7話:もしかして私は、悪役令嬢がヒロインの物語で断罪される元ヒロインですか!?
5月中旬。物語は想定外の方向へと舵を切った。
今日も今日とて進まないストーリーに頭を悩ませながら生徒会室に向かっていた私は、中庭で一人佇むリリアージュ様を見つけた。いつも隣にいるはずのアレン王子が見当たらない。
声をかけて一緒に生徒会室に行こうと近づくと、彼女の穏やかな鼻歌が聞こえてきた。
「〜♪〜〜♫」
(え……? このメロディって……)
聴き覚えのある旋律に耳を疑う。それは日本で有名な童謡、ちょうど彼女の視線の先にいる「ちょうちょ」を歌ったものだった。
(なんでリリアージュ様が日本の歌を!?)
衝撃のあまり、考えるより先に声が出ていた。
「リリアージュ様! その歌は……!」
「あら? ヴィリアリナさん。ご機嫌よう」
くるりと振り向いた彼女はいつも通り優雅に微笑んだが、今はそれどころではない。
「リリアージュ様。……まさか、あなたも『転生者』なのですか?」
ゲームとは180度違う聖女のような性格。一向に始まらないいじめイベント。彼女もゲームの知識を持つ転生者だというのなら、全ての合点がいく。元悪役に転生して、破滅を回避しつつヒーローと結ばれる――最近流行りの「悪役令嬢モノ」として王道の展開だ。
跳ねる心臓を抑え、答えを待っていると
「……? そうですわよ?」
彼女は当然だと言うように、あっさりと答えた。それどころか。
「ヴィリアリナさんは『転移者』でしょう?」
「えっ!?」
驚いた。私が異世界から来たことまで見抜かれている。
「あら、ご存知なかったの? ごめんなさい、講義でお伝えしていませんでしたわね……」
聞けば、この国の歴史において「聖女」は転生者か転移者しかおらず、この世界の人間として産まれるのが転生、異世界からそのままの姿で召喚されるのが転移と定義されているらしい。
リリアージュ様は「予言の聖女」と呼ばれていた。彼女の手元に突然現れた1冊の『聖書』に未来が記されているのだという。
その聖書には、成長したリリアージュ様と思わしき女性と公爵家の面々、そしてアレン王子が描かれており、読み解くことができれば未来が分かるとされているのだが。
「どんな言語を学んでも、解読には至らなくて……」
リリアージュ様は自分の力不足をしゅんと嘆いた。しかし、私はその『聖書』の特徴を聞いて、嫌な予感が確信に変わっていくのを感じた。
「リリアージュ様。その聖書、もしかして最初の数ページがカラーの口絵で、その後は白黒の挿絵がついていませんか?」
「え、ええ。どうしてそれを……?」
「……私、もしかしたらその聖書、読めるかもしれません」
今週末に解読に伺う約束を取り付け、意気込む私。しかし、その背後でリリアージュ様が「もし彼女が解読できたら、私は本当に要らなくなってしまう」と恐怖に震えていたことには、全く気づいていなかった。
*
(でっか……ドーム球場でも建てられそう……)
週末。案内されたローゼンラーク公爵家の本邸は、一目では見渡せないほど広大だった。
リリアージュ様の両親である公爵夫妻への挨拶を済ませ、通された彼女の私室。
そこで差し出された「聖書」の表紙を見て、私は意識が遠のきそうになった。
『捨てられた幼女は、ニ度目の人生で「完璧」を纏う。〜悪役令嬢に転生しましたが、溺愛ルートに入ったようです〜』
(やっぱりラノベかー! しかもこれ、私がこっちに来る直前に読もうとしてたやつ……!)
表紙には幸せそうに見つめ合うリリアージュ様とアレン王子。
恐る恐るページをめくり、私はそこに綴られたリリアージュが主役の物語を食い入るように読み進めた。そして、最後の一文を読み終えたところで、私は本を閉じた。
「……解読、できたのですか?」
リリアージュ様が、僅かに潤んだ瞳で私を見上げてくる。震える長い睫毛。その可憐な姿は、まさしく物語のヒロインに相応しい。
「一応、……はい」
「…すごい、 内容を教えてはいただけませんか?」
「えっと……」
なんて説明すればいい。たった今読み終えたこの聖書によると――私は、悪役令嬢が主役の世界で、最終的に断罪される運命の「元ヒロイン」らしい。
*
物語のあらすじはこうだ。
現代日本で虐待を受けて亡くなった少女が、悪役令嬢リリアージュに転生。彼女は捨てられたくない一心で血の滲むような努力を重ね、誰からも愛される完璧な聖女となる。
一方、後から現れた転移者の聖女(私)は、ゲームの知識を悪用して私利私欲に走り、魅了魔法で王子を奪おうとする悪女。最後にはリリアージュの真実の愛の前に敗北し、断罪され、魔王化して討伐される。
私に課された罪状は3つ。
一、王族への強制的な魅了。二、リリアージュからのいじめの捏造などの詐称罪。三、王族と高位貴族の暗殺未遂。
これらにより、私は2年生の時に断罪・討伐される運命だ。
(いじめの捏造……危ない、考えかけてた……!)
犯しかけていた罪に冷や汗をかきつつ、リリアージュ様の過去に目を向ける。
5歳でその生涯を終えた、莉愛ちゃん。彼女の努力は、全て「捨てられたくない」という悲鳴のような恐怖からくるものだった。
「……莉愛ちゃん。……頑張ったんだね、1人で」
ポツリとこぼすと、リリアージュ様がハッとして目を見開いた。
「……どうして、その名を……?」
リリアージュ様がこの本を読めなかった理由がわかった。彼女は5歳で亡くなったから、日本語の「漢字」が読めなかったのだ。だから自分の過去も、この物語の結末も知らずに怯えていた。
3年後に復活する魔王は、絶対に倒さなければならない。
けれど、この物語を読んだ今、私は彼女から居場所を奪う気なんて、さらさらなくなっていた。
本の後半、3分の1は白紙だ。私が断罪された後の「本物の魔王戦」について何も書かれていないのが気になるが、まずは私が物語からリタイア(処刑)されるのを防がなければならない。
「リリアージュ様、聞いて。この預言書によれば、3年後に魔王が復活する。私は殿下を奪ったりしないし、あなたの恋を全力で応援する。だから、協力してほしいの!」
「そんな……魔王が復活する……? でも、私は何をすれば……」
「アレン王子を骨抜きにして!!」
「えっ!?」
顔を真っ赤にしたリリアージュ様に、王子のスキルが世界を救うために必要なこと、そしてそのためには王子を籠絡する必要があることを熱弁する。
今後の羅針盤となるはずだったゲーム知識は、一部しか意味を為さない。
さあ、魔王復活による世界の破滅が先か、私の断罪が先か…そんな最悪のチキンレースが、今始まった。
読んでいただきありがとうございます!
次回、2/28 22時更新です




