第十五話 乱立するフラグ
【前回のあらすじ】
アンリの弱点=水
鬼灯「そういえば奴は窒息死する頻度が高いね(※本作七話、八話、九話、幻影ノワール九話参照)」
アンリ『人気1位なのに俺の扱い酷くね? 犯罪級ウルトラチートプリティー黒猫男子の俺をもっと崇め奉れなんだぜ(黒笑)』
大通りを避けて、細い路地を潜るように進んでゆく。
風を切って走り抜ける度に淡い桜色の髪がばさばさと揺れて鬱陶しい。
路地裏に入った辺りから追ってくる人々は疎らになってきたが、それでもまだ彼方此方にカメラを構えた人達が散らばっている。
もう目的地なんて考えもつかない程に少女は慌てて、ただ足を懸命に動かし続ける。
今日に限って慣れないヒールを履いてきてしまったものだから足は痛いし、走り難いしで少女は体力の限界に近づいていた。
「たまの休日くらい休ませてくださったって宜しいでしょうに……うぅ、本当についてないのですよ!」
曲がり角を曲がった時、少女の目の前にはブロック塀が道を塞いでいた。
――行き止まりだ。
気付いて戻ろうとするが、少女が今来た道の方から幾つもの足音が近づいてきている。
今戻ったら確実に追いつかれてしまう。
「目の前に壁があるのならっ……飛び越えるまでなのですよ!」
少女はブロック塀の前に置かれていた木箱に足を掛け、器用にそれを伝ってブロック塀の頂に辿り着くと焦りからか高さの確認もせずに、勢いに任せて飛び降りた。
――だから、少女は飛び降りるまで気がつかなかった。
降りた先に丁度通りかかる人影が在った事に。
「どっ……退いてくださぁぁぁぁぁああああああああああああぁぁああいっ!」
「……は? 何……ッ!? うわあぁぁぁああああああああ!!?」
* * *
さて、ここで少し時間は遡る。
「お前、何か悩みがあるのか?」
「……は?」
出かけるとは言っても何処に出かけるかまでは決めていなかったので、適当にその辺をぶらぶら歩いている最中に、塁兎は思い切ってという様子で相手にそう尋ねた。
塁兎が質問を投げかけた相手はテオドールであり、彼はまさか塁兎にこんな質問を受けるなどとは思っていなかったので、ぽかんと口を開いたまま固まる。
テオドールは中学二年生という正に思春期真っ只中な難しいお年頃であり、家族関係やら交友関係やら頭を抱えたい事案はそれなりに存在する。
だが、わざわざ団員達の目が無い所で聞いてくる意図が解らない。
「いやなに、お前が皆と仲良くしようとしないものだから団長として気になっただけだ」
どう答えるのが正解か解らず、押し黙っていると沈黙に耐え兼ねた塁兎がそう付け足した。
――成る程、そういう事か。
一つの団体を纏める者として、団員達の不仲は見過ごせない。
特にその元凶が自分が気まぐれで連れてきた子供だなんて、団長的には芳しくはない事案だろう。
「余計なお世話だよ。俺はサタン家の中では比較的穏やかな性格だし、人間という種族に差別や偏見という意識も持ってねぇから安心しやがれ。男に二言はねぇ」
テオドールは基本的に団員達と必要以上に関わるのを避けているし、団員側も小学生組と顔馴染みの公爵夫人以外は先立ってテオドールに関わろうともしないし、自分と団員同士のトラブルは今の所起きないだろうとテオドールは踏んでいた。
「お前が穏やか……? はて……穏やかとは……何だったろうか……?」
「正面から喧嘩売ってきてんのか? 買うぞ? おいコラ」
自信満々に言い切るテオドールの言葉に矛盾を感じた塁兎が頭を抱え、それに対してテオドールが拳を構えながら言及する。
勿論この拳は単なる脅し用で、実際に使うのは魔術だ。
魔法学校も碌に通っていない子供の魔術程度、塁兎には大したダメージにはならないのだが。
「そう怒っている時点で穏やかとはかけ離れていると気付け。ところでお前いつまで突っ立っているつもりだ?」
塁兎に言われて、テオドールは己が今まで何処に立っていたのか漸く気がついた。
其処はお洒落な外観のカフェで、建物こそ古いがボロ臭いとかマイナスなイメージは一切なく、大正時代を思わせるノスタルジックな雰囲気を醸し出しており、正面に掲げられた木製の看板には「黒猫浪漫」と刻まれている。
今まで店の前でぎゃあぎゃあ言い争っていたのかと思うと途端に羞恥心が湧いてきて、同時に店の方に迷惑をかけてしまったと思い反省する。
