第十三話 夏休み前最後の登校日
今週から連載再開ですぞ!三人称視点ですぞ!
そしてもうすぐメイン主人公(仮)の零音たその誕生日ですが、その頃作者は試験なんで祝えませぬぞ(白目)
「今から僕の言う通りにすれば君は向こう側に行けるよ」
全ての始まりはそう、彼奴の気まぐれからだった。
「は?」
「まぁ術式の都合上此の世界ではなくて、欠片を辿った先のもう一つの世界だけれど」
「さっきから何を言ってるのか全然解らないよ。それってどういう……」
「零音が理解できないのは当たり前だよ、わざと解らないような話し方をしているんだから」
「おい」
同じのようで非なる存在、決して交わる事はない相反する二つの彩色で表すとすれば「黒」の彼奴が、見る者を戦慄させるあの冷酷な笑顔を浮かべてみせた。
「ふふ、怒らないでよ。全容を解っているのはこの物語においてのゲームマスターである僕だけで充分って事さ」
「何その中学生のアレ的な設定……」
――それが全ての始まりだった。
* * *
夏休み前、最後の登校日。その日を一言で表すならば「波乱」の二字が的確だろう。
零音はいつも通り朝五時に起床し、リビングの掃除やゴミ出しを済ませてから皆が起きる前に団員全員分の朝食を作り、彩葉と共に学校へ向かう。
そのまま終業式に参加した訳だが、我が校は終業式の間ずっと立っていなければならないので、恒例行事ともいえる校長先生の長話は苦行に等しかった。
「羅夢音君」
途中から意識が朦朧としていて、幾らか記憶が抜けているのだが何とか無事に終業式を終えたらしく、教室で夏休み中の注意事項を告げる担任の先生の話をぼんやりと右から左へ受け流しながら窓の外をぼんやりと眺めていると、不意に担任に名前を呼ばれた。
――来たか。この時間が。
無言で立ち上がり、教卓へと歩いてゆく途中クラスメイト達の視線が突き刺さる。
「今回百点満点だったのは君だけよ。流石ね」
「はぁ……」
三桁満点のテスト用紙を受け取る間にも、教室中から執拗に送られてくる視線の数々は到底快いものとは言えず、中には此方を見ながら何やらヒソヒソと話し込んでいる者までいる。
「ちなみに最後の応用問題解けたの君一人だけだったのよ。他のクラスの先生達も吃驚してたわ」
「そうですか……」
なのに担任は余程鈍感なのか、それとも知らぬ振りを通しているのかは分かり兼ねるが注意する事もなく話を続けている。
ちなみに教室中の注目を集めてしまったのは、言わずもがな例の事件が切っ掛けである。
あの後零音と彩葉は保健室に直行したので噂でしか知らないが、西園寺美憂率いる逆ハー集団は何とか上手く言い訳をしてその場を逃れたらしい。だが、断罪イベントの一部始終を目撃していた野次馬がいたらしく、あっという間に噂は広がった。その噂の内容をかなり要約すると「魔女が学校一の優等生を味方につけ、女神一行に勝利した」というものだ。
女神一行とは言わずもがな逆ハー組の事である。女神こと西園寺美憂はこの学校では明るくて人当たりが良く、正義感の強い穏やかな令嬢と思われており、教師や生徒達からの評判も良い。
逆ハーの少年達も親が相当な権力者らしく、この学校では彼らに意見しようとする者はまずいない。
なので学校中の女子に頗る嫌煙されている彩葉と、成績は良いがクラスでボッチ状態の零音が必然的に「悪」と判断されるのだ。
そしてそれまで口数が少なく大人しい優等生だと思われていた零音が、西園寺との一件のせいで実は高慢で他人を見下していたのだと生徒間で噂されるようになっていた。
世の中って本当理不尽にできているな……より多くの味方を付けた悪が正義となり、少数の正義は異端と見なされ攻撃される。
そういえば彼奴が「信用は金を出してでも買いな。鉄則だよ」とか言っていたけどこういう意味か。普段からもう少し友達作りを頑張って、周りに信頼されていればここまで酷い誤解が広まるのをある程度抑えられただろうな……いや、注目されているだけで直接的な被害は何もないのだからまだマシか。
