条件
ギルドマスター・ヴァレリアの提案書を、ソウマは三日間、カウンターの端に置いたまま眺めていた。
毎日の営業の合間に、ちらりと羊皮紙に目を落とす。第四条——独立施設。管理しない。干渉しない。
悪い話じゃない。でも——何かが引っかかる。
「ソウマ、またあの紙見てる」
「うるさいな」
「早く返事すればいいのに。いい話なんでしょ?」
「ミラには難しい話だ」
「ミラだってわかるもん! えーと、ギルドの人がソウマの食堂を認めてくれるってことでしょ? 素材もくれるし、お金もくれる。でもソウマは自由にやっていい。——何が不満なの?」
「……不満じゃない。ただ——」
ソウマは椅子に腰掛けて、天井を見上げた。
「この食堂は、俺が勝手に始めたものだ。誰にも頼まれてない。誰の許可も取ってない。それが——良かったんだ」
「誰かに認めてもらったら、ダメなの?」
「ダメじゃない。でも、認められた瞬間に——責任が生まれる」
ミラが首を傾げる。まだ分からないだろう。分からなくていい。
「まあいい。今日、返事を書く」
「やっと!」
◆
ソウマは紙とペンを用意して、返事を書き始めた。
——と思ったが、料理人に文才はない。三行書いて丸めて捨て、二行書いて丸めて捨て、結局箇条書きになった。
『ヴァレリア・ドーン殿
提案書を拝読した。以下の条件で受諾する。
一、この食堂の名称は「ダンジョン攻略支援拠点」ではなく「五十層食堂」とする。攻略支援は結果であって目的ではない。
二、ギルドからの素材供給と運営支援金を受け入れる。月次報告も行う。
三、客の選定にギルドは一切口を出さない。これは第四条の通り。
四、追加条件——ギルドマスターが来店する際は、事前に連絡をくれ。混雑時に護衛四人は入りきらない。
ソウマ・ヴェルト』
「最後の一文、必要?」
ゲルドが後ろから覗き込んでいた。今日も帰らずに居座っている。
「必要だ。前回、護衛が入口を塞いで他の客が入れなかった」
「そういう実務的な問題か」
「食堂経営は実務の塊だ」
手紙を封筒に入れる。次に五十層に来るA級冒険者に託せば、数日でギルドに届くだろう。
◆
三日後。ヴァレリアからの返信が届いた。
『ソウマ・ヴェルト殿
条件を全面的に受け入れる。
名称は「五十層食堂」とする。
護衛は二名に減らす。入口は塞がない。
なお、正式認定に伴い、ギルド発行の案内書に食堂の情報を掲載する。
冒険者向けの案内文が必要になるが、作成はこちらで行う。内容の確認だけお願いしたい。
追伸——月光茸のスープをまた飲みたい。近日中に伺う。
ヴァレリア・ドーン』
「追伸が本題だろ、これ」
「間違いないな」ゲルドが笑った。
◆
ギルドの案内書に、食堂の情報が載った。
効果は——即座に現れた。
「こんにちはー! ギルドの案内で来ました!」
「いらっしゃい。何人だ?」
「四人です! 全員Aランクです! よろしくお願いします!」
今までは口コミだけで客が来ていた。ゲルドが酒場で話し、バルトが仲間に伝え、冒険者同士の噂で広まっていく。それが——ギルド公認になったことで、正規ルートで情報が流れるようになった。
客が増えた。明らかに。
一日の来客数が、今までの倍になった。
「ソウマ、手が足りない……」
ミラが洗い物の山を前に途方に暮れている。石のカウンターに皿が積み重なり、棚の素材は午前中でほぼ使い切った。
「ああ……」
嬉しい悲鳴だが、悲鳴であることに変わりはない。
一人と一人で回せる食堂の限界が、見え始めていた。
◆
夜。客が全員帰った後、ソウマとミラは片付けをしながら話していた。
「人を雇うか……」
「人って、人間?」
「人間でも魔族でもいい。料理の補助ができて、この深層の魔力圧に耐えられる奴」
「あ、それなら心当たりあるよ」
「え?」
「わたしの友達のルーン。石人族の子。前にスープ飲みに来たことあるでしょ? あの子、力持ちだし、料理にも興味あるって言ってた」
石人族のルーン——確かに来たことがある。カウンターを磨いてくれた常連だ。無口だが真面目で、五十層の魔力圧もまったく平気だった。
「……声かけてみてくれるか」
「うん! 明日聞いてくる!」
ミラが嬉しそうに奥へ駆けていった。
ソウマは一人残って、食堂を見渡した。
石のカウンター。結晶の照明。地熱のコンロ。
三ヶ月前、一人で作ったこの場所が——少しずつ、一人じゃ回せなくなっている。
それは、悪いことじゃない。
「……成長してるんだな。この店」
独り言が、青い結晶に吸い込まれていった。
お読みいただきありがとうございます!
ソウマが出した条件——「攻略支援は結果であって目的じゃない」。
ギルド公認の「五十層食堂」が誕生しました。
でも客が増えた食堂を、二人じゃもう回せない。
第12話「石人族の見習い」——新しい仲間が加わります。
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