ライアーゲーム1
1
「嘘をついている人が一人いる。」
そう書かれた置き手紙があるのを見つけた館の主は急いでみんなを呼んだ。
───ここはある館。美しく施された装飾はまるでドレスのよう。この豪邸はミステリ作家である望月 湊は、映画俳優など様々なジャンルの有名人らを集めて豪華なパーティを開いた。
望月 湊は代表作に『タルトのレシピ』などといったミステリがあり、現在も新しくミステリ小説を執筆し終えたところである。
「これを見てくれ。まるでミステリ作家の俺への挑戦状だ」そう湊は半分冗談のように言う。するとこのパーティの参加者も嘲笑うような目でその紙を見つめていた。
「この紙を書いたやつは誰だ?面白半分で書いたのならいいが。本格ミステリのようにここで殺人を起こす、というのなら話は別だ」
「おい、これはパーティのイベントじゃないのか?」と映画俳優が言う。緊迫感など存在しないかのように。
この映画俳優は松波 海斗。2000年代に社会現象まで起こった恋愛映画、『雪煙の軌跡』の主演として主演男優賞を受賞したという功績もある。
「みなさん、これは今から殺人事件などが起こるという予告じゃないんですか?」
次に冷徹な口調で話した彼女は本郷 綾。アニメ声優を務めていて. 、有名業界のコマーシャルにもナレーションとして出演している。クールで正統派な彼女は姿見せずして世間の注目の的である。
「これは面白くなってきたね。」
そう眼鏡を直しながらいったのは久根 麻雄。彼は外国のグランモーデル大学の研究員で、その研究の著書が話題である。
綾の冷静な分析を掻き消すようにアイスコーヒーを喫した。
「全く......これはちゃんとした事件じゃないんですか?私以外は危機感を持っていないんですね......」
何を偉そうに。君がやったからじゃないのか、と麻雄は鼻で笑う。
「ほら、このパーティは喧嘩しにきた訳ではありません。今日は遅いでしょうし、各部屋を用意してきましたので寝ましょう。明日も話しませんか」
「各部屋なんてご丁寧に」
そういって麻雄は立ち上がり一揖した。
「明日まで居ていいんですか?」
海斗が首を傾げる。それは無邪気な子供のようだった。それに湊は
その予定なはずでしょう。ちゃんと聞いていましたか、と返事して自分の耳を軽く引っ張った。そして複数の鍵がついたキーリングに人差し指を通しクルクル回すと、それぞれに部屋の鍵を渡していった。
「ありがとう。ところでこの事件はどうするつもりだ」
「こんなの悪戯だ。この中の誰かがやったのは間違いないだろうが、恐らく羞恥心が浮き出てきて言い出せないんでしょうね」
湊はそう嘲る。
「じゃあまた明日」
海斗のその一言で皆は解散した。
2
「おお、湊さんは主だけあって早起きですね」
海斗は眠そうな目を擦りながら寝言のように話す。
「まあね。夜にアイスコーヒーを振る舞ったが、あれは特製の品なんだ。今もコーヒーを挽いている。早朝に至高の一杯を飲もうと思ってね」
自慢げに語る湊の目は早朝とは思えないほどに輝いていた。
「あぁ。お二人とも早起きで。自分が一番だと思って変に音を立てないように気をつけてしまいましたよ。」
「それは申し訳ない。そういえば綾さんはいないんですか?」
「まだ 四時半ですよ?こんな早く起きないでしょう。」
じゃあなぜこの二人は無理して起きるんだ、という疑問が過ぎるが湊は心の中でそれを留め、
先にお話しましょう。貴方達の事について深く知りたいです、と言った。
「そういえば四時半に起きたのには理由があるんです」
湊の心を読むかのように麻雄はその話題を振る。
「なんかアラーム?ですかね。それが鳴っていたんですよ。外でしょう」
「私もそれです。バイブスがあったので携帯ですか湊さん」
「あ、失礼しました。コーヒーを美味しく頂けるのは五時までだと考えていますのでアラームをつけているんです。音量が大きすぎましたか。失礼」
「外じゃなかったですか」
「少し散歩をしてきますね」
そして湊は残りのコーヒーを流し込むと立ち上がって玄関の扉へ向かった。キーリングをポケットから取り出すと、いつも冷静沈着な湊が慌て出した。
「す、すみません。玄関の鍵を知りませんか」
そういうと海斗と麻雄は首を横に振って知らないと伝えた。
「全く私としたことが。鍵を失くしてしまいました。ちょっと業者を呼ぼうと思います」
その後、湊は携帯で番号を打ち込み耳にあてた。豪華な振り子時計を見ると五時半を廻っていた。
綾さんはまだか、と麻雄は綾がいる部屋へと向かった。するとおかしなことにその部屋は既に扉が開いていた。
もう起きたのか、そう思ったが電気もついていなかったので気になった麻雄は扉を開けた。
そして右手で電気を点けると麻雄は口を手で抑えて驚愕した。昨日の態度とは真逆のように。
「し、死んでます?」
麻雄はまだこの状況を受け入れられていないようだった。麻雄が見た光景は悲惨なものだ。ベッドには腹に刃物が刺さったままの綾の姿があったからだ。しばらくゆっくりと後退して麻雄は走り去った。
