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我らノワール曲馬団〜おかしな少年少女達の日常〜【更新停止】  作者: 創造神(笑)な黒死蝶氏
第二章 アカシックレコード
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第二十六話 真夏の怪談会・前編

【前回までのあらすじ】


まどか「真夏の怪談回始まるわよ☆」


零音・テオドール「まじですか」


 場所は変わり、男子達の寝室に充てがわれた十畳程の和室。

 今は照明が落ち、雨戸も締め切られており光源は蝋燭の先に煌々と揺れる灯火のみ。


 蝋燭は全てで四つ。由梨愛が女子風呂の脱衣所で古い蝋燭の箱を偶然見つけ、その中で未使用の蝋燭が四本残っていたので、百物語ならぬ四物語が今始まろうとしていた。



「……じゃあ、彩葉ちゃんからお願い……」


 誰からともなく漏れた呟きを引き金に、少し騒ついていた室内の音がぴたりと止んだ。

 静寂の帳が下りた密室内には互いの呼吸音や、身じろいだ時の布擦れの僅かな音さえもハッキリと聞き取れる。


 先程までは不服を唱えていた零音とテオドールでさえも場の空気に呑まれ、何も言わなくなっている。


 急に話題を振られた彩葉は顎に手を添えて考え込む。

 ちろちろと揺らぐ炎に反射して光る目を数度瞬かせた後、彼女はパッと顔を上げた。


「今から話すのは都市伝説でも何でもありません。私が実際に見た話です……」


 そんな在り来たりな口上を述べて、物語の幕は開けた。


     *   *   *


《Record1:クリムゾンアーカイブ》


 ヴァンパイア。それは人の生き血を啜り、人間の十倍近く生きる誇り高き種族。


 若い頃は「吸血姫」と呼ばれていた時もあったという彼女は、魔界では常に血液に困る事なく日々を過ごしてきた。

 なのに人間界に来てからというもの、無差別に人を襲ってはいけないと塁兎に無理矢理誓約を交わさせられ、それからは薬や他の食べ物で渇き(・・)を凌いで来たが、流石に限界が訪れようとしていた。


