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我らノワール曲馬団〜おかしな少年少女達の日常〜【更新停止】  作者: 創造神(笑)な黒死蝶氏
第二章 アカシックレコード
33/36

第二十七話 真夏の怪談会・後編

【これからの展開】


作者「この前後編の怪談回が終わったら暫く連載休止します、探さないでください」


零音「フラグ!」


与謝野「ちなみにわたしの誕生日(5月21日)には何かが起きます」


零音「予告!」


《Record3:写し鏡クーデター》


 小学生の時、毎年夏になると東北地方に住む祖母の家に泊まりに行っていたのは記憶に新しい。


 あれは高学年に上がった頃だったか……祖母の畑でトマトの収穫の手伝いをしていると、ポケットに仕舞っていた携帯電話が振動したのだ。


 それは学校でよく話すクラスメイトからの着信。

 由梨愛は祖母に断りを入れて作業の手を止め、三コール目が鳴った辺りで画面をタップしてその着信に応答した。


「……もしもし?」


『あっ由梨愛ちゃん、学校で何してんの?』


 由梨愛はその友人の言う事が理解出来なかった。

 学校? 何を言っているんだろうか。彼女には予め夏休み中は祖母宅へ滞在する旨を伝えておいたのに……


「学校って何のこと? 私は今お婆ちゃんの家だよ?」


「え? だって今其処に――……あれ? おかしいな、確かに居たと思ったのに」


 彼女から話を聞くと、学校のプールに行く途中教室に由梨愛らしき後ろ姿を見つけたらしく、確認の為に電話をしてきたらしい。


 由梨愛は然して特徴的な髪型や服装をしている訳でも無いし、誰かと見間違えられてもおかしくはないとこの時は気にしなかった。


 しかしその安易な考えは間違っていたのだと、すぐに身を以って知る事になる。




「姉ちゃん、何でさっき無視したんだよ!」


 電話が来た翌日。母の買い物の荷物持ちに付き合わされていた弟が帰って来て由梨愛を見るなりそう食ってかかってきたのだ。


「何、霧之助。とうとう暑さで脳神経やられた?」


「ちげーよ! さっきデパートで声かけたじゃんか!」


「はぁ?」


 弟の訴えが理解出来なくて、思わず顔を顰める。

 その日の由梨愛は朝から祖母の部屋でアニメの再放送を観ていて、外には一歩も出ていない。


「あんたマジで何言ってんの? 私今日外に出てないっての」


「そっちこそ何言ってんだよ、アレは絶対姉ちゃんだって! その変なリボンも付けてたし!」


「……変、ですって?」


 この頃の由梨愛はあるリボンを愛用していた。

 それは日曜の人気幼女向けアニメの主人公の魔法少女が変身する際に使う道具で、同級生の女子は皆同じ物を持っていた。

 由梨愛も当然愛用していて、毎日身に付けていた。


 それを変、だと……?