「みんな。綾さんが刺されて死んでいる」
そういうと湊と海斗は同じタイミングで振り向いた。
「やはり嘘つきが一人いるというのは?」
「本当だ。人が死んでいるんだから」
「よりによって今鍵も無いというのに」
「ミステリ、ですか」
「何故そんな皆さん冷静なんですか」
「慣れてる、とかですかね。映画俳優なら殺人現場での撮影もあったでしょう」
「まあそうですね」
「でも、ここまでやるとなるとやはり湊さんなのでは?と思うのが普通ですが」
「まさか。こんな単純な殺人など起こしませんよ」
「逆に言えば複雑な殺人はするということですね」
「そりゃミステリ作家ですから。普通のトリックには飽きます」
「でも麻雄さんが第一発見者なのですから麻雄さんが怪しいとも考えれますよ」
「犯人探しは待って下さいよ。怖いじゃないですか」
「海斗さんは純粋ですね。まあその通りです。昨日の置き手紙について推理しましょうか。ワクワクしてきました」
「次は僕が綾さんの立場となるのですね」
海斗は溜め息をついた。
「死体はどうする?変に隠したりしてもだぞ」
「言い方ってもんがあるでしょう。昨日話していたのに。外にも出せませんし燃やしますか」
「本当に殺してないんですか」
「そりゃミステリ作家はそういうこと考えますよ」
「近くに暖炉があるので燃やしますか」
「そうですね」
海斗は呆れたような声を出して二人に背中を向けた。そして麻雄はキッチンの方へ向かいビニール手袋の箱を取ってきた。海斗はまさか、という表情をして再び麻雄らの方へ向いた。
「あ、業者さんの方からご連絡が」
「なんてですか」
「三日後に来ると」
「実質クローズドサークルですか」
「でも鍵を無くしたのは湊さんでしょ......」
「探します。きっと」
「はぁ」
「さあしっかりとしたミステリ展開です。折角の事ですし楽しみましょう」
「ミステリ作家さんってみんなこうなんですかね......」
3
そして麻雄と湊がどこかへ去ってから数十分。
麻雄と湊は帰ってくるとビニール手袋をゴミ箱に放り捨ててこういった。
「疲れた」
と。海斗はこのパーティに来たことを後悔して頭を抱えた。それと同時に、何故死体の証拠を隠滅する必要があるのかを疑問に思い湊に質問した。
「それはな、例えばこの中に犯人がいたとして、殺さずに業者が来て発覚したら俺ら全員犯人扱いだろう」
その裏付けのようにさらに麻雄が話す。
「だって人気声優が死んだんですよ。自殺とか神隠し的なことにしておいた方がいいこともあるのです」
海斗は変に納得してしまい闇に足を踏み入れてしまったような感覚になった。
「ここまで来ると『嘘をついている人が一人いる』という置き手紙も気になりますね」
「嘘をつく、と言っても嘘をつけるような場面あるんですか?どうなんですかミステリ作家さん」
「そんなのいくらでもありますよ海斗さん。僕のアラームや鍵の紛失、麻雄の死体処分、そして貴方の無邪気さ。嘘をつける可能性は大いに有り得ます」
「海斗さんも推理しましょう。警察も三日前後ですし」
「は、はい。分かりましたよ」
そうして海斗は渋々その提案に承諾した。
「論理クイズにしてはヒントが少なすぎる気もしますが」
「大丈夫です。それぞれの行動をメモしましょう。あ、その前に」
すると湊はいつもの如くコーヒーメーカーでコーヒーを淹れた。まるで推理を提案してきた人と同一人物と思えないほどに。海斗は細い目で湊をじっと見つめていた。机上の紙には、
館の予告殺人、と書かれていてまだ完結していない事件に名前をつけていることに違和感を覚えながら、段々とこんな状況にも慣れてきた自分がいた。やがてコーヒーを注ぎ終わると湊は笑顔でまた椅子に凭れた。溜め息が自分の頭で谺する。海斗は諦めて推理をしようと決めた。
「というか、アラームが外から聞こえたって言った麻雄さんは何なんですか?怪しいですよ」
「あれは気のせいです。寝起きなんですからそれぐらいあってもおかしくありません」
「正直言うと私も、ミステリ作家として怪しいと感じます」
「こんなに詰められると怖いですね。それか外で本当にアラームのような何かが鳴っていたとかでしょうか」
「なら、どんな音かを教えてくれれば分かりそうじゃないですか」
「おお、海斗さんなかなか冴えてますね。さっきまで僕達を呆れたように見ていたのに」
「今は推理モードなので」
「なるほど。というか麻雄さん。冴えている、とかでなく音を教えてくださいよ」
「ブゥーンブゥーンみたいな音です」
「僕も同じですね......」
「逆に外から鳴っていたのが正しいとかでしょうか。貴方のアラームは別で」
「ちょっと待って下さい」
「何か不明点でもありましたか湊さん」
「それ、僕が今書いている小説と同じです」
「貴方のはどのようなものなんですか。それによって信憑性が変わります」
すると湊は原稿を持ってきてこちらに見せた。そこには
