき姿は見当たりません。
どうにかして誘き出して、一度に出てきた所を袋叩きにするのが一番ですがどうしたものか……
「お化けさーん? 出てきてくださいなっ♪」
どうやって魑魅魍魎達を誘き出すか悩んでいると、オレより一歩前に踏み出した鬼灯さんが突如工場全体に響くような大声で魑魅魍魎に呼び掛けたのです。
「ちょ、貴方馬鹿なんですか!? 魑魅魍魎ってのは割と賢いんです! そんなので来るわけ……」
『呼んだ〜?』
オレが言い終わる前に、トンネルの中から聞こえてくるような声が反響して響き渡りました。
その場の妖気がぐんと上がり、目の前に蒼い閃光が巻き起こったと思えばそれは次第に人の形を成していきました。
――ですよねー。
「馬鹿がいたよ?」
「……ですね」
爽やかな微笑みを向けられますが、もう一気に脱力してツッコむ気力も失せたので適当に相槌を打つ。
『ちょっ! 君ら初対面で色々失礼じゃないかな!?』
空中にぷかぷかと浮かんでいる人影は塁兎君よりも少し幼いくらいで、青い髪は癖っ毛。
少年が身に纏うのは紺を基調とした上質そうな生地でできた着物で、この少年もまた高位な妖怪である事が伺えますね。
……何だろう。今日高位な魑魅魍魎とばかり会う気がするんだけど。
「……貴方が此処で悪戯をしている妖怪で間違いはありませんね?」
「そだよー。そう言う君らは依頼されて俺氏を倒しに来たんっしょ?」
一応確認の為に問うと、少年は楽しそうに目を細めました。
――今変な一人称が聞こえた気がしますが、そこは触れないでおきましょう。
「邪気眼眼帯巨人とモデル体型の美少女かぁ〜……ねえちょっと身長分けて?」
彼は真面目とは程遠い、飄々とした様子でオレ達二人を交互に眺めていましたが、突如として真顔になるとそう懇願してきました。
「この子アンリ臭がするからさっさと消そう……」
「貴方どんだけアンリ君嫌いなんですか!? 暫く引っ込んでてくださいよ!」
鬼灯さんはそれまで浮かべていた全ての表情を消し去り、少年を冷たく睨みつけたのでオレは慌てて少年と鬼灯さんの間に割って入る。
「でも早く終わらせて塁兎と合流しなきゃだし……」
この塁兎脳……っ!
何とか視線をオレに戻してはくれたものの、普段のふざけた態度は何処へやら眈々と無表情にそんな事を言う彼に軽く恐怖すら抱きます。
「だ、だから待っててくださいってば! 後で殴ってあげますから!」
「了解fooooooo! 終わったら呼んでおくれよ!」
苦し紛れに付け足した一言に鬼灯さんは敏感に反応し、すっかりいつものテンションを取り戻して工場の入り口まで駆け戻った。
退場しろとまでは言ってないのですが……
「……何か君苦労してそうだね」
「ははは……」
ころころと表情を変える少年は憂いを帯びた表情をオレに向けます。
まさか妖怪に同情される日が来ようとは……
少々切ない気分になりましたが、確かに鬼灯さんの奇行っぷりは手に負えない部分の方が遥かに多いです。
何なんだろう、あの人……昔はもう少し静かだった印象があるんですが……
「……んで? 君一人でどうする気なのかな?」
笑顔で問いかけてくる少年ですがその笑顔はどこか氷のような冷たさを感じさせ、整った顔に嵌めこまれた漆黒の瞳はまるで無機質な硝子玉のようにがらんどうでした。
初めて姿を見た時から思っていましたけれど……彼はやはりこの状況を楽しんでいるようです。
――魑魅魍魎には好戦的な者も多く、自分達より力も知能も劣っている人間という生き物を見下している者が大半。
中にはただ暇潰しの為だけに人間をからかう者だっています。
目の前の彼もきっと、その例に違わないのでしょう。
「あ、あの……」
