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我らノワール曲馬団〜おかしな少年少女達の日常〜【更新停止】  作者: 創造神(笑)な黒死蝶氏
第二章 アカシックレコード
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閑話 暗黒のホワイトデー

二日連続更新。


※ホワイトデー記念(一日遅刻)

※色んなCPが入り乱れてる

 土曜日の穏やかな午後。彩葉がリビングで食後の習慣である読書に耽っていると、不意に甘い香りが鼻腔を掠める。

 ふわりと羽毛のように柔らかい湯気が立ち上り、いつも藍が淹れてくれるのとは同じようで違うその匂いは微音を静寂に響かせて、お盆からテーブルへと移動した。


「……どーぞ」


 顔を上げて、彩葉は驚いた。

 カップを置いたのはなんとまぁ、不機嫌そうな顔をしたテオドールではないか。


 彼が不機嫌なのはいつもの事なのだが、今日はまた一段と不機嫌さに拍車がかかっている様に思える。

 いつも綺麗に結われている赤毛はボサボサと乱れているし、顔色も優れないし、三白眼気味の目の下にはハッキリと隈が出来ていて、より一層目つきの悪さを助長させている。


「……前、座ってもいいか」


「え……?」


 彼は社交辞令のように……実際そうなのだろうが、ぶっきらぼうに問うと彩葉の返事を待たずに自分の分のカップも置いて彩葉の真正面にどかりと腰掛ける。

 座った後も落ち着きなく視線を泳がせて、何か言いたげにしている彼の様子に、彩葉は只事ではないと察した。


 彼は妖怪である彩葉の事を好いていない。

 そんな彼が自分にミルクティーを淹れ、わざわざ二人きりの状況を作ったという事は余程困窮した事情があるのだろう。


「……何かあったんですか?」


「……」


 読みかけの本を閉じ、机上に置くと読書用に掛けていた眼鏡を外すのも忘れゆっくりと、なるべく優しい声を作って問い掛けた。

 暫く押し黙り、言いにくそうに口の中でもごもごと何かをぼやいていた彼は意を決したように一つ深呼吸をし、彩葉を正面から見据える。


「あのさ……女子って何を貰ったら喜ぶんだ?」


 その言葉に合点がいった彩葉はああ、と顎に手を添えて頷いた。

 今日の日付は三月十四日。そういえば先月、やけに嬉しそうにカップケーキを食べていたがそういう事か。


「お返し、ですか」


 テオドールはギクリと身を震わせる。彼は何も言わなかったが、その態度は彩葉の言葉を肯定しているも同然である。

 目の下の隈はホワイトデーのお返しを当日ギリギリまでどうするか悩んでいて、碌に眠れなかったからだろう。


 ……彼にも純情な所があったのか。


「ふふっ」


「ん、んだよ! 文句あるかよ!」


 堪えきれずに吹き出すといつもに増して鋭い眼光でギロリと睨めつけてくるが、微塵も怖くない。

 何だ何だ、これではまるで普通の男子中学生ではないか。


「雪女! いつまでも笑ってねぇで、俺様の質問に答えろよ……!」


 中学生の純情を弄ぶのは可哀想なので、彩葉は真面目に考えてあげる事にした。


 淹れて貰ったもののまだ手をつけていなかったミルクティーに手を伸ばし、華奢な造りの取っ手を壊さないように微かに指先に力を込める。

 今度は甘い香りが口腔内から直接鼻腔へ突き抜ける。少々甘過ぎると感じたが、これはこれで悪くない。


 ――女の子は何を貰ったら嬉しい、か。そんなの愚問だ。


 考えがまとまった彩葉は、ゆっくりと口を開いた。



「私なら、好きな人から貰ったものは何でも嬉しいですが」


 これは本心からの言葉だ。

 彩葉は例えどんなものであろうと、零音から貰ったものは家宝に等しいと考えている。


 こう考えるのはきっと彩葉だけではないだろう。好きな人が自分の為に選んでくれたというその気持ちが何よりも嬉しいのだ。


 だが、その答えはお気に召さなかったようでテオドールは「そうじゃなくて……」と唸る。