そして分かっていたのに何も教えなかった塁兎に憤りを感じて睨みつけるが、涼しい顔で躱される。
「そう怒るな。昼飯には早いが、軽く食べて行こう」
その時、テオドールの腹の虫が盛大に鳴った。
*
「待たせたな、これが新商品候補の『くまさんパフェ』だ」
塁兎によってテオドールの前に置かれたパフェは『くまさんパフェ』という名前が付けられるだけあって、熊の形をしていた。
顔のベースにチョコアイスを使用し、その上にチョコチップクッキーの耳、小豆の目と鼻が盛り付けられていて、容器も可愛らしく女子供に好かれそうなデザインである。
スプーンで一口掬って口へ運べば、滑らかな口溶けのひんやりとしたアイスが猛暑に当てられて火照った身体に染み渡る。
――こんな素晴らしい食べ物がこの世にあったのか。
魔界では氷魔法の使い手が珍しい事もあり、アイスは高級品だ。
王族といえどもアイスなんて早々お目にかかれるものではないが、これなら大金をつぎ込んででも食べる価値はあるだろう。
「どうだ?」
アイスの余韻に浸っていると、塁兎が口元に微かに弧を描きながら問うてきた。
この素晴らしい食べ物について色々感想を述べたい所だが、今はそれより優先すべき質問がある。
「美味いが……もしかして最初から俺を此処に連れてくるつもりだったのか?」
テオドールは塁兎に警戒心の篭った眼差しを向ける。
すると塁兎は真剣な表情を作ってみせたので、何事かと構えていると塁兎が口を開いた。
「取り敢えず餌付けをしようと思ってな」
「帰る」
割と本気で帰ろうと立ち上がったら塁兎が慌てて止めてきたので、渋々その場に踏みとどまる。
「待てテオ、本気にするな。冗談だ」
「お前が言うと冗談に聞こえねーんだよ!」
塁兎は無表情で眈々と話すものだから今のようにふざけた事を言っても果たしてそれが冗談なのか本気で言っているのか区別がつきにくいし、そもそも冗談を言うようなキャラには見えない。
だが実際接してみれば第一印象とは異なりかなりノリが良い方だし、結構冗談も言うキャラなものだから何を考えているか分かりにくいのだ。
――主の言う通りだ。見た目詐欺にも程があるだろう。
とテオドールはアイスを口元に運びながら心の中で愚痴を溢す。
「……まー味は良いんじゃねぇの。ただこのデザインだと男は注文しづらいだろうな」
「問題ない。今度の新作は客の女性層を増やす為に若い女性をターゲットにしたメニューだからな」
テンプレート的な塁兎の回答にテオドールは顔を顰める。
「……じゃあ何故俺に試食を?」
それなら女に頼めば良いじゃないか。曲馬団の女性陣は塁兎が頼めばそれこそ二つ返事で承諾するだろうに。
わざわざ男の自分に頼んでくる意味が分からなくて尋ねれば、塁兎はさっと顔を逸らした。
「……察せ馬鹿。コスプレ喫茶で働いてるのがバレたら確実にからかわれるだろうが」
そう言った塁兎の顔は見えなかったが、耳が若干赤くなっている。
「馬鹿かテメェ。俺が馬鹿にするとか、奴らにバラすって可能性は考えてねぇのか?」
「それはないな」
自嘲気味に言い放ったテオドールの言葉を、塁兎は一切の迷いがない瞳で否定してみせた。
「はぁ……? 何で断言できんだよ?」
「簡単だ、目を見れば相手がどんな性格か分かる」
向けられる真っ直ぐな視線に居た堪れない気分になるが、いつも通りに「団長様がそんな簡単に他人を信じていいのかよ」と毒を吐いた。
その後は特に会話もなく、パフェをもう少しで食べ終わるという時だった。
「本郷氏本郷氏本郷氏ー!」
「店長。どうかなさいましたか?」
店の奥から出てきた侍のコスプレをした青年が青い顔をしながら塁兎の腕を引き、立ち上がらせる。
塁兎は彼を店長と呼んだが、それにしては些か若過ぎるような気がする。
見た感じだと十代後半から二十代前半だが……曲馬団には年齢詐欺が多いし、この人もその類だろうか。類は友を呼ぶというし。
「今日来る予定だったバイトの子が事故に遭って来れなくなっちゃったんでござるよ! 悪いけど今からホール入ってくれないでござるか!?」
「はぁ、分かりました。テオドール、それ食べたら帰っていいからな」
「おー」
言われなくても元からそうするつもりだったテオドールは店の奥へ連行されてゆく塁兎を見送った後、パフェを平らげてカフェを後にした。