「血が足りないぃぃいい!」


 ソファで手足をばたつかせ暴れているあらまぁに、彩葉は心底困り果てていた。

 何せこれは今に始まった事ではなくここ数日ずっとこうなのだから、頭が痛くなるのは仕方ない。


 叩いたら少しは静かになると思ったが、零音に「暴力反対!」と窘められてしまったので、彼女を煩わしく思ってもただ静観しているしか無いのだ。


「夫人、ティータイムだ」


 そんな時、キッチンから塁兎が顔を出した。

 彼は手際良く、彩葉や自分の分も茶の支度を済ませるとあらまぁと対面になる位置へ腰を下ろす。


 ティータイムの時間には少し早いと訝しみつつも、カップを覗き込んだ彩葉はぎょっとする。


「赤い……紅茶?」


 白い陶器の中に溜まった、眼が痛くなるような鮮やかな真紅。

 あらまぁも依然不機嫌そうではあるが、これには首を傾げていた。


「んん? 見た事が無い銘柄だねぇ……」


「バイト先の余り物で悪いが、味は保証するぞ」


 まず匂いを嗅いでみる。ふわりと華やかな良い香りで、確かに美味しそうだ。

 試しに一口含んでみると、まろやかな味が口の中に広がる。とても飲み易い。


「見た目に反して意外と美味しいですね……」


「屍食鬼の間で人気の高級品だからな」


 ほんわかとした和やかな空気は塁兎によって崩れ去った。


「屍食鬼って……グール!? えっ!?」


 彩葉が驚くのも無理はない。

 屍食鬼(グール)は人の死屍を喰らう種族。そんな彼らが好む紅茶という事は、この赤い紅茶の正体は……


「あの、ちなみに材料は……」


 自分の中で、半ば確信となって鎌首をもたげた可能性を払拭したくて、彩葉はそう尋ねた。

 しかしこの鈍感が空気を読む筈もなく。


「心臓と骨だが?」


「ですよね!」


 彩葉は机上で頭を抱えた。不覚にも一切血生臭さが無くて分からなかった。今すぐにでも吐き出してしまいたい。

 しかし隣では材料を知った途端目を輝かせて紅茶を呷る人がいるのだから複雑である。


「あらまぁさんはともかく何で私にも飲ませるんです? 正体を知ってれば初めから手をつけませんでしたよ」


「そうか? 中身はアレだがこれ美味いぞ」


 塁兎は睨まれても尚、平然とした顔で紅茶を啜るのであった。


 ――この紅茶を一日一杯摂取するようになってから、あらまぁが喉の渇き(・・)を訴えて暴れる事は無くなった。



     *   *   *



「……という訳です。怪談と言えるかどうかは分かりませんが」


 フッと蝋燭が一本吹き消され、彩葉の顔が闇に融けた後の団員達の反応は様々であった。


「うぁあああ! 紅茶怖いよぉぉおおお!」


『お前何でビビってんの? 今の話怖い要素あったか?』


「あの紅茶美味しいよねぇ……勿論今も持ってきてるよぉ」


「ひぃぃいいい!?」


『おいやめろ服の中に潜り込むな』


 紅茶の正体が出た辺りから既に半泣きだった藍はあらまぁが恍惚とした表情で漏らした衝撃告白にすら過剰なまでの反応を見せ、アンリのシャツの中に潜り込んで戦慄している。


 アンリは流石というべきか、今の話に動じていない様子だ。平然と藍を引き摺り出して小突いている。

 由梨愛はその光景を音の鳴らないカメラアプリを使って隠し撮りし、まどかは生温かい目を向けている。


 ――そして塁兎はというと、鬼灯に詰め寄られていた。


「塁兎、君は一体どんな所でバイトしてるんだい? 屍食鬼(グール)の紅茶が出てくる店って何なんだい? それは人間界にあるのかい?」


「落ち着け、ふ、普通(・・)の飲食店だ」


「今言い淀んだよね? そういえば君のバイト先聞いてないけど……一体何を隠してるんだい?」


「うぐ……」


 終始貼り付けた笑顔で詰問してくる幼馴染みに顔を引きつらせ、塁兎はゆっくりゆっくりと後退している。


 無邪気な笑顔なのに何の感情も汲み取れない所が却って怖い。

 もし零音があの笑顔を向けられていたら五秒と耐えられずに土下座しているだろう。


「全く以って恐ろしいな」


「うん」


 じりじりと追い詰められてゆく様をテオドールと共に眺めながら、零音は機械的に頷いた。

 今の話は確かに恐ろしかった。あの可愛らしいコスプレ喫茶にそんな恐ろしい飲み物があったなんて絶対に知らない方が良かった。

 


