石人族の見習い
ルーンは、ミラが連れてきた翌日から食堂に立っていた。
身長は百八十センチ。体の半分が灰色の岩で覆われた石人族の青年。年齢は人間換算で十八歳くらいだが、石人族の感覚では「まだ子供」らしい。無口で、表情の変化が少ない。だが——仕事は、驚くほど正確だった。
「ルーン、そこの鍋をこっちに」
「……」
頷きもせずに鍋を移動させる。重さ二十キロ以上の鉄鍋を、片手で軽々と。
「力持ちだな」
「……石だから」
声が低い。返答は最小限。だが指示を一度で覚え、同じことを二度聞かない。
三日目にはカウンターの配置を覚え、五日目には下ごしらえの手順を把握した。包丁さばきはまだ荒いが、力加減は繊細だ。岩のような見た目に反して、繊細な手先を持っている。
「ルーン、この結晶猪の肉、筋を取ってくれ」
「……どこまで」
「赤身と脂身の境目。白い線が見えるだろ。そこを薄く剥がす」
ルーンが慎重にナイフを入れる。最初は厚く切りすぎていたが、三枚目にはちょうどいい厚さになっていた。
「上手いじゃないか」
「……ソウマが教えるのが上手い」
「珍しく喋ったな」
「…………」
ミラが横でくすくす笑っている。「ルーン、照れてるでしょ」
「照れてない」
「嘘。耳の石が赤くなってる」
「……石は赤くならない」
「なってるもん」
食堂に、三人目の声が加わった。
◆
ルーンが加わったことで、食堂の回転率が上がった。
ソウマが調理に専念できるようになり、ミラが接客、ルーンが下ごしらえと片付け。三人体制は——想像以上に機能した。
「ルーン、蒼炎狼の肉、解凍しておいてくれ。今日の予約は六人だ」
「了解」
「ミラ、水のストックは?」
「たっぷりあるよー。水晶の泉から汲んできた」
「よし。じゃあ営業開始だ」
午前中に三組。昼に五組。午後に四組。
以前なら体力の限界で三組が精一杯だったのが、余裕を持って回せるようになった。
しかも——ルーンには予想外の特技があった。
「ソウマ。——この素材」
ルーンがA級冒険者から受け取った素材袋を覗いている。
「ん? 何かあったか?」
「四十五層の水流石。……食べられる」
「は? 石だぞ?」
「石人族は石を食べる。これは……甘い石。砕いて粉にすれば、調味料になると思う」
ソウマは水流石を受け取った。『万物調和』で分析する。
「——本当だ。鉱物系の魔力があって、精製すれば……糖度の高い粉末になる。砂糖の代わりに使える」
「ルーン、天才じゃん!」ミラが叫んだ。
「……天才じゃない。食べたことがあるだけ」
石人族の食文化。人間には想像もつかない視点が、新しい料理の可能性を開く。
ソウマは水流石を砕いて粉にし、結晶猪の肉に振りかけて焼いてみた。
甘辛い、不思議な風味。肉の旨味を引き立てながら、後味にほのかな甘味が残る。
ステータス通知。STR+300、VIT+250、DEX(器用さ)+180。永続。
「DEX(器用さ)……! これは初めてのバフだ」
弓士や盗賊系の冒険者に需要がある。エルザなら喜ぶだろう。
「名前は——水流石の甘焼き猪、か。ルーンの最初のメニューだな」
「……俺のメニュー?」
「お前が見つけた素材で、お前の提案で作った料理だ。お前のメニューだよ」
ルーンの耳の石が——赤くなった。ミラが指さして「ほらぁ!」と叫んだ。
◆
夕方。最後の客を送り出して、三人で夕食を食べる。
ソウマが作った賄い飯。バフなしの、ただ美味い料理。結晶猪の端肉で作った煮込みと、水晶魚のスープ。
「……美味い」
「毎日言ってくれるな、ルーン」
「毎日美味いから」
「ルーンって、褒められると弱いよね」ミラがスプーンを振りながら言った。
「弱くない」
「弱い弱い。でもそれがルーンのいいところ」
三人の食卓。青い結晶の灯りの下で、温かいスープの湯気が上がっている。
——三ヶ月前、一人で始めた食堂。
最初の客はミラだった。次にゲルドが来て、バルトが来て、カイルが来て、ヴァレリアが来て、レーナたちが来て——。
そして今、一緒に働く仲間がいる。
「ルーン」
「何」
「明日からも頼む」
「……頼まれなくても来る。ここのご飯が食べたいから」
ミラが吹き出した。ソウマも笑った。ルーンだけ、何がおかしいのか分からない顔をしていた。
五十層食堂、スタッフ三名。
——まだまだ、成長の途中だ。
お読みいただきありがとうございます!
石人族のルーンが食堂の仲間に加わりました。
喋らない大男が、皿を洗い始めた理由——
それはこの食堂の「居場所」としての力を示しています。
明日の第13話「五十一層」——ミラが営業中に店を閉めてまでソウマに見せたかったもの。
人類未踏の深層には、まだ誰も見たことのない食材が眠っています。
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