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我らノワール曲馬団〜おかしな少年少女達の日常〜【更新停止】  作者: 創造神(笑)な黒死蝶氏
第二章 アカシックレコード
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第二十七・五話② 絵空事リサイタル

「――茜色、沈んで藍色夜空。何億光年先仄かに揺らぐ星の河にそっと願い掛けた」


 透き通った紅と、黄金に輝く瞳に仄淡く揺らぐ星像を映し、唄を紡ぐ少年達。

 ミュージックビデオで見た場面をそのまま切り取ったかのようだが、絵ではなく生身の人間として彼等は其処に存在していた。


「――『絵空事リサイタル』ね……」


 異なる二つの次元で、紅い瞳を持つ二人の少年が紡ぐ哀歌。そう言うと何だか少し格好良く見える。


 絵空事リサイタルとは、緋咲奇譚の小説一巻までの内容の楽曲を収録したファーストアルバム「宵闇-sextet in the game-」の挿入歌だ。

 しかしミュージックビデオを見る限り辛うじて現在編の六人と分かるだけで、誰の視点での話なのかはまるで不明瞭。


 更に本編ではこの曲(絵空事リサイタル)に該当する部分は一切描写されておらず、謎の多い曲なのである。


「……あら? 私の記憶が正しければ今ってお盆ですよね。七夕をやるには遅すぎるのでは……」


「そうね、貴女の言う通り七夕は七月七日の年中行事だわ。けれど明治改暦以降は新暦七月七日や月遅れの八月七日前後の時期に開催されているの」


「無駄に博識ですね」


「そりゃそれなりに年食ってるか……コホン。はぁ、それにしても」


 セーラーワンピースタイプの学園初等部の制服に身を包み、私立翠ヶ崎(すいがさき)学園に潜入したまどかは現在屋上の全体を見通せる位置に腰を降ろし、捕らえた獲物をどう喰らうか品定めする獣の目をして少年達の動向を伺っていた。


「生のエミル様超イケメンだわ。キンタローも可愛すぎでしょ……あれで男子高校生? ちっちゃ! 中学生にしか見えないわよ?! ああっお嫁さんにしたい、ウェディングドレス着せたい……!」


「……」


 時刻は午後七時を回った所。ただでさえ立ち入り禁止区域に指定されている旧特別教室棟内には当然人気は無いのだが、屋上はまた別だった。


 完全に不審者と化したまどかの横に座っている彩葉は最早突っ込む気力も失せたのか無言だが、まどかを見つめる凍てつくような絶対零度の視線から彼女が何を思っているのか想像するのは難くない。


 目は口ほどに物を言うということわざがあるが、それは正に今この瞬間の為に作られた言葉なのではないかと錯覚するレベルで一切隠す気の無い不信感を垂れ流している。なのに、妄想世界へプチトリップしているまどかは気付きもしない。


 ――拝啓、零音君。何故私まで此処に来ているのか教えてください。


 彩葉は心の中で恋人に疑問を投げかけた。



     *   *   *


 一方、気の済むまで歌い終わった赤眼の少年ことキンタローはぼんやりと多様な色合いや大きさの星々が流れている夜空を眺め始める。

 その隣、キンタローを微笑ましそうに眺めているプラチナブロンドの青年は僅かに破顔した。


「ふふっ」


「何だ? キモいんだが」


 突然笑いを堪え切れないといった風に吹き出したエミルにキンタローは若干引いていた。

 自分に素直に生きていて非常によろしい。

 しかし、キンタローの言葉はストレート過ぎて時に精神を抉られる……筈なのだが、エミルは慣れているのか淡々と浴びせられる罵詈にもさしてダメージを受けた素振りはなく、むしろ元気になっているような……これ以上はやめておこう。


「いや? きれーだなぁ、って思って」


「……そうだな」


 綺麗、というのが空を指しているのだと思ったキンタローは再び視線を上に戻した。


 素っ気ない態度だが、普段よりも二割増しくらい穏やかな表情から、彼も都会では中々拝む機会の無い満天の星空に高揚しているのが見て取れた。尤も、そのごく僅かな変化を見抜けるのはエミルくらいなものなのだが。