「そういうんじゃなくてもっとさ、具体的に何かねぇのか……?」


「具体的に、ですか……」


 ふと、アンリが「ホワイトデーに送るお菓子には意味がある」と先日語っていたのが頭を過る。


「テオドール君、ホワイトデーに送るお菓子の意味は知っていますか?」


「い、いや……?」


 唐突な質問にテオドールは面食らうが、首を横に振る事で否定した。


「それでは教えて差し上げましょう」


 ならば好都合と微笑み、アンリの知識の受け売りを彼に教えてあげる事にした。



     *



 ぽつ、ぽつと分厚い雲に覆われた空から落ちる涙が水溜りを作ってゆく。

 校庭に張った水溜りを姿見代わりに髪の毛を整え、感覚の無くなってきた指先に息を吹きかけて擦り合わせる。

 最近暖かくなってきたからと油断していたが、天気予報はちゃんと見てから出掛けるべきだった。


 下校時刻と重なるように降り出した雨。生憎傘を持ってきていなかったアイカは昇降口で雨足が弱まるのを待っていた。



 声優の仕事が忙しいのを言い訳にしてしまえばそれまでなのだが、元々学校にも余り来ておらず、他の同級生より勉強が遅れているアイカは先日試験で赤点を取ってしまい、今まで補習授業を受けていた。

 アイカの学校は学年やクラスによって補修授業が行われる日が異なり、アイカのクラスで赤点を取ったのはアイカ一人だった為、昇降口には傘を貸してくれるような生徒達はいない。

 家族に迎えに来て貰うにも、あの空っぽの家には誰もいない。


 やはり職員室に傘を借りに行くべきだろうか、とぼんやり水溜りを眺めているとふっと視界が暗くなる。

 そっと顔を上げると、其処には焦がれていた不機嫌そうな顔が在った。


「テオ、様?」


 どうして彼が学校に?

 いる筈のない人影に、確かめるように名前を呼ぶと彼は返事する代わりにアイカに向かって拳を突き出した。


「あ……」


 ゆっくりと開かれた、アイカよりも少し大きくて骨ばった掌には、カラフルな包み紙のキャンディが三粒乗せられていた。


「いつぞやのカップケーキのお返しだ。……市販の奴だし、しょぼいがな」


 そう言って彼は顔を逸らす。しかし、顔を逸らしても耳まで真っ赤になっているのがアイカにはバレバレである。


「テオ様!? どうしたのですか、顔真っ赤ですよ!? も、もしかして寒い中外出したから風邪を……!?」


「ちげぇよ! つか早よ受け取れ!」


「はっハイなのです!」


 だが、幸か不幸かテオドールの赤面の意味は伝わらなかった。

 テオドールが照れ隠しで怒鳴ると、素直なアイカは慌ててキャンディを受け取った。


「ほら、来いよ。帰んぞ」


 顔を背けながらも、彼は当たり前のようにアイカを送って行く気のようで、既に傘を開いて待ち構えている。


「ハイなのです!」


 それだけの事なのに、アイカの顔は自然と綻んだ。


 素直な少女。素直じゃない少年。一見正反対な彼らは二人で一つの傘を共有しながら帰路に着いた。

 包み紙を剥がし、純白のキャンディを一粒口に放り込むと、舌の上で甘いミルクの味が広がる。


「ふふ、テオドール様って本当にミルクがお好きなのですね〜」


「う、うるせぇ! 悪いか!」





     *   *   *



 ――クッキーは友達でいよう。マシュマロは貴方が嫌い。


「……キャンディは、『貴方が好き』」


 彩葉一人になった机には、空になったティーカップが二つ並んでいた。


 彼は今頃どうしているだろうか。折角のホワイトデーだ、今日くらいはツンデレを抑えて素直になってくれていれば良いのだが。

 本の文字列を目で追いながらも、彩葉の頭にはその事で一杯だった。


 少し前の彩葉なら他人がどうなろうと、自分と零音にさえ被害が来なければどうだっていいと考えていたのに、これは彼のお陰で成長できたのだろうか。と、今は実家に帰っている卑屈なようで正義感の強い恋人を想起する。