それはきっと、あの時の脅しが逆ハー組に相当堪えたからであろう。
こればかりは彼奴に感謝しなければならない零音が彼奴と同じようにやろうとしても、あの周囲を圧倒する迫力と、何があっても物怖じしない飄々とした態度は真似できない。ついでに嘘も方便が座右の銘のような彼奴と違って零音は基本的に嘘が苦手なのでまず其処から積んでいる。
「それではまた夏休み明けにお会いしましょう」
テスト用紙を受け取ってから数分経っても不穏な空気の中、夏休みの開演を報せるチャイムが鳴り響いた。
「さて、帰りましょうか」
「そうだね」
担任が教室を出て行ってすぐ、零音が比較的静かに席を立つが、その僅かな音にさえ生徒達の視線が集まる。
通りすがりに視線を向けてくる同級生達をちらりと横目に見やると、件の逆ハー組の金髪の少年とバッチリしっかりと目が合った。
その途端言いようのない気まずさに襲われた零音は不自然にならないようにそっと視線を逸らした。
「あ、ネギと醤油切らしてたから帰りスーパー寄っていい?」
「蜂蜜入りたこ焼きクッキーも買ってくださるのなら!」
「……君本当あれ好きだよね。あれ甘ったるいんだかしょっぱいんだかよく分からなくて僕は嫌いだな」
然も今思い出したと言わんばかりに提案すると、彩葉はキラキラと目を輝かせて賛成する。勝手にお菓子を買えば塁兎に怒られるだろうが、その時はそっと鬼灯を盾にすれば大丈夫だろう。マゾも喜ぶし一石二鳥だ。
――ドマゾに対する扱いが日に日に酷くなっている事に零音自身は全く気づいてはいなかった。
「おい」
靴箱で他生徒に紛れて靴を履き替えていると、不意に後ろから声を掛けられる。途端にその場のざわめきが増したので、何となく予想はつきつつも振り返れば、逆ハー組のメンバーこと金髪の不良が不貞腐れた表情で此方を見下ろしていた。
――とうとう来たか。
* * *
現在零音達がいるのは学校近くにあるカフェ「黒猫浪漫」の中二階の一番奥。人目にはつきにくい席だ。
木造二階の建物はとても古めかしいが、ボロいというような雰囲気ではなく、風情のある昔懐かしい感じがして何処か落ち着く。
大正時代をモチーフにした室内はアンティーク調の家具で統一され、様々なビードロの古い小瓶やら、ちりめんのお手玉などの古い玩具も飾られていた。
そんな素敵なカフェだというのに、零音達の周りの空気は険悪としか言いようがなかった。
「こんな所まで呼び出して、何の用かな?」
不機嫌さを前面に出した声で応対すると、彩葉も倣って腐った生ゴミでも見るような眼差しで金髪不良を睨みつける。それもその筈、この彼こそが先日彩葉にアバズレだの何だのと好き勝手に暴言を吐いていた阿保だからである。
十分前、下駄箱で呼び掛けられた後人目を気にして先ず場所を変えようという流れになり、彼の指定するこの店へやって来た訳だが一体どういうつもりなのだろうか。
先日彼奴がドン引きするレベルの脅しをかましていたので、表立って何か仕掛けてくる事はないと踏んでいたが……それも彼一人で、一体何の話なのだろうか。
「冴島、羅夢音」
突然の襲来に訝しんでいると、金髪不良は真っ直ぐに零音を見据えた。
「……この前は色々すまんかった。この場を借りて謝罪する」
そして静かに頭を下げられたものだから、零音も彩葉も予想していなかった謝罪に目を丸くした。
「え……っと?」
反応に困って、どっちつかずの相槌を打つと金髪不良は肩を竦めてみせる。
「いや、その、俺カッとなると自制心が利かなくなるタイプだからさ、自分の意思に関わらずつい暴力的になっちゃうんだよ。しかもキレてる時の記憶は朧げだしさ……」
「それはつまり、アバズレ発言も夕焼けの中に吸い込まれて消えて行ったという事かな?」
――そんな言い訳じみた発言で水に流せるとでも?