「あ、織姫と彦星見つけた」


「え、もう!? どこどこ!?」


「煩い。あそこの大きいのだよ」


 何の脈絡も無く、ただ偶然見つけたから口にしただけという風に落とされた独り言にも即座に反応し、目を凝らすエミル。

 キンタローはそんな子供っぽいエミルに少し呆れながらも「ほら」と天の河の中で一際強い輝きを放つ星々を指差した。


「うわぁ……! 本当だぁ!」


 キンタローの方へ身を乗り出し、空と葛藤していたエミルは今宵の主役二人を見つけた途端にぱぁあっと表情を明るくさせる。


「晴れて一年越しの再会、おめでとうございます!」


「たかが星くらいで騒ぎ過ぎだろ……」


 子供のように純真そのものの白い少年とは対照的に、キンタローは現代の若者特有の冷めた目で頬杖を着く。その態度に小馬鹿にされたと思ったエミルは頬を膨らませた。


「むぅ。そんな事言うけどキンタローだって楽しそうじゃんか」


「……楽しそう、ね……オレの仏頂面を見てそう思うのはお前だけだよ」


「えへへ〜」


「何照れてんだよキモいな!? 言っとくが今の別に褒めた訳じゃないからな?!」


 キンタローは表情筋が硬いのか、無表情でいる時が多い。

 その上愛想を振り撒くのが致命的に苦手で、その小柄で華奢な体躯、だらりと無造作に垂れ下がった黒髪に顔の半分以上を覆われていたりと、その見た目も彼の陰気な雰囲気を助長させている。

 そんな彼は、普通より少し大人しめなクラスでも全く目立たないような存在だ。


 だが長年一緒にいるエミルは普通気付かないくらいごく僅かな変化も一瞬で見抜く事が出来るのだ。


 それがまるで自分がキンタローの特別な存在である証みたいで嬉しくてつい笑ってしまったエミルだが、それをボケだと思ったのかキンタローは器用にも声を潜めながら怒鳴るという芸当をやってのけた。


 昼間の雨が嘘の様に晴れ渡った満天の星空。

 整然と空に散らばった、何億光年先仄かに揺らぐ星像に何だか無性に願いをかけたくなって。


「…………のに……」


 エミルが微かに空気を震わせ、何やら呟いた気配を察知したキンタローは僅かに顔をエミルに向けた。


「今、何か言ったか?」


「何でもないよー」


 何でもないとばかりに手をひらひら振って、笑顔を見せるエミル。キンタローはそれ以上追求しても無駄だと悟ったのか、また天の川鑑賞に戻って行った。


  今はもう目を懲らさなければ見えない天の河だが、灯りが少なくて空気が綺麗だった頃はさぞかし圧巻の光景だったのだろうと夜空に想いを馳せていると、今度はキンタローからぽつりと独り言が漏れた。


「……おかしいな」


「ん? 何がおかしいの?」


「いや……」


 聞こえるか聞こえないかの音量で呟いた独り言をまたも簡単に拾われてしまい、顔が引きつりそうになるキンタローだが、何とか堪えて続ける。


「七夕ってさ、織姫と彦星が再会する日なんだろ? なのに関係無いオレ達が願い事をするなんてさ、人間って厚かましいにも程があるんじゃないかと思って……」


「随分現実的なポイント突いてきたね」


 でもそんな所もキンタローらしくて好きだよ、と付け足したら無言でボディーブローを数発打ち込まれるだろう事は想像に難くなかったので、流石のエミルも口を噤んだ。


「エミルよ、考えてもみろ。一年に一度の逢瀬だぞ? 当人達に言わせれば一刻も無駄にしたくない貴重な時間をオレら人間の邪な願いを叶えるのに割かれるなんて不憫過ぎやしないか?」


