閑話 幻影とノワールの境界線
※零音誕生日記念更新(※一日遅刻とかは禁句。他アプリに記念イラスト載せたのでそれで許してちょんまげ)
※本編とは関係ないパラレル話
※糞短い
さっきまで近所の悪童達が散々に荒らしていた砂場は冷たい風に吹かれ、辛うじて形を保っていた山は風に巻き上げられ、みるみる崩れ落ちていく。
朽ちた滑り台の上に積もった砂埃ももうもうと巻き上げられ、何処とも知れぬ空虚へ霧散していく。
視界に映る全ての物が、白と黒だけに染まった世界。
きい、きい、きい。
錆びついたブランコが刻む、甲高い不協和音が歪んだ笑い声のように聴こえる。
「……また来たの?」
うんざりとした声音で尋ねてきた少女に零音は苦笑を返し、頭の中に反響する耳障りな金属音を少しでも塞ごうとフードを深く被ると、自然な仕草で彼女の隣……彼の定位置だった其処に腰掛ける。
「何をしているの?」
「見て分からない? 待ってんの」
「ふーん」
これは一体、何度目になるだろうか。
このやり取りも、会話が途切れた後に零音が怪訝そうに眉を寄せるのも。
「寒くないの?」
夏休みも終わり、風も冷たくなってきたというのにあの日と同じワンピースを着ている彼女がやけに寒そうに見えて、そう問うた。
だが彼女はぼんやりと何もない宙の一点を注視しているばかりで、零音の質問など耳にも入っていないようだった。
その後も何度かたわいもない会話も種を投げかけたりもしたが、全てこの調子で無視される。
「……行かなくちゃ」
暫く沈黙が続いていたが、公園に設置された古ぼけた時計が例の時刻を指した瞬間彼女は勢いをつけてブランコから飛び降り、出口へ向かって一直線に走り始めた。
零音は暫く呆気にとられていたが、軈て彼女が何を再現しようとしているかに気がつくと弾かれたように自身もブランコから飛び降りると、少女を追いかけていった。
出口を過ぎて、暫く行った先にその踏み切りはあった。
零音が少女に追いつく頃、其処には警報を鳴らしながらゆっくりと閉ざされてゆく遮断機の前で一人の少女が立ち竦んでいた。
あの日壊れて直前まで稼働しなかったその遮断機は、あんな事故があったのでその後きちんと修理され、今では電車が来れば普通に遮断機が降りて警報を鳴らすようになっていた。
「チサキ」
名を呼べば少女……チサキは分厚い膜が張られてはいるが、鋭い瞳でラムネを見据える。
「……幾らあたしが馬鹿でもそのくらい分かってるわよ。こんな事をしても塁兎達が戻ってこない事くらい」
ここは、言わばノワールの世界線とは真逆の世界だ。
例の「あの日」の可能性の欠片の一つを気まぐれで辿ってゆき、何となしに創ってみた世界。
この世界には塁兎も鬼灯も、アンリもいない。アンリになる筈だった彼は蓮として今も生き続けている。
背が低いのがコンプレックスだった彼も成長期が来て、たった数ヶ月で一気に背が伸びた。
――そして、彼女も。
「塁兎達はあの日からずっと時間が止まったままで、あたしも同じだと思ってたのに、あたしはどんどん背が伸びていくし街はどんどん寒くなってゆく……幾ら変わらないままでいようとしたって、世界は変わっていくのよ」
彼女のお気に入りのワンピースは少し小さくなっていて、顔立ちもこの数ヶ月で随分と大人びてきたように思える。
もうとっくに新学期が始まっているのに彼女は親に我儘を言って、大喧嘩の挙句現在も学校には行かず、あの日と同じこの時間に決まって此処へやって来る。
「怖い。時間と一緒に段々と塁兎の声や笑顔、話の内容が段々と薄れていってしまうのが怖いの」
抑えていた感情を一気に爆発させるようにして、そう語ったチサキの声は震えており、気丈なチサキらしくなく酷く弱々しく見えた。
「ねえ答えてよ、どうしてあたしが生き残ったの?」
零音は終ぞこの問いに答える事ができなかった。
 