携帯からアラームを鳴らし、アラームの音で殺す人の声を掻き消した、で間違えないですか、と書かれていた。
「確かに綾さんの死体の刺し傷は複数箇所でしたね」
「えぇ......」
「て、てかそれなら貴方が嘘吐きってことになりません?湊さん」
「た、確かにそうですね。でも模擬殺人で私に罪をなすりつけている可能性がありますので」
「そうですか」
「な、なら原稿の次の死はいつ?」
「もう死にませんよ」
「そんな、面白いのかその小説は。もしかして安心させるために嘘をついて殺そうとしてるんじゃないか」
「原稿では本当に今のところ知りません。書き終えるときに死んでいるかも知れませんが」
「そんなの湊さん次第で僕達死ぬじゃないですか恐ろしい」
「そういえばなんですが、この物語のキャッチコピーも嘘がひとつある、的なのなんですよね。やはり模擬殺人かと」
「それなら犯人は来る前にこの物語について知っていた可能性が高くないですか?」
「確かにそうですね湊さん。でもそれだと私ということになってしまいますが」
「別に湊さんが犯人の可能性だってあるでしょうよ」
「そろそろ昼食にしますか」
「話を逸らすのもいい加減に」
「本当に違うんです。お願いですから。取り敢えず。じゃあ明日誰かが死んだら僕を殺していいですよ」
「なら犯人が湊さんじゃなかった場合に犯人が殺しちゃうじゃないですか」
「難しいですね」
すると湊はキッチンで俎板、包丁、野菜や食パンを用意するとサンドウィッチを作り始めた。
「いつもあんな感じなんですか麻雄さん」
「まあそうですね。数回しか来ていませんが」
「できましたよ」
湊はそういって美味しそうなサンドウィッチが並んだ木の皿を机上に置いた。麻雄と海斗は手を合わせて軽く御辞儀をするとサンドウィッチを手に取った。湊もそれに続いていった。
「いただきます」
4
「湊さん原稿締切もう少しなのに。パーティしてますけど大丈夫なんですかね。ちょっと見に行ってきます」
「宜しく頼む。編集者の多々としてな」
そして多々は湊の豪邸へと向かった。
車を走らせて、数分で豪邸へやってきた多々はチャイムを鳴らす。
「すみません湊さん。もうあの原稿締切期限近づいてるんですけど」
「あー。悪いが延長は出来ないのか。出来ないのなら諦めるしかない」
「どこまで書けてるかとか確認したいので開けてくれますか」
「多々だよな?」
「はい、そうですけど」
「実は鍵が紛失してしまっているんだよ。合鍵を持っていないのか」
「そんな持ってないですよ?大丈夫ですか?」
「あぁ。業者があと三日で来る」
「あと三日で完成しそうですかね」
「うーん。なんとも言えないな」
「そうですか。というかなんで鍵なんか無くすんですか。キーリングに付いてるのに」
多々がそう糺すと湊は黙り込んでインターフォンを切った。
「全く。ちゃんとして下さいよ。というか態々ここまで来てあげたのに」
多々は溜め息を吐いた。
「別の編集部の方に移ろうかな......」
多々はそんなことを考えながら車へ乗り込もうとした。そしてふと豪邸の方を振り返ると、ガチャッと音がした。扉が開いたのかも知れない。僕は怖くなって少し車の物陰に隠れたがすぐに鍵が見つかって僕のことを探している、と気づいた。僕は声を掛けてくれればいいのに、と思い物陰から飛び出した。湊さん鍵あったんですか、と僕が聞くが返事は無い。息を吸いさらに大きな声で叫ぼうとした時、突如足に猛烈な痛みが走った。足を見ると足には矢尻が刺さっていた。
そこからゆっくりと血が流れる。多々は倒れてしまった。すると携帯から電話が掛かる。応答ボタンを辛うじて押す。すると編集部の人の声だった。まだか?と聞く声で僕は頭に血が上った。せめて湊さんが殺人犯であると伝えようとして、ちょっと聞いてくれますか?という。しかし後ろを見た時には誰かの足が視界に見えるだけで、その後の脳天から走る痛みにより僕が意識を失った。
「多々!多々!応答しろ」
そして何者かは電話を切って携帯電話を放り投げた。何者かが多々の死体に触れ、頭に刺さった矢を抜き、近くの水溜りで矢を洗う。死体を蹴り飛ばすと水溜りに沈め足早に館へと戻っていった。
5
「もうすっかり夜ですが、ちょっと考えません?これ以上夜を過ごすといつ殺されるか分かりませんし」
「湊さんじゃないんですか?」
海斗が億劫そうにいった。しかし麻雄は海斗とは真逆だった。そうですね、と唯唯諾諾と従った。海斗はそこにどこか違和感を覚えてしまった。しかしそれを口にすることはできなかった。嘘つきを探すような頭を使うこと自体、俳優だが好きじゃなく小難しいことは別の出演者に任せていたほどだ。その上こんな異端な集まりの中でやるのだから億劫になるのもそう無理はない。海斗は慣れては来たものの、普通に生活できるほどにはまだ慣れなかった。
「湊さんの書いている小説をよりよくするためとか?」
「自身のエゴイズムの為ってことですね」
「そうですよ。どうなんですか」
「いや、違います。何を仰っているんですか」
「ほんとですかね」