今、彼には副音声でこう聞こえている事だろう。その証拠に血色の良い健康的な色をしている顔から段々と色が失せ、白くなっていっている。
九歳児相手にかなり大人気ないと思われるだろうが、零音は自分自身に対する暴言や障害未遂などはとっくに水に流している。というか元からどうでもよかった。
所詮は子供同士の諍いだし、自分自身に対する暴言に逆ギレする程零音も餓鬼ではない。
なら何が許せないのかというと、当然彩葉に対する不当な侮辱だ。
「この後に及んで、まだ言い逃れと責任転嫁を繰り返す気?」
非難の意を込めてじっとりと金髪不良を睨み付けると、彼はぶんぶんと首が千切れる勢いで首を振った。
「いや、それは覚えてるからな!? だから謝りに来たんだって!」
「ふーん……?」
何だか妙に慌てているし、怪しい……というか先日の最悪とも取れるファーストコンタクトの時点で彼の印象は地に落ちるどころかマイナスに到達しているし、そんな相手の言う事を簡単に信じろという方も無理があるが。
探りの視線を向けていると横からくいくいと袖を引かれ、零音は彩葉に注意を戻す。
「なに。どうしたの」
「私の為に怒ってくれるのは有り難いのですが、それに関してはもう気にしてませんので彼を責めなくていいですよ」
「……本当にいいの?」
結構根に持つタイプの彩葉にしてはやけにあっさりと許した事に疑問を抱き、確認の為に再度問う。
「ええ」
すると彩葉は一縷の迷いもなくにっこりと微笑んで見せた。
その笑顔は非常にすっきりとしていて、先程の言葉に偽りはなく本当に気にしていない事が伺える。
「……分かったよ。彩葉本人が気にしていないと言うのならば、彼を許すのは無理だが責めるのはもう止めにしよう」
釈然としないが、あのアバズレ発言を筆頭とする数々の暴言に関しては彼と彩葉二人の問題で。彼女が許すと言うのならば、ただの部外者でしかない零音は口を噤むしかない。
それでも睨む事はやめないが。
「それにしても、自分への悪口を笑って受け流せるだなんて彩葉も成長したんだね」
「そうですか?」
「うん。前までは悪口言われたら相手が泣いて謝るまで雪の女王オーラを放出しながらねちっこく精神攻撃してたじゃん」
――彼女も自分の見ていない所で段々と大人になりつつあるのだろうか。
そう思うと少し寂しい気もする零音であったが、同時に彼女が成長し、あの異常な執着心と束縛が幾許か和らいでくれれば非常に助かると思ってしまう自分もいるので何とも言えない複雑な気持ちだ。
「大丈夫です。既に想像の中で幾度となく切り刻んで凍らせてますから!」
「抜かりないね」
前言撤回。やはり彩葉は永遠に彩葉だ。
ドヤ顔で親指を立てる彩葉に呆れるを通り越して感心し、うんうんと頷いていると、金髪不良が苦笑を浮かべる。
「……なんつーか、お前ら良い性格してんな」
「それはどうも」
「あれ、僕も含まれてる?」
彼奴はともかく、自分は少なくともノワール曲馬団の中では真面な人間だと考えていた零音は金髪不良が「お前ら」と複数形で言ったのに過剰に反応した。
「ところで他の三人はどうされたんです?」
「ああ、やっぱそれ聞くか?」
無視されたのは不満だが、彩葉の質問は金髪不良に謝罪された時から零音が感じていた違和感の正体に繋がる、実に的確な質問だと言える。
この話題は気になるので、零音は口を噤んだ。
