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我らノワール曲馬団〜おかしな少年少女達の日常〜【更新停止】  作者: 創造神(笑)な黒死蝶氏
第二章 アカシックレコード
22/36

第十七話 一人かくれんぼ

【前回の厨二台詞ランキング】


主犯:与謝野という名の森谷まどか

監修:L奈(黒死蝶)P


【1位】テオドール「テメェが仕組んだこの世界で、テメェの言うシナリオとやらをこの俺様が崩壊させてやる!(キリッ)」


【2位】ラムネ『――君の味方は敵だ。味方だから大丈夫などという根拠のない甘い考えは命取りになる(イケヴォ)』


【3位】ラムネ「ルールの抜け道なんてものは幾らでも存在する。ココを使うんだよ、狼少年(ドヤ顔)」


テオドール「与謝野ぉぉおおおおぉぉうっ! 1位の明らかに悪意あるだろぉおおおおお!」


与謝野「てへげろっ☆」

「お前、初めから気づいていたろ」


 疑問符のつけられていないその質問は、テオドールが確信を持って尋ねてきているのだという事だと二人はすぐに察した。

 ……そして、彼が何を聞いてきているのかも。



「……寧ろ此処までキャラ違うのに、どうして中身別人説が思いつかなかったのかが謎だよね」


「わたしも最初から薄々とは気づいてはいたんですが、能力の制約からしてあり得ない話ですし、中々確信が持てなかったものでして……」


 零音は自分が説明する手間が省けたと安堵の表情を浮かべ、対照的に与謝野はどう説明すべきかと考えあぐねている。



「えぇと、確信を持ったのはマスターが塁兎君とお話ししていた頃……例の美憂が起こした事件の時ですねー」


 ――テオドールが塁兎と話していた日。美憂が起こした事件。

 この二つがテオドール達が入団した、やけに長く感じた例の一日を指していると察するのは容易だ。


「事件……? 何の事だ、お前はあの時俺と一緒にいたろうが」


 彼女の話の矛盾に気がついたテオドールが即座に横槍を入れる。


あっちの身体(ぬいぐるみ)は遠隔操作で動かしているんです。本体(わたし)は羅夢音君の同級生のモブ女子として生活しつつ、彼の監視をしています」


「……今俺のサーヴァントが有能過ぎて自らの無力さを改めて実感してる」


「うん、そんな感じのポージングですね」


 さらっと凄い事を暴露した与謝野に、テオドールはその場にしゃがみこんで両手で顔を覆った。

 第二王子という肩書き以外何の力もない自分が急に惨めに思えて、何だか落ち込んできたテオドールをそのままに与謝野は話を再開する。



「あの日が来るまでは正直、顔が同じなだけの別人だと思っていました。それ程までに周囲を敵に回しても殆ど気にも留めない羅夢音君の態度は、何もかも計算尽くで外堀から固めてゆく彼奴とは正反対で、不自然だった。でも、冴島さんを庇っているときに見た姿は彼奴そのものでした。わたしが言うのですから間違いありません」


「僕は別に隠していた訳じゃないし、別にバレても余計な干渉さえされなければ構わないけれどね」


 迷いなく言い切った与謝野に、零音はそう苦笑を漏らす。


 ――あの日。偶然イロハがトラブルに巻き込まれている所に駆けつけた零音は激しい憤りを感じ、感情を高ぶらせた結果向こうのラムネに身体の主導権を一時的に奪われ……彩葉の中で「断罪イベント」と呼ばれているアレが起こったのだ。