カフェから一歩外に踏み出した途端、むわっと熱気が押し寄せてくる。
今日は若草色のシャツにベージュのハーフパンツ、深緑のスニーカーと涼しげな格好をしているテオドールだが、既にシャツは滝のように流れてくる汗で背中に張り付いていた。
人間界に来た悪魔の多くは環境の違いに耐え切れずによく倒れると聞くが、四季がない常夜の世界である魔界とこの人間界では余りにも環境が違い過ぎるのだから、それは仕方ないだろう。
テオドールは無意識に日陰を求め、細い路地に入っていった。
熱中症で倒れたくなければこのままアジトに帰るのが得策なのだろうが、いかんせん帰り辛い。
その空気を作った原因が自分にあるとはいえ、あの場所に帰りたいとは思えない。
かといって行くような場所もない……いっそこのまま魔界に帰ってしまおうかとも思ったが、何日も帰らなかった言い訳を求められるだろうし、何より魔界には面倒な彼奴がいる。
彼奴はきっとテオドールというイレギュラーが団員達の中に紛れ込んでいる事に既に気がついているだろう。
そしてテオドールが何故曲馬団に入るのを承諾したのかというのも、きっと全てお見通しだ。
彼奴が言えばとことん彼奴に甘い魔王陛下は絶対に従うし、そうなれば今までテオドールの脱走を見逃していたメイドも見過ごせなくなってしまう。
一度戻れば、もう二度と人間界には行かせて貰えない……つまり、今後一切アレと接触する事はできなくなる。
――彼奴が何を考えてるのかテオドールには見当もつかないが……碌でもない事なのは確かだ。
団員達がどうなろうとテオドールの知った事ではないが、彼奴が関わるなら話は別。人間界に留まる理由なんてそれだけで十分だ。
「彼奴の思い通りになんて進めさせてやるもんかよ。ぜってー邪魔してやる……」
テオドールは固く決意を込めて呟き……
ふと、違和感を覚えた。
テオドールが歩いているのは薄暗い路地裏で、路地裏というものは往々にして人気のない場所なのにやけに騒がしい。
彼方此方から足音や話し声がするし、時折すれ違う人は皆携帯電話を構えてキョロキョロと辺りを見回している。
あの携帯電話というものは非常に便利なもので、遠くにいる人物と連絡をしたり写真を撮ったり、ゲームもできたりと万能な文明機器だ。
何故科学文明とは無縁だったテオドールがこんな事を知っているのかというと、先日団員証と言われ塁兎に端末を渡されたからだ。
乙女ゲームなるアプリで女性陣がはしゃいでいたのを覚えている。
兎に角、すれ違う人々は皆その素晴らしい文明機器を片手に構えているのだ。
携帯電話を持っていない者の方が珍しいと言われる今のご時世、携帯電話を持っている事自体は然程おかしくもなく、歩きスマホだって珍しくない。
だが、大勢の人が一様に歩きスマホならぬ走りスマホをしながら何かを探して彷徨っているというのは大層不気味な光景である。
今日は何か祭りでもあったのだろうか……?
疑問に思った時、テオドールの横を兄妹と思しき男女二人と、黒いフードを被った中学生くらいの少年が大声で話しながら通り過ぎていった。
「ねぇ馬鹿兄貴ー。マジで『幻ノワ』の白川ちゃんの声優がこんな所いんのぉ?」
「何を言うんだ破壊! T◯itterでアイカちゃんが出たって画像付きで出回ってんだから間違えようないだろ!?」
「絶対ガセですって。今をときめく人気声優がこんな路地裏にいる訳ないですよ。それより喉乾いたので表通りの高久さんの喫茶店行きましょうよ」
「ウスノロに賛成ー。また新商品試食させてくれるかしら?」
「ウァァアアアッ! 何だよ、仮にもリーダーは俺だろ!? 俺に従ってくださいお願いします!」
「自分で仮にもって言っちゃうのね」
「流石アホの極みです」
「ルビおかしい!! もうやだおうち帰る!」
「ざまぁ! 兄貴ざまぁ!」
「ウァァァァアアアアッ!」
彼らの話によれば、『幻ノワ』というアニメで白川楓役をした『アイカ』という人気声優がこの近くにいるらしい。
人間界の文化に疎いテオドールでも、アニメや声優くらいは知っている。そしてこの日本がアニメ王国だという事も。
――成る程な、それならこれだけ人が多いのも納得だ。
「まぁ俺はアニメなんて観ねーし関係ないな……」