「当然ですよ、謝罪というからには普通逆ハー組全員まとめて来るものでしょう?」
「逆ハー組って何だよ」
「僕はスルーなんだね……まぁいいや、僕も残りの逆ハー組について気になってたし」
「いやだからその逆ハー組って名称は何なんだってばよ」
――零音も先程から何度となく店内に視線を走らせているが、それらしい人物は見当たらない。
先日のあの事件に関しては完全に西園寺が元凶で、彼や眼鏡、森谷は形として巻き込まれただけ。彼が加害者である事は確かだが、同時に被害者でもあるのだ。
こういった正式な謝罪の場を設けるからには当然諸悪の根源も一緒に謝りに来るのが道理というもの。
だから彼一人で謝罪しに来るという現状は不自然極まりないのだ。
「うん、まぁ一応質問にお答えするとだな、奴らなら……」
遠回しに核心を突いた彩葉の質問に(恐らく彼女本人は無自覚)、金髪不良は顔から表情を消し、俯き加減にこう言った。
「……奴らなら、途中で逃走した。今まどかが確保に向かってる」
「逃走中!?」
「というよりリアル鬼ごっこですか!?」
その後どんな状況だったのか詳細な説明を求めた所、あの日零音達が空き教室を出てすぐにまどかによって逆ハー組が集合させられ、謝罪に行くよう説教されたとか。
ところが美憂は「ハァン? 謝罪? このアテクシが? おーっほっほっほ、かなりウケるwww」という態度だったらしく、彼女の酔狂な信者である眼鏡少年も「俺は美憂様と運命共同体ですので(キリッ)」というノリで謝罪しようとはしなかった。
――ちなみに前述の彼らの台詞は零音の勝手な妄想であり、実際の台詞とはかなりニュアンスが異なるという事を此処に記しておこう。
それから毎日まどかが謝罪するようしつこく説得したが、二人はまるで聞く耳を持たない。金髪不良も二人の態度を見て、流れ的に謝りに行こうとは中々言い出せなかった。
そして今日。零音達が早々に教室を後にするのを見てこれを逃したら夏休み中ずっとこの問題を引きずってしまうと判断したまどかがとうとう鬼になり、未だ渋る二人を無理矢理追いかけ回して謝らせようとしているとか。
そして一人取り残された彼は一人零音達を追って来た……という訳らしい。
「まどかさん何者だよ……!?」
零音は思わず頭を抱える。
――逆ハー組はてっきり西園寺美憂を中心に構成されていて、彼女は美憂の従姉妹という立場からお目付け役という名の腰巾着を任された大人しい少女と思っていたが、その割にはグループ内での発言力が高過ぎる。
「君らのグループのヒエラルキーどうなってるの……!? てかただの王道悪役令嬢一派じゃなかったの……!?」
「悪役令嬢って何だよ……あ、お前ら好きなの注文していいからな」
「ではこの『デラックス鬼盛り納豆チョコパフェ』を一つ!」
「一番高い奴じゃねーか! 好きなのとは言ったけど少しは遠慮しろや!」
と、つい話が逸れてしまったな……閑話休題。
まだ謎は残っている。今の話では彼自身は謝罪したい気持ちはあったのだろうが、中々言い出せなかった。
事件時は彼自身も頭に血が上っていて正常な判断力を失っていたが、普段はちゃんと頭を使って口を噤むべき場面では口を噤んでいるのだろう。
だが、それならば何故今日に限ってたった一人で謝罪しに来たのだろう……?
あのビッチや眼鏡に断りを入れず、勝手に謝罪しにいっては彼の立場が危うくなるのではないか?