「そういう麻雄さんはどうなんですか」
「私は......」
すると麻雄は湊の方を向く。湊はにっこりと笑った。そして麻雄は慌てて言う。
「私はやってませんよ。死体処理はしましたけどね。勘弁して下さい」
麻雄の返答に湊は満足したのか笑顔になる。しかしその瞳は狂気染みているようだった。
「平然と死体処理と言える神経を僕は理解できませんが」
「ま、まあ私達は特殊ですのでね」
「一応自分でそれを理解してはいるのか」
海斗は若干笑ってしまった。しかし麻雄は笑うどころか、貧乏揺すりをしていた。まるで海斗と対をなすように。海斗は不自然さが消えぬまま夜を過ごすこととなった。
「んー全然推理が進みませんね。もう寝ましょう。今何時でしょう?」
振り子時計はピッタリ一時を指していた。海斗はあくびをしながら部屋へと戻った。
「ちょっと携帯でも弄ってから寝よう」
そして携帯を触り出すと海斗はハッとする。何故警察に電話しないのか?、業者に連絡した癖に警察に電話していない。これは不自然だ。だから湊が犯人である可能性が高い。そして海斗警察に連絡しようとすると部屋の扉が開く音がした。海斗が振り向くと、そこには湊の姿があった。
「どうしたんですかこんな夜中に」
「ちょっと見廻りを。犯人探しってやつです」
「どこまでもミステリ作家ですね」
そう相槌を打ったが海斗の湊への疑いは晴れることを知らなかった。湊が扉を閉めると海斗はスマホのミュージックリストから曲を低音量で流し始めた。
6
「おい、多々はまだか?電話にも出ないし、何かあったんじゃ?」
「多々の事ですし湊と口喧嘩でもしているのでは」
「それだといいんですが」
「ちょっと編集長行ってきてくれません?」
「なんでだよ。放っておけばいいだろ」
「いやいや多々さんのこと優秀って言ってたじゃないですか」
「だからこそ、あいつは帰って来れるという意味だ」
「まあ向かって下さい」
「仕方ないな」
編集長は徐に階段を降りて行った。
「ここだな」
そして停車する。暗闇に聳え立つ屋敷は何処か恐怖心を持った。
「多々ー多々?どこだ?」
「橋があるな」
橋を渡るが多々の姿は見えない。屋敷のインターフォンがあったのでそちらへ向かっていた。すると、何か大きな物を踏んだ感触があった。素早く視線を足元に向けると、そこには人が横たわっていた。私は驚いて腰を抜かしてしまった。そして顔をよく見てみる。
「多々?」
多々だったのだ。湿った草の地面に倒れ込む。怖かったのか、それとも悲しいのか、目からは涙が溢れ出ていた。ただそこに生えていただけの草の地面に拳を叩きつけた。私にはそれしかできなかった。
しばらくして、何故死んでいるのかという疑問が頭に浮かぶ。もしかして湊か。湊はサイコのような性格と言われている。だがパーティにいる何者かが殺人した可能性は大いにある。だが私にはそこまで考えれる余裕がなかった。立ち上がると私は走って車に乗り込んだ。そしてエンジンをかけるとアクセルを強く踏み込んで道も気にせず存在し得ない目的地へ走り去った。
息が整い周りを見渡すとそこは何処か分からぬ都会から少し離れた自然の目立つ場所だった。涙眼のまま彷徨うのは変だな、と考えて私は車のナビを起動した。ナビに登録された編集部のあるビルに目的地を設定し、次はゆっくり走り出した。多々、そう呟いた。格好つけた訳でもなく無意識に。
そして気付けば失禁してしまっていた。足を伝う生温かい感触に嫌気が刺した。緊張なのか、力を込めたからなのか分からないけれど漏らしてしまう自分が恥ずかしかった。
すると電話が掛かってくる。赤信号に突き当たったところで電話に応答する。編集部の固定電話の番号だ。
「どうした?」
「あっまだですか?あと多々さんは」
私は少し沈黙する。深く呼吸をしてから私はいう。
「多々はサボって何処かへ旅行へ行ったそうだ。当分帰ってくることはないだろうな」
そういって黄色に点滅する信号を無視して走り始めた。
薄らと聞こえる困惑の声も気にせずに。
7
部屋に眩しいほどの光が差し込む。足で掛け布団を吹き飛ばして起き上がる。携帯で時刻を確認するともう七時を過ぎていた。
「おっと。私としたことが」
麻雄は急いで寝間着から私服に着替え部屋から飛び出した。リビングルームへ行くと海斗と湊がコーヒーを飲んでいた。相変わらずコーヒーを飲んでいた二人に麻雄はホッとした。それと同時に長い間湊と話せていた海斗を不思議に思った。
「麻雄さん。おはようございます」
「あぁ。おはようございます。寝坊してしまい申し訳ない」
「まさか。別に大したことはありませんので寝坊ではありません」
「ところで業者の方はまだですか」
「まだ来てませんし連絡も来てませんね」
「困りますね。これ以上殺人が起きたらどうなることやら」
「殺人は起きないと思いますよ。僕は書いているミステリの模擬殺人だとしたらの話ですが」
「どこも安心できる要素ないじゃないですか」
海斗が冷静に突っ込んだ。麻雄はそれを鼻で笑うだけだった。そして麻雄は問いを投げかける。