テオドールは先程の疑問も忘れ、また当てもなく路地裏を彷徨い始めた。その発言がただのフラグでしかない事も知らずに。
「どっ……退いてくださぁぁぁぁぁああああああああああああぁぁああいっ!」
「……は? 何……ッ!?」
突如頭上から降ってきた声に反射的に顔を上げると、白い布と桜色の毛がテオドール目掛けて落下してきている所だった。
しかも、その落下物が落ちてくる最中バッチリと目が合った。
目が合った。これが示唆するのは……落ちてきているのは、人間の少女だという事だ。
「う、うわあぁぁぁああああああああ!!?」
「キャァァアアアァッ!」
気付いた所で既に遅い。回避する間も無く落下してきた少女とテオドールは激突し、のし掛かってきた重みに耐え切れずテオドールは背中からコンクリートに着地する事となった。
テオドールは奇跡的に無傷で済んだが、テオドールの上に乗っているふわふわとした桜色の髪を白いフードで隠している少女は微動だにしなかった。
少女が落下してきたブロック塀を見上げると、大体二メートルから三メートル程度の高さだ。
大した高さではないと言っても、打ち所が悪ければ最悪の事態だってあり得る。
「お、おい……」
「うぐぅ……」
未だ微動だにしない少女にテオドールが心配になり、声をかけようとした時、少女は呻きながらも漸く半身を起こした。
其処で初めて直視した少女の顔は非常に整っており、金にも見紛う黄褐色の大きな瞳が印象的で、あり得ないくらい小さな顔といい、まだ幼さを感じる白い柔肌といい、身長こそ低いがすらりと伸びた長い足といい、曲馬団のメンバーにも引け目のない容姿をしていた。
シンプルなデザインの純白のドレスと白いパーカーは地味だが、かえってそれが彼女自身が持つ可愛らしさを際立たせている。
「うー、いったぁ……キャッ! ひいぃ、ごめんなさいごめんなさい! 生きてますか!?」
起き上がった少女はテオドールをクッションにしてしまった事に気がつくと、テオドールの上に乗ったままパニック状態に陥った。
自分の上で荒ぶる少女のせいでテオドールが「うっ……」と小さく呻き声を漏らす。少女はそれにさえも「ひぃっ!」と悲鳴を上げる。
「ごごごごめんなさいぃー! ひぁあっ、見知らぬ人がアイカのせいで召されるのですぅうー!」
「勝手に殺すな!」
「イヤァァァ、余命残り何分なのですか!? 救急車の番号なんでしたっけ!? ふぁあああぁ!」
「喧しいわ! つかテメェいつまで乗ってんだ!」
「ハッ!? キャァァアアアァッ!」
パニックになって大騒ぎする少女を怒鳴りつけると、少女はがーんと効果音付きで目を大きく見開き、ズザザッと布擦れの音を響かせながらテオドールの上から退くと見事としか言いようがない所作で土下座を決めてみせた。
「ご、ごめんなさいなのです、アイカの不注意でクッションにしてしまって……! 重かったですよね!? 本当に何から何までごめんなさいぃー!」
「俺様は別に女のガキ一人くらいなんて事ねーんだよ。だからとっとと顔上げろ」
テオドールは突然落下してきた少女を叱りつけようとしたが、テオドールの話も聞かず徹底的に謝罪してくる少女のあまりの必死さを見てそんな気持ちは失せた。
今日の路地裏は人が多い上に、先程から少女が大騒ぎしているせいで、いつ人が来るか分からない。
それに話を聞いていて確信したが、この少女こそが路地裏を騒がせた元凶「声優のアイカ」だ。
こんな訳の分からない状況を他人に見られれば、テオドールだけではなく彼女にとっても良い印象はないだろう。
そう思って声をかければ、アイカは謝罪の無限ループを停止させた。そして顔を上げると、今度はキョトンとした顔でテオドールを見つめる。
「え……お、怒っていらっしゃらないのですか?」
「あ? 馬鹿かテメェ。怒ってるに決まってんだろ」
怒りを露わにした声音でそう言うとアイカがビクリと肩を震わせたので、テオドールは慌てて付け足した。
「いや、何であんな高さから降りようと思ったのかっつー話だよ。俺が下敷きにならなかったらお前死んでたかもしれないんだぞ? それでなくても芸能人が怪我して仕事に支障来すなんざ以ての外だろうが。仮にもプロなら体調管理くらいしろよ、バッカじゃねーの?」
思ったままの事を早口に捲し立てると、アイカはより一層黄褐色の目を見開いた。
