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おとぎ話のむだ話  作者: 高野聖泉
桃にまつわるエトセトラ
3/12

リアリティーの追求

「『昔々、あるところに』」


「待った!」


「ちょっと貴方、いくら何でも早過ぎやしないかしら。この部分に異議申し立てするということは、それはもう、古今東西の物語を須く敵に回すようなことよ」


「でもさでもさー。むかしむかしとか、あるところにとか、あいまいすぎてよくわかんねえじゃん。ハッキリしろっていうか、しっかりしろっていうかさ」


「お爺さんをニートにした口がよく言ったものだわ。でもね橋里、現実として、こういった童話などの伝承は、得てして起源不明作者不明であることが多いのよ。だから、『昔々或る処に』なんていう曖昧な表現になったしまったとしても、それはそれで仕方がないことなのよ。ま、と言っても実際にそういった曖昧な表現にしているのには、それとはまた違う意味があるのだけれど、これは貴方に言っても、それこそ仕方がないことね」


「でもやっぱそこはハッキリしときたいかなー」


「ならどうすると言うの」


「うーんと……桃の生産地ってドコだっけ?」


「そうね、山梨あたりが生産地としては有名かしら」


「じゃあそこで!」


「本当に貴方の決断力には惚れ惚れするわね。もうここまでくると、本来発祥の地として有名な岡山とほぼ無関係な山梨、ひいては西日本と東日本ぐらいの違いなんて、些細なものだと思えてくるわ」


「時代はどうすっか?」


「一応、室町時代あたりの話っていう説が有力らしいわね」


「んじゃそれでいこう!」


「室町時代の山梨県だということにしても、視点がマクロ過ぎて、全くと言っていい程曖昧さを回避できていないことに気づかないのかしら」


「ん、なんか言った?」


「何でもないわ。ああ、さっきは山梨県と言ったのだけれど、時代を室町にするのなら甲斐国(かいのくに)と言った方がいいのかしら」


「え、なんでさ?山梨にしたんじゃねえの?」


「面倒だから山梨のままでいいわ。じゃ、続けるわよ」


「はいよ」


「『お爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に出かけました。お婆さんが川で洗濯をしていると、川上の方から沢山の桃が』」


「待った!」


「実はここで止められることを少し予想していたから先に言わせてもらうのだけれど、桃太郎の物語には幾つものパターンが存在するわ」


「え、そうなん?」


「ええ。桃太郎は桃から産まれたのではなく、桃を食べて若返った老父婦の間に出来た子供であるパターンとか、桃太郎が好青年でないパターンとか。桃から産まれたのは女の子だったっていうパターンもあるくらいよ」


「女の子なのに桃太郎?」


「どうやらそれは、余りに可愛い子だったため、鬼に攫われないように男の名前をつけたということらしいのだけれど、ま、それ自体はどうでも良いわ」


「ああ」


「此処で私が言いたいのは、私が語る桃太郎は、おそらく現在一般家庭で読まれている絵本の物語よりも、少しだけ深いもの。違う言い方をするならば、平成生まれの人が知っている桃太郎と、昭和生まれの人が知っている桃太郎だったら、後者に近いものになっているということね」


「つまり、古いってコトか?」


「源流に近いってことなのだけれども、ま、そういう言い方もできるわね。ともあれ、川から流れてくる桃が一つではないパターンもあるということよ。納得できたかしら」


「できた!」


「続けるわよ」


「よろしく!」


「『どんぶらこどんぶらこ、と流れてきました。』」


「待った!」


「これもある程度予想出来るのだけれど、何が不服なのかしら」


「桃が川を流れるときにどんぶらこって音はしねえっしょ」


「それはそれで、確かに当然の話ではあるのだけれども、これは擬音語や擬態語の類であって、それを突き詰めていったとしてもどうしようもない話だと思うわよ」


「でもどんぶらこはヒドくね?」


「ま、それは一理あるわね。でもね、橋里。どんぶらこという伝統的な桃が川を流れる音を否定すると言うのならば、それに代わるものを用意する義務が貴方にはあるわ」


「え?」


「はい、橋里マワリによる、どんぶらこに代わる桃が川を流れる音」


「え、えっと…………ピチャピチャどんぶらピチャどんぶらベチャリッ」


「…………」


「…………」


「終わったのかしら」


「おう!」


「気まずそうな顔をするかと思いきや、まさかのドヤ顔、恐れ入ったわ。で、私にはどんぶらこと大差ないように感じるのだけれど、橋里としてはそれで満足なのかしら」


「リアリティーを追求してみたぜ!」


「訊いてないわ」


「とりあえず、ピチャピチャは水の音だろ」


「それは私にも何となく分かったのだけれど」


「んで、どんぶらは桃が流れる音だろ」


「それよ、問題はそれ。貴方、どんぶらこを扱き下ろしてどんぶらに逃げるとはどういう心境の変化なのかしら。事と次第によっては、この下らない会話を打ち切ることも吝かではないわよ」


