お前の支援はもう要らない
「お前の支援は、もう要らない」
レーナの言葉が、薄暗いギルドの酒場に落ちた。
周囲の冒険者たちが一瞬こちらを見て、すぐに目を逸らす。ああ、またか——そんな空気だった。パーティの解散や追放なんて、この業界では珍しくもない。
「……理由を、聞いてもいいか?」
「理由?」レーナは長い金髪をかき上げ、真っ直ぐ俺を見た。「分かってるだろ、ソウマ。お前の回復は遅い。バフも弱い。正直、二十層以降はお前がいない方が効率がいい」
言葉が刺さる——かと思ったが、不思議と痛みは薄かった。
分かっていたからだ。
俺のユニークスキル『万物調和』は、支援術としては下の下だった。回復量はC級ヒーラーにも劣るし、付与できるバフも微々たるもの。二年間「白銀の槍」で支援術士をやってきたが、俺がパーティに貢献できていたのは——
「それに」レーナが続ける。「来週からA級支援術士のフィオナが加入する。お前の枠は、もうない」
後ろに座っていた仲間たち——前衛のダリオ、弓士のエルザ——が気まずそうに視線を落としている。反対する者は、いなかった。
「そうか」
俺は——ソウマ・ヴェルトは、パーティ章を外してテーブルに置いた。銀色の槍を象ったバッジが、安っぽい音を立てる。
「二年間、ありがとう」
「……それだけか?」
レーナが眉をひそめた。怒鳴るか、泣きつくか——そういう反応を想定していたのだろう。
「それだけだ。お前の判断は正しいよ、レーナ。俺の支援は弱い。それは事実だ」
立ち上がって背を向ける。酒場の喧騒が、やけに遠い。
——悔しくない、と言えば嘘になる。
二年間、毎朝早く起きて仲間の朝食を作った。ダンジョンでは誰よりも先に魔物の動きを読み、回復のタイミングを計った。戦闘後は薬草を煎じ、疲労回復の料理を振る舞った。
でも数字には出ない。ステータス画面に『朝食の質』なんて項目はないし、『料理による士気向上効果』にポイントは付かない。
評価されるのは、回復量と、バフの倍率だけ。
それなら——仕方ない。
ギルドの受付に向かう。冒険者登録の変更手続き。パーティ所属から個人に切り替え。事務的なやり取りで、五分もかからなかった。
「ソウマさん、今後のご予定は?」
受付嬢のアリアが、少し心配そうな顔をしている。Bランクとはいえ、支援術士のソロ活動は珍しい。というか、普通は無理だ。
「ちょっと気になるクエストがあってさ」
俺は掲示板を指さした。端の方に、埃を被って貼られたままの依頼書。
『ダンジョン深層(四十層以深)未踏査エリアの探索 推奨ランク:A以上 報酬:成果に応じ応相談』
「こ、これですか? ソウマさん、四十層以深はA級パーティでも帰還率が——」
「大丈夫。別に魔物と戦いに行くわけじゃない」
アリアが首を傾げる。戦わないなら、何をしに行くのか。
答えは簡単だ。
深層には、まだ誰も見たことのない魔物がいる。誰も調理したことのない素材がある。上層の魔物肉は市場に出回りすぎて、正直もう飽きていた。
——俺は料理がしたいんだ。
戦闘力がないなら、それでいい。回復が弱いなら、それも構わない。でも料理だけは、誰にも負けない自信がある。そしてその素材を、誰も行ったことのない場所で手に入れたい。
ただ、それだけのことだった。
依頼書を受付に持っていく。アリアが不安そうにスタンプを押す。
「お気をつけて……」
「ありがとう。行ってくる」
ギルドを出ると、夕暮れの街が広がっていた。二年間通い慣れた景色。明日からは、この街を離れる。
感傷はない。
——いや、少しだけあった。あいつらに最後の朝食を作ってやれなかったことが、ほんの少しだけ心残りだった。
翌朝。
俺はダンジョンの入口に立っていた。
冒険者たちで賑わう一層から十層のエリアを素通りし、転移門を使って三十層まで飛ぶ。ここから先は徒歩だ。
三十一層。三十五層。四十層——。
階層が深くなるにつれ、空気が変わる。魔力の濃度が、肌にぴりぴりと感じられるほど上がっていく。普通の冒険者なら圧に潰されるレベルだが、支援術士は魔力耐性が高い。この点だけは、支援職の恩恵だった。
四十五層を過ぎたあたりで、足が止まった。
——何だ、この感覚。
体の奥、スキルの核がある場所が、脈打つように熱い。『万物調和』が、ざわざわと騒いでいる。二年間パーティにいた頃には、一度も感じたことのない反応。
まるで——本来の力が、ようやく目を覚まそうとしているような。
五十層の入口が、目の前に現れた。
誰も到達したことのない階層。光すら届かないはずの空間が、青白い結晶の光で満たされている。
美しかった。
そして——その光の中で、見たことのない魔物が、こちらを見ていた。
全身が青い結晶で覆われた巨大な猪。体長三メートルはある。眼は知性を宿し、俺を品定めするように動いている。
戦闘力は、俺にはない。逃げるべきだ。常識的に考えれば。
だが——『万物調和』が、叫んでいた。
逃げるな。触れろ。この魔物の本質に、手を伸ばせ。
俺は右手を前に出した。
スキルが起動する。上層では微かな光しか出なかった『万物調和』が——五十層の濃密な魔力と共鳴し、目も開けられないほどの輝きを放った。
「——は」
思わず笑みが漏れた。
二年間、弱いと言われ続けたスキル。
使えないと切り捨てられた力。
それが今、本当の姿を見せようとしている。
「やっと——会えたな」
五十層の青い光の中で、俺の新しい冒険が始まった。
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