約束の食卓
レーナたちが食堂に現れたのは、最初の訪問から二ヶ月後だった。
今度は——ゲルドの結界なしで。
「いらっしゃい」
ソウマが顔を上げると、入口に三人が立っていた。レーナ、ダリオ、エルザ。装備は前回と同じようにボロボロだが——足元が違う。前回はゲルドの結界に守られて、それでも魔力圧に顔を歪めていた。
今回は、自分の足で立っている。
「……来たぞ」
レーナが言った。息は荒いが、笑っている。
「自力で来たのか」
「約束しただろ。自力で来るって」
ダリオが壁にもたれかかった。「四十五層で三回死にかけた」
エルザが膝に手をついている。「四十八層のボスが一番きつかった」
「三十五層は?」
「余裕だった」レーナが胸を張った。「ソウマの料理のおかげでステータスが上がってたからな。——皮肉な話だけど」
「皮肉じゃない。客が強くなって帰ってくるのは、料理人として本望だ」
レーナが目を細めた。
「……そうか。じゃあ——約束の飯、もらえるか?」
「ああ。——特別メニューだ。座ってくれ」
◆
ミラが水を三つ並べた。ルーンが椅子を引いた。レーナたちがカウンターに座る。
「あれ、人が増えてる」
「ミラは知ってるだろ。こっちはルーン。最近入った見習いだ」
「…………」ルーンが無言で頭を下げた。
「無口だなぁ」エルザが笑った。
「石人族は寡黙なんだ」ミラが代わりに説明する。「でもすっごく真面目で、力持ちで、ソウマのご飯が大好きなの」
「……余計なことは言わなくていい」
「あ、照れた。ほら耳の石が——」
「なってない」
レーナが、その光景を見て少し笑った。ソウマの周りに、新しい仲間ができている。それが——嬉しかった。寂しくもあったけど、嬉しかった。
◆
ソウマは厨房に立った。
特別メニュー。前から考えていた。レーナたちが自力で来た時に出す料理。
素材は——結晶猪の最上部位。普段は使わない、心臓に近い部分の肉。脂の乗りが最も良く、魔力含有量が最も高い。一頭から取れる量はごくわずか。
ここに——星霜蜜を薄く塗り、水流石の粉で味を調え、蒼炎狼の脂で焼き上げる。
三つの素材を「調和」させる。
今までの料理とは違う。一つの素材の力を引き出すのではなく、複数の素材を一つに融合させる。星霜蜜の癒やし。水流石の甘味。蒼炎狼の熱。結晶猪の力。
全てが混ざり合って、一つの料理になる。
「……よし」
完成したのは、小さなステーキだった。一人分は拳ほどの大きさ。だが——放つ光が、尋常ではない。七色に輝く断面。切った瞬間に、食堂全体に芳香が広がった。
「なにこれ……いい匂い……」ミラが目を潤ませた。
三皿を、カウンターに並べる。
「約束の特別メニューだ。——食え」
レーナが箸を取った。一切れ口に運ぶ。
噛んだ瞬間——ステータス通知が弾けた。
全ステータス+350。耐火属性+200。精神耐性+300。DEX+150。効果:永続。
「な——これ——! 全ステータスに属性耐性まで——!?」
「複合バフだ。複数の素材を調和させると、それぞれのバフが一つの料理に乗る」
ダリオが食べた。エルザが食べた。全員が目を見開いている。
「すげぇ……体が全然違う。これなら——五十層まで余裕で来れる」
「ああ。次からは、ゲルドの結界も俺の料理もなしで来い。自分の力だけで」
「……自分の力? でも今食べた料理のバフが——」
「料理は自分の力にするものだ。食べて、吸収して、自分のものにする。それは——ドーピングじゃない。ちゃんと飯を食って強くなることだ」
レーナが、じっとソウマを見つめた。
二年前。パーティにいた頃、毎朝食べていた朝食。あの時から——ソウマはずっと、同じことを言いたかったのかもしれない。
ちゃんと飯を食え。それが一番大事だ。
「……泣かないぞ。今日は」
「泣きたきゃ泣けよ」
「泣かない。——約束だから。次は笑って食べに来るって、自分に決めたんだ」
レーナは笑った。くしゃっとした、不器用な笑顔で。
ダリオも笑った。エルザも笑った。
ミラが「この人たち前も泣いてたよね」と小声で言って、ルーンが「今日は泣いてない」と返した。
◆
食事の後。レーナたちは帰り支度を始めた。
「レーナ。パーティ名、変えたんだってな」
「ああ。『夜明けの道』。——ダサいか?」
「いい名前だ」
「……ありがとう」
レーナが入口に立って、振り返った。
「ソウマ。——今度こそ言う」
「何を」
「ただいま——じゃなくて。……いただきます」
ソウマは一瞬きょとんとして——それから、笑った。
「——お粗末さまでした」
レーナが手を振って、去っていった。ダリオとエルザがその後に続く。
三人の足音が五十層の通路に消えるまで、ソウマは入口に立って見送っていた。
「ソウマ、泣いてる?」
「泣いてない。——魔力圧で目が痛いだけだ」
「この食堂に魔力圧はないでしょ」
「うるさいな」
ミラが笑った。ルーンが黙ってタオルを差し出した。
◆
五十層食堂。
追放された支援術士が始めた、ダンジョン最深部の小さな食堂。
始まりは一人と一匹のスープだった。
今は——三人のスタッフと、数え切れない客と、ギルドの公認と、かつての仲間との和解がある。
まだまだ先は長い。五十一層の琥珀鹿の素材。名前のないスープ。ミラの故郷。ルーンの過去。ヴァレリアの真意。もっと深い層にある未知の世界。
でも——今は。
「さて、閉店だ。明日の仕込みをしよう」
「はーい」
「…………」(ルーンの「了解」の沈黙)
エプロンの紐を結び直す。
五十層食堂は——明日も営業する。
追放された日に失ったものは、もう取り戻せない。
でも、ここで手に入れたものは——かつてのパーティでは、決して得られなかった。
最高の素材。最高の客。最高の仲間。
そして——料理人としての、本当の居場所。
食堂の灯りが、五十層の青い闇に、温かく滲んでいた。
第一部「追放と再起」、最終話までお読みいただきありがとうございます!
追放された支援術士が、ダンジョン最深部で見つけた「居場所」。
五十層の食堂は、これからも灯りを灯し続けます。
第二部「深淵の食卓」の構想は進んでいます。
ミラはなぜ五十層にいたのか——その答えが、次の物語の鍵になります。
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