閑話 左足首のアンクレット
本編が間に合うか分からないので番外編を投下していきますね。
※本編とは一切関係ない(ここ重要)
※友情出演:読者様兼ネッ友の
あまち☆かなめ様
※バレンタインネタ&誕生日ネタ
「あれ? アンリにゃん、アンクレットなんてしてたんだ」
とある日のアジト。由梨愛はブーツを脱いだアンリの左足首にキラリと光るものを目に留め、そう言った。
『これか? 小六の誕生日に鬼灯に貰ったんだぜ! そっからずっと大事にしてるんだぜ!』
「へぇー……鬼灯君が君に物をあげるのも意外だけど、君が何年も貰った物を大事にしてるのはもっと意外だね」
アンリは基本的に黒いフードがついた服を着ている事が多いが、コスチュームチェンジ機能を実装してからはコロコロと衣装を変えるようになり、今では一日に何度も着替える時だってある。
例えば今朝のアンリは魔法使いのようなローブ姿だったが、現在の彼は猫耳セーラーパーカーに黒いショートパンツを合わせ、金糸の髪を後ろの方で軽く束ねているという格好である。
そんな彼がずっと同じアンクレットを付け続けている事に由梨愛は驚いた。
『失敬な。確かに俺はよく着替えるし、新しい物好きなお洒落さんだけどちゃーんと貰った物は大事にするぜ?』
由梨愛の正直な言葉にアンリは不満そうに頬を膨らませる。
「ごめんごめん、悪かったよ。でもそれ……ゾイサイトだっけ? 綺麗だね」
『だろだろ! 鬼灯の目の色と似てて綺麗だよな!』
アンクレットの中心で青紫に光る宝石はゾイサイトの中でもタンザナイトと呼ばれる種類で、十二月の誕生石である。
そこで由梨愛は一つの疑問を覚えた。
「ねえ、アンリ君ってバレンタインが誕生日だったよね?」
『そうだぜ! よく覚えてたな!』
おかしい。誕生日プレゼントならば、二月の誕生石であるアメジストを選べばいいのに。
些細な、普通は気にも留めないような事がどうしようもなく気になった。
――もしやこのゾイサイトに何かメッセージが込められているのだろうか。
ゾイサイトの石言葉にはプライド、心の安定、性的能力、子宝などがあるが、どれも思考回路が混沌の腐海に堕ちてしまっている由梨愛目線で考えると意味深な事しか思いつかない。
頭の中が疑問と憶測で埋め尽くされる頃、突如として今まで視界に映っていたアジトとアンリの姿が消え、代わりに何処かの学校の光景がドラマの映像のように頭の中に雪崩れ込んできた。
二月十四日。その日は幼少期に記憶喪失の状態で発見・保護され、本名や生年月日すらも不明な蓮が思い出せる限りの一番古い日付……要するに誕生日(仮)であるが、それと同時に世間一般ではバレンタインデーとかいう甘々なリア充イベントで世間が浮き足立つ日である。
「ふぅ……例年も然る事ながら、今年もまた一段と凄まじい量ですね」
そして現在。黒田蓮は紙袋を二つ持参して学校へ来たのだが、予想を遥かに上回る量のチョコやプレゼントを貰った為に入りきらず、倉庫から適当に紙袋を何個か拝借する事となった。
クラスには一個も貰えなかった哀れなチョコ0個ディスコ♪の連中なんて腐る程いたし、贅沢な悩みとは分かっていても流石に毎年集団甘味攻めの日にこの量を貰うとなると持って帰るのも消化するのもキツい。
口に出せば間違いなく全非リア充に滅ぼされるので、其処までは口に出さないが。
両手にずっしりとかかる女子達の気持ちを背負いながら、蓮は裏門へと歩みを進めていた。