「あはは……」


 ――あくまで御伽噺なんだから、細かい事を気にせず楽しめばいいものを。


 だがそう言ってもきっとキンタローは納得しない。

 キンタローは昔から他人と感覚がずれているというか、普段大雑把な癖に細かい事をやたら気にしてしまう性格なのを十年間間近で見てきたエミルはよく知っている。


 ――さて、どう答えたものかな。



「にゃんたろー君、それはちょっと浅はかな考えだと思うな〜」


「……何?」


 返答に困るエミルを余所に、静かな空気に似つかわしくない能天気な声が響き渡る。


「だってだって〜、人間の寿命からすれば一年はちょびっと長いかもしんないけど、星の寿命なんて何億年とかなんだよ〜? そう考えたら結構頻繁に逢ってるとは思わにゃいかね〜?」


「成る程つまり奴らはオレ達の敵か。リア充末長く爆発しろ」


「カップル破滅しろだにゃ〜! 但しホモカップル以外〜!」


 相変わらずの感情の読めない無表情だが、瞳に仄暗い殺意を宿すキンタロー。

 それを煽り立てる声の主。


「やめて!? 折角のロマンチックな雰囲気をぶち壊すのやめて!? そんな事言い出したら大抵の昔話なんて矛盾だらけ……って」


 これは事態の収束がつかなくなると判断したエミルはツッコミという名のマシンガンを放つが、ふと我に返って声の主が何者であるか気付くと表情を厳しいものに変える。

 そして、これまでとは打って変わって冷たい怒気を孕んだ声音でこう言った。


「……相変わらず隠密スキル高いよね、ガチゆ……ゲホゴホッ、瑠奈ちゃん」


 キンタローも自分が話していた相手が瑠奈だと今気づいたようで、「瑠奈だ……瑠奈お疲れ……」と覇気が無い動作でひらひらと手を振る。


「にゃはっ、こんばんは〜! ボクこと瑠奈にゃん登場なのだよ〜!」


 一切の物音を立てず、二人の背後に忍び寄って何食わぬ顔で会話に混じっていた人物は笑いながらフードを取る。

 すると明るい黄色がふわりと舞い、快活そうな雰囲気の猫目の少女が現れた。


 彼女は黄月瑠奈、高校二年生でキンタローとは同じクラス。女性にしては背が高く、スレンダーな体型をしている。

 ブレザーの下にパーカーを着たりとかなり制服を着崩しているものの、世渡り上手で成績も優秀、運動神経もそれなりに良い優等生だ。


 報道部に在籍している彼女は情報収集能力に異様に長けており、ここ翠ヶ崎(すいがさき)学園には彼女独自のネットワークが張り巡らされているという。


「……で? 一体いつからスタンバって居やがったのかな?」


「わぁ、エミル君口調が乱れかけてるよ〜?」


「うっさい。早く答えろガチ百合ボクっ娘」


「うわぁ酷い! でも完全に否定も出来ない!」


 尚も裁判のような雰囲気を携えて尋問するエミルに瑠奈はわざとらしくおどけて見せる。

 さりげなく話題を変えて誤魔化そうという魂胆が透けて見える、分かり易い演技にエミルの眉間に刻まれた縦皺はより一層深いものとなる。


「ちょっとちょっと、怖い顔しないでよ。冗談じゃないか」


 流石にこれ以上はエミルがキレると判断したのか、口調を改めた瑠奈は諦めたように軽く肩を落とす。


「んーと……大体『あ、織姫と彦星見つけた』の辺りからだったかな?」


「結構序盤からじゃん!? 君今日は部活で遅くなるんじゃなかったの!? っつーか居るなら出てきなよ、何気配消してんの!? ステルス本当やめてってば!」


「――エミル君」


 んだよ雌猫、と毒づきかけた所でエミルは言葉を飲み込んだ。

 瑠奈がそれまでのおちゃらけた雰囲気を一切合切消し去り、神妙な顔つきで自分を見つめている事に気付いたからだ。


「な、何さ……」


 キンタローと同じ紅い瞳にしっかりと捉えられ、エミルは少しまごつく。