事実、今まで一人で謝りに来るのを渋っていたのはそういった理由が主なのだろうし。
――どんな心境の変化があったにせよ、逃げずに真っ向から向かってくる辺りあの逆ハー恋愛脳ビッチ女や恋は盲目が座右の銘な眼鏡少年よりはまだマシだと言える。
どれ、これからは脳内でも金髪不良ではなくアキラ氏と呼んでやるか。
「うーん、じゃあお汁粉サイダーとオムライスにしますね」
「お汁粉サイダーって何ぞ……羅夢音は?」
そういえば集中しすぎて忘れていたが、現在地はカフェだったと気がついた零音も慌ててメニューを手に取る。
どうせアジトに帰ってすぐ藍お手製の昼ご飯が待ち構えているだろうから適当に飲み物か、若しくは流れに乗ってウケ狙いに変な物を頼むか。
メニューを適当パラパラと捲っていると、丁度良さそうなものを発見した。
「あ、じゃあこのたこ焼きロシアンルーレット……」
「やめろ! 俺ロシアンルーレットでは必ず一番初めに当たっちゃって周りの空気を冷めさせる体質だから止めろ!」
「ある意味凄い運だね……」
そのメニューを口にしようとした途端、ガタンッと物凄い音を立ててアキラが立ち上がった。余りにも素早く動いたので、残像でブレッブレである。
割と本気で拒否されたので、零音は仕方なくオレンジジュースに変更し、アキラもカルピスに決めた所で黒髪をポニーテールに纏めて着物の上にフリフリのエプロンを付けた店員が零音達のテーブルの側を横切っていったので、彩葉が彼を呼び止める。
「すみませーん! オレンジジュースとカルピスとお汁粉サイダーと『もえきゅんオムライス〜愛のメッセージを添えるにゃん〜』をそれぞれ一つずつお願いします!」
「畏まりました」
「「そのオムライスそんな商品名だったの!?」」
二人同時に頓狂な声を上げた瞬間であった。
*
「でも貴方、何であんな子の取り巻きなんかやってるんです?」
飲み物ともえ何とかオムライスを待つ間、初めの険悪ムードは何処へやら雑談に興じていると不意に彩葉がそう尋ねた。
「あれですか、よくある乙女ゲームの如く悩みを解決されて親しくなったとかですか?」
ニヤリと悪戯っぽく笑っている様は普通の恋バナ好きの女子そのものだった。
女子という生き物がスイーツと恋バナが好物だというのは知っていたが、彼女も例に違わないようだ。男子には理解できない領域である。
「そんなんじゃねーよ……美憂ってさ、俺の姉さんに何となく似てるんだよな」
「え? う、うん?」
「ふとした仕草とか、気が強い所とか、髪型とか、雰囲気とか……俺は馬鹿だから美憂の表の顔しか見てなかったから、つい彼女を姉と重ね合わせていたんだ」
何の脈絡もなく、恋バナから姉の話に脱線したので零音も彩葉も戸惑うが、次いでぽつりぽつりと堰を切ったように溢す彼は割り入るのを憚られるような独特の雰囲気を纏っている。
「でも今回で美憂は美憂であって、ちぃ姉じゃないって事がよく分かったよ。……ちぃ姉は死んだんだ、俺もそろそろそれを受け入れて生きていくよ」
話が終わった後の空気はとても重かった。あんな軽いノリで振った恋バナの話題が、まさかこんなシリアスになるだなんて一体誰が予想したろうか。
「っと、急にこんな話されても困るよな。すまんかった」
「う、ううん……」
ハッとしたように謝罪するアキラに、平静を装って首を振る。作り笑顔で誤魔化そうとしたが、空気の重さに負けて真面に表情筋が機能してくれなかった。
だが、「ちぃ姉」という存在が引っかかる。
かつて誰かがそんな台詞を口にしていたのを見た事があるような、無いような。妙な既視感……
『なんで! なんでちぃ姉が死ななくちゃいけなかったの……!? ぜんぶ塁兄のせいだっ! この人殺し!』
――葬式の会場で、小さな子供が涙で顔をぐちゃぐちゃにさせながらも必死に相手を睨みつけ、声を荒らげている様子が不意に脳裏に浮かんだ。
「……ねえアキラ氏」
「な、何だ?」
沈黙を割って徐に口を開けば、あの快活な少女の面影を残した顔立ちの彼は吃りつつ首を傾ける。
――いや、そんなのあり得ない。きっと偶然が重なっただけだろう……
「そういえば、まだ君のフルネーム聞いてなかったよね?」
「えっ……あ! そういや自己紹介してなかったっけ!? うわまじごめん……!」
行き着いた考えを否定したくて、そう問えば彼はハッとして姿勢を正した。
「改めまして、俺は伊丹秋だ。秋って書いてアキラって読むんだぞ!」
『あのね、ぼくは伊丹秋っていうの! 秋ってかいてアキラってよむんだぞ!』
記憶の断片の小柄で華奢で栗色の髪を肩に着くくらいまで伸ばした、幼女にしか見えない容貌をした快活な子供と、目の前の短い金髪で派手な出で立ちをした少年が完全に一致した。
「……成る程ね。僕の設定年齢はそういう訳だったのか……あの黒ラムネ野郎……」
「え? 何だって?」
「いや、何でもない。気にしなくていいよ……はぁーあ……」
恨み言を漏らし、頭を抱える零音。彼が何を考えているのか知る由もない二人はただ不思議そうに互いの顔を見合わせ、首を傾げた。
そんな混沌とした空気の中、零音は暫く俯いて衝撃の事実に悶々としていたが、ふっと零音の上に誰かの影が落とされる。
「お嬢様、お坊っちゃま、大変お待たせ致しまし……っ!?」
――この声は間違いようがない。今一番この場に来てはならない人物の声だ……!