だが午前中雨が降っていたせいで地面は非常に足場が悪く、少しでも気を抜けば泥濘に足を取られて靴が泥塗れになる。その上この大荷物では動きにくいったらありゃしない。蓮は大きく溜息を吐いた。
ちなみに何故わざわざ裏門を選ぶのかというと、蓮の家は正門を通って帰るよりも裏門から帰った方が圧倒的に近いから。ただそれだけの事である。
「黒田君っ!」
「はい?」
少女の声が背後から蓮を呼び止めたのはそんな時だった。
振り返ると体の後ろで両手を組み、如何にも何かを隠しているというポーズを取っている少女が佇んでいた。
「これ……受け取ってください……!」
蓮が何かと問う間も与えず、頰を薔薇色に染めて俯き加減に赤いリボンの巻かれた女子力の塊のようなピンクの箱を押し付けてきた彼女は、確か同じクラスの子だ。名前は確か……天地要さんだったか。一部クラスメイトにカナメルダ姫と呼ばれていたな。
あまり話した事はないが、先日ゴミ捨て当番で校舎裏に行った時偶然彼女が同級生の不良に絡まれていた所に出くわし、何だかんだあって結果的に助ける形となったのでその礼か何かだろう。
「ありがとうございます」
「そっそれじゃあまた!」
幾らプレゼントが多過ぎて迷惑しているとはいえ、学校では皆に好かれる優等生キャラを演じている蓮が女子からのプレゼントを断るなんて真似はできない。
穏やか笑顔を心掛けて一言礼を言えば、少女は耳まで真っ赤になって走り去っていった。
ちょろい。こんなにもちょろすぎて良いのか。
何故女子という生き物はイケメンに少し優しくされたからってすぐに意識してしまうんだろうか。
此方がその気になれば幾らでもハーレムが築けそうだ。などというくだらない考えが、つい浮かんでしまう。蓮はハーレムどころか恋愛にも興味がないのに。
取り敢えず蓮が貰った箱を袋に仕舞おうとした時。
「おい黒田」
其処へ同じクラスの不良グループのリーダー格の少年が現れた。
「……何か御用でしょうか。手短にお願いします」
あまりこういう問題児と呼ばれる生徒に関わり過ぎると内申にも関わる。来年は受験を控えているし。
かといって扱いを蔑ろにし過ぎて根に持たれるのも避けなくてはならない。
なので一応話は聞く事にしてそう言ったが、被っていた猫が取れてうっかり面倒臭さが全面に出た声になってしまった。
「お前さ、一人でそれだけ持って帰れんのかよ?」
だが彼は蓮の態度を気にした素振りもなく、へらへらと中身のない笑いを浮かべている。冷やかしだろうか。
――嗚呼、面倒臭い……
「はい、慣れた事とは言えどやはりこの時期は大変ですね」
そんな気持ちを抑えきれずに、口から飛び出したのは嫌味。
何故だろうか。女子や大人の前では完璧に猫を被れるのに、こういういちいち突っかかってくる面倒なタイプの人間の前では本性が出てしまうのは。
……考えるまでもなく、元凶は一人しかいないが。
「ならよ、俺が貰ってやってもいいぜ?」
「は?」
「まぁでも俺優しいし? 今なら天地のチョ……げふんっ、その右手に持ってる奴で手を打ってやるよ」
怪訝そうな声を上げると、彼は先程貰ったばかりの箱を指差した。
いつも通りを装うとしているのだろうが、そわそわしているのが隠しきれていない彼の様子に蓮はふと思い出した。
――そういえば、先程の彼女にちょっかいを出していたのは彼だったような。
男子が好きな子の気を引きたくて苛めてしまうなんて、漫画などではありがちなパターンだ。
但し蓮には全く理解できないが。何故なら蓮は好きならば好きだと、言葉でも態度でも躊躇なく伝えられる人間だからだ。