「そういえば大体は五時半前後に起きてますけど、いつまでコーヒーを?」
「まあざっと二時間くらい」
「冷めませんか。そんなちまちまと飲んでいては」
「早朝からゆっくり飲んで、段々冷めていくコーヒーを味わうことこそ、趣があっていいんですよ」
麻雄は感嘆した。
「そういえばなんですが」
海斗が話題を持ちかける。
「警察に通報しないんですか。警察に通報しても三日前後かかるのでしょうか」
すると湊の動きがピクリと止まった。麻雄は湊を見つめる。なんだか自分の事のようにこの状況に冷汗をかいていた。湊への疑いが高まったところで、急に湊は自分の携帯をポケットから取り出す。
「本当ですね。灯台下暗しというやつでしょうか。今まで通報しなかったのが馬鹿馬鹿しいくらいです」
そういって携帯で電話を掛けようとする。
「あれ。電波が通らない。おかしいな」
湊は少し困惑した様子で携帯を上に翳す。しかし電波は繋がらない。もしかして犯人によって電波は遮断されているのだろうか。麻雄は試しに携帯を開いてみる。するとインターネットが繋がらなかった。湊が電波を意図的に遮断したなら湊が犯人でも辻褄は合う。
「きっと犯人の仕業でしょうね。もうお終いですよ」
「もう諦めましょう」
「そんな......でも今日でしたよね?業者さんが扉開けてくれるの」
「恐らくですが」
「そろそろ平和なことを話しません?綾さんが死んでからマイナスな話題しか無い」
「じゃ、じゃあいいですか?湊さんは小説をどうやって書いているんですか?構成とか諸々」
「おお、案外ちゃんとした話題ですね。まず大まかなテーマを決めてから、プロット、まあ要するに設計図を作成します。その後は麤枝大葉と書いています」
「そ、麤枝大葉?なんですかそれ」
「何かに捉われず自由に書くことです。簡単にいえば」
「興味深い」
興味深い、その一言の後、真面な話題は過ぎ去っていってしまった。
8
『
「ちょっと海斗さん」
突然、湊に話しかけられてビクッとした。
「これ、原稿なんですけど読んでくれませんか。率直な感想が欲しいです」
海斗はまだ頭のクエスチョンマークが残ったまま原稿を手に取った。
「急になんなんですかね」
海斗は原稿を読む。
「───そして重たい扉を開ける。すると、扉の前で人が死んでいた。通りで重たいわけだ。死んだ人を跨いで僕は再び歩き始めた。」
「ううん。なんだかサイコ味が強くないですか?どんな物語かによりますが」
「普通のクローズドサークルモノですよ」
「今の状況ですか?」
「まあ似てるかも知れません。サイコ味......ちょっと抑えてみます。できるか分かりませんが」
「癖なのか、貴方の性格なのか」
「性格でしょうね」
「過去に何か?」
』
うーん、これ以上回想シーンを挟むと読者が飽きてしまうかも知れませんねぇ。いっそのこと回想なんて無くしてしまいましょう。感情移入をしなくてもいい設計に。
そして湊は消しゴムで文字列を消す。
というか、海斗さんという名前自体小説に出していいものか。湊は自分で書いたはずのサイコ味という言葉が心に残った。
私がサイコ的な考えを脱却するなら、もう少し合理的な事をすればいいのだろうか。
合理的な理由。原稿に合理的な理由の殺人があればいいんだ。そう思えたが、湊がそれを実行に移すことはできなかった。口を開けっぱなしにしたまま考えているものの、それは所詮、考えている風になる。湊は垂れてきた唾を手で拭った。
そこへ麻雄がやってくる。
「お昼、作ってもらってばっかりでしたよね。勝手にキッチンを使ってしまいましたが昼食を作ってきました。お、執筆中ですか」
そして机に置かれたのは、甘い香りのするコーンスープとトースト。至って一般家庭のような食事だったものの、湊はそこに安心感を覚えた。
「ありがとう。作らせて申し訳ない」
「いいんですよ。こちらだってやらないといけない、ということはありますから」
「はは。その通りだな」
「では」
「あ、あと飲み物を持ってきてくれ。ルイボスティーを頼む」
「仰せのままにしますよ」
「君はユーモアがあるね」
そして麻雄はキッチンの方へ再び向かっていった。湊はコーンスープを飲む。
「......美味しいな。この家の冷蔵庫にある食材でこんなに美味しいものがあるなんて」
湊はなんだか嬉しくなった。円やかな甘みには、湊の足りない何かを補ってくれるような気がした。湊はなんだか涙が出そうになった。しょっぱくない涙。
すると麻雄がルイボスティーを持ってきた。
「はい、こちらです」
「まるでレストランの店員だな」
「そうですかね。そこまでの自覚は」
「ただ単に言葉が堅くなってるだけでしたか」
「はい。というか、言葉が丁寧になったり文末が『だな』になったり。どうしたんです?」
「分からない。不安定なのかもな」
「何が」
「これ以上探らないでくれるか」
「おっと失礼」
麻雄は喉を鳴らすとまたどこかへ行った。
9
15年前......