「それで?」


「あら、どういう事?」


 続きを催促する零音に、与謝野は何を聞かれているか分からないといった風な仕草で首を傾ける。


「君の分析の結果を尋ねているんだよ。『羅夢音零音』と『ラムネシア=フォン・マッドネス・レヴィアタン』の関係性と正体を」


 あくまでも自分から明かすつもりはない。もしくは自分の口からは明かせない事情でもあるのか、零音は視線で先を促す。



「……」


「……」


「……」


 時計のない部屋では具体的にどれくらいの時間が経ったのか分からないが、結構な時間三人の間には沈黙が流れていたように思える。

 それは数十秒にも、数時間にも感じられた。


「……貴方と彼奴が別人だと気付いたわたしは、幾つかの可能性を考えたわ」


 少年二人から注がれる興味深そうな視線に観念したのか、与謝野沈黙を破ってそう口火を切った。


「始めに考えたのは都市伝説ではお馴染みのドッペルゲンガー。これなら同じ顔の二人が同時刻に別の場所(世界)に居てもおかしくはないけれどドッペルゲンガーは話さないし、第一ドッペルゲンガーの行動範囲はドッペルゲンガーではない『本人』の方に縁のある場所には出られないから、人間界に君がいるという事で矛盾が生じているわ。だからこれは没」


 零音はそれ程でもないが、一人だけ事情をほぼ理解していなかったテオドールは一言一句聞き逃すまいと全神経を集中させて聞き入っている。


「次に考えたのは分霊術。闇魔術の中でも禁忌と呼ばれる類の術で、七英傑の血族たる魔界始祖七家ですら情報を制限されているけれど、大魔導士二十人分の魔力量と千年分の知識を持つ彼奴ならば造作もない……これが一番可能性が高いと思っていたけど、ここでも大きな矛盾が一つ」


「矛盾って?」


 最早質問した零音よりも聞き入っているテオドールは興奮を高めてそう問う。

 学校も彼奴(ラムネ)も嫌いな彼だが知識を増やしたり、魔術を覚えるのは好きで、不登校児だというのに魔法学校高等部並みの知識と魔術の腕を持っている。

 そんな彼でも唯一調べられないのが禁術と呼ばれる類の一部の闇魔術。興味があって当然だ。


「分霊術について細かい説明を省いて簡単に漸くすると、自分の魂を分けて自分の肉体()から別の器にその分けた魂を付与する術なの。つまり自分自身のコピーを作る術なんですよ。だから分霊は本体と同一存在。それでいて別人でもある」


「あ? それじゃあコレにほぼ当て嵌まってるじゃねぇか。何か違うのか?」


 テオドールは親指で零音を指す。しかし、与謝野は神妙な面持ちのまま頭を振った。



「……分霊術を施しておけば本体に『何か』があって肉体に魂を止められなくなった時でも、本体の魂は天に昇らず自然と分かれた魂の欠片と融合でき、誰もが夢見た不老不死をある意味得る事の出来る術ですが……本体の魂と融合するまではあくまで本体の記憶や意思を受け継いでいるだけの自我のない空っぽの抜け殻。傀儡人形に過ぎません」


「! じゃあ……コレは……!?」


 漸くテオドールは与謝野の言葉の裏に隠された真意を汲み取ったのか、バッと零音に向き直る。

 その目はまるで、信じられないものでも見るような……化け物でも見ているかのような目だった。


 一つの記録として知っているとはいえ、未だに信じられないと零音本人さえも思っているのだから他人に不気味がられるのは仕方ないにしても、もう少しオブラートに包んではくれないだろうか。