 瑠奈は一つ大きく息を吸うと、改めて口を開く。


「……押しカプの生BLを拝む為ならば手段を選ばない。友人に嘘を吐くことだって辞さない。それが真の腐女子魂なのだよ」


「瑠奈お前そろそろ黙ろうか」


 その口から飛び出したのは、己に蔓延る混沌の腐海を隠す気が微塵も無い、とんでもない一言だった。


 少年達の反応は二つに別れた。「ねぇキンタロー、生BLって何?」と小声でキンタローに囁くエミルと、「お前は知らなくて良い。その方が安全だとオレの本能が語りかけてくるから……!」と切実に訴えかけるキンタロー。その必死さに訳が分からず「う、うん? 分かった!」と何度も頷くエミル……カオスだ。紛う事無きカオスだ。



 ――エミル、こと白澤エミリオーシュ少年は黄月瑠奈という少女が苦手だ。


 その理由を語るのに、先にエミルについて説明しておこう。


 ――眉目秀麗、文武両道。更には有名な実業家の息子で、誰もが「完璧」と褒め称える美貌を持つ彼。

 人付き合いも上手く、スクールカーストでは上位に入るような彼には何よりも優先して構ってしまう相手が居る。


 それが幼馴染のキンタローだ。

 地味で無表情な上に口数も少なく、偶に喋ったと思っても辛辣な言葉ばかり吐く少年。


 自分とはまるで正反対、月と太陽のような存在である彼をエミルは溺愛していた。否、溺愛というよりは狂信といった方が正しい。


 何故エミルはそこまでこの地味な少年を偏愛するのか。

 ――その所以を暴き、不躾に二人の間に踏み込んできたのが、他でもない黄月瑠奈だった。


『キミが日本に来たのって、その容姿で虐められてたからでしょ〜?』


 ――エミルは初めから今のように社交的な性格だった訳ではない。元々は人見知りの激しい子供だった。


 エミルはアルビノだ。産まれつき白い髪に黄金の瞳という奇抜な容姿は良くも悪くも目を引く。

 日本に来る前はその珍しい髪色のせいで忌み嫌われ、散々な扱いを受けてきた彼は一時期家族以外の人とは全く話せないような状態にまで追い込まれていた。



『一人で何してるんだ?』


 日本に来たばかりの頃、他の子供達が楽しそうに遊ぶ姿を遠くから眺めていたエミルに、一人の子供が近付いて来た。


 それがキンタロー……緋咲琹太郎だった。

 当時から「変わり者」だった彼はエミルの髪色や、明らかに日本人ではない名前も馬鹿にするどころか、寧ろ「綺麗」「格好良い」と褒め称えたのだった。

 今まで自分が接してきた者達とはかけ離れたタイプの彼に戸惑っている内に、キンタローは何の打算も無しに「友達になろう」と言ってきたのだった。


『キンちゃんイケメンか。うん、そりゃ惚れるわな。ストーカーもしたくなるわな。あーヤンデレイケメン×童顔低身長合法ショタ美味しい……身近にこんなネタがあったとか幸せすぎて死にたい。いや死んだらホモォが見れなくなるから生きます。ふふ、腐ふふ腐腐……』


 瑠奈は二人の出会いから、エミルがキンタローに対して盗撮盗聴、尾行などを日常的に行っている事まで全て調べ上げていた。

 それはもう言い逃れなど許されないくらい徹底的に、袋叩きに。


 精神的に追い込まれたエミルは呆然と立ち尽くす。


 ――何故バレた? あれだけ足場がつかないように根回しをしたのに……いや、この際何故バレたかは一旦置いておこう。


 この事実を公表されればエミルは確実に死ぬ。それは世間体という意味でも、十年かけて築き上げてきたキンタローの好感度という意味でも。


『幼馴染CPマジ最高……ぐふ腐ふっ、薄い本が厚くなる……』


 混乱状態に陥るエミルを前に、何やらブツブツと譫言のように呟く瑠奈。薄い本だとかBLだとかはよく分からないが、何かの暗号だろうか?