「一番怖いのは、人間なのに平然と心臓や骨の紅茶を飲めている塁兎だけどね……」


「嗚呼……狂気の沙汰だ……」


 頭脳、容姿、大怪我を負っても数時間休めば完治している自己治癒力、後は時空や世界の観念にも干渉したりと……色々と人の域を凌駕している。

 あれは本当に人間なのだろうか疑わしくなって来た。


「はいはい! 次はアンリね!」


『了解したんだぜ』


 アンリはコクリと頷き、何も話すべきか暫し逡巡した末にちらりと横目に塁兎を伺う。


 その仕草はまるで何かに対しての許可を求めている様に思えて、アンリさえも無自覚の内に周囲の不安を増幅させ、緩みきった空気は再び張り詰める。

 彼は一呼吸おいてから不安気に語り始めた。


『あれは先月、留守番中に塁兎のプライベート用パソコンでネットサーフィンしていた時の事だ……』


 がくっ。込めていた力が一気に抜け落ち、その場にいる何人かがひっくり返った。


「あー……うん……続けて良いぞ……」


 何とかひっくり返るのは寸前で踏み留まった塁兎はこめかみにそっと手を添え、それだけを呟いた。



     *   *   *


《Record2:非通知着信》



 初夏。とはいっても、まだじめじめとした天気が続いている日の午後。

 皆学校に行ってしまって退屈だったので、某笑顔動画サイトや二つ目のチャンネルの掲示板などを文字通り徘徊していた時に、不意に着信音が鳴った。


 次元の壁(ディスプレー)越しに振り返ると、ベットの上でちかちかとタッチパネル式端末の画面が光っていた。


 どうやら塁兎が携帯を忘れて行ってしまったらしい。

 まめに連絡を取り合う友人など片手で数えられる数しかいない彼は滅多に携帯電話を使用しないので、持ち歩く習慣も身に付いていないのだろう。また忘れたんだな。


 そんなぼっちの塁兎に電話を、しかもこんな平日の昼間から堂々と掛けてくる様な友人がいたとは。


 ほんの好奇心からディスプレーに手を突いて『log out』と呟くと触れた指先からゆっくり融け出し、腕が呑まれてゆく。

 腕が呑まれた箇所が宛ら水面の様に波打っていていて、それは塁兎の部屋をぐにゃりと歪ませた。


 たんっと軽い音を立てて床に着地し、ベッドに移動して画面を覗き込むと非通知の番号だったので、アンリは落胆した。

 不審に思いながらも「応答」ボタンをクリックすると、眈々とした少女の声が聞こえる。


『もしもし、あたしメリーさん。今ゴミ捨て場に……』


『すみません人違いです』


 相手の返事を待たずに電話を切った。

 メリーなどという目立つ名前の知り合いが居たら少なからず記憶に残っている筈だし、覚えていないという事は間違い電話だろう。


『ちぇ、とんだロスタイムメモリーだったぜ……』


 ネットサーフィンに戻ろうかと考えた所で、それも飽きたから漫画でも借りようとアンリは本棚を見上げる。


 やたらと大きな本棚には何処の国のものとも分からないような古い本、旧約聖書、黒魔術の本、厚さ十センチは優に超える辞典などもあるがそれは一部で、ライトノベルや人気漫画の単行本が大半である。


 それも書店では常に品薄状態で入手困難な人気作品から、廃刊されプレミアが付いた数万円相当のものまでもがきっちり全巻揃えられ、五十音順、巻数毎に整理整頓されている。


 お気に入りの書籍のコーナーには一緒にグッズや切り抜きも飾ってあって、二次元好きには正に天国だ。

 アンリは手の届く高さにあった最近話題の映画の原作漫画をごっそり抜き取り、ベットの淵に腰掛けるとペラペラと捲り始めた。


 ――ピリリリリ!


 本を読み出して三十分程経った頃。

 例の間違い電話がすっかり意識から蚊帳の外に追いやられていたアンリの元へまた同じ番号から電話が掛かって来た。


 また間違えたのだろうか。無視して漫画を読み進めていると、暫くして着信音は途切れた。


 しかしその後も着信音は等間隔に鳴り続ける。まるで出ろと言わんばかりに、執拗に。何度も何度も何度も……


『成る程。これは俺への挑戦状と受け取っていいんだな?』


 現在進行形で読書を邪魔されているアンリはそれでも無視を貫いていたが、煩くて読書どころではない。

 文字を読んでも理解する前にするりと頭から抜け出てしまうので、内容がまるで頭に入って来ないのだ。


 一時間程耐えた辺りでとうとう我慢の限界がきて、アンリは漫画を閉じ、渋々電話に出たのだった。


『や、やっと繋がった……!』


 安堵した少女の声が受話器越しに届く。若干涙声な気もするが、苛立っているアンリはそんな事気にも留めなかった。


『なんか用か?』


 アンリは投げやりな口調で問う。

 え、相手が子供かも知れないのに大人気ないって? んなもん知るか。悪戯電話良くない。


『そ、そうだっ……あたし、メリーさん! 今池袋駅にいるの!』


 するとしゃくり上げていた少女は漸く思い及んだ様に居場所を報せて、ブツリと今度は向こう側から交信を切ってくれた。


 だからどうしろと。さらっとさっきより距離近くなってるし。迎えに来いとでも言うのか。


『あー意味分からん。どうでも良いけど喉乾いたな……』


 一時の平穏を取り戻したアンリはまた漫画を開いた。


 ――ピリリリリ!