「……恐らく、彼は分霊術が施されるずっとずぅーっと前から彼奴と共に在ったのでしょうね」


 零音がまたも苦笑を漏らしていると、まどかが続ける。

 突然の種明かしに脳がキャパオーバーし、混乱して上手く稼働してくれていないテオドールの鈍い思考回路も漸く理解した。



「つまり彼奴は多重人格者で……分霊術によって二つの自我を二分し、自分自身を模した()を創り……もう一対(零音)に与えて、その結果が零音(コレ)なのか……?」


 眉を八の字にし、いつも早口の彼らしくないゆっくりとした口調でテオドールは告げる。


 理論的に理解したつもりでもまだ頭がついていっていないのだろう。

 何故それが分かるのかと言うと、零音と与謝野も現在進行形で全く同じ状態だからだ。


「……分からない事だらけよ。でもね、今なら確信を持って言えるわ」


 与謝野もわざと強気な声色で宣言して誤魔化し、上手く平静を装ってはいるがその胸中は尽きない疑問と自問自答で埋め尽くされているのだろう。


「羅夢音君……零音君は私達の敵ではない。そして私達もまた零音君の敵ではないわ」


「――何勝手に自己完結してくれちゃってんの?」


 明るく、力強く発言するまどかにテオドールは心の奥で張り詰めていた糸がほんの少しだけ緩んだが、対照的に零音は苛立ちを明確にした声を上げる。


『――君の味方は敵だ。味方だから大丈夫などという根拠のない甘い考えは命取りになる』


 数分前に言われたその言葉が、零音の中に意外にも重くのしかかっている。

 あの言葉が何を示唆しているのかは今の所まだ分からない。だが、黒幕(ラムネ)直々の忠告だ。

 もしかしたら特に意味なんてなくて、疑心暗鬼になっている零音を高みの見物を決め込んで嘲笑っているのかめしれないが、何事も警戒するに越した事はない……


「君達が人間界に滞在する目的は? もう一人の僕(ラムネ)との関係は? 何故僕を殺そうとした? 逆ハー組事件も君達が仕組んだの? 曲馬団に入団した理由は? 君達は僕の敵? それとも味方なの? ……何一つ、君達は僕に教えてくれないのに何味方面してるのさ」


 与謝野に絡まれていた時はともかく、今まで子供とは思えないくらい冷静沈着で大人びていた零音が質問を重ねる毎に段々感情を昂らせて……いや、押し込めていた感情を表面に出してくる姿をテオドールは固唾を飲んで見守っていた。


 彼はテオドールがよく知った姿をしてはいるが、中身は全く別の存在なのだと再確認させられた。



「……ともかく、君らが本当に敵じゃないのか確信するにはまだまだ不確定事項が多過ぎる」


 抑えきれずに昂ってしまった感情をある程度吐き出して少しは落ち着きを取り戻したのか、また冷静沈着な零音に戻ってまどか達を睨みつける。


「英断ね。わたしが君の立場でも絶対に話さないもの……ねぇ、君はさっきわたしに何者かと尋ねてきたわよね?」


「……」


 まどかは自分よりも取り乱している零音を眺めている内に、自然と心が落ち着いてきたのか微笑を浮かべている。

 零音は何故彼女がこんな状況でも笑っていられるのか分からなくて、懐疑心を強める。



「わたしはテオドール殿下のサーヴァントである与謝野の中の人。そして前世は上級魔族。からの現在は人間の子供の森谷まどか。それだけよ?」


 ――嘘は言っていない。


「……そんな説明で僕が納得するとでも思うの」


「うふふ、強いて言うならばわたしは(・・・・)あの男と敵対する全てのものの味方よ。ご主人様と主従契約を結んだのは彼奴に一矢報いる為」


 混乱して感情的になっている零音が何を考えているか、何を言おうとしているか、推測するのはとても容易い。


 感情に飲まれている人間とは、それがどんなに賢い人間だとしても総じて判断力が鈍るものだ。


 ――今の彼ならば、勢いで懐柔できる。


「ねぇ羅夢音君、取り引きしましょう」


 そう確信したと同時に、まどかはそう言っていた。

 魔界最強の大国の第二王子と、憎い彼奴の半身であり相対する存在の零音。どちらも目的を果たす為の利用価値は高い……



「取り引き……?」


「何も難しい話ではないわ。貴方の持つ情報とわたし達の持つ情報を交換したいの。その上で、もし貴方が彼と敵対関係にあるならばわたしも協力するわ……悪い条件じゃないでしょう?」