「このクソガキ……これは別に珍しい物でも何でもないっつーの! あんたのクラスにも付けてる子沢山居るでしょ?」


「うっ……」


 威圧的に横目で睨みつけると、弟は少し怯んで後退りする。

 その反応に満足した由梨愛はこの話題はもう終わりだとばかりに部屋から立ち去ろうとした。


「何だかドッペルゲンガーみたいだねぇ」


 が、湯飲みの手入れをしながら一連のやり取りを耳に入れていた祖母が思い出した様に言った一言に足を止める。


「どっぺ……?」


「自分そっくりな姿をしていて、自分に所縁のある場所に現れる……っていう有名な都市伝説だよ」


 首を傾げる由梨愛に弟がそっと耳打ちする。先程怯んでいたのは一体何だったのやら、もう復活している。

 此奴のメンタルは形状記憶合金か何かなのだろうか。


「それともう一つ。ドッペルゲンガーは決して人と口を利かないのよ」


 ――何でさっき無視したんだよ――


 不意に先程の会話が脳裏を過る。

 所縁のある土地……学校やデパートなどに現れて、誰とも会話をしない、同じリボンを付けた……自分に似たナニカ。


「バッカじゃ無いの? 二人共冗談やめてよ。こんなんただの偶然だって」


 由梨愛は鼻で笑った。

 一瞬真面に受け取りかけたが、彼らの言う事はただの偶然の積み重ね。何ら確証の無い憶測に過ぎないのだ。


 この頃から由梨愛は同年代の子供達に比べ捻くれた性格をしていて、オカルト話の類は全て暇なニートが暇潰しに某掲示板で広めた作り話だと考えていた。


「そうだな、ただの憶測だ。しっかし、冗談から駒が出るという言葉もあるぞー?」


「天誅ゥ!」


「ぷぎゃっ痛い痛い痛い! ちょっ死ぬやめアッーーー!」


 由梨愛の態度に暫し目を丸くさせていた弟だが、それを虚勢だと受け取ったのか悪戯っぽい笑顔で揶揄してきた。

 その時の顔が癪に障ったので、彼の関節を可動域とは反対方面に捻ってやった。やっぱり関節を増やす手っ取り早い方法は折る事だよね。

 祖母は終始生温かい目で姉弟喧嘩、否。姉の一方的な弟へのDVを眺めていた。


 そうして二日目の夜は更けていった……




     *   *   *


「……ふざけんな」


 三日目の朝。寝癖も直さずに次々と更新されるタイムラインの流れを傍観する由梨愛は酷く苛立っていた。

 腹いせに布団を殴ると「うぐっ……」と呻き声がして隣の布団が蠢く。


 ――タイムラインは由梨愛の目撃証言で埋まっていた。


 それも昨日の夜から現在午前八時半までの間に二十件以上もだ。

 そして時間も場所も見事に全てバラバラと来た。皆が口裏を合わせているという可能性も無きにしも非ずだが、流石にこの人数ではその可能性は極めて低いだろう。


 連日の騒動に由梨愛は酷く苛立っていた。昨日弟とこの件について口論したばかりだというのに、目の前のタイムラインは空気を読まずにまた一件更新された。


「いっててて……ん? どないしたん?」


 手荒く起こされた弟は初め寝惚け眼を擦り、混乱していたが憤慨した様子の姉と姉の視線の先にある携帯電話を視界に収めると一転して状況を理解したらしく、落ち着いた声色で問うてきた。

 その問い掛けに答えずにいると、彼は何を思ったか「あ」とポンと手を打った。


「あ、さては某呟きアプリに加工もしてない自撮り写真でも乗っけて調子乗ったコメント書いて叩かれたん?」


「具体的な憶測をどうも! そして全然違うわこの三白眼受けキャラ!」


「ぐふぅうううっ!?」


 鳩尾に由梨愛渾身の拳をぶち込まれた弟は数メートルに渡って床を転がって行った。合掌。


「姉ちゃん酷いよ! 場を和ませようとしたんじゃんか!」


「要らないお節介だっつーの!」


 それでも不満気に睨んでくる弟にまた手を上げるが相手も学習しており、流石に同じ手を二度も食らわないと畳を転がって由梨愛の拳を避ける。

 二人共即座に体勢を整え、そこからは一触即発の睨み合いが始まる。


「要らないお節介って……何だよ、人が折角……」


「うっさい、あんたは余計な事しかしないんだから放っておいてよね。昨日の何とかゲンガー? とかマジ蛇足なんですけど」


「なっ……」


 弟はいつ攻撃が来ても避けられる構えを取りながら、不服そうにぼやいた。

 由梨愛もいつもならスルーする所だが、例の目撃証言のせいで苛立っていたのもあって高圧的な態度を取ってしまう。


 弟は顔を顰めたが、その一瞬後には何かを思い出した様に悪戯っぽい笑顔を浮かべて見せる。


「……そうだ。昨日言い忘れてたけど、ドッペルゲンガーが現れて三日経ったらドッペルゲンガーに殺されて成り替わられちゃうんだってさ。今日がその三日目だよなー? どーすんの?」


 如何にも小学校低学年の子供らしい、分かり易い煽りだ。


 しかし由梨愛は挑発に乗ってやるような悪手は取らない。乗った所でメリットなど皆無な上に、後々の処理が面倒なのは目に見えている。

 ここで挑発に乗るなど、由梨愛にとってはデメリットしか無いのだから当然だ。



 ……だが。それはいつもの冷静な由梨愛なら、というのが大前提の話である。


「何よ。あんたもしつこいな……! だからそんなのいる訳ないって言ってんでしょ!? ホラー特番の見過ぎじゃない!? オカルト厨マジキモい!」


 由梨愛は成績こそ残念だが冷静に先を見通せるだけの聡明さは持っているし、場の空気も読める。しかし、非常に直情的且つ頭に血が上り易いのが難点であった。


「はっ、なら居ないって証明してみせろよ」


 ――姉ちゃんにはどうせ出来ないだろうけど。

 弟は言外にそう言い含めた事で更に由梨愛を煽り、彼女からなけなしの冷静な思考力を奪ってゆく。


「そうね。結局私達がここで何を言い争ったって所詮は机上の空論……『怪異が存在しない』という明確な証拠が提示されていないのだから怪異は存在する、というのがあんたの言い分なら、私はその明確な証拠を突き出すまでだ! 吠え面かかせてやる!」


