ギルドの申し出
手紙が届いてから五日。五十層の食堂は、いつも通りの朝を迎えていた。
「ソウマ、今日のお客さん少ないね」
ミラがカウンターに頬杖をつきながら言った。確かに、ここ数日は来客が減っている。深層の攻略ルートが整備されてきたことで、冒険者たちが食堂に寄らず直接奥へ進むパターンが増えたのだ。
悪いことではない。食堂の料理でステータスが上がった冒険者たちが、自力で深層を攻略できるようになったということだから。
「常連は来るさ。新メニューの試作でもしよう」
四十八層で採れた月光茸を薄切りにし、結晶猪の骨で取った出汁に浮かべる。月光茸は光属性の魔力を帯びた茸で、暗闇で淡く光る。見た目は美しいが、生のままだと苦くて食べられない。
『万物調和』で素材の本質を探る。苦味の奥に——甘味が眠っている。魔力の方向を少し整えてやるだけで、素材自身が最適な状態に変わっていく。
「……よし」
弱火で二十分。月光茸から苦味が抜け、代わりに澄んだ甘味が出汁に溶け出した。金色に輝くスープ。一口飲むと——体の奥から力が湧いてくる感覚。
ステータス通知。MP+400、魔力感知+300。永続。
「MP強化の料理は初めてだな……」
前衛系の冒険者には効果が薄いが、魔術師や支援術士には喉から手が出るほど欲しいバフだろう。素材の特性が、バフの方向性を決める。火属性の肉なら耐火、光属性の茸ならMP——。
「ソウマ、入口に誰かいる」
ミラの声で顔を上げた。
食堂の入口に、見慣れない人影が立っていた。冒険者ではない。軽装だが、胸元にギルドの紋章が刺繍された外套を纏っている。
「ソウマ・ヴェルト殿ですか」
若い男だった。二十代後半、眼鏡をかけた文官タイプ。深層の魔力圧に顔を青くしながらも、礼儀正しく一礼する。
「ギルド本部より参りました。渉外担当のカイル・メッセンと申します。ギルドマスター・ヴァレリア・ドーンの代理として——」
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「は、はい……五十層の魔力が予想以上で……。護衛のA級冒険者に連れてきていただいたのですが、それでも相当きつくて……」
非戦闘員がこの深層まで来るのは、相当な覚悟がいる。ギルドマスターがわざわざ文官を送り込んできたということは、それだけ本気だということだ。
「まず飯食え。話はそれからだ」
「え? いえ、まずご用件を——」
「その顔色で話されても頭に入らん。月光茸のスープがちょうどできたところだ」
カイルは戸惑いながらも、カウンターに座った。スープを一口——目が見開かれる。
「……美味しい。いえ、美味しいなんてものじゃない。体中に魔力が巡る感覚が——」
「それが効果だ。MP系のバフがつく。文官なら魔力感知も上がるだろうから、帰りは少し楽になる」
カイルがスープを飲み終える頃には、顔色がかなり良くなっていた。ミラが二杯目を注いでやる。
「さて、話を聞こうか」
カイルが居住まいを正した。鞄から書類の束を取り出す。
「まず現状の確認です。ソウマ殿がこの食堂を開設して以来、ダンジョン深層の攻略状況に顕著な変化が見られています」
書類には数字が並んでいた。
「三十層以深の冒険者帰還率が、三ヶ月前に比べて四十二パーセント向上。四十層到達者数は三倍。死亡率は六十パーセント低下。ギルドの試算では、この変化の主因はソウマ殿の食堂による永続ステータスバフであると結論づけられています」
「それで?」
「ギルドとしては、この食堂を——正式な『ダンジョン攻略支援拠点』として認定したいと考えています」
カイルが新しい書類を広げた。
「具体的には、三点あります。一つ目——食堂の公式認定。ギルド公認の施設として登録し、冒険者への案内に食堂を組み込みます。二つ目——素材供給の支援。深層攻略で得られた素材の一部をギルド経由でソウマ殿に提供します。三つ目——報酬の制度化。冒険者からの素材払いに加え、ギルドからも月額の運営支援金を支給します」