 突然そう持ちかけられた零音は案の定怪訝そうに眉を顰めた。だが、まどかは依然余裕そうな笑顔を崩さない。

 彼のやろうとしている事が何かは知らないが、彼の手札はまだまだ少ない。彼一人の力では限界があるだろう……だから、そこをついてのこの条件である。


「っ……もし、断ったら……?」


「この場で殺すわ」


「……!」


 このまま何事もなくまどかの思い通りにいくのが癪なのか、せめてもの抵抗にと本気で断る気もない癖に試すように尋ねてくる零音にまどかは愉しげで、それでいて底知れぬ恐怖を感じさせる不思議な声音で言うと零音の顔が強張る。


 その時、まどかではなくテオドールの顔にちらりと視線を送ったのは彼ならば零音を一瞬で消し去る事が可能だと初対面のあの日から解っているからである。


「ご主人様はヒキニートだから体力ないけど、得意な魔法系統は『攻撃』で弱冠十四歳にして既に大魔導士レベルの魔力量だし、物質破壊にかけては無詠唱で出来るから貴方を瞬殺するくらい造作もないわ」


「もうこれコケにされてるのか褒められてるのか分からねえよ……」


 零音の思考が読めている彼女がそう補足すると、感情の高ぶりが一定値を超えて、逆に落ち着いてきた様子の零音が子供とは思えない顔でまどかをじっとりと睨めつける。


 大丈夫、上手くいく。もう少し。もう少しで――



「……僕に拒否権はないんだね」


「当然よ。さて、聞くまでもないけどどうする?」


 零音は諦観とも取れる、今日一番の大きな溜息を吐いた。

 テオドールは精神年齢大人組の会話に相変わらず入り込めず、混ざるのを諦めたのかソファに凭れかかったままだったアイカをそっと抱き上げソファの上に横たえた。



「……良いだろう、君達と取り引きをしようじゃないか」



 ――ちょろすけね……


 まどかが内心ほくそ笑んだその時。


「――但し、こっちからも幾つか条件を提示したい」


 ――ふむ、幾ら冷静ではない状態とはいえ、やはり彼の別人格というだけはあって一筋縄では行かなそうだ。




    *  *  *



『……マスター、お気をつけなさいませ。彼奴(・・)が来ます』


 聞き覚えのない若い女性の声が二人しかいない筈のない響く。

 それと同時にアイカは底知れぬ睡魔に襲われる。何が何だか分からない中思考すら億劫になり、ゆっくりと意識を手放していった。


 最後に見えたテオドールの、アイカの手を取ろうとしていた腕は虚しく宙を描き、アイカは力なくソファに凭れかかった。






 それからどれくらいの時間が経ったろうか。

 意識を取り戻した時、其処は薄暗い物置のような場所で、初めそこが夢か現かさえもアイカは判断がつかなかった。


 ただ、アイカの意識は見知らぬ何処かの家の天井辺りにふよふよと浮いており、其処から一人の少女の動向を見下ろしていた。

 高校生くらいに見える少女は何かを探している様子だった。彼女の手に握られているのは真新しい紙コップと、塩と――カッターナイフ。


 何故その三つを持っているのかアイカには分からないが、何故だか寒くもないのに悪寒が全身を駆け巡り、心臓が煩く脈打つ。

 ――あんなものを持って、彼女は一体何を……?