 呆然とそれを聴いていたエミルだが、次に発せられたとある単語に彼の思考は浮上する。


『はぁーあ、カノン先輩に教えたい衝動に駆られるにゃ……』


 ――カノン先輩?


 それって……まさか、生徒会長の黒瀬カノン先輩?


 ――これは非常に拙い。生徒会長とは実際に言葉を交わした事はないが、真面目なことで知られている秀才と聞く。

 その真面目な生徒会長にこんな犯罪紛いの行為の数々がバレてみろ、生徒会室に呼び出しをくらい、学校規模の大問題にされる……いや、重要なのは其処ではない。


 キンタローにバレた場合、彼は果たして今まで通りに接してくれるのだろうか。


 ……いや、それはあり得ない。もし自分が同じような事を誰かにされていたら普通に気味が悪いと思うし、キンタローだって同じ筈だ。


 ――キンタローに嫌われれば本気で死ねる自信がある。

 エミルは本心からそう思っていた。


『……何が目的なのかな』


『ん?』


『何が目的なのかって聞いてんだよ……!』


 その時のエミルの顔は、今まで誰も見た事が無いような恐ろしい表情だった。


 彼女が好奇心旺盛なのは有名だが、わざわざ今までロクに話したこともないようなエミルを選んで徹底的に調べ上げ、その上こんな所に呼び出して脅迫紛いの発言をしたからには、何らかの思惑がある筈。一体何を企んでいる……?


 瑠奈は殺気を放ち、鋭く睨みつけてくるエミルに恐れを為すどころか、余裕綽々とした微笑を浮かべる。


『ああ、ボクは別に美味しいネタが拝めればそれで良いし、記事にしようなんて魂胆は無いよ〜。何なら黙っていてあげてもいい』


 ――それは、エミルの予想とは余りにもかけ離れた言葉だった。


 学年主任の愛人報道やら、サッカー部エースの不倫騒動など、学園の様々なゴシップを記事にし続けてきた彼女の事だから、今回もすぐに記事にするものだとばかり考えていたからだ。

 瑠奈の意図が分からなすぎて、ますます困惑させられるエミル。


『それでね、その代わりと言っては何だけど……』


『な、何さ』


 続けられた言葉に、脱力しかけていた身体が再び緊張に強張る。

 やはり他に目的があるのか?


『それでね、その……』


 瑠奈は言いにくそうに少しもじもじとしている。そこからもう嫌な予感しかしない。

 自分は一体何を要求される? 金? それとも……


『その、第二図書室の集まりにボクも混じっていいかな?』


『…………は?』


 またしてもエミルは拍子抜けさせられた。


 エミル、キンタロー、そして学園長の孫娘の翠ヶ崎奏流(すいがさきかなる)の三名はよく旧特別教室棟の一室……第二図書室に集まって雑談に興じている。

 部活や同好会という訳でもなく、一見バラバラで相容れないような人間が集まるのは些か不気味だが彼ら三人には共通点があった。


 彼らは幼馴染なのである。


 ちなみにエミルはキンタローにグイグイ絡みに行く奏流を嫌っており、奏流を集まりに入れているのにも納得していないのに、ここでまた女を増やすのか……?