……と、まぁそれはともかく。
「おやおや、困りますねぇ。これは俺が貰ったのですが?」
箱を持っている手を少し動かす度に分かりやすく視線で追ってくる彼の姿は中々面白い。
不良とは言えど、恋をする姿はその辺の子供と何ら変わりないじゃないか。
楽しくなってきた蓮が試しに箱を振ってみると、彼はあからさまに焦った顔で箱を持っている方の手を掴んでくる。
「うわっ振んな馬鹿! 何考えて……」
「え……わっ!?」
その時、不良が不意に泥濘に足を滑らせた。
背中と後頭部に衝撃が走り、蓮は咄嗟に瞼を閉じた。
固く冷たい感触から二人並んで泥濘にダイブせずに運良く校舎の壁にぶつかったのだと悟る。
「あっぶね……おい、ざけんな黒田てめえ……」
「……何をしているんだい?」
聞き慣れた声にギギギと音がしそうなくらいゆっくりと横に顔を向けると、少し離れた所に不機嫌さを丸出しにした顔の鬼灯が佇んでいた。
「な、何だよ玖蘭。ちょっとチョコ貰ってただけだって」
「……へぇ? こんな人目につかない校舎裏でチョコ、ねぇ……
大抵の人間は普段のほわほわしたアホの子っぽい鬼灯しか知らないので、この蓮限定の苛立ちを隠そうともしない睨み顔を見ると戸惑う。
不良もその例に違わないようで、さりげなく力が緩んでいた蓮の手から箱を奪い取る。
それを見た鬼灯は口角を上げ、笑顔を作るが目が完全に据わっていらっしゃる。鬼灯の怒りが増した事を本能で察知した不良は可哀想に益々顔を青くする。
何故こんなにも機嫌が悪いのかと首を傾げていたが、蓮はふと今自分は右手を押さえつけられて壁に押し付けられている体勢のままだった事を思い出した。
「あの、とりあえず退いてくれません……?」
「お、おう……と、取り敢えずこれは貰ってくからな!」
蓮の言葉にハッとした不良が咄嗟に退き、まるで逃げるようにプレゼント箱を持ち去って行った。鬼灯が彼に投げ掛けている視線は終始冷たかった。
「……こんにちは鬼灯。いつからいらっしゃったんですか?」
彼が完全に去った頃、蓮は冷たい笑顔の仮面を被った鬼灯にゆっくりと歩み寄る。
「壁ドゥンの辺りからかな。ところでさっきのは?」
つまり今来たばかりのようだ。よりにもよって、そんなあらぬ誤解を生みそうな場面からだなんて。なんという間の悪さ。
「ただのクラスメイトですよ……彼は天地さんが好きらしくて、俺から天地さんのチョコをひったくって行ったんです」
「その割には随分と楽しそうにしてたよね」
「嫌ですねぇ、恋する餓鬼をからかうのは楽しいでしょう?」
「君が安定のクズで安心したよ」
誤解を解く為、素直に言うが鬼灯は聞き入れてくれそうにない。
――しかし、疑問は募る。
此処は普段滅多に人が来ない校舎裏。偶然通りかかったと言うには無理がある。
という事は蓮に何か用があって来たというのが一番有力そうだ。
「煩いですよ。ところで君も俺に何かご用がおありですか?」
「of course。モチロンサァ☆」
「何故に英語なんですか……おっと」
蓮の推理はビンゴだったようで、鬼灯は上着のポケットに手を突っこみ、何かを蓮に向かって突き出した。
「えっと……アクセサリーですか?」
紐の長さからしてブレスレットかアンクレットだろうそれは、鬼灯の瞳の色に良く似ている宝石が飾られている。
「ゾイサイトのアンクレット。この前偶々パワーストーンの店に通りかかった時見つけたから買ってきただけさ。今日はあんたの誕生日だろう?」
――いつも異様に突っかかってくる、あの鬼灯が? 自分にプレゼント?