 少女が棚を漁っていた時不意に肘が当たり、二つの黒い塊が棚から落ちた。


「ほわわっ……!? ん? 何これ塁兎君の私物……?」


 それはぬいぐるみのようだった。熊のぬいぐるみといってもテディベア特有の可愛らしさはない。

 継ぎ接ぎだらけの身体に、腹や口を赤い糸で不器用に縫い付けられていて、その糸がまるで血管のように見えて気味が悪かった。


「……まるで、血管みたい……」


 少女もアイカと同じ感想を持ったらしく、そう呟いて暫くぬいぐるみを見つめていた。


「継ぎ接ぎだらけだし塁兎君のかな……? いや、塁兎君のはうさぎだったね。倉庫の奥にしまいこんでたって事は、暗に使ってもいいって事だよね……よしっ」


 暫くブツブツと独り言を言っていたが、半ば強引にこじつけて熊のぬいぐるみを手に取ると、ポケットからビニール袋を取り出してその中にぬいぐるみを突っ込む。


 あれで何をしようというのか。気になったアイカが空中を泳ぐようにして近づくと、少女はぬいぐるみの腹を縫い付けている赤い糸を解いた。

 その途端、ぬいぐるみの腹から大量の米粒が腸が飛び出すような勢いで溢れ出す。


『ひっ……!』


「あれ、もう先に誰かが使ってたのかな……? まぁいいか。続けよう」


 少女は特に気に留める様子もなく、予め用意してきたらしい新しい米と爪をぬいぐるみの腹の裂け目に詰め、先程解いた糸を使ってまた縫い合わせる。


 そして紙コップにまたしても持参したらしいペットボトルの水を注ぎ、先ほど手に持っていた塩を使って塩水を作る。

 そして彼女は一旦ぬいぐるみを置き、コップを手に部屋を出る。アイカも謎の使命感に駆られてその後を追う。


 リビングのような場所を突っ切る途中、誰も見ていないテレビな無機質に延々と砂嵐を垂れ流しているのを見て逸る鼓動がまた速度を速める。

 リビングの奥にある部屋に入ると、其処は見るからに男の子の寝室という感じの部屋だった。


 黒で統一されたシンプルな部屋にの壁には男子用の制服が掛けられているし、その少女の寝室という訳ではなさそうだ。部屋に設置されたテレビもやはり先程と同じように砂嵐を流しており、不気味だった。


 その時ふと見えたベットの上。デジタル時計が示している時刻は午前三時。そして、デジタル時計の隣にうさぎがいたようにみえてギョッとしながら注視すると、それはただのぬいぐるみのようだった。

 少女は無遠慮にクローゼットを開けると、其処に潜り込む。少しして出てきたと思うと、その手からは紙コップが消えていた。


 その後何事もなかったかのように倉庫に戻り、ぬいぐるみとカッターナイフを取ってきた少女が次に向かったのは風呂場。

 蓋を取ると、風呂桶にはまだ水が溜まっていた。


「後は、ぬいぐるみの名前かぁ……」


 少女は暫く唸った後、閃いたといった様子でぽんと手を打った。


「よし、君に決め……って違う違う、これじゃどこぞの小学生ポケモントレーナーじゃん。君の名前は――」


 最後の方はノイズがかかっていて、上手く聞き取れなかった。


「最……の鬼は――だ……。最初の……は――だから。最初……は――から……」


 少女は風呂桶にぬいぐるみを沈めると感情の無い声で三回唱える。またしてもノイズのせいで上手く聞き取れなかった。

 そして少女はカッターナイフを持って風呂場を出た。


 瞼を閉じ、小声で「いーち、にーい、さーん……」と数えてゆき、十秒経った頃にまた風呂場に戻ってきた少女は、その後目を疑うような行動を取った。


「――みーつけた」


 グシャッ。


 水に浸かって水分を吸ってしまっているせいか、やけにリアルな音が浴室内に響き渡る。

 月明かりしか照明のない薄暗がりの中で見ると、まるでぬいぐるみが腹から血を流しながら少女を睨みつけているように見えて、アイカは怖くて仕方がなかった。なのに目を逸らせない。目が離せない。