「……私の心配をしてくださるのですか?」
「勘違いすんな、別にお前の事を心配してる訳じゃねー。人間はただでさえ脆いんだからもっと気をつけろっつー……」
言いかけて、テオドールは止めた。
人の気配、それも複数の人間の気配がすぐ其処まで迫っているのに気が付いたからだ。
まぁ、あれだけ騒いだのだから当然の結果だと言えよう。
アイカもテオドールの態度でその事に気がついたようで、表情に焦燥の色を滲ませる。
「……ごめんなさい、私行かなくちゃ……うっ」
アイカは急いで立ち上がろうとしたが突然顔を歪め、また地面に座り込む。その際、彼女は片手を右足首に添えていた。
嫌な予感がしたテオドールが半ば強引にその手を剥がして見ると彼女の白く細い足首は赤黒く腫れており、熱を持っていた。
「ほら言わんこっちゃない! 今度から飛び降りる時はちゃんと下確認し……いや、そもそも飛び降りるなよ! バッカじゃねーの!?」
「ご、ごめんなさいっ!」
テオドールがデコピンとセットで怒鳴りつければ、本日何回目か分からない謝罪を返される。
怪我の程度からして、暫く歩くのは困難だろう。彼女がこの場から逃げるのは不可能だ。
「あうぅ……やっぱり慣れないヒールの靴なんて履かなければ良かったなのですよぉ……でもこんな事になるなんて思ってなかったし」
目の前で成す術もなく弱々しく嘆くアイカの姿と、今は兄の側にいる幼馴染の姿がどうしてもちらついてしまう。
彼女とあの幼馴染は似ても似つかないのに。髪色が同じなせいだろうか……
「チッ……おい」
「ふぁ、ふぁいっ!?」
ただ呼びかけただけなのに何故そこまで過剰に構えるのか、とテオドールは首を傾げる。
「アイカ、お前の家は何処だ?」
「えっ……? あの……」
「あーもう、察し悪いな! その足じゃ歩けねーだろ! 送ってやるっつってんだよ!」
一度で理解されなかったのに苛ついたテオドールは眉根を寄せ、声を荒げる。
テオドールの言葉を聞いて、少女はまたも目を丸くさせたがふっと微笑んでみせた。
「……貴方様は本当にお優しいのですね。見ず知らずの私に手を差し伸べてくれるなんて」
「勘違いするなよ。これはただの気まぐれ、暇だからお前に構ってやってるだけだ」
――そうだ。どうせ予定もないし、居場所もないし、暇潰しにちょっと謎のボランティア精神を発揮してやるだけだ。それだけだ。
「アイカの家は、向こうの大通りをまっすぐ進んだ先にある神社を曲がった先にあるマンションなのですよ!」
なのに、彼女は何故こんなに嬉しそうに笑うのだろうか。
……人間でも魔族でも、総じて女という生き物は理解し難い。
「跳ぶぞ。歯ァ食いしばってしっかりつかまってろよ」
「えっ……? はい、分かりました……」
テオドールはアイカの脇の下と膝の下に手を入れて抱き上げる。
――彼女はアホそうだし、ちょっとくらい跳んでも魔族とはバレないだろう。
そして野次馬が駆けつけてくる直前に、コンクリートを蹴って跳び上がった。
何メートルも跳び上がってみせた時アイカは驚いた顔をしていたが、何度か繰り返している内に慣れてきたのかぐんぐん小さくなる街の光景に顔を輝かせる。
「わぁあ……!」
飾り気のない、本心からの曇りない笑顔で感嘆の声を漏らすアイカの姿を、テオドールは懐かしく思うと共に虚しさを感じた。
自分はとっくの昔に捨てた、無邪気で無垢な子供特有の笑顔。
もう自分は心から笑う事なんてできないのに、自分とそう年は変わらないであろうこの子はどうしてこんな子供みたいに、余計な事を考えないで笑っていられるのか……
そこまで考えた所でテオドールは頭を振って考えを振り切ると、近くのビルに一旦着地した。
――駄目だ、余計な事を考えるな。彼女は彼女、自分は自分だ。
それにどうせ会うのは今日が最初で最後になるんだ。あまり深入りしてはいけない。
そう割り切ったテオドールは再びコンクリートを一蹴りし、アイカの家がある方角へと跳んでいった。
テオドール君はツンデレです(魔顔)
クソ親がウザくて更新遅れました、ごめんなさい。
今回表紙:炎のせいで茶髪に見えるけど黒髪な塁兎氏
(※色塗り担当の方が昨年暮れから音信不通なので、作者本人が線画から色塗りまで全てやりました。誰か色塗り教えてください)