 程なくしてまたメリーから着信が来る。慣れてきたアンリは特に何の感情も湧かぬまま応答ボタンをクリックする。


『はいもしもし、超高校級ウルトラプリティー電脳ボーイなんだぜ』


『あたしメリーさん。今表通りのコンビニにいるの』


『あ、丁度良いや。練乳アイスとカルピスソーダ買って来て』


『ん? え?』


 そしてまた返事を待たずに切った。

 買ってくる手間が省けそうで何よりだ。流石俺。と心の中で自画自賛するのも忘れずに。



 ――五分後。


『もしもし、あたしメリーさん。アイスとジュースを買ってきたわ』


『溶けない内に運んで来いよ』



 ――更に十分後。


『もしもし、あたしメリーさん。今あなたの家の近くの公園にッゲホゲホ! 何よ此処くっさ! ウェッ……』


『其処は野良猫共の溜まり場だからな』



 ――それから更に十分後。


『もしもし、あたしメリーさん! 今あなたの家の近くのマンションの前だけどアイスがちょっと溶けかけて来たわ!』


『ウワァアアアア何してんだぜ!? 保冷剤買ってこい!』



 ――その更に……何分後だっけ。


『っいい加減にしなさいよぉぉおおっ!』


『ぴにゃあっ!?』


 メリーから電話が掛かってきたので受話器を取ると、いきなり怒鳴りつけられた。


 猫の耳は人間よりも物音に敏感な造りになっている。

 耳元で大音量で叫ばれたアンリは慌てて受話器を遠ざけるも、キーンと頭の中に響く耳鳴りに然しもの彼も涙目になるのを禁じ得なかった。


『うるせーんだぜ……切るぞ』


『ちょっ、待ってよ!』


 通話終了のボタンへ指を伸ばすと、慌てた様な声で引き止められる。


『何で怖がらないのよ!? バカなの!? バーカバーカ! 私が誰かほんっとに分かってないの!?』


『生憎と外国人に知り合いは居なくてな』


 受話器から耳を遠ざけても尚ハッキリと聴こえてくる声にアンリは先程の腹いせにと粗雑な返しをする。依然受話器は耳から離したままである。


『嘘でしょ……メリーさんと聞いて何か思い浮かばないの!?』


『だからそう言ってんだろ』


 知っていて当然だとばかりに訴えてかけてくるメリーに対して浮かんできたのは彼女は本当に自分、若しくは塁兎の知り合いで自分が忘れてしまっているだけなのか、それとも有名人なのか……などという間抜けな可能性ばかり。


 ――それは世間には疎くとも知られている都市伝説の一つ。

 アンリも勿論メリーさんの電話という都市伝説がどういったものであるのかを知識としては知っている。


 だが何故今の場面において思い至らなかったのかというと、有り触れた作り話だと鼻で笑って本気にしなかったのもあるし、彼はメリーの事をただの少女としか認識していなかったので、怪異の可能性と結び付けられずにいたのだ。