「次は――が鬼ね」


 少女は一切怖気付く様子もなく、ぬいぐるみに語りかけると洗面台にカッターナイフを置いて何処かへと消えた。

 アイカは彼女がまるで感情の無い人形のように思えて仕方がなかった。


 彼女が行く先は予想がついた。

 先程塩水を置いたクローゼットの中、少女とアイカは二人並んでいる。

 少女はアイカを認識できないらしく、幾ら手を振っても声を掛けても無反応だ。今更ながら幽体離脱でもしたような気分である。


「……そろそろかな」


 時計がないので正確な時間は分からないが、体感時間は一時間にも感じられたし十分も経っていないかのように感じられた。

 唐突に少女は切り出し、塩水を口に含もうとした――


 ギッ、ギッ……


「……ぇ」


 床の軋む音。先程まで誰も気配もなかった家の中に、少女でもアイカでもない第三者の足音が響く。


 絶対開けないほうがいいだろうに、少女は好奇心が勝ったのかクローゼットの隙間からそっと外を覗く――







『……みーつけた』


「いやぁぁあああぁっ!!」


「うぉっ!?」


 絶叫しながらアイカは文字通り飛び起きた。

 全身から汗が噴き出していて、服が身体に張り付いて何とも気持ちが悪い。

 飛び起きた際、自分以外の声を聞いた気がしたアイカが顔だけ横に向けると其処には赤いロングの髪を三つ編みに束ねた少年――テオドールが尻餅を着いていた。

 改めて状況を確認すると、見慣れた白い天井とシャンデリアが頭上に輝いている……そう、自宅だ……


「お、おい……大分うなされていたが悪夢でも見たのか?」


「テオドール、さま……」


 何故彼が自分の家に居るのだろう。頭が冴えてくるのに比例して、眠りに落ちる前の記憶が蘇ってくる。

 確か昨日家に送って貰って、手当てして貰って、そのお礼にとお菓子とお茶を振舞って……その後の記憶がすっぽりと抜け落ちている。寝落ちしてしまっていたのだろうか?


「あれ、アイカはどうして寝ていたのでしょう……?」


「あー……何か疲れてたみたいで急に寝たぞ?」


 テオドールはそう言いながら何故か視線を逸らした。


「そうですか、またご迷惑を……」


 出会って一日目、何度目になるか分からない謝罪を口にしようとした時ふと時計が目に入る。

 時計が指す時刻は二時五十二分。アイカはまたしても違和感と、少しの焦燥を覚えながら窓の方へゆっくり頭を向ける。


 ――其処には真っ暗な摩天楼が何処までも続いていた。


「深夜三時ィィイイッ!? きゃあぁぁああごめんなさいぃぃいいい!」


「こうなると思ってたよ! 落ち着けって! アジトの方には零音から連絡させてるし大丈夫だっつの!」


 爆睡してしまった事に愕然とすると同時に、こんな時間まで付き合わせて申し訳ないという感情が浮かんできてアイカは華麗なるジャンピング土下座を決める。


「こごごめんなさぃいいー!」


「デジャヴ! テメェマジで人の話を聞けよ! めっちゃうなされてたけど何の夢見てたんだよ!」


「女の子が熊のぬいぐるみのお腹に米と爪を詰め込んでお風呂でぬいぐるみ刺してクローゼットに隠れてたら誰かが探しに来たという夢ですぅ!」


 息継ぎなしに言い切ると、テオドールは唖然とした顔で固まる。


「は……それ、一人かくれんぼ……? つか、熊のぬいぐるみってもしかして黒くて腹が赤い糸で縫われてる奴……?」


「え、ご存知で?」


 アイカは軽い気持ちで聞き返したが、テオドールの顔色が思ったより悪くて戸惑う。


「……与謝野ェ……ぬいぐるみの身体を人目につく場所に捨てるなよ馬鹿……魔界のと人間界のとじゃルールが違うんだったな。それが本当だとしたらまずいな……」


「え……あ、あの……?」


 何を、言っているのだろうか……? こんなの、不気味だが単なる夢に過ぎないのに。


「……悪いが、俺様はもう帰らせて貰うぞ」


「は、はい……今日は本当に色々とすみませんでした……」


 アイカにはテオドールをこれ以上引き止める理由がなかった。寧ろ早く帰らないと家族が心配するだろう。そう思って玄関へと向かう彼の背中を見送っていた。

塁兎「某黒猫の栞のアレかと思った」


黒死蝶氏「おいせめて伏せろ。作品名出てなくても特定できちゃうから」


あらまぁ「きゃは、最近マイブームなんでしょお? 次はメリーさんの電話? それとも猿の手?」


黒死蝶氏「どれも絶対やりません! それでは引き続き一人かくれんぼ回をお楽しみください!(半ギレ)」

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