「その台詞、そっくりそのままお返しするぜ」


 弟――霧之助は余裕綽々に笑い、由梨愛は憤慨し睨みつける。


「由梨愛! 霧之助! 喧嘩してないでさっさとご飯食べちゃいなさい!」


「「ウィッス」」


 両者の間には他社の介入を許さぬ火花が散っていたのだが、それよりも更に恐ろしい母という存在の襲来により、霧島由梨愛(当時小学五年生)と霧島霧之助(当時小学三年生)によるシュレディンガーの猫対決は食後へ持ち越されたのであった。


     *   *   *


 食後、由梨愛は携帯片手に家を出た。

 彼女の目的は一つ、この騒動の正体を確かめてドッペルゲンガーなんて居ないと証明する為。


 手始めにタイムラインを開き、先程最新の目撃証言が寄せられた場所を確認すると、其処は徒歩で行ける距離にある公園だった。

 其処に向かう事に決めた由梨愛は奮起して事に当たる。


「――さぁ、作戦開始だよ」


 森の入り口にあるその公園はさして規模は大きくない。

 高さが段違いになった鉄棒を通り過ぎて、台の金属板がべこべこに窪んだ滑り台も通り過ぎて、微風に枝を揺らす度にまるで両手を振っている風に見える街路樹や茂みの隙間も隈なく探すが、既に立ち去った後なのかドッペルゲンガーもどきには出会えなかった。


 通知が来てから三十分も経っているし、既に立ち去った後なのだろうか。


 休憩の為にブランコに腰を下ろすと、錆びついた鎖がきいきいと鳴いた。

 由梨愛はポケットから携帯を出し、目撃証言を垂れ込んだ相手の電話番号を入力した。


「もしも……」


『もしもーし? ゆりあんじゃん、おっひさー!』


 数回のコール音の後、やけにハイテンションな声に由梨愛の声は遮られる。

 彼女は祖母宅の側に住んでいる二歳年上の少女だ。小さい頃からよく遊んでいた相手だが、やたらと煩くて人の話を聞かないところがあるので由梨愛は余り彼女を得意としていなかった。


「久しぶり。さっきのメッセージなんだけどさ……」


『いやぁ今朝はビックリしたよ〜、由梨愛の所姉弟揃って朝弱いのにあんな朝早くに公園いてさ! 声掛けたんだけど気付かなかったみたいだからメッセージ送ったんだよねー! ところで今も公園? てか暇? ちょっと待って今からそっち行くから!』


「えっちょっ」


 早口に捲し立てられ、何が何やら分からぬままに通話を一方的に切られた由梨愛は呆然と画面を眺め、溜息を吐く。


「……これだからあの子苦手なんだよね。自分の事ばっか話すからまず会話が成立しないし……」


 分かっていた結果とはいえ、釈然としない気持ちになるのは仕方のない事である。


 だが、雑談は無しに先に本題を持ち出したのは正解だった。

 彼女は放っておいたら一時間近く話し続けている事があるし、話を合わせるのも中々に精神力を消耗するのだからさっさと会話を終わらせたいという感情が勝っただけの偶発的な選択だが、手っ取り早く本題だけを聞き出すのに成功した。