「……はぁ、何だか私も話したくなってきました」


 今朝出掛ける前に話したばかりなのに、ついさっき「夜には帰るね」とメールが届いたばかりなのに……もう恋しくなっている自分がいる事に愕然とする。


 自分は彼なしでは生きていけない程に、どうしようもなく彼に惚れてしまっているらしい。

 他人のキューピッドも悪くはないけれど、自分だってホワイトデーを楽しみたい。


 不器用で、世渡りが苦手で、自分よりも女子力が高くて、ヘタレで……可愛くて、優しくて、変な所で強くて、年の割に達観していて、他人の傷みに敏感な優しい彼が愛しくて堪らない。

 それこそ、囲って閉じ込めて自分だけのものにしてしまいたいくらいに。


 自分以外を見る目なんて潰してしまいたい。自分以外に触れる手足なら切り落としてしまいたい……いつかこの欲求が抑えられなくなりそうで、自分で自分が恐ろしくなってくる、とやけに客観的な考えが浮かぶ。



 本を読もうにも、折角読んだ文字列が雑念に掻き消されてしまい内容が頭に入らないので読書は諦めて、読みかけの本に栞を挟んで閉じる。

 そして今度こそ読書用に掛けていた眼鏡も外し、ぽすんと腕の中に顔を沈めた。



 ――早く、夜にならないかしら。早く、早く会いたいなぁ。帰ってきたら玄関まで迎えに行って、皆の前で抱きついてしまおうか。


 妄想を膨らませている内に、段々うとうとしてきて……



 キィイ……――


「!」


 どれだけの時間が経ったろうか。数分かも、数時間かも分からない。

 でも確かにリビングの扉が軋む音がして、意識が一気に覚醒した彩葉は反射的に起き上がった。


『い、イロハってぃ……』


 リビングの扉から戸惑いがちにひょっこりと顔を覗かせているのは、黒が良く似合う少年だった。


「……何だ、アンリさんですか」


『悪かったなぁ……愛しの零音じゃなくて……』


 あからさまに残念そうな顔をすると、彼はいつもの覇気は何処へやら酷く狼狽した様子で先程までテオドールの座っていた椅子に腰掛けた。

 座った後も落ち着きなく視線を泳がせて、何か言いたげにしている彼の様子に彩葉は既視感を覚えたが、眠る前の記憶が曖昧で上手く思い出せない。


「……何かあったんですか?」


 アンリを刺激しないようゆっくりと、なるべく優しい声を心掛けて問い掛けた。

 暫く押し黙り、言いにくそうに口の中でもごもごと何かをぼやいていた彼は意を決したように一つ深呼吸をし、彩葉を正面から見据える。ここでもやはり既視感を覚える。

 つい先程も、似たような事があった気がする。



『あのさ……バレンタインのお返しに女子達に作ったクッキーが余ったから男共にばら撒いてきたんだよ。そしたら鬼灯が……』


 その言葉に合点がいった彩葉はああ、と顎に手を添えて頷いた。


「キャンディでも貰ったんですか?」


『まさか! それは塁兎だぜ!』


「それもどうかと思いますが……」


 そういえばあの人は重度の塁兎コンプレックス、略して塁コンでもあったなと忘れかけの設定が脳裏に蘇ってきた。あの人の幼馴染愛は異常である。

 取り敢えず今は彼の話を聞いてあげよう。視線で先を促すと、彼は戸惑いがちに続ける。


『どうせマシュマロだろうと思って箱開けたら、その……』


 そこで一旦言葉を切り、アンリは背中に隠していた小さな花束を机の上に置いた。


「……黒薔薇、ですか」


『そうなんだぜ』


 吸い込まれそうな漆黒の闇色をした花束はホワイトデーの贈り物しては些かズレているが、あの人は回りくどいようでいつだって直球だ。

 本当に独占欲の強い……と、決して他人事ではない感想が真っ先に出てきて、彩葉は溜息を吐いた。


『なぁ、これってどういう意味だと思う……?』


 アンリは不安そうに、大きな猫目で上目遣いに見上げてきた。


 ――果たして教えてあげるべきなのか、教えてあげないべきなのか。


途中まで「あ、今回真面だ」と思った方は残念。安定のヤンデレエンドでした!(謎のドヤ顔)


零音「乙女ゲームみたいに言うなよ!」


11歳腐った少年「零音零音〜! お兄ちゃんにお菓子くれないの〜!?」


零音「あぁもう来ないでってば! お母さんに貰ったでしょ!?」

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