オレは少年を正面から真っ直ぐに見据え、コミュ障スキルが出ない事を祈りながら、ゆっくりと口を開いた。
「オレは暴力的手段が嫌いなので貴方と戦いたくはありません」
はっきりと告げると、少年が微かに目を見開いたような気がしました。
――オレは極力戦い事は避けたいタイプだ。
昔から喧嘩や暴力は嫌いだし、暴力からは負の連鎖しか生まれない。
だから依頼の時は好戦的すぎる他の団員達の足止め役や後始末役になったり、魑魅魍魎に説得をしたりという役回りをして不毛な争いはできるだけ避けてきました。
相手は人間とは考え方も違うし、説得なんてするだけ無駄かもしれませんが、それでもオレは毎回説得を試みます。
「なので今すぐ此処を立ち去って、できれば二度と来ないで貰えませんか……?」
だから今回もその例に倣い、目の前の少年に説得を試みているのです。
本人は抑えているつもりなのでしょうが、これだけの妖気を放つ彼です。只者ではないのは明白。それに彼以外にも魑魅魍魎の気配を感じる。
それにうちの鬼灯さんもただの変人マッドサイエンティストではありませんからね。
このメンバーで戦ったりしたら、この建物は勿論オレ達だって無傷では済まないでしょうし。
目の前の彼が少しでも話の分かる方だと良いのですが……
「いいよ」
「へっ?」
意外にあっさりと返ってきた返答に、唖然とする。
「……い、いいんです……か?」
「うん」
思わず問い返すと、少年は何でもないような顔で親指を立てました。
「俺氏は暇潰しに人間共からかってただけだしね。
その人間共も気味悪がって来なくなっちゃったし〜、ぶっちゃけ俺氏が此処に留まる理由ないんだよね〜」
「あ、やっぱり暇潰しでしたか……」
「……でもその代わり、俺氏からも条件があるんだけど」
その勿体ぶるような口調。何か察せと言わんばかりにちらちら向けられる視線……
それらの情報に加え、先程の発言。オレは少年の言いたい事をすぐに察した。
「ごめんなさい、オレも分けたいのは山々ですが身長は分けられないんです……」
「違うからね!? 確かに身長欲しいけど違うから! 俺氏が言ってるのは遊び相手になってって事だって!」
しおらしく謝ると、少年は慌てて否定する。
さっき身長がどうとか言っていたので、てっきりその話かと思いましたが違かったらしい。
「あ、それなら何とか……」
「キタコレ! んじゃあ早速……」
少年は満面の笑みを浮かべ、指を鳴らす――
「……宴の開演だ♪」
それを合図に、彼の背後に蒼い閃光を纏う無数の狼達が列を成して姿を現した。
え、遊ぶってそっち……?
* * *
蒼い狼達から妖気は感じるが、魂の波動は感じられない。
……となると、あの少年が創りだした傀儡か。
「傀儡を造り、操る妖術を使う種族か……聞いた覚えがないね」
――さて、突然だがここで『マッドサイエンティスト鬼灯君の魔術と妖術の違う所講座』の開演サァ!
魔術を使う際は杖で魔法陣を描き、その後呪文を唱えて魔力を込めて撃ち出すのが一般的だ。
それも上位魔法になれば成る程、呪文は長くなるし魔法陣も複雑化する。
種族は関係なく、魔力を持って生まれた者ならば魔力値や適性に多少の個人差こそあれど火、水、風とかの自然物質を操る基本中の基本魔術は勿論、変身術とか、何もない所から物を出現させたり……などといった具合に努力すれば誰だって魔術が使える魔族とは違い、妖怪は生まれた種族によって使える術の種類が予め決まっている。
例えば……そうだね。雪女族であるイロハ君は氷や雪、正確には冷気を操る事ができるがそれだけ。
炎とかは操れないし、何かに化けたりとか、目を合わせた相手を石にしたりとかもできない。
妖怪って生き物は使ってる妖術ですぐ種族が分かるのだが、この少年は一体……?