湊の中学生時代の出来事。
「納豆ー何してんの?」
「そのあだ名で呼ぶのやめてくれない?」
湊は納豆というあだ名で呼ばれていて、本人はそれが嫌でも友達を失うのが嫌だったから強くはいえなかった。
「またノートに変なの書いてんの?気持ち悪」
「趣味だしいいだろ?」
「サイコパスの真似っことか本当にキモいからやめな?」
湊はノートを破り捨てる。破り捨てられたノートには瓶に詰まった肉塊と目玉の絵があった。
湊は昔から人体や死に興味を持っていた。だけれど、それを活かすことはできなかった。逆に友達に馬鹿にされるだけだった。でも辞めることはできない。好きだから。
「いいだろ」
「は?舐めた口聞いてくんなクソ野郎」
そのまま肩を強く押されて椅子ごと倒れた。
「おもろすぎだろ。よしいこうぜー」
先生はこちらを見つめてから視線を逸らした。
その放課後、書店で
「嫌いな人を殺せた男の話」
という小説を見つけた。気になって読んでみると、所謂シリアルキラーというものだろうか。残虐で悍ましいストーリーにみるみる惹かれていった。そして湊は考えた。
自分もこんな小説を作ればいいんだ。
名案だと思った。自分にとってピッタリの仕事だと。しかし、人が殺すとなると表現が難しい。どうリアルなものを書こうかと、湊は悩んでいた。そこで、「嫌いな人を殺せた男の話」
を思い出す。弓矢。なんだか弓矢を欲しい。湊は自分でも分からないけど弓矢が欲しかった。殺す為だったのかも知れないし飾りたかったのかも知れない。
後日、湊は貯金を切り崩して、弓矢を買うことにした。でも矢はどこにも売ってなかった。
しかし、ボウガンと矢だけならあった。湊はボウガンと矢を買った。嬉しい気持ちいっぱいで湊は家への道を歩く。すると、僕のことを馬鹿にしてきた友達がいた。しばらくそちら側を見つめて立ち止まっていた。
すると手はボウガンを引いていた。涙が込み上げてきた。だけど止められなかった。衝動的だった。
「バァン」
ボウガンは友達の腹に刺さった。そのまま後ろに倒れると刺さった矢が余計に食い込む。
僕は友達に近づいて矢を抜いてから、怖くなり逃げていった。矢を水溜りで洗ってから。
後日、クラスメイトが丁度、ボウガンで撃った友達のところを通りかかったらしく学校で集会が開かれた。
湊は耳を塞いでいた。
家に帰ってきて、母さんはジロリと見ていた。そして母さんは言う。
「あんた人を殺したの?」
僕は意味が分からなかった。何故バレたのか。
完全な二人だけの空間だったはず、矢も部屋にあったはず。
「矢に血がついてるけれど。疑いたくなんかないんだけど」
「あの、それは」
「もういいわ」
そして母さんは家から出ていってしまった。湊は握り拳を作った。それを飛ばすことはなかった。それ以降、湊は何かを失いながら、家で自炊。独学で小説家に向けて頑張った。学校など行きたくも無いし行けなかった。
10
10年前......
麻雄は大学で研究に専念したい、そう考えて大学受験に向けて頑張っていた。
そんな時だった。麻雄の父も研究員だったのだが、突然父は姿を消した。絶対に入るな、と言われていた研究室の扉を麻雄は開けてみる。白い煙が扉から漏れ出した。中を見ると、不気味で怪しげな研究道具に如何にもな緑色の液体がある。そこで麻雄は机の上に紙が置いてあるのを見つけた。
「この紙を麻雄が見つけるのはいつだろう。
実を言うと私は危険な人体実験をしていた。
それがバレて法に触れてしまい、私を捕えるために動き出している。だからこの家から出て行くことにした。この研究室は危ない。もう遅いかも知れないがさっさと家から出ていって欲しい。」
麻雄は膝から崩れ落ちた。父は麻雄にとってのまさに理想の姿だったのだ。麻雄はこの出来事を受けてから研究員になる夢は消え去っていった。そして麻雄は自室で参考書を破り捨てた。
高校仲間から、「お前、調子どう?」と聞かれても、順調だよと答えるだけだった。
麻雄にとって「研究員になる」というのは本音から建前に変化していった。麻雄は偽りの顔を持つようになり、自分の性格を隠し通すこと、まさにポーカーフェイスをできるようになった。
研究員としての人生を歩めなかった麻雄は、何か功績を残したいと考えた。そして破らず残っていた参考書や、父の研究室から持って来て新居でも残している父の研究履歴などから偽りの研究を作り出しそれを本にまとめると考えたのだ。それが麻雄の著書にして最大の嘘
「人体実験は悪となるか」
である。麻雄がこれを執筆し終えた頃には本当の麻雄など、もう何処にも存在し得なかった。
そこから数年、偽り(ちょしょ)から生まれたお金で生活していた麻雄は偽名で中小企業に勤務することにした。お金が底を尽きてしまい栄光ごと消えさってしまうのが嫌だったのだ。
勤務先で働き始めてから数日、同じフロアで働く女性社員に麻雄は恋心を抱き始める。
そして徐々に義務的な会話からプライベートでの会話へと距離を縮めていった二人。
「あ、あの!」
麻雄はこの時、数年振りに本音の自分が現れていた。
「僕と結婚して下さい」
今考えれば、交際の段階を踏まなかったのは少し間違いだったのかも知れない。
「はい」
だが、返事は麻雄の求めていたものだった。
麻雄の顔に塗りたくられた嘘が剥がれ落ちていくような気がした。そこから麻雄は幸せな家庭を築いた。何もかもが完璧で、再び幸せの線路へと戻ってきた、そう思っていた。でも違った。
ある日、妻から麻雄はあの嘘について触れられてしまう。そのせいで麻雄は隠していた嘘の自分が現れ、本当の自分はどこかへ隠れていった。そのせいか関係が上手くいかず、離婚。麻雄は再び嘘で生きていった。でも嘘をつくことは無かった。結婚したことがあったから、麻雄は普通の家庭のような生活、食事を続けた。
そして、麻雄はEメールでメッセージを受け取った。
発信元:望月 湊 2025/6/2 10:43
パーティに参加しませんか?