 彼女は確かに三十分前に此処で由梨愛に似た『ナニカ』を目撃している。

 彼女が嘘を吐かない……というより「吐けないタイプであるのは承知しているし、話しぶりに不自然は感じなかった。


 そして『今も居るのか』と問うてきた辺り、それ以上の事は知り得ないのだろう。

 振り出しに戻った訳だが、由梨愛の頭は自然とこの後取るべき行動を冷静に把握していた。


「……戦略的撤退」


 軽快な足音が聞こえ始めた方角とは反対方向の出口へと由梨愛は一目散に駆け出した。


 どれくらい走ったろうか。

 もうそろそろ公園から離れたし、速度を緩めても大丈夫だと判断した由梨愛は全力疾走から小走り程度のスピードに落とした。


「……この後、どうしようかな」


 あれだけ派手に啖呵を切ったのだ、今日はドッペルゲンガーもどきを見つけるまで帰れない。

 しかし、県外の学校からスタートしてから段々と近づいてきた気もするし、そろそろ向こうから会いに来てくれる頃なんじゃないだろうか。


「……なんて、そんな都合の良い展開ある訳無いか。まぁ向こうが本当に私を狙ってるのだとしたらどうなのか分からないけど」


 一つ大きな息を吐き、角を曲がった。

 その曲がった先でよそ見をしていた由梨愛が誰かとぶつかる――などというヒロイン補正ムンムンの御都合主義な展開は訪れる筈もなく。


「……ありゃ」


 其処は普通に行き止まりだった。

 増築と開発を繰り返して発展してきた住宅地の隅に偶然出来上がった様な小さな隙間を縫って歩いていた由梨愛は、そこで初めて自分が大分家から遠い所まで来てしまったと気付いた。


「……取り敢えず表通りまで戻ろう」


 くるりと踵を返し、後ろを向いた時由梨愛は怪訝そうに顔を顰めていた(・・・・・)

 首を傾げると、目の前の由梨愛も比例して首を傾げる。


 さっき通った時、こんな所に鏡なんてあったろうか?


 疑問には思ったが、由梨愛は然して深く考える事も無く路地裏から出ようと足を動かした。


「……あれ」


 近づくに連れ、由梨愛は違和感に気がつく。


 ――私、今日ツインテールになんて結んでたっけ?


 目の前の由梨愛は耳よりも高い位置で髪を結び、結び目には例のリボンが飾られている。

 由梨愛の記憶では今朝は頭の後ろで簡単に結って、リボンを巻いたのだが……


 ぼんやりと鏡の自分を観察していた由梨愛だが、手の中で鳴った端末により現状を把握し、自身の置かれた現状を理解した彼女は急速に頭が冷えてゆく思いがした。


 目の前の由梨愛と同じ顔の少女の目も驚いたように見開かれてゆく。



 ――その少女の手には、携帯電話など握られていなかった。





     *   *   *


「……という事がありましてね」


 三本目の蝋燭を吹き消した後、室内は三度(みたび)静まり返っていた。

 彼女のことだから一体どのタイミングでボケるのか身構えていたのに、まさかの本格的な怪談話だったのでその場にいる全員が何とも形容し難い表情になる。


 鬼灯とアンリは流石欺き癖が染みついているだけあって、由梨愛しか気づけない範囲の極僅かな変化に抑え込んでいたが。


「え、ちょっと何か反応無いの……? やだ無言怖い……」


 自らの身体を両腕で掻き抱き、わざとらしく身震いしてみせる。ある意味由梨愛にとっては通常運転な、そのふざけた態度。

 団員の中で逸早く我に返ったのは塁兎だった。


「……色々言いたいが、何でそこで切った?」


 彼は様々な疑問を噛み潰した様な顔をしながら、処理速度の速い脳をフル回転させてシンプルに質問をまとめた。


「えへへ、さっきアンリにゃんが言ってたメリーさん方式で恐怖の余韻を」


「そんな演出要らん! ドッペルらしき奴と会った後どうなったんだ!?」


 スポーツドリンクのCM張りの爽やかな笑顔でサムズアップする由梨愛。塁兎は納得いかないとばかりにぐわしと彼女の両肩につかみ掛かった。


「私が此処に居る時点で察してよー」


 両肩を揺さぶり、厳しい表情で詰問してくる塁兎に由梨愛は呆れた様に吐息を漏らした。

 塁兎は暫く言葉の真意を推し量るかのように由梨愛をじっと観察していたが、軈て何か重大なことに気がついてしまったとばかりに頭から電流を迸らせると、由梨愛から一歩身を引いた。