衝撃に唖然としていると、痺れを切らした鬼灯が蓮の足元にしゃがみ込んだ。
「付けてやるからさっさと左足出して」
「いえ、自分で出来……」
「早く」
戸惑う蓮の言葉を遮った鬼灯には有無を言わせない迫力があった。蓮が大人しく左足を差し出すと、鬼灯の小さい手が触れる。
その手の余りの冷たさに危うく飛び退きそうになったが、何とか耐える。
「終わったよ」
「あ、ありがとうございます」
そうこうしている間にアンクレットは付け終わり、鬼灯はすっと立ち上がる。
先程鬼灯の手はとても小さく感じたのに、こうして並んで立ってみると身長はそう変わらないのに蓮は驚いた。
――去年までは自分が彼よりも高かった筈なのに。
「しかし、何故急にアンクレットなんです? チョコでも良かったのですが」
「チョコは既に沢山貰ってるだろう。それと……」
鬼灯が右手の袖を捲ると、蓮とお揃いのゾイサイトが飾られたブレスレットが嵌めてあった。
「お揃い……ってあれ、鬼灯はブレスレットなんですね?」
「何だって構わないだろう。……それ、大事にしておくれよ」
『でさ、その時の鬼灯が……ゆりあん?』
気がつくと、アンリが怪訝そうに此方を覗き込んでいた。
頭の中に長い記憶の波が雪崩れ込んできたが、現実の時間はまだそれ程経っていない。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。何?」
『いや、別に大した話じゃないからいいんだが……』
――記憶の中のオッドアイの少年と、目の前のアンリが重なる。
今のはアンクレットを貰った時の記憶という認識で間違いなさそうだ。
まだ能力を制御し切れていないと思っていたが、段々と見たい時に見たい記憶が視れるようになってきた。
お陰で由梨愛は疑問の答えに行き着く事が出来たのだから、この能力はやはり便利である。
「ねぇアンリ君、アンクレットの意味って知ってる?」
『え?』
アンリはきょとんとした顔で首を傾げる。
予想通りの反応だ。意味を知っていたら確実に対処に困るだろうし、もし分かっていたらあんなにキラキラした笑顔でアンクレットについて語ったりしないだろうから。
「……だろうと思ってた。知らないなら知らなくていいよ。寧ろ知っちゃダメ」
『えっ何? フリ? 俺は今何か試されているのか?』
困惑した顔を見せるアンリに、由梨愛が慈愛に満ちた目を向けながら頭を撫でていると二人以外の気配が近づいてくる。
「フォワッ!? 霧島嬢来ていたのかい!?」
ハイテンションな態度、そしてふわふわした綿菓子のようなポニーテール。それだけでもう誰だか分かる。
『結構前からいたぜー? 気づかねーとかバッカじゃねーのー? プークスクス』
「そんなの知る訳ないだろう! 僕はギルメンとクエストという名の崇高なる使命を果たしていたのだから!」
『学生なら少しは勉強しろよ』
玖蘭鬼灯は由梨愛に少女のような愛らしい笑みを浮かべていたが、アンリを視界に入れた途端苛立ちの篭った顔へと変貌し、その態度も百八十度変わっていた。
「鬼灯君ってさ、結構趣味悪いんだね」
「へ?」
由梨愛は悪戯っぽい笑みを浮かべるが、鬼灯は何を言われているのか分からないという風に首を傾げる。
由梨愛はアンリには気付かれないように、視線で鬼灯の右手を指し示した。
鬼灯の右手には記憶で見たのと同じく、アンリとお揃いのブレスレットが嵌めてあった。
彼は僅かに目を見開いたが、アンリの足元に目を留めると、由梨愛の言わんとしている事を理解したらしくクスリと美しく微笑み、右手をそっとポケットの中に入れて隠す。
「……何の事だい?」
口元だけは弧を描いて、微笑んでいるように見えるが、その光を映さない作り物のような目を向けられた由梨愛は底知れぬ恐怖を感じた。
塁兎「今回確実に『アンクレット 意味』というキーワードの検索率が上がったな……」
由梨愛「左足首に付けるからこそ意味があるんだよ!(鼻血)」
鬼灯「(^ω^)(黒笑)」
 