 グルグルと渦巻く思考。しかし、その条件を飲む他に選択肢が残されていない事が良く解っていたエミルは、渋々その条件を飲んだ。


 結局その後もメンバーが知り合いを次々招待して行く形で図書室メンバーは続々と増え続けており、現在は七人までに増えた。


 ……今日だって、図書室メンバー皆でちょっとした七夕パーティーを開く約束をしている。


 エミルが回想している合間に話は進んでおり、キンタローと瑠奈はエミルを置いて楽しげに談笑していた。

 それを見ていると、胸の辺りから産まれた黒い霧が自分の中身を掻き回しながらゆっくりと全身に浸透してゆくような気分に陥った。


「あらまぁ、もう皆来てはったんやね」


「フン、来てあげたわよ!」


 新たな声の登場に、エミルの意識はふっと闇から引き上げられる。


「カノン先輩とかなるん。来たのか」


「ふふ、遅うなってごめんなさいね。今日の翠ヶ崎学園七夕祭が生徒会執行部進行やったもんですから、抜け出すタイミングが中々あらへんくて」


 学校案内に渡されるパンフレットのようにピシッと一縷の隙もなく、型通りに着こなした制服。

 スカートの下に履いた黒タイツ、そして鴉の濡れ羽根の如き黒髪は毛先まで艶めいており、清純さと妖艶さという一見矛盾した二つの要素が重なり合い、相乗効果で神々しさすら放っている。

 ふっと微笑を湛えるだけで大抵の者は暫く放心状態に陥るという噂もあながち冗談でもなさそうなレベルで美しい。


 この見るからに秀才の雰囲気を撒き散らしている彼女は黒瀬カノン。翠ヶ崎学園高等部の生徒会長で、このメンバーの中では最年長の三年生だ。

 今日は何だか口調が(なま)っているが、普段は敬語である。


「べ、別にパーティーが早く終わったから来てあげただけなんだからね!」


 その傍では、柔らかな栗色の髪を編み込んだ世にも美しい少女がベタすぎるツンデレーションを発揮していた。


 星明りの下で極上のエメラルドの様に煌めく澄んだ瞳、瞳に合わせた萌黄色のドレスはパニエでふんわりと広がっており、腰には薄い布地で出来た純白のサッシュを巻いている。

 彼女の瑞々しい若さを最大限に引き出した綺麗なドレスである。


 彼女こそが学園長の孫にしてキンタローとエミルの幼馴染、翠ヶ崎奏流。通称かなるんだ。


 ――噂をすれば何とやら、か。


 新たにその場にやってきた二人の美しい少女達の姿を認め、エミルはまた一つ苛立ちを募らせたのだった。


「お、今日のかなるん可愛いな」


 かなるんを見て抱いた感想をキンタローは率直に述べる。

 この通りキンタローは細かい事は何も気にしない性格で、普段は女子陣が髪型を変えようがアタックされようが一切気がつかない朴念仁なのだが、今回は分かり易過ぎるくらい大幅なドレスアップをしてきたので流石に気がついてくれたらしい。


「え、あ……当たり前でしょっ!」


 かなるんはツンと顔を逸らしてしまうが、耳まで真っ赤に染まっているのが薄暗い中でもよく分かる。

 ここに来る途中も多くの人に褒めて貰ったものの、肝心のキンタローが気付いてくれるか内心不安でしょうがなかったかなるんだが、無事に意中の相手に褒めてもらって戸惑い半分といった所か。


 そしてカノンと瑠奈はその光景を微笑ましげに眺めていた。


「あらあらまぁまぁ、なんて初々しいんやろか。出会ったばかりの頃の夜桜とよう似てはるわぁ」


 まるで親戚のおばさんのようなカノン。しかし彼女はまだ十七歳だということを忘れてはいけない。


「ボクもNL嫌いだけどこの二人なら悪くないかにゃ〜……あれ、そういえばよっちゃんは? 珍しく来てないみたいだけど」


「今日はイメージカラーが笹飾りのメンバーしか来てへんよ?」


「……え? えーとにゃんたろー君が赤、ボクが黄、かにゃるんが緑、ヤンデレエミルきゅんが白、腐女神(カノン)先輩が黒……本当だ」


 瑠奈は皆のイメージカラーを数え、合点がいったようにぽんと手を叩いた。

 皆の名前が変にアレンジされている上に、一部悪口じみたものが混じっているが、これは所謂「瑠奈語」というものなので特に気にしないで頂きたい。


「やっぱりかなるんには緑色が一番良く似合うな。それオーダーメイド?」


「が……学園長(お祖母様)があたしの為に用意してくれたのよ」


「ふーん。あの人やっぱ暇なんだな……」


 ちなみに間近でキンかなの初々しいラブコメを見せつけられているヤンデレ(エミル)はというと、終始目が据わっていた。


「うんうんとっても可愛いよかなるんちゃん、馬子にも衣装って本当なんだね〜」


「エミルは相変わらず手厳しいわね!」


 そう言って頬を膨らますかなるんを見てエミルは我に返る。


 ――僕、今何言ってた……?


