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『お前の支援はもう要らない』と追放された術士、ダンジョン最深部で魔物食堂を開いたら最強拠点ができていた  作者: 凪乃


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10/15

それぞれの道

レーナたちが帰った翌日。


 食堂には、いつもの朝が戻っていた。


「ソウマ、大丈夫?」


 ミラが、妙に真剣な顔で聞いてきた。


「何がだ」


「昨日、泣いてた人たちが来たでしょ。ソウマ、夜中にぼーっとしてたから」


「……見てたのか」


「わたし、夜目がきくの。魔族だから」


 否定はしなかった。確かに——昨夜は少し、考え事をしていた。


 レーナの涙。ダリオの震える手。エルザの静かな泣き顔。


 二年間、一緒にダンジョンに潜った仲間。追放されて恨んでいないのは本当だ。感謝しているのも本当だ。でも——何も感じなかったかと言えば、嘘になる。


「ちょっとだけ、昔のこと思い出しただけだ。もう大丈夫」


「ほんと?」


「ほんと。——今日の試作、手伝ってくれるか」


「やるやる!」


 ミラの顔がぱっと明るくなった。この切り替えの速さは、本当に助かる。


 ◆


 新しい素材が届いていた。


 常連のA級冒険者が、四十九層で採ってきた「星霜蜜」——岩壁から滲み出る、金色の液体だ。舐めると甘い。だがただの甘味料ではない。強い回復効果と、精神安定の作用がある。


『万物調和』で分析する。


「……面白いな。これは回復系の素材だが、料理に使うと——」


 結晶猪の肉と星霜蜜を合わせてみる。蜜を薄く塗って焼くと、肉の表面に飴色の皮膜ができた。噛むと——パリッ、そしてじゅわっ。


「っ! 美味しい! なにこれ!」


 ミラが飛び跳ねた。


 ステータス通知。VIT+200、精神耐性+400。永続。


「精神耐性——?」


 今までの料理にはなかった効果だ。物理的なステータスではなく、精神に作用するバフ。混乱耐性、恐怖耐性、魅了耐性——深層で精神攻撃を使う魔物に対して、これは絶大な効果を発揮する。


「名前は——星霜猪の照り焼き、か」


 メニューが増える。素材が変われば、バフの種類も変わる。火属性なら耐火、光属性ならMP、回復系なら精神耐性——。


 この食堂が提供できる価値は、まだまだ広がる。


「ソウマ、ねえねえ」


「ん?」


「わたし、この食堂のこと——もっと色んな子に知ってほしいな」


「色んな子?」


「五十層より奥にも、魔族はいるの。もっと深い場所に。でもみんな人間を怖がってて、ここまで来ない」


「五十層より奥——?」


 ソウマは手を止めた。


 五十層が最深部だと思っていた。少なくとも、人間の冒険者でここまで来た者はいない。だが——ミラの話では、さらに深い層が存在する。


「何層まであるんだ?」


「分からない。わたしが知ってるのは七十層くらいまで。でも、もっと深いところから来た子もいるよ」


「……七十層」


 未知の素材。未知の料理。料理人としての好奇心が、ぐらりと揺れた。


「いつか——見に行きたいな」


「行こうよ! わたしが案内する!」


「いつかな。まずは目の前の客の飯を作る」


「むー。つまんないの」


 ミラが頬を膨らませた。


 ◆


 同じ頃。地上。


 レーナは、ギルドの掲示板の前に立っていた。


『パーティ名変更届け——旧名:白銀の槍 新名:______ ※新名を記入してください』


 ペンを持ったまま、動けずにいた。


「決まったか?」


 ダリオが後ろから声をかけた。


「……まだ」


「急がなくていいだろ。まずはBランク維持の審査を通すのが先だ」


「分かってる。でも——名前が決まらないと、気持ちが切り替わらない」


 エルザが書類を覗き込んだ。


「こだわりすぎだよ、レーナ。仮で出しておいて、後で変えればいいじゃん」


「……そうだな」


 レーナはペンを動かした。


『新名:夜明けの道』


「夜明け?」


「ソウマを追放して、ずっと暗い中を歩いてた。でも——昨日、五十層で飯を食って、少しだけ明るくなった気がしたんだ」


 ダリオが、ふっと笑った。


「いい名前だ」


 エルザも頷いた。「悪くない」


 レーナが書類をギルドの受付に提出する。受付嬢のアリアが書類を受け取って——目を止めた。


「白銀の槍から名前変更ですか?」


「ああ。新しく始める」


 アリアは書類を確認しながら、少し迷ってから言った。


「あの……ソウマさんは、お元気ですか?」


 レーナが目を見開いた。


「……知ってるのか」


「この前、五十層に行かれたって噂を聞いて。ソウマさんとは——追放の時に、最後に話したのが私なので」


 あの日。「お気をつけて」と言ってくれた受付嬢。


「元気だったよ。すごく。——美味い飯を作って、笑ってた」


 アリアが、ほっとしたように微笑んだ。


「よかった。……本当に、よかった」


 レーナは受付を離れながら、思った。ソウマのことを心配していたのは、自分たちだけじゃなかったのだ。


「さて。——Bランク維持審査だ。三十層のボスを安定して倒せるようになるまで、特訓を続ける」


「了解」


「了解」


 三人は新しいパーティ名を背負って、ダンジョンの入口に向かった。


 ◆


 五十層。夕方。


 最後の客が帰り、食堂の片付けをしている時。ソウマはふと——壁に立てかけてあった羊皮紙を手に取った。


 ヴァレリアの提案書。第四条——独立施設としての認定。


「……考えは、まとまったか?」


 ゲルドが奥の席で足を組んでいた。今日は帰らずに居座っている。


「まとまってきた」


「受けるのか」


「条件付きで、な」


 ソウマは提案書をテーブルに置いた。


「ギルドの支援は受ける。素材供給も運営支援金もありがたい。報告義務も——まあ、月一くらいなら構わない」


「だが?」


「一つだけ、こちらからも条件を出す」


「ほう」


「この食堂は、ダンジョン攻略のための施設じゃない。俺は攻略支援をしたくて料理してるわけじゃない。来た客に美味い飯を食わせたくてやってる。ギルドがそれを理解してくれるなら——受ける」


 ゲルドが笑った。


「料理人だな、お前は」


「それ以外のものになるつもりはない」


「いいだろう。ヴァレリアなら——分かってくれるさ」


 ソウマは窓を見た。五十層には窓がないから、正確には壁の隙間から見える結晶の光を見ていた。


 ここに来て、三ヶ月と少し。追放された日には想像もしなかった場所に、今いる。


 最初の客はミラだった。ゲルドが噂を広め、バルトたちが常連になり、カイルが来て、ヴァレリアが来て、そして——レーナたちが来た。


 食堂は、一人では成り立たない。客がいて、初めて食堂になる。


「明日も営業だ。——ゲルド、泊まっていくなら奥の部屋使え」


「おう。朝飯期待してるぞ」


「はいはい」


 五十層の食堂に、もう一つの日常が始まろうとしていた。

第10話までお読みいただきありがとうございます!


クライマックスの翌日——でも物語は止まりません。

「俺は攻略支援をしたくて料理してるわけじゃない」

ソウマが出した答えが、食堂の次の一歩を決めます。


明日の第11話「条件」——食堂が公認されるために突きつけられるものとは。


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毎日19時ごろ更新予定です。

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