5話:名乗らぬ人
生徒会に入った翌日から、私の放課後は一変した。
華やかなお茶会に参加し、聖女の先輩であるリリアージュ様から聖属性魔法の指導を受ける日々。驚いたことに、彼女はどこまでも優しかった。私をいじめるどころか、足りない知識を丁寧に補ってくれる。たまに何故か怯えたような表情を見せるのが気になるが、理由は分からなかった。
話しているうちに、攻略対象である公爵家3人の攻略度は15程度まで上がってきた。しかし、肝心のアレン王子の数値は0のまま動かない。
思えば、攻略対象の攻略度を上げるイベントや、魔王討伐に必要なアイテムを入手するためのイベントのいくつかは、悪役令嬢が起因で始まる。最初のイベントは「池に落とされた聖女が、誰の差し伸べた手を選ぶか」というもの。そこでメインルートが決まるはずなのだが……。
(リリアージュ様が誰かをいじめるなんて想像がつかない……)
今の淑女の鏡のような彼女が私を池に突き飛ばす姿なんて、一ミリも想像できなかった。
(イベントが起きなきゃ、ストーリーが進まないじゃない。どうしたもんか……)
ふう、とため息をつきながら今日も生徒会室の扉を開けた、その時だった。
(……誰?)
窓際の本棚の前、透き通るような銀髪を持つ長身の人物が立っていた。
この部屋には王家と公爵家の人間、そして聖女しか入れないはず。髪色はジーク様に似ている。けれど、彼にしては背が高すぎるし、纏っている空気があまりに鋭い。
何より、ジーク様なら15はあるはずの攻略度メーターが、真っさらな「0」を表示していた。
「……こんにちは?」
恐る恐る声をかけると、その人物がゆっくりと振り返った。
(――うわっ! イケメン……!)
振り向いた顔は、確かにジーク様に似ていた。だが、目の奥にある光が違う。ジーク様より冷酷なその瞳は、彫刻のように整った顔立ちから、人間味を削ぎ落としていた。
「あの……お名前を伺っても?」
ジーク様の兄弟だろうか。そう問いかけると、彼は無機質な声で短く答えた。
「……シルベールだ」
やはりシルベール公爵家の人らしい。けれど名前が知りたいのだ。私はもう一度食い下がった。
「失礼ですが、お名前は……?」
「……シルベールだ」
1度目と全く同じトーン。名前を教えるつもりはない、という拒絶だろうか。
「では……シルベール様とお呼びしても?」
「ああ」
短く肯定し、彼はまた本に目を戻した。
(攻略対象……なのかな? でも、ゲームにこんなキャラいたっけ?)
彼のメーターは、私に対してもリリアージュ様に対しても0だった。誰にも心を開いていないような、鉄壁の拒絶。気になってステータスを覗こうとしたが、真っ白で何も表示されない。
(レベル差が10以上あるとステータスは見えない。ということは、少なくともレベル60以上!?)
こんな規格外の強者がゲームでは魔王討伐のメンバーにいなかったことに混乱していると、背後の扉が開いた。
「お! ジークとアリナちゃん、早いね!」
入ってきたライオス様が、親しげに彼の肩を叩く。
(え? ジーク……?)
驚く私を余所に、その後集まったメンバーは全員、彼を「ジーク」として扱い、何事もなかったかのように放課後を過ごした。
背の高さも、声の響きも、放つ魔力も、昨日までのジーク様とは明らかに違うのに。
翌日、生徒会へ行くと、そこにはいつもの「ステータスが見える、攻略度15のジーク様」がいた。
(昨日の人は、一体誰だったんだろう……)
皆が気づいていて「ジーク」として扱っているのか、それとも本当に気づいていないのか。
なんだか聞いてはいけない、触れてはいけないような気がして、私は結局、誰にもそのことを聞き出せなかった。
読んでいただきありがとうございます!
次回、2/24 22時更新予定です!




