3話:攻略開始!
その機会は、思ったより早くやってきた。
週末、私とカレンは学園生活に必要なものの買い物と、話題のケーキを食べるために街へ出ていた。
「次はあのカフェに行こう!」
カレンと笑い合いながら歩いていると、路地裏から黒いフードを深く被った男が声をかけてきた。
「お嬢さん方、目の色を変えられる薬……興味ないかね?」
見るからに怪しい。私は「結構です」と断り立ち去ろうとしたが、カレンがその言葉に足を止めてしまった。
「目の色を……?」
そういえば、この世界の貴族社会では瞳の美しさが美醜の基準の一つだった。貴族の女性には、抗いがたい誘惑なのだろうか。
「カレン、どうせ嘘だよ、行くよ!」
腕を引くが、彼女は何かに取り憑かれたようにフラフラと男へ近づいていく。
「カレン……? カレンってば!」
異変を感じて肩を掴もうとした瞬間、男が懐から小瓶を取り出し、中身を私たちに投げつけた。
「うわっ!?」
飛来した黒い物体を、私は反射的に手で払う。だが、弾かれたそれはカレンの肌に触れ――そのまま、吸い込まれるように消えた。
刹那、高レベルの魔物と対峙した時のような、強烈な悪寒が走る。
(なに、この禍々しい気配は……!?)
カレンの若草色の髪が、毛先からじわじわと不吉な黒に染まっていく。指先からは鋭い爪が伸び、彼女の愛らしい顔が苦痛に歪んだ。
「ア、アリナちゃ……。逃げて…!呪い……だ……」
絶望に染まった瞳。呪い――それは瘴気に当てられるか、悪意ある術者によってもたらされる災厄だ。解けるのは、聖女が持つ聖属性の魔法だけ。
唐突に現れた呪いの気配に周囲の人たちもパニックになっている。
(やってみるしかない……!)
混乱する頭に、なぜか解呪の魔法が鮮明に浮かび上がる。私はどんどん黒く変貌していく彼女の体に触れ、祈るように叫んだ。
「戻って……!」
私の手から溢れ出した純白の光が、カレンの体内にある黒い魔力を包み込む。禍々しい塊は聖なる光に浄化され、一瞬で霧散していった。
「あれ……私、生きてる?」
元の若草色の髪に戻ったカレンが、呆然と自分を見つめる。
「もしかして……アリナちゃんが解いてくれたの?」
「そ、そう……みたい」
途端に破顔したカレンが、泣きながら私に抱きついてきた。周囲では「今の光はなんだ?」「彼女が呪いを?」と、どよめきが広がっている。
駆けつけた警備隊に保護され、呪いの完全な消失と私の聖属性が確認されたあと。私たちはようやく寮に戻ることができた。
「アリナちゃん、大変! 目が、目が変わってるわ!」
「え?」
カレンに指摘され、慌てて鏡を覗き込む。
そこには、はちみつを溶かしたような黄金色に輝く瞳が写っていた。
*
翌日。生徒会室に呼び出された私は、ついに攻略対象達と対峙することになった。
「アレン・ランカスターだ。よろしく頼む」
最も攻略優先度の高い第二王子が、眩い微笑みを向ける。
「初めまして。ジーク・シルベールだ」
武門の天才、シルベール家の彼は青みがかかった銀髪に鋭い青眼を持つ。
「俺はライオス・アンターナル。可愛い子が増えて嬉しいよ」
赤髪にピアスの遊び人風な彼も公爵家の御曹司。
「ハルト・サマルーブだよ! よろしくね!」
大きめの制服に萌え袖。童顔で可愛らしい彼もまた、公爵家の息子だ。
そして――。
「リリアージュ・ローゼンタールです。よろしくお願いしますわ」
緩くウェーブのかかった金髪に、翡翠色の瞳。小柄な美少女が、完璧な所作で挨拶をした。
リリアージュ。第二王子の婚約者にして、聖女をいじめ倒す悪役令嬢。
けれど、目の前の彼女はゲームの記憶と決定的に違っていた。トレードマークの攻撃的なツインテールは下ろされ、濃かったはずの化粧も薄く、上品に整えられている。何より、いじめなんてしそうにない、清廉で儚げなお手本のような令嬢に見える。
「リリア? 顔色が悪い。最近、無理をしすぎたんじゃないか?」
アレン王子が、心底心配そうに彼女を気遣う。三人の公爵令息たちも、心配そうに彼女を見守っている。
(……ちょっと待って。何これ?)
私には、全員の頭上にメモリがついたハートが見えていた。
驚いたことに、そこには「私の攻略度」と「リリアージュの攻略度」が並んで表示されている。
私の攻略度は全員5以下なのに対し、リリアージュへの数値は全員40を超えていた。アレン王子に至っては、すでに60に達している。
(開幕早々、詰んでない……!?)
やっと始まったストーリー。しかし、想定外の超強力なライバルの出現により私の心の中には暗雲が立ち込め始めていた。
*
(なんで……転移だったなんて……)
リリアージュは、襲いかかる恐怖を必死に抑えていた。
2年前、隠蔽の魔法をかけたはずの彼女の魔力は、その強力さを主張して燦々と輝いている。
自分よりも圧倒的な聖属性の輝き。そして美しい黄金の瞳を持つ彼女。
(お願い……奪わないで……)
血の滲むような思いで築いてきた「聖女」としての立ち位置。そして、優しいアレン様。
すべてが、あの黄金の瞳に吸い込まれ、指の間からこぼれ落ちていく。その恐怖に、彼女はただ震えていた。
ヴィリアリナのイメージは、遠坂あさぎさんの「春の教室」です。