『あのさ、誰かと間違えてねーか? この携帯だってそもそも俺のじゃねーし』


『間違えてはいないわ。あたしからの電話は狙った獲物の一番側にある端末に届く事になってるもの。だから機種変しても携帯捨てても無駄よ』


『ストーカーじみた能力だな……』


 少女はクスクスと笑う。笑い声を聞かされているアンリはというと、その謎のチートなシステムに呆気に取られていた。


『知らないなら調べなさい。このあたしを馬鹿にした事を後悔させてから殺してあげる……』


 鼻で笑い飛ばそうとしたが、上手く笑えなかった。

 子供の戯言。殺す殺すと口煩く言う奴程相手を殺さない……殺せる状況下にあっても、実際に殺す勇気が無い。


 だが、直感的に彼女は違うと感じた。

 冗談でも強がりでもない、彼女は本気で言っている。しかも手慣れている。

 何の根拠も無い。しかし、自慢では無いがこういう時のアンリの勘はよく当たるのだ。


『――今、あなたの家の前にいるの』


 テンプレート通りの台詞を吐いて、一方的に切れた電話を呆然と眺める。


 メリーという名前。居場所を報せる電話。それは段々近づいてくる……バラバラに散りばめられていたピースが、漸く合わせられたのだ。


 メリーさんの電話。そんなタイトルから始まるこの都市伝説は確かこんな話だった。


 とある少女が引越しの際に大事にしていた人形を捨ててしまい、引っ越した先で人形から電話が掛かってくる。


『あたし、メリーさん。今ゴミ捨て場に居るの』


 それは段々と近づいてきて……最終的には少女の背後にまでやってくるのだ。

 少女が振り返った所で、この話は終わっている。


 敢えて結末を書かない事で「え!? この後少女はどうなっちゃったの!?」と読み手に恐怖の余韻を残す効果を持つ都市伝説だ。


『……尽く一致してんじゃんか』


 寧ろ今まで気付かなかった自分が凄い。


 ――いや、断定するにはまだ早いか。

 誰でも知っている都市伝説だし、彼女があのメリー本人だとは限らない。

 そもそもアンリは人形など捨てていない。無差別テロなのだとしたら良い迷惑だ。


『……こんな子供じみたおふざけに付き合わされるのは癪に触るが、念には念を入れるべきだよな』


 読者達による結末の推測は刃物で刺されて殺されてしまったり、何も無かったりと様々だ。


『あ、そういえばメリーさんが鍵掛かってるせいで家に入れなくなってる話もあったっけ……』


 玄関の戸締りを確かめに行こうと腰を浮かしかけると、途端に携帯が震える。


『もしもし、あたしメリーさん。調べてくれたかしら?』


『ああ。思い出したよ。俺人形とか捨ててないしとっととお帰りやがれ下さい』


『嫌よ、だってあんたムカつくもの!』


『超理不尽!』


 そんな理不尽極まりない言い分で殺人にまで思い到るとかお前は殺人鬼か。


 そういえばアンリの知り合いに殺人鬼が居たが、彼の方がまだ殺す理由が明確なだけマシだ。殺していた奴らもどうしようもないクズばかりだったし。


 ……いや、大量連続殺人を犯しておいて後悔の一つもしてないんだから奴もメリーと同じか。


『ふふ、今あなたの部屋の前にいるの。次に電話が掛かってきたら最期と思う事ね! おーっほっほっほ!』


 お前キャラ崩壊してるぞ、とツッコミかけた所で冷酷な高笑いが扉越しにも聞こえた。


 振り向いて確認するが扉は固く閉ざされており、塁兎が出掛けて行った時のままの状態の扉にはしっかりと鍵が掛けられている。先ずはその事に安堵する。


 ――ガチャリ。


 息を吐いたその瞬間、ドアノブが捻られた。アンリは吐きかけていた息を飲む。


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ、ダンッ! ガッ! ガチャガチャガチャ! ドンドンッ!


 苛烈を極める騒音。色濃く感じる誰か(・・)の気配。彼女は、メリーは、今確かに其処にいるのだ。


 鍵が開かないなら扉ごと破壊して侵入しようという魂胆なのか。

 なんて脳筋な思考回路なのだろうか。脳味噌筋肉で出来てるんじゃ……あ、彼奴は人形だったか。


 だがお生憎様、アンリは簡単にやられるつもりなど毛頭無かった。


 巻き返すには後にも先にも後一回。次の電話が掛かってくるまで……


 いっそ招き入れてしまおうか。身体能力なら女児には負ける事はあり得ないし、この部屋は銃刀法違反の代名詞である塁兎の部屋だ、怪異を迎え撃つ武器は大量にある。


 例えば其処の箪笥にもコンバットナイフ、バタフライナイフ、カッターナイフ、短剣(ダガー)、出刃包丁……刃物系が異様に多い。

 魔導具もあるが、これは使ったら怒られそうなので止めよう。


 人形相手とはいえ、刃物を使うのは気が引ける……人形好きの塁兎にスプラッタと化した人形を見せたら確実にショックで寝込むだろうし、藍や子供達に見せるのも一興だが、後々が面倒そうだ。主に彩葉達の反応が。