 無意識の内に感情の制御が効かなくなって、燃え滾るダークサイドが溢れてしまっていた。


 ――僕って本当に独占欲強いんだなぁ、とエミルは自嘲気味に笑う。


 こんなの日常的によくある事じゃないか。それでイラついているようでは、普段は抑えているこの感情が爆発したら一体どうなっちゃうんだろうね?


 ――否、答えなど考えずとも解る(・・)

 その先に待ち受けているのは悲劇の二択だけだ。



「『そう、僕がキンタローを殺すか、逆に僕が破滅するかの二択がね』」



「……まどかさん、さっきから心の声や回想をそれっぽくアテレコするのやめてくれませんか? 集中できないのですが」


「ハッ!? ごめんなさい、無意識だったわ!」


「えぇ……」



     *   *   *


 という訳で以上、まどかの茶番(妄想タイム)をお送りしました。


「めんごめんご、つい本編ストーリーと照らし合わせて盛り上がってしまったみたいだわ! てへぺろ〜」


 まどかはポッと頬を染め、ペロリと舌を出して可愛らしく取り繕っているが、色々と手遅れ感が否めない。


 好きな小説の世界にトリップしたいと志願した割に、キャラとは関わらず遠くから眺めているだけならわざわざ此方に来た意味はあるのかとか、テンションがおかしくないか、とか色んな疑問を飲み込んで、彩葉は一つ溜息を吐く。


「緋プロ沼に堕ちた人を尽く狂わせるとは……恐ろしい魔力が込められてますね、緋咲奇譚……」


「……シエル氏の場合、感情が高ぶると力の制御が効かないのに加え作品一つ一つに懸ける想いが強過ぎるからかなり魔力が込められていると思うわよ」


 とあるチート過ぎて人外の域に達している少年を思い浮かべ、二人して遠い目をする。彩葉に至っては疲弊しきった様子でこめかみを押さえている。


「それにしても、此処は私達の世界と少し似ている気がするのですが」


 流れを変えようと彩葉は軽く咳払いをし、ちらりと真下の(・・・)第二図書室メンバーを見やる。

 彼女の指摘通り第二図書室メンバーは黒髪赤眼低身長やら、白髪変人幼馴染やら、悪戯好きの黒猫やら曲馬団メンバーの面影を引き継いでいる。


「団長の作品には必ず栗色髪ツンデレ美少女幼馴染が出てくるけど、かなるんがキンタローに好意を抱いている設定な辺り作り手の下心をひしひしと感じるわよね。というかあの人は何処まで気づいていて、何処から知らないのかしら……」