「……ま、まさかお前入れ替わ――」


「ってません!」


「ぷぎゃっ」


 由梨愛は勘違いされる様な語り方をした自分にも責任はあるという事を完全に棚に上げて、塁兎の頭を軽く叩いた。

 その時塁兎の首から蛙が潰れるような音が聞こえたのは気のせいだと信じたい。そうだ、気のせいに決まっている。


『じゃあ結局何だったんだぜ?』


「普通の人間の女の子だったよ? 彼女と互いの情報を交換した結果、二日目以降の目撃証言は全てその子だと確信したよ」


「へぇ……ん? 今一瞬納得しかけたけどそれじゃ一日目のは?」


「さぁ? どうせ見間違いでしょ」


『えー……』


 由梨愛のポヤポヤとした粗雑な受け答えに塁兎は少し考え込み、アンリと零音は顔を顰めた。

 あれだけ煽り口調で期待させておきながら、その結末が釈然としないものだったのだから彼らの反応は仕方が無い、むしろ当たり前だ。


 寧ろこんな不可思議現象に巻き込まれたにも関わらず、ここまで簡単に「どうでもいい事」として処理出来る由梨愛が異常なだけなのだ。


『それで次は誰にするんだぜ?』


 オチを聞いて一気に興醒めした様子のアンリはさっさと進めようと団員達に一人ずつ視線を送る。


「……塁兎」


 アンリが夜闇の中で爛々と光る瞳を周囲に配っていると、またもあの声が上がる。

 丁度由梨愛の鉄拳制裁から復活したタイミングで名を呼ばれた塁兎は弾かれたように顔を上げる。


「それなら任せろ、とっておきの怖い話を用意したぞ」


 何処か得意気にそう言って、四次元ポケッ……四次元袖の中を弄る塁兎。

 ああ何だ、首から変な音してたけど随分元気そうだなあんた。


 当初はあれだけ無理矢理連れて来られました風を装って面倒臭そうにしていた癖に、やけにノリノリなのに嫌な予感しかしない……という意見は満場一致だった。


「そうだな、先ずコレを見てもらった方が早いだろう」


 塁兎は浴衣の袖口から数枚の紙切れを取り出すと、それを皆に見える様高く掲げた。


 それはテストの解答用紙のようだった。

 如何にも女子! なオーラ満載の、丸っこく可愛らしい文体で解答欄が埋められている。

 教科名を見ると高校生で習う分野だったので、由梨愛辺りの解答用紙だろう。

 氏名欄を確認するととやはり「霧島由梨愛」と記されており、その隣に赤ペンで数字が……


「……うん?」


 その信じ難い数字を目の当たりにした一同は、一様に目を擦った。

 無論、彼らの目は正常である。しかし何度見ても突き出された解答用紙の点数は変わらない。


 ――当然だ、これは紛れも無い現実なのだから。


「え、ちょっ、馬鹿姉コレ……っはぁああああああああ!?」


「フォウワッ!?」


「う、ぇえええええっ!?」


「アラマァァァアアア!?」


『くぁwせdrftgyふじこlp!?』


「っ……はっ!?」


「うっ……うわぁぁああ!?」


「んえっ!?」


「ファーーーー!?」


 そして見間違いではないと解った途端、その解答用紙――いや、最早これは解答用紙ではない。

 霊長目ヒト科ヒトの為せるアルティメット、禍々しくも神秘的としか表現せざるを得ないミラクルでルナティックな数字の羅列に九人分(・・・)の悲鳴が団員ナンバー順に響き渡った。


「ねぇ何で皆叫ぶの!? 酷くない!?」


 奇跡(ミラクル)の持ち主は皆の反応に頬を膨らませ、不満そうに喚く。そんな彼女に塁兎が向けたのは冷ややかさと憐憫の入り混じった氷の魔王の視線だった。


「酷いのはお前の頭だ。中学校の復習の基礎問題以外、全問妙な所で躓いて不正解とはな……うちの学校偏差値高めなのに、よくこの学力で入れたものだな。不正入試疑うレベルだぞコレ」


「正論だけど悔しいです! 何で私のテスト持ってるの!? そして何でこの場面でそんなの皆に見せるの!? いじめ!?」


「恐ろしいのは点数のみならず解答もだ。これより珍解答ランキングを発表する。先ずは古典――」


「塁兎君の鬼ーッ!」


 その後の男子部屋には由梨愛の悲鳴が響き渡っていたそうな。


     *   *   *


 軽く栓を捻ると、勢い良く塊となった水が流れ出ていた蛇口は一瞬で鳴りを潜める。

 持参したタオルで顔を拭いながら、彩葉は無表情にぽつりと漏らす。


「……まさか由梨愛さんが本物の馬鹿だとは思いませんでした」


「わたしもよ」


 前々から阿保な言動が目立つ由梨愛だが、何だかんだ言って察しも良く、空気の流れを掴むのも上手く、何処かの高IQ鈍感トリオよりも他人の感情の機微に敏感なので、てっきりわざとお馬鹿キャラを演じているものだとばかり思っていた。