「ルールは簡単。今から五分以内に俺氏の操る百体の傀儡達を君が倒せたら勝ちっ♪
君が勝ったらお望み通りすぐに去ってあげるよ」
――頭沸いてるのかなこの子。
心底楽しげに笑う少年に対しての、率直な感想がそれだった。
頭については人の事を言えないけれど、何て言えばいいのか……彼みたいなタイプってアンリを連想させるせいか、反吐が出そうなくらいウザいんだよね……!
「……バルムンク」
小声で呼び掛けると、亜空間に仕舞っておいた剣が手元に現れる。
黄金の柄には青い宝玉が埋め込まれ、鞘は金色の打紐で巻き上げられているその剣は、ニーベルンゲンの歌に登場するジークフリートの剣、バルムンクである。
何故それをマッドサイエンティストであり史上最高級のYesロリショタGOタッチ(自称)の僕が所有しているのかは後に説明するとしよう。
全く、あの頭おかしい少年め、何がゲームだ。馬鹿馬鹿しい……この数を一度に相手取るより、術者を狩った方が早いね。
「あの子気に食わないし、丁度いいや」
僕が少年の元へ駆け出そうとしたその時。
「やめてください!」
気が弱いのが玉に瑕だが、温厚極まりない性格の藍君が声を荒らげた事に驚き、僕は走り出そうとしたままの体勢で固まる。
「何故止めるんだい……まさかとは思うけれど本当にそのゲームとやらをする気?」
感情を表に出さないよう、眈々と問い掛けると藍君はたじろぎながらも確かに頷いてみせた。
「引き受けてしまったのはオレですし、落とし前はオレがつけます」
そんな事言って、本当は戦いたくない癖に。
落とし前とかそういうの気にしなくていいから、大人しく僕に任せてれればいいのに……
心の中で文句は言っても、それを口には出さなかったのは彼が偶に見せる愚直で馬鹿真面目な所が僕自身気に入っていたからだろうか。
「すみません、お待たせしましたね」
「おっそい! いつまで待たせんだよ!」
藍君は僕から視線を逸らし、話している間ずっと退屈そうに空中で胡座をかいていた少年に視線を戻す。
「やるからには……全力でいかせてもらいます」
藍君は後頭部に手を掛け、眼帯の紐を解いた。
紐を解かれた途端、眼帯は縦に大きく伸びたと思えば黒光りする日本刀へと一瞬で変貌した。
「……さあ、ショータイムといこうや」
そう言って開眼した藍君の右目は白目の部分が黒く染まり、猫のような瞳孔は紫色に発光している……正しく「異様」そのものであった。
ああ……やっぱり、刀に自我を呑まれちゃったかぁ。
「妖鳴鬼か……! はは、これは期待できそうだ」
初めは刀に変形した眼帯に目を丸くしていた少年だが、刀の正体に気がつくとまた愉しそうに笑い、舌舐めずりをする。
少年が再度指を鳴らしたその時、藍君に向かって唸っていた狼達が一斉に藍君に向かって飛び出した。
藍君が正面に向かって妖鳴鬼を振ると、手前にいた六匹が一瞬で真っ二つに裂けた。
妖鳴鬼に斬られた狼達は数秒と経たぬ内に空中で青い気体と化し、跡形も無く消え去る。
刀の直径を遥かに超える距離を斬り裂いた藍君は次に後ろを向くと、丁度飛びかかって来た三匹を同じように斬り裂く。
妖鳴鬼に自我を呑まれている以上、到底藍君がこの刀を使いこなせているとは言えない。
だが、普通の人にはまず妖鳴鬼を抜く事すらできないので妖鳴鬼を抜き、しかも眼帯に変幻させているという事は……妖鳴鬼にある程度は「主」として認められているのだろうか。
――何百年もの間、数多の魑魅魍魎達を斬り裂きその妖力を吸い取ってきた刀はいつしか自我を持つようになった。
そして妖鳴鬼は妖鳴鬼が認めた主しか扱う事ができない。
藍君は知らない事だが、神山家は陰陽界の中で安倍晴明の末裔である土御門家に次ぐ名家、陰陽七家で二番目の強さを誇っている。
この妖鳴鬼はその神山家に代々伝わるもので、この妖鳴鬼に認められて初めて神山家当主となれるのだが……
先代当主、つまり藍君の父上が魑魅魍魎との戦いで命を落としてから神山家唯一の男子である藍君が今は当主となり、妖鳴鬼を所有している。
瞬きを一つする合間にも、妖鳴鬼はめざましいスピードで傀儡達を斬り裂いてゆく。
ゲームが始まってからまだ数十秒程しか経っていないのに、百体いた狼の群れは半数にまで減っていた。
これならあの少年の決めた五分以内には余裕で間に合うだろう。
だが……五分間も藍君は持つのだろうか?