零音が反射的に顔を上げると、其処にはオムライスとジュースが乗ったトレーを片手で器用に持っている純白の軍服を着た塁兎が立っていた。
「……何してんの団長?」
「な、何でお前ら……こんな所に……!?」
「いやこっちの台詞なんだけど。何その格好」
「うぐっ……」
普段の彼からは想像も付かない程瞠目し、口を開けたり閉めたりを繰り返して狼狽えまくっている塁兎に零音の冷たい視線が飛ぶ。
敢えて名前ではなく「団長」と呼んだのは、ここでアキラと塁兎が互いが何者かを思い出してしまえば間違いなく修羅場と化すからだ。幸い二人ともまだお互いの存在には気がついていない。
「いや、その……これは店長に言われて着ているだけであってだな、決して俺の趣味などではないんだからな。俺が好きなのはゴスロリ系だ」
冷や汗を垂らし、頑なに目を合わせようとしない塁兎は聞いてもいないのに自らの服の趣味までもを吐露している。
彼が狼狽しながらしどろもどろに言い訳を並べている間にも手はしっかり動いていて、狼狽しながらも仕事を続けられる手際の良さにはある意味感心した。
「お前らっ、他の奴らには絶対言うなよ!」
「何で?」
「馬鹿者が! コスプレ喫茶でバイトしてるなんて知られたら一生ネタにされるだろうが……!」
悠長にも零音は、塁兎に言われて初めてここがコスプレ喫茶だと知った。
――そうだったのか。先程注文をした店員の制服が変わっているとは思っていたが、此処がそうなのか。
人生初のコスプレ喫茶に心が浮き足立ってきた零音は改めて塁兎の服装を観察し始める。
髪色と正反対の純白の軍帽と軍服は塁兎にとても似合っていて、男の零音から見てもかなり格好良い。というか彼の場合元の素材が素晴らしいので、何を着ても似合いそうなのだが。
「大丈夫ですよ! 私写真なんて撮りませんし、アンリさんにLI◯Eで送りつけたりなんてきっと多分恐らくしませんから! 私はね!」
彩葉も塁兎を見て、感心したように顎に手を添えてふむふむと唸った後爽やかな笑顔で親指を立ててみせた。今さらっとフラグを建てた気がしたが、気の所為だろうか。
「お、お嬢様、オムライスのメッセージは何になさいますか……!」
塁兎は知り合い二人にコスプレ姿を注視される事に耐えられなくなったのか、塁兎は若干頰を赤らめて顔を逸らしながらも仕事は続けている。
「そうですね……では、とっておきの下ネタを……!」
「店長ー、そろそろシフト交代なんで休憩入っていいですか?」
「はーい」
「あっちょっと待って下さいよー!」
その後彩葉が粘ったが結局下ネタは却下され、普通に零音の似顔絵アートを描くだけに終わった。
ちなみにこの後零音の携帯でアキラも含む三人で記念写真を撮り、連絡先を交換した後解散した。