 だが現実は二人が思うよりもずっと残酷だったのだ。


「彼女、素でアレだったんですね……」


「ごめん、珍解答の衝撃が強過ぎて何も言えないわ……」


 洗面台の前に立つ彩葉とまどかは遠い目をしながら、珍解答集の数々を思い出していた。

 特に英語と現代文と古典が酷かった。創作文章や翻訳の件で腹筋が耐え切れそうになかったので、歯磨きと称してリタイアしてきたのだが、そろそろ珍解答発表は終わる頃だろうか。


「そろそろ戻りましょっか?」


「はい」


 まどかも同様に考えたらしく、先に言われてしまった。

 二人が脱衣所を後にしようとした時、ふと小綺麗な棚の下に置かれた大きな箱に目が留まった。


「これって……」


 きちんと清掃された脱衣所にそのぼろぼろの箱は見るからに不釣り合いで、違和感と共に強烈な存在感を以って彩葉の視界に収まった。


「ん? 何かしらあれ」


 彩葉に釣られて箱を見たまどかは、動けずにいる彩葉の脇を平然と通り過ぎ、箱の側まで行くと一切躊躇なく箱を開いた。

 彼女の行動力に少し驚かされたが、思い返せば初対面時も、彩葉ですら話し掛けるのを少し躊躇する程だったブチ切れ零音の気迫に臆さず堂々と意見を言っていたではないか。


 その一見容姿からは気が弱く、自己主張などできなさそうな大人しい子という印象を受けがちだが、森谷まどかは非常に豪胆且つ狡猾な性格をしている。

 誰かに付き従うだけの大人しい少女であればあの我儘令嬢達のお目付役など任せられないだろうから、ある意味当然なのかもしれないが。


 ――味方にしても、敵に回しても厄介そうなタイプだ。


 彼女の名を要注意人物リストにしっかりと刻みながら箱の中に意識を戻すと、使用済みの短い蝋燭が何十本と入っていた。

 中身を見てもよく分からなかった彩葉に対し、まどかは合点が行った様に首を振った。


「蝋燭の箱……あー、これかしら。由梨愛ちゃんが見つけたのって」


「みたいですね。結構沢山入ってますね。他の利用客も使ったのでしょうか……あら?」


 彩葉は何となしに一本の蝋燭を手に取り、ある点に気がついて他の蝋燭も何本か手にとって何かを確認し出した。


「どうしたの?」


「……いえ、コレよく見ると全部に数字が入ってますね」


「あら、本当だわ」


 彩葉の指摘通り、蝋燭には全て番号が振ってあった。彩葉の手にあるのが九十六で、それが一番大きい数字らしい。

 パッケージを確認すると、百本入りと書いてあった。


「……あれっ」


「……あら」


 ――未使用の蝋燭(・・・・・・)が四本残っていた(・・・・・・・・)


 それは蝋燭を持ち出した由梨愛本人の証言だ。


 そして怪談会をやるに当たり、オカルトが身近な環境で育ち、軽い気持ちで手を出すのがいかに危険かをよく知っている塁兎は当然反対していた。

 その塁兎に最終的に怪談会開催を承諾させたのも由梨愛で、その言い分は「百物語だと結末が怖いけど、四つなら大丈夫じゃない? 四物語しようよ!」というものだった。


「……冴島さん、確証は無いけれど、わたしある可能性に気が付いたんだけど」


「……奇遇ですね、私も多分同じ事を考えています」


 ――もし、この蝋燭を使って今までの宿泊客が百物語をしていたら?


『……じゃあ、彩葉ちゃんからお願い……』


『はいはい! 次はアンリね!』


『じゃあ、次は由梨愛ちゃん』


『……塁兎』


 場の空気に皆が萎縮していた時、グダグダになり過ぎて進まない時、アンリに促された時。

 皆を指名したのは誰だったか?


 そして由梨愛の点数に団員No.順に上がった九人分(・・・)の悲鳴。

 悲鳴を上げたのは解答を持ち出した塁兎と、拗ねていた由梨愛を抜いた零音、鬼灯、藍、あらまぁ、アンリ、彩葉、テオドール、まどかの八名。


 ――九人目の悲鳴など、ある筈がないのだ。



「……百物語をした者の元に、訪れる結末は――」


 まどかの言葉に合わせるように、団員達の居る部屋の方向から悲鳴が聞こえてきた。


「行きましょう」


「無論よ」


 彩葉とまどかはアイコンタクトを交わし、戦闘態勢に切り替えて部屋へガンダッシュしていった。

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