あの刀は斬ったものの妖力を吸い取り、魑魅魍魎ならば一撃で消滅させられる力を持っている。
だがあの刀は……
「手応えなさ過ぎやろ。児戯にもならんわ!」
藍君……いや、藍君の身体を乗っ取った妖鳴鬼は至極つまらなそうに溜息を吐く。
「せや、この技使えるんかな? ……藍、ちいと我慢してくれや」
妖鳴鬼は目の前に傀儡達が迫りつつあるというのに、呑気に何か思いついたように手を叩くと……
「……紫電豪破!」
刀を天へ高く振り上げると、刀から紫の雷の竜巻が巻き起こり妖鳴鬼と狼の傀儡を包み込む。
外側から見ている僕にはあの中で一体何が起こっているかは分からない。
数秒もすると竜巻は消えた。
竜巻の中から姿を現したのは妖鳴鬼に乗っ取られている藍君だけだった。
彼の足元のコンクリートはクレーターのように深く抉れている。
「んー……まあ、及第点って所やな」
妖鳴鬼は満足いかないように唸り声を上げたが、一応は敵を全て薙ぎ払えたのでそう言い……次の瞬間刀は眼帯に戻った。
「……一分ジャストか」
僕のものでも、勿論妖鳴鬼や藍君のものでもない呟きがぽつりと響く。
「はっはっは、エクセレント! 陰陽師や退魔師共でも十分近くかかったってのに、易々と倒すとは!」
事の発端である少年は声を上げて笑い、藍と妖鳴鬼に拍手を起こる。
自分の傀儡が倒されたっていうのに、何で馬鹿みたいに笑っていられるんだ……?
「これで満足したか? 約束は守ってもらうで」
「分かった分かった! そう急くなってのー!」
いや、取り返しのつかないレベルの馬鹿なのだろうか……?
そんな失礼な事を考えながら、もう工場内に戻っても大丈夫だと思い二人に歩み寄る。
「妖鳴鬼、そろそろ藍君返してくれるかい」
「お、玖蘭の坊っちゃん……後は任せたで」
妖鳴鬼は最後にそう言い残すと、眼帯を掛け直す。
その途端地面に崩れ落ちる藍君の身体を咄嗟に受け止めたが、身長が2メートル近い藍君の身体を引きこもってばかりで筋力の無い僕が支え切るのは無理があるようで、腕にピキッと鈍痛が走る。
うっ、普段からもう少し運動しておけば良かった……
腕に負担をかけないように、そっとしゃがみこんで藍君の身体を地面に横たえると、視線を感じた。
「……まだ居たのかい。とっとと帰ったら?」
「うわ怖え顔……心配しなくても約束は守るよ。でもその前にあんたらがどこの誰なのか教えてくれねーかな?」
どうせもう会う事もないだろうに、名乗る意味なんてあるのか?