 最善はこのままお帰り頂く事なのだが、その可能性は絶望的なまでに皆無。


 ――うーん、何かなるべくダメージの無い奴で、でも向こうが驚いて退散してゆくような武器は……


『……あった』


 ガチャガチャガチャガチャガチャ……


 アンリが微笑みを浮かべたのと時を同じくして、ぴたりと音が止む。


 キィイイ……と古い蝶番が軋んだ。だが、開いた扉の外は無人。

 瞬間移動が出来るのか、若しくは音速で室内に忍び込んだのか……真相はどちらにせよ、アンリのやる事は変わらない。


 コールが鳴り始めたのと時を同じくして、応答する。


『もしもし、あたしメリーさ……っ!? 何これ!?』


 背後で幼い少女の悲鳴が上がる。

 アンリはメール機能を使って、元居たパソコンに移動する。


 アンリが寛いでいたせいで少し皺の寄ったベットの上には山と積まれた漫画雑誌と、そして――壁に凭れ掛けさせている携帯電話。


『うっ、動けない!? 何よコレ、何で真っ暗なの!?』


 壁の内部からは押し潰された様な――否、物理的に押し潰されているメリーがパニック状態に陥って上げた喚き声がくぐもって聴こえる。


 メリーが扉を開け放った一瞬の内にアンリが取った行動。一つ、携帯を壁に凭せ掛ける。二つ、携帯電話の中に入って壁に背を向ける。


 以上。


『ふっふっふ、以上が「背後を取られるのがマズいなら逆に背後を作りません作戦」だっ!』


『作戦名長っ! 携帯の中に入る必要あった!? 自分が壁に凭れるだけで良かったんじゃない!?』


『いや、壁ぶち破って襲い掛かってきた時生身だと不利だから』


 メリーは悔しそうに唸っていたが、軈て押し潰してくる壁の質量に耐え切れず、ぐしゃりと潰れて消滅していった。


     *   *   *


『……と、以上なんだぜ』


 やっぱ怪談といえば都市伝説ネタが鉄板だよな、と付け足して彼は愉しそうにくつくつ笑う。


「やはり貴様は一度殺しておくべきだったようだな」


 塁兎は話の合間を縫って浴びせられるぼっちだの何だのという罵倒にすっかり機嫌を損ね、ナイフ片手にアンリを睨みつけている。


「おぉーいっ藍きゅん生きてるぅー?」


「ダメです、ピクリともしません……」


「アンリ君は凄いね……」


 藍はメリーが部屋に入ってきた辺りから泡を吹いて倒れてしまったし、ビビリだがそれを必死に表に出さない様にしている零音やテオドールは勿論、ホラーに耐性があるらしい女子達もクライマックスが近づくにつれ固唾を飲んで聞き入っていた。


「あのメリーさんをパシったり壁に埋めたりするなんて……! 二次元に行ける時点でヤベェと思ってたがテメェ何者だよ!?」


『アンリ様なんだぜ?』


「そうじゃない!」


 テオドールは信じられないといった様子で首を振っている。アンリは戯けてその質問を躱す。

 ……やはり恐ろしい奴だ。


「じゃあ、次は由梨愛ちゃん」


 皆が皆アンリの武勇伝に絶句して、何からツッコむべきか分からず碌に感想も言えない状況で誰かに促され、由梨愛は戸惑いながらに頷いた。

本当は二章終わってから挟むつもりでしたが、リアルが忙しいのと更新ペースを取り戻す為に暫く連載休止しようと思っております……あ、どうせならその間ノワ曲艦隊パロや本編に出せなかった小話を集めた短編集でも作って更新しましょうかね!


零音「待ってそれ意味無い」

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