いき過ぎた正義
「『すると、鬼の中でもひときわ大きな鬼が、「我々が悪かった。もう悪さはしないから、許してくれ」と泣きながら頼むので、命だけは助けてあげました。そして宝を全てくれる、ということだったので、桃太郎はそれらを車に乗せて持ち帰ることにしました。』」
「異議あり!」
「何かしら」
「桃太郎強盗じゃん!」
「その通りね。でも少し待ってくれるかしら。この話は、多分、物語を最後まで確認してからの方が、話し易いと思うの」
「え、あ、はい」
「じゃ、続けるわよ」
「うん」
「『桃太郎たちが村に帰ると、その無事な姿を見て、お爺さんとお婆さんは大喜びです。桃太郎は、取り返した宝をそれぞれ村の人々に返したので、村の人々もたいそう喜びました。そして、みんな幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。』」
「……やっぱ強盗、じゃね?」
「そうね。正直に言って、これはもう強盗と呼ぶより他ないわね」
「だよな!そうだよな!」
「ええ。まず、そもそも村程度の集落に、そんな大それた宝があったとは考えにくいわ。と、なると、桃太郎が持ち帰った宝は、鬼が元々持っていた物にしろ、何処かから奪って来た物にしろ、桃太郎の住む村から奪われた宝以上に価値があった、ということは想像に難くないわ。百歩譲って、村から奪われた宝を取り返したことを無罪にしたとしても、それを、恐らく易々と上回る宝を持ち帰った桃太郎は、過剰防衛ならぬ過剰奪還になるわね」
「桃太郎って悪いやつだったんだな」
「ま、これは物事の一側面を見た、若干極端な話なのだけれども、それでも同様の疑問は、実は様々なところで取り沙汰にされているわ」
「え、どゆこと?」
「例えば、これは芥川龍之介が描いた桃太郎なのだけれども、そこでの桃太郎はもう酷いものよ。鬼退治に行くのは働くのが嫌だったからだし、犬達を家来にするための黍団子はケチるし、挙げ句の果てには、鬼ヶ島という天然の楽土で誰に迷惑をかけるでもなく平和に暮らしていた鬼達を、殺害し、蹂躙し、凌辱し、彼らの持つ宝の一切合財を根刮ぎ奪っていったのよ。鬼の子供という人質と一緒にね」
「うわ、超悪者じゃん」
「しかも、突然の仕打ちの原因が皆目見当のつかない鬼の首領が、桃太郎に何故鬼ヶ島を襲撃したのか理由を尋ねたら、支離滅裂の意味不明な理由を返したのよ。これで納得出来ないのなら殺す、という脅し付きで」
「ジャイアンみたいだな」
「ジャイアンなんて可愛いものよ。少なくとも彼は殺しなんてしないもの。それに大長編ドラえもんでなら、ジャイアンほど頼りになる友人はいないわ」
「じゃあクシャナ殿下とか」
「クシャナ殿下は、多少気難しいことや強いことを言っていたとしても、そこまで理不尽なことを言っていたわけではないでしょうに」
「それならハマーン・カーンか」
「確かに彼女は理不尽だったのかもしれないのだけれど、とりあえず何となく理不尽系ツンデレっぽい人の名前を出すのは止めて頂戴」
「はい」
「話を戻すと、ま、この芥川の桃太郎がかなり穿ったものであることは言うまでもないのだけれども、それでも真実の一端を捉えているとは思うわ」
「う、うん?」
「要するに、『相手は鬼なのだから何をしても許される』というような認識が、少なからず日本人の中にはある、ということよ。戦時下では、アメリカ兵を鬼畜米兵と呼んでいたことからも、それは窺えるわ」
「うん」
「でも、だからといって桃太郎が完全な悪かと言えばそうではないわ。鬼が悪事を働き、桃太郎がそれを退治した、という事実を見れば、確かに正義であるようにも見えるもの。このような桃太郎が善か悪かという問題は、ディベートなどで度々槍玉に挙げられる議題だわ。それからもわかるように、この問いに対する絶対の解答は存在しない、という訳ね」
「へえ」
「ま、だからこそ、桃太郎の強盗紛いどころか、強盗そのものであるような行為を、正義であるかのように綴った伝承が、世間に広く知れ渡っているのだけれども」
「……はあ」
「また話が少し逸れてしまったかもしれないわね。で、何の話だったかしら」
「……え、ああ、たしかウルトラマンの正体についてじゃなかったっけ?」
「貴方に尋ねたのは私なのだけれども、それが違うことぐらいはわかるわよ。それが謎だとするのなら、第一話で最大のネタバレをするとんでもない作品になってしまうでしょうに。……ああ、そうだわ。桃太郎が鬼から宝を巻き上げたラストシーンについてだったわね」
「そういやそうだったな」
「で、貴方としてはどうしたいのかしら」
「んー。やっぱさ、悪いことしたやつになら悪いことしていいってのはおかしいだろ。だからさ、桃太郎がやってることも悪いことなんだってことはハッキリさせとくべきだと思うんだけど」
「なるほどね。言いたいことはわかったわ。もうそれを語り始めたら色々と無理が出るのは、正直、目に見えているのだけれども」
「あとさ、気になったとこがあるんだけど」
「何かしら」
「今までたくさん悪いことしてた鬼がさ、そんなカンタンに全部の宝をわたすかな?」
「確かにそれはそうね。人々から宝を奪っていくような強欲な連中が、持っている宝を一切合財桃太郎に渡すなんていうことは、むしろ違和感を抱かせる程に考え辛いわね」
「じゃあ鬼たちがわたした宝は全部じゃなかったんか」
「そう考えるのが妥当ね。それでも物語に『全部』と表記されているということは、最低でも桃太郎達は、それが鬼の持つ宝の全てだと思い込んでいた、ということになるわね」
「ってことは?」
「鬼達には桃太郎に渡さなかった隠し財産のようなものがあり、そもそも、実は反省すらしていない可能性が高い、といったところかしら」
「隠し財産……なんに使うんだろ」
「十中八九、復讐じゃないかしら」
「ふくしゅう?」
「ええ。実は、さっき話した芥川の桃太郎では、鬼達は桃太郎達に復讐を企てているの。元は平和を愛してやまなかった鬼ですらそれなのよ。だとするなら、元が村から宝を強奪するような鬼なら、もはやそれは自然より必然に近いわ」
「じゃあつまり、桃太郎に宝を全部わたさなかったのは、鬼たちがいつか桃太郎を倒そうとしてるからってことか?」
「橋里にしては理解が早いわね。ま、そういう見方も出来る、というだけの話なのだけれどね」
「なるほどね」
「で、他に何かあるかしら」
「んー。多分ないかな」
「じゃ、これでお終いなら、今までの改変をまとめるわよ」
「よろしく!」
「矛盾が生まれそうになったり、整合性に無理が出そうになったら、私が適当に帳尻を合わせるけれど、構わないわね」
「ああ、まかせた!」