「何の話か分かりませんが、やはり塁……彼の方の脳内は色々酷いという事でまとめさせて貰って宜しいですか?」


「それでOKよ」


 酷い言い草である。

 もしこの場に塁兎が居たら確実に卒倒していただろう。彼のメンタルは理科の実験で使うプレパラート並みの脆さなのだから。


「……でも、数ある年中行事から七夕を選ぶなんて、団長は本当旧暦が好きなのね」


「え? どういう事ですか?」


 微かに空気を震わせたまどかの呟きが偶然聞こえてしまった彩葉は反射的に問い返す。すると彼女はその場で仁王立ちになる。

 彩葉はぎょっとして目を見開いた。


 何故なら二人が数時間に渡ってずっと第二図書室メンバーを俯瞰しているその場所は、屋上は屋上でもメンバーの居る場所よりも一段高くなっている場所。

 つまり、屋上の入口が設置されている塔屋の上だ。


「ふふ、教えてあげましょう。それでは此方のフリップをご覧ください!」


 びゅお、と低く唸る風にスカートがはためき、月明かりで白銀にも見紛う灰色の髪は毛束単位でばさりと揺れている。


 一歩間違えば風に彼女の小さな身体ごと吹き飛ばされてしまいそうな場所にも関わらず、まどかはそんな不安の一切を見せずジョジョ立ちまで決めていた。


 しかし彩葉が驚いたのも初めだけ。流石クールな彼女というべきか、彩葉はまず今己が最も疑問に思っている事を言及しようと考えた。そう、その疑問というのが……


「……あの、フリップって何処ですか? 何も見えませんけど」


「心の眼で視るのよ!」


「えー……」


 まるで答えになっていない答えを返され、彩葉は思わずジト目になったのであった。


 さて、その後のまどかの説明が長かったので簡潔にまとめさせてもらうと、旧暦での七夕は七月七日の夜の事を指していて、元々はお盆(旧暦七月十五日前後)との関連がある年中行事だった。

 しかし明治の改暦以降、お盆が一月遅れの八月十五日前後を主に行われるようになった為に現代では関連性が薄れている。


 だから日本の七夕祭りは太陽暦七月七日や、一部地域では旧暦の七月七日――つまり一月遅れの八月七日前後――に開催されているのだ。


「ここでも八月十五日が出るんですね……そんなに終戦記念日が好きなら赤い目とフードの世界に行って信号無視してトラックと共に無限ループしててくれれば良いのに……」


 彩葉は相変わらずのジト目+かなり投げやりだが、一応相槌を打ってあげるだけの優しさは残っているらしい。言っている事はえげつないが。

 ついでに言うなら彩葉の失言を窘めないでまたも自分の世界にトリップしているまどかもある意味かなりえげつないが。


「あ、八月十五日で思い出したけど緋咲奇譚本編は旧暦の十六夜(八月十六日)や宵闇、つまり今で言う九月中旬から下旬が舞台になっているのよ」


「へぇ、ただの厨二かと思ってましたけどちゃんと意味があったんですね」


「旧暦を好きな理由の半分以上はそれらの単語が如何にもそれ(・・)っぽくて格好いいからでしょうけどね」


『マジ厨二だよね〜ウケる〜』


「ちょっと、笑っちゃダメで……え?」


 二人は同時にその場から飛び退いた。

 勢い余って数メートル吹き飛んでしまうが、自分の足をブレーキ代わりにして止まり、ある一点を睨みつけた。


『ちょ、お前ら反射神経良過ぎ……ッマジウケるんですけど』


 彩葉たちがつい先程まで居た場所のすぐ後ろ、全身をモノクロカラーで纏めた少年がしゃがみ込んでいた。


 頭の右半分は漆黒、左半分は純白のメッシュになった毛髪が印象的な彼は俯いた姿勢のまま、口元に手を当ててくつくつと笑っていた。……否、嗤っていたと言うべきか。


 ――今まで人の気配なんてしなかったのに……いつの間に背後を取られていた?


 高速で思考を回転させ、一瞬の間を空けて「彼は只者ではない」と結論を出した彩葉は警戒心を強め、いつでも攻撃出来るように構えを取る。


『――さてお嬢様方、此の偽りで形作られた虚像の夢物語をお愉しみ頂けているかな?』


 燃え滾る緋色月をバックにゆらりと立ち上がった彼は、そんな彩葉の様子など取るに足らないといった風におどけた仕草で軽く一礼する。

 月と同じ色をした瞳は、反射している訳でもないのに、彼が身動きを取る度にぎらぎらと眩い輝きを放っていた。


「君、は……」

>>>まさかの三部構成<<<


特別編は今回完結予定でしたが、予想以上に長くなったので一度切りました。次回こそは最終回です。

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