辿り着けない理由
レーナたちの特訓は、地獄だった。
毎朝、日が昇る前にダンジョンへ入る。三人だけで二十五層から三十層を周回し、連携を叩き直す。支援術士がいない分、全員が互いの動きを完璧に把握しなければ成り立たない。
三日目に、ダリオが肩を脱臼した。
五日目に、エルザの弓弦が切れた。
七日目に、レーナは二十八層の中ボスに吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
それでも——やめなかった。
「もう一回」
レーナが立ち上がる。口の端から血が流れているが、剣を構え直す。
「レーナ、今日はもう——」
「もう一回だ」
十日目。
三十層のボス——溶岩巨人の部屋に、三人は立っていた。
かつては何度も倒した相手。だがソウマがいなくなってからは一度も勝てていない。フィオナがいた頃でさえ五連敗した相手だ。
支援術士なしの三人で挑む。誰がどう見ても無謀だった。
溶岩巨人が腕を振り上げる。
「ダリオ、受けるな! 左に流せ!」
「おう!」
ダリオが盾で巨人の拳を横に逸らす。受け止めるのではなく、軌道を変える。ソウマがいた頃に自然とやっていた動き——あの頃は無意識だったそれを、今度は意識的に再現する。
「エルザ、右目!」
「了解!」
矢が溶岩巨人の右目に突き刺さる。ソウマがいた頃の命中率には届かないが、それでもエルザの腕は確かだった。
レーナが踏み込む。巨人の隙を縫って、剣を振り下ろす。一撃、二撃、三撃——
三十分の死闘の末。
溶岩巨人が、轟音とともに崩れ落ちた。
「——勝った」
三人とも、立っているのがやっとだった。ポーションは全て使い切り、ダリオの盾は罅が入り、エルザの矢筒は空。レーナの剣は、刃が半分欠けている。
だが——勝った。
「……はは」
ダリオが笑い出した。エルザも。レーナも。
ボロボロの三人が、三十層のボス部屋で笑っていた。
「行けるか?」
「行ける。——行くぞ」
三十一層。三十二層。三十三層——
支援なしの三人組は、ゆっくりと、だが確実に深層へ進んでいった。
◆
三十五層で、限界が来た。
「これ以上は……無理だ」
ダリオが膝をついた。魔力の圧が、Bランクの体には重すぎる。呼吸するだけで体力が削られていく。
レーナも分かっていた。三十五層の魔力濃度は、三十層の倍以上。Bランクの冒険者が耐えられる限界を、とうに超えている。
その時——背後から、足音が聞こえた。
「おっ、人がいるな。珍しい」
振り返ると、若い冒険者が二人、軽い足取りで歩いてきた。Bランクの腕章。レーナたちと同格——のはずだが、この深層で全く消耗していない。
「すみません、ここ三十五層ですよね? 五十層への最短ルートってどっちですか?」
「……五十層?」
「はい。ソウマさんの食堂に行きたくて。先週食べた料理が忘れられなくて、また行こうと思って」
レーナは自分の耳を疑った。Bランクの冒険者が——五十層に、食事をしに?
「あなたたち……Bランクで、五十層まで行けるの?」
「ああ、最初はキツかったですよ。でもソウマさんの料理を一回食べたらステータスが跳ね上がって。今は四十層くらいまでなら楽勝です。あと二、三回通えば五十層も余裕になるかなって」
二人は手を振って、先へ進んでいった。足取りは軽い。三十五層の魔力圧を、まるで感じていないかのように。
レーナは、その背中を見送った。
「……見たか」
「ああ」
「あれが、ソウマの料理の力だ。Bランクの冒険者が、深層を歩ける体になってる」
皮肉だった。
ソウマを切り捨てたパーティが、三十五層で膝をついている。一方、ソウマの料理を食べた同ランクの冒険者が、鼻歌交じりに追い抜いていく。
「……帰ろう」
レーナが静かに言った。
「諦めるのか?」
「諦めない。帰って、立て直す。今の実力じゃ五十層に届かない。それが分かっただけでも、来た価値はある」
三十層への帰路。レーナは黙って歩いていた。
分かったことが、二つある。
一つ。ソウマの力は本物だ。追放した時には想像もできなかった、規格外の力。
二つ。今の自分たちでは、その場所に辿り着けない。辿り着くだけの実力がない。
辿り着けない理由は——深層が厳しいからじゃない。自分たちが弱いからだ。ソウマを切り捨てて弱くなったのではなく、最初から——ソウマに支えられていたことに気づけなかった自分たちが、弱かったのだ。
「レーナ」
「何だ」
「泣いてるぞ」
「……泣いてない。魔力圧で目が痛いだけだ」
ダリオは何も言わなかった。
◆
五十層。食堂は今日も賑わっていた。
「ソウマ、今日のおすすめは?」
「琥珀キノコのリゾットだ。昨日の試作が上手くいったから、正式メニューにした」
光るキノコを細かく刻んで、水晶の泉の水で炊いた米と合わせる。仕上げに結晶猪の脂を回しかけると、琥珀色に輝くリゾットが完成する。
ミラが一口食べて、とろけた。
「……ソウマの料理って、どうしてこんなに美味しいの」
「素材がいいからだよ。五十層の食材は、どれも上層とは別物だ」
「ううん、そうじゃない。同じ素材でも、ソウマが作ると全然違う。わたし昔、結晶猪を生で食べてたけど、こんな味じゃなかった」
「そりゃ生は……いや、生で食ってたのか」
「美味しくなかったよ。硬いし」
「そうだろうな」
笑いながら、次の客の料理に取りかかる。
今の生活に、不満はなかった。毎日新しい素材と向き合い、新しいメニューを考え、客が「美味い」と言ってくれる。料理人として、これ以上の環境はない。
——だが。
夕方、常連のA級冒険者が一枚の紙を持ってきた。
「ソウマさん、ギルドから預かってきました」
「ギルドから?」
封を開ける。中には、ギルド本部の公式便箋。
『ソウマ・ヴェルト殿。ダンジョン五十層における食堂経営について、ギルド本部より正式に協議の申し入れをいたします。詳細は使者を通じてお伝えしますが、貴殿の活動はダンジョン攻略に多大な貢献をしており、ギルドとして正式な支援を検討しております。——ギルドマスター ヴァレリア・ドーン』
「……マジか」
ミラが横から覗き込んだ。
「何て書いてあるの?」
「ギルドが、この食堂を公式に認めるかもしれないってさ」
「すごいじゃん! ソウマ、有名人だね!」
「いや、面倒事の匂いしかしないんだが……」
ため息をつきながら、手紙を折りたたむ。
料理を作って、客に食べてもらう。それだけでよかったのに——話が大きくなりすぎている気がする。
だが——悪い気は、しなかった。
追放された日、ギルドの受付で「お気をつけて」と言ってくれたアリアの顔を思い出す。
あの時は行く当てもなかった。
今は——行列ができている。
「まあ、いいか。とりあえず、目の前の客の飯を作ろう」
ソウマはエプロンの紐を結び直して、厨房に戻った。
五十層の食堂は、今日も営業中だ。
第6話までお読みいただきありがとうございます!
三十五層で膝をついたレーナたち。
しかしソウマの食堂では、着実に新たな展開が動き出しています。
ギルドからの正式な申し出、新しい仲間——物語はここからが本番です。
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