悪い条件ではない。むしろ破格と言っていい。
だが——。
「条件は?」
「条件……ですか?」
「ギルドが一方的に支援だけするわけがない。何を求めてる?」
カイルが少し気まずそうに目を逸らした。
「……月に一度、ギルド本部への報告をお願いしたいと。メニュー内容、客の人数、バフの効果値、使用した素材の種類。あと——ギルドマスターが一度、直接お会いしたいと」
報告義務と監査。要するに、ギルドの管理下に入れたいということだ。
「俺はBランクの冒険者だ。個人でクエストを受けて、勝手にここで料理してるだけ。それをギルドが認定するってことは——ギルドのルールに縛られるってことだろ」
「いえ、あくまで緩やかな連携を——」
「たとえば、魔族の客を拒否しろとか言われたら?」
ミラがびくりとした。カイルが目を泳がせる。
「その……ギルドの規定では、魔族との取引は——」
「この食堂では魔族も人間も同じ客だ。それを変える気はない」
きっぱりと言い切った。カイルが黙り込む。
「……ソウマ殿。ギルドマスターは、そういった細部も含めて直接話し合いたいとおっしゃっていました。今日の段階では、提案をお伝えするところまでが私の役目です。お返事は——急ぎません」
「分かった。考えておく」
カイルは一礼して、護衛と共に帰路についた。帰り際、振り返って一言。
「あの……スープ、本当に美味しかったです。また来ていいですか」
「客なら誰でも歓迎する。ギルドの文官でもな」
カイルが少し笑って、去っていった。
◆
食堂に静けさが戻った。
「ソウマ、ギルドって悪い人たち?」
ミラが不安そうに聞く。
「悪いやつらじゃないと思う。ただ——組織ってのは、管理したがるんだ。俺は管理されたくてここにいるわけじゃない」
「でも素材もらえるんでしょ? 新しい料理作れるじゃん」
「……そうなんだよな」
ミラの言い分は正しかった。料理人として、新しい素材は何よりの魅力だ。ギルド経由で深層の珍しい素材が手に入るなら——作れる料理の幅が飛躍的に広がる。
かといって、ギルドの下請けになるつもりもない。
「まあ、急いで答えを出す必要はない。とりあえず——新メニューの試作を続けよう」
「はーい」
ミラが月光茸の残りを棚に並べている。この少女が食堂にいなかったら、ここまで楽しくはなかっただろう。最初の客にして、最高の常連。
——魔族の客を拒否しろと言われたら。
その一点だけは、絶対に譲れない。
◆
地上。ギルドの酒場。
カイルが帰還してから一時間後。その報告は、すでに酒場の冒険者たちの間にも広まっていた。
「五十層の食堂が、ギルド公認になるらしいぞ」
「マジかよ。あそこ、予約とか必要になんのかな」
「ギルド経由でしか行けなくなったら面倒だな」
噂話に混じって、一つのテーブルで静かに杯を傾ける三人組がいた。
レーナが、グラスの縁を指でなぞりながら呟いた。
「ギルド公認……か」
「五十層に行く理由が、もう一つ増えたな」ダリオが言った。「ギルドが動く前に会っておかないと、ソウマに会うのがもっと難しくなるかもしれない」
レーナは頷いた。
「次は——三十五層を超える」
「どうやって」
「分からない。でもやる」
グラスを一気に空ける。喉が熱い。酒のせいだけじゃない。
あの食堂に辿り着く。ソウマの顔を見て、伝えなきゃいけない言葉がある。
——ごめん。お前は、要らなくなんかなかった。
そのために、まず強くなる。
「明日の朝、四時集合。三十一層からやり直す」
「了解」
「了解」
三人は杯を置いて、酒場を出た。
夜風が冷たかった。だが、足取りは軽い。
お読みいただきありがとうございます!
冒険者ギルドが食堂に目をつけました。
ソウマの料理が「個人の趣味」で済まなくなりつつあります。
次の第8話では、ギルドマスター本人が五十層に降りてきます。
あの人が食べた料理の感想は——
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