「温故知新ってやつだな」


「まさかの四字熟語の登場に流石の私も驚きを隠せないわ」


「そんで最後のベチャリッは桃がつぶれる音だぜ」


「ちょっと橋里、どんぶらへのツッコミも終わっていないのに、またややこしいボケを重ねないでくれるかしら。いくら私でも面でボケられたら対処できないわ」


「桃はたくさんあるって話だからな、いくつかが流れながら岩にぶつかってつぶれてもおかしくないじゃん」


「説明ありがとう。でも、これから老夫婦が食べる予定の物を台無しにするなんて、貴方って意外と容赦がないのね」


「リアリティーを追求してみたぜ!」


「訊いてないわ。そして橋里、どうやら貴方の考えるリアリティーは世間一般で言われているリアリティーとは一線を画しているようだから、後で辞書で調べておきなさい」


「わかった!」


「と、言うよりも……いやでも、ああ、もういいわ。この際、どんぶらこを否定してどんぶらを肯定する貴方の愉快な思考回路についての言及もやめることにするわ。旬を逃してしまったツッコミほど、ピエロなものはないものね」


「どのくらいたくさん桃が流れてるのかわかんないけど、たくさんっていうくらいならこれをせめて5回はくり返さないとだな」


「待ちなさい、橋里。確かに私は旬を逃したツッコミをするつもりは毛頭ないのだけれども、逃していないのならば容赦なくツッコむつもりなのよ」


「いや5回じゃ少ないかな。10回だな」


「ああ、そうこう言っている間に更に回数が倍になってしまったわ。あの訳の分からない擬音語やら擬態語やらを五回どころか十回も繰り返したのならば、それはもう、何らかの宗教の祈りにしか聞こえないわよ」


「じゃあそんな感じで、続き行こう!」


「お願いだから、ちょっと待ちなさい」


「わかった!」


「そして私も漸く悟ったわ。貴方、潔いとか決断力があるとかそういった話でなく、単に返事が良いだけなのね。私としたことが、惑わされてしまったわ」


「ん?」


「ま、それはそれとして……橋里、こんな調子で桃太郎への不満をぶつけていったら、時間が幾らあっても足りないわ。私としてはこんな不毛極まりない雑談で夜を迎えるのは流石に本意ではないから、出来れば少し、いやかなり手加減してくれるとありがたいのだけれども」


「手かげんって……具体的にはどうすればいいんすか?」


「『少しは我慢しやがれこの野郎』というのが私の偽らざる本音なのだけれども、これでは貴方には伝わらないわね。貴方向けに言うのならば……そうね、私の語る桃太郎の物語の中で、絶対に許せないような不満が出て来た時にだけ止めなさい。分かったかしら」


「わかった!」


「本当に分かったのかしら。じゃ、今私が言ったことを、覚えている限りで構わないから復唱してみてくれるかしら」


「さい。分かったかしら」


「ああ、これは迷いどころね。十文字しか覚えていられないポケベル脳を責めるべきか、句点を発声出来た驚異的事実を褒めるべきか」


「どうよ。覚えてたっしょ」


「或いは何かもう色々と諦めるべきか」


「じゃあ続けようぜ!」


「ええ、そうね。何だか私も少し慣れてきたかもしれないわ」


「よろしく!」


「『一つ拾って食べてみるととても美味しかったので、お爺さんにも持って帰ろうと考えました。』」


「待った!」


「却下」


「えー!?」


「橋里、さっき私が言ったこと理解できていないのかしら。それとも、貴方にとってこの部分は絶対に許せないところなのかしら」


「絶対に許せない!」


「そんな、肉弾戦を得意とする気の短い日曜朝のプリティ女子生徒二人組みたいなことを言わないで頂戴」


「だって落ちてたもの食べるなんて、コジキじゃないんだから」


「本当に、貴方って時々容赦ないのね。でもね橋里、きっとこの時代は生きることで精一杯な時代だから、時には拾った物を食べることも辞さない覚悟で人々は暮らしているのよ」


「じゃあ、このおばあさんはいつも拾い食いしてたってことなのかな」


「ああ、じゃ、もうそれでいいわ。『お婆さんは普段から拾い喰いしている』という設定にしましょう」


「でも、よく考えたらなにかモノをひろったら、ちゃんとケーサツに届けなきゃダメじゃね?」


「『この時代に警察はないため、お婆さんは逮捕されません』という注釈も付けるわ」


「それならオッケーだな!」


「これでGOサインを出す貴方の是非の線引きが気になるのだけれど」


「よし、続きだ!」


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