11
26年前......
「この子は先天性の障がいですね」
医師からそう申告された時、親はどんな気持ちだったのだろう。
海斗は生まれつき人よりも記憶力が劣っていた。〇〇だったから〇〇になる、〇〇してたから〇〇はできない。だとか、そういう思考ができなかった。だけど幼稚園の演劇で、圧倒的な演技力、表現力が明らかになる。
そこから海斗は、両親から勧められて俳優になることを決意した。
高校生になり俳優オーディションを受けることになった海斗だが、ここで大きな壁にぶつかる。そう、面接だ。様々な質問に対応するためにはしっかりと質問を記憶しなければならない。海斗はそれができなかった。
オーディション当日、海斗の心臓の鼓動は尋常では無いほどに音を立てて素早く動いていた。
海斗は記憶するつもりなど最初から無かったものの、持ち前の演技力とアドリブで質問を乗り切った。
そして結果発表。公式サイトの合格者発表ページには
「松波海斗」
と書かれていた。海斗も、結果発表だけはしっかり記憶していた。泣いて喜んだ。
そこから、台本を覚えるという海斗にとっては過酷な作業を、忍耐力で押し切り、ついには記憶力の劣りを克服していった。
と、海斗の日記には書かれていた。克服が海斗の真の記憶なのかは誰にも分からなかった。
そして海斗はついに映画デビュー。まだ名無しだったが、顔と演技力で一躍話題になり、ネットでは名無しで脇役の海斗を応援し、ファンになる人も現れた。
その影響もあり海斗は年月を経て主演の座を獲得。それが海斗の初のロマンス映画であり主演映画『雪煙の足跡』である。
興行収入は168億円。また、その時の海斗の格好は社会現象を巻き起こす程だった。
いつのまにか先天性の病気は海斗も世間も気にしていなかった。世間の心には存在して居なくても、
海斗の体には確かに存在していた。
そこから今まで、海斗は俳優人生を貫き通した。
ついには世界に実力が認められ、
「21世紀で最高の日本人俳優だ」
と海外からも絶賛されていた。海斗も今さら先天性の病気が自分の運命を変化させることなんて無いと思っていた。
12
「そろそろ警察来てくれよ......」
麻雄はそう合掌した。麻雄は嘘をついていたのだ。だが犯人なんかではない。それは綾が死んですぐの出来事だった────
「ちょいと綾さんを起こしてきますね」
そう言い放ち綾の部屋に向かうと、そこには綾の死体があった。麻雄は警察に通報しようとしたが、後ろには湊の姿があった。
「麻雄さん?何を見ましたか」
「い、いや殺さないでくれ」
「まさか、落ち着いて下さい。これ常備薬でしょう?」
「あ、ああ有難う」
「それカプセル型の爆弾です」
「は?」
「ごめんなさいね」
「もう飲んだんですが」
「なんか闇市場にあったんですよね。僕そういうのがお好きでして。ミステリ作家なんでね」
「さっさと取らせてくれ!」
「大丈夫です。しかし誰かにこのことを密告したり怪しい行動をしたら、この起爆スイッチで貴方は爆発というわけです」
「とにかくサイコみたいになっとけばいいんだな」
「はい。私のように。"嘘をつくのです"」
「分かった」
「じゃあ演技開始です。海斗さんが来てから死体処理を手伝ってもらいますよ」
「う、嘘だろ?」
「あれれ?どうしたんですか?スイッチ押してもいいってことでしょうか?」
「い、いいや違う。何でもない」
「それはよかった。頼みますよ麻雄さん」
──そして今、警察に通報してしまった。幸い湊さんにはバレていない。
「麻雄さん」
湊さんに肩を掴まれる。まさかバレてしまったのか?僕は背筋が凍る。起爆スイッチが押されるかも知れない。
「麻雄さん......」
僕は死を覚悟した。
「コーヒー飲みませんか?」
「へ?」
「丁度コーヒーを淹れたので飲みませんかと」
「あぁ。勿論いいですよ」
僕は安堵し肩から力が抜けた。すると
「そういえばね、明日、このゲームを
終わらせるんです。」
「そうですか」
「というかなんで業者って来てないんですか」
「それは明日の答え合わせで」
「は、はぁ」
「あと貴方のお腹の中に爆弾あるっていったでしょう?」
「そうですね」
「あれ嘘です」
「は?」
「あんなもの作れませんよ。本当の研究員なんですか」
「はぁ。まあ明日まで演技しろってことですね」
「はい」
「面倒な」
「起爆スイッチ押しますよ?」
「いや爆発しないんでしょ。脅さないで下さい」
「申し訳ないね」
そして麻雄は自分の寝る部屋へ歩いっていった。湊は起爆スイッチを床に叩きつけた。
13
「レディース&ジェントルメン。さあさあこのライアーゲームも終わりだ」
突然湊が話し始める。海斗は頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるようで状況を飲み込めていなかった。
「犯人が分かったんですか」