そんな質問が喉元まで出かかったが、逆にこの先二度と会わないのなら別に名乗った所で不便がある訳でもないよな。
僕は一つ息を吸い込み、しっかり少年を見据える。
「僕はノワール曲馬団、団員No.3で副団長の玖蘭鬼灯だ。
この子はNo.4の神山藍」
名前を言うと少年は驚いたように目を見張るが、納得した様子で頷いた。
「ああ、納得だわ……帝国の公爵家と陰陽師の名家の神山家ならここまで強くても不思議じゃないよな」
「分かったらとっとと失せてはくれないか」
「はいはい、言われなくてももう帰るよ〜」
さっきからペラペラと饒舌な少年が鬱陶しくて睨みつけると少年は少し困った顔をしながらも、片手を空中に突き出す。
「んじゃまた、何処かで」
手の先から現れた青い炎を纏った扉のようなものを潜る途中少年は楽しげな声でそんな事を呟いた。
またって何だ。また此処に来る気かお前。
次に来たら藍君に何を言われて止められようが手加減なしに血祭りにしてやるからな。
少年が去った後も殺意の篭った視線を送っていた僕だが、塁兎に連絡をしないといけないのを思い出して我に返る。
ポケットから携帯電話を取り出し連絡先から幼馴染の名前を選んで携帯を耳に押し当てるとコールが二回鳴った後に『……もしもし?』と聞き慣れた幼馴染の声が聴こえて何だかほっとする。
「やっほおぉぉおマイエンジェル! 僕だよぉぉおおお!」
『……何だ馬鹿か。もう終わったのか?』
必然的に高くなってしまったテンションに引いているような、迷惑そうな声が返ってくるがその声すらも嬉しく感じるのはきっと僕が自他共に認めるドマゾ神だからだろう。
「ああ! 我らが藍君に全てを任せたからね!」
『……おい馬鹿、まさかお前神山に妖鳴鬼を使わせたんじゃないだろうな?』
元気よく答える僕に、携帯越しの塁兎の声が一層険しくなる。
「そうだよ?」
『お前……! 妖鳴鬼がどれだけ神山に負担をかけるか忘れたのか!?』
それでもはっきり肯定すると、鼓膜が弾けそうな程の大音量で怒鳴り声が響く。
「妖鳴鬼は持ち主の魂と深く共鳴しすぎるせいで剣を抜いている間は持ち主の人格や思考、身体能力にまで深く影響を及ぼすんだよね。
その為精神的にも肉体的にも、使用後のダメージは凄まじい……でしょう?」
『……その危険を知ってて使わせたんだな』
吐き捨てるように言われた言葉に胸の奥でドマゾ心がときめいたが、これ以上怒らせて電話を切られる訳にもいかないので簡潔に状況を述べる事にする。
「本人が望んだ結果さ。それに一分間しか刀は抜いてなかったし、今は疲れて寝てるだけだよ」
『……分かった。今日はそのまま休ませろ』
大分言いたい事を飲み込んで妥協した感じがあるが、溜息と共に塁兎はそう告げた。
「僕はこの後どうすればいいかな?」
『お前はそのまま神山についてろ。事が済んだらお前ら二人に説教してやるから覚悟しておけよ』
「了解」
脅しとも取れる一言を残して通話は切れた。
僕はポケットに携帯を戻すと、熟睡している藍君に微笑みかけた。
「藍君もよく頑張ったね……今の内に休むといい。今日はそうゆっくりもしていられないからね」
【次回予告】
謎の少年を捜索に行った塁兎君のその後と、明らかになるNo.5の幼女。
そしてとうとう、黒猫ショタアンリ君の過去編に突入する――!
アンリ『今更だけど、俺ってショタって言っていい歳なのか……?』
鬼灯「……合法ショタとかあるし、大丈夫じゃないか?」