白々しく麻雄が言う。爆弾が消えた精神的開放感からだろう。そして海斗が純粋無垢に聞く。
「それより業者は?」
「待って下さいよ海斗さん」
「じゃあ犯人を───」
「私です」
「え?湊さん?」
「そうですよ」
「綾さんを殺したのが?」
「はい。アラームで叫び声を掻き消して殺しました。そのまんま」
「う、嘘ですよね?」
「嘘ではありません。これは。まあ僕が犯人ではないというのとかは嘘ですけどね」
「つまり嘘をついている人ってのは......」
「僕と麻雄さんです」
「あ、麻雄さん?え、なんでですか」
「実は僕は脅されていて冷静を装えと言われていたんです」
「じゃああの置き手紙って嘘じゃないですか」
「ん?嘘が一つある、じゃなく嘘つきが一人いると書かれていましたが」
「もしかしてあの置き手紙そのものが嘘であると?」
「え?麻雄さんも知らないんですか」
「もともと死体の口止めだったんで共犯ではなあです」
「なるほど......」
「これがライアーゲームです」
「でも、なぜこんなことを?」
「小説案ですよ」
「それだけ?」
「はい。代表作の『タルトのレシピ』って読みましたか?シリアルキラーの」
「勿論。人間タルトを作るっていうサイコの話ですよね」
「そうです。あれからもっと生々しい表現が欲しくなって。自分でやればリアルなものが手に入るだろうって。どうですか?ちゃんとした理があるでしょう」
「まあそうだとしても異端者であることは間違いないですね」
「というか業者が来なかった理由は?貴方が殺したとか?」
「違いますよ。長く楽しみたかったので橋を壊しました。ここに来るための長い」
「はぁ?どうやって」
「橋がくっていている地面を掘ったんだよ。そこまで深くないし地震で倒壊しかけだったしね」
「なんでもやるんですね湊さん。ところでどうやって外に?」
「確かに......鍵が無くしたのも嘘?」
「はい。嘘です」
「これはとんでもないものだよ。本当に小説にできるな」
「綾さんの死体の刺し傷から綾さんの体内に鍵を仕込ませ、燃やしたところで暖炉の火を消して鍵を取り出したんです」
「何故態々そんな面倒なことを?」
「普通に隠すのは面白みがない」
「もう呆れてしまうな」
「じゃあ退場しましょうか。鍵はこれなんで出ていいですよ」
「複雑な気持ちです」
「さようなら。鍵は置いていって下さいね」
「じゃあ」
そして重たい扉を開ける。しかし海斗は思い出す。橋が破壊されているのにどうやって出ていくのか、と。そして気付いた頃には遅かった。
「嘘でした。ライアーゲーム、ライアーの勝利ですね。」
意識が朦朧となるならで、微かに湊の声がした。
「これは合理的では......無い?」
14
「絶対に収めてやる。この瞬間を」
そういうと編集長は叢に身を潜め、動画を回し始める。
「まだか?」
しかしなにも進展はない。編集長は叢にカメラを固定すると帰っていった。
後日、何か捉えれていないかと固定されたカメラを外す。そして映像を見返すと、22時あたりで誰かが扉から出てくると倒れた人を引き摺ってきた。見えにくかったので明るさを上げると、なんとその正体は湊だった。
「嘘だろ?まだ信じれない」
編集長は信じれなかった、いや、信じたくなかった。まだ画質が悪かったので違う可能性を信じていたのだ。さらに引き摺られた人は血塗れだった。
湊は庭にあったホースで血を洗い流した後、絶望した様子でその死体を川に投げ捨てた。
編集長は恐怖に襲われながら車に乗り込んだ。
「編集長、ちゃんと撮影してくれたんですよね?」
「あぁ。勿論だ。多々のためなんだから嘘などついていない」
「多分このニュースですよ」
「音量をさっさと上げてくれ」
音量を調節しリモコンを置くと、編集部はニュースを鋭い眼差しで見つめる。
「速報です。人気小説家の望月 湊さんが、何者かを自宅前で殺したのが確認されました。撮影者によると、交通手段である橋は破壊されていたそうで、それが故意である可能性が高いとのことです。警察はなんとか侵入しようと考えていて未だ湊容疑者の逮捕には至っていません。」
編集部らがニュースを見る。
「やっぱりか......」
編集長はそう舌打ちをする。それでどうこうなる訳では無かった。ただ、どうしても多々の命を奪った者を赦すことはできなかった。
「すっかり殺人鬼と化したな」
「本当ですよ」
「これが最後の彼の小説ですかね」
その原稿のタイトルには『ライアーゲーム』と書かれていた。
「このタイトル、狙ってたのか?」
「それは知りません。せっかくなんで出版はしましょうよ」
「まあいいぞ。許されるかどうか微妙だが」
「でもペンネームですし」
「それもそうだな」
編集長が手に持った原稿の著者名には紘月と書かれていた。
終
と。これでよし。あっ忘れてましたね。
そしてタイトルに1を付け足してから私は原稿を突揃えた。




