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氷の荒行

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、塩トマトを食べたことがあるだろうか?


 ――塩みたいに、激烈しょっぱいトマトなのか?


 ははは、違う違う。むしろ逆に、激烈甘いトマトなんだよ。

 塩の要素は、トマトを育てる土壌のほうに由来する。塩をたっぷり含んだ土で育てるわけだが、塩害という言葉があるように、そのような土は野菜の多くにとって生育に適したものではない。

 トマトもその例外でなく、でかでかとした体を持つことは困難になる。しかし、浸透圧の関係で水分を十分に確保できなくなったトマトには、代わりにうまみが凝縮されるんだ。

 結果として、塩の言葉とは真逆の甘みを帯びた姿に変貌する。ものによっては、スイカやバナナといったデザートとして扱われる作物に匹敵する糖度を得ることも可能なのだとか。

 厳しい状況に身を置く荒行の末、尋常ならざる力を身に着ける。

 ややもすれば冷たい笑いを浴びせられそうな姿勢だが、作物がこうして証を見せている以上、でたらめ精神論とも断じがたい。

規格外の力は、規格外の場より生まれ出ずる。必ず、という保証はないがね。

僕の地元にも塩トマトとは違うが、厳しい環境におくことによる鍛錬のごとき風習があってね。ちょっと詳しくリサーチしてきたんだけど、聞いてみない?


俗に、氷の荒行と呼ばれるその鍛錬は、指定されたとある洞窟の氷を用いて行われる。

話によると、大昔から氷室として使われていたところらしいのだけど、冷蔵庫が広まりだすのに合わせて出番が減っていったそうなんだ。

しかし、純粋な冷却用の氷を作ることはなくなっても、商売用の氷需要が消滅したわけじゃない。特にかき氷に関しては、うちの氷は知る人ぞ知るうまみを持っている。

そいつをもたせるために、氷たちに課す荒行が伝わっているわけだ。


かの元氷室の奥深くは、年中氷が張るほどの寒さが、今なお保たれている。そこに張った氷たちを都合のよいサイズに割って運び出すのだが、そのままお店の冷凍庫へぶっこんだところで、他と五十歩百歩な性能でしかない。

なので、荒行を課す。

氷室の近くには、これまた古い工場の跡地が残されていた。昔は鍛冶場、近代は鉄鋼、それもハイテク産業へ移行するにあたって、適した環境でなくなったとみなされたか、本格的な稼働はされていない。

ただそこに残されている、暖炉に関しては氷の荒行に使われ続けているんだ。


 ここまでの話で、おおよそ想像がついただろう。氷の荒行とは、氷室奥の氷たちをその元工場の暖炉の火にあてがって鍛えることだ。

 もちろん、生半可な氷であったならたちまちその固体の姿を保てずに溶け、乾いて空気に混じっていくだろう。そうならずに、元の氷であり続けたものたちは極上のかき氷の元となるのさ。

 しかし、条件はまだある。かの暖炉の火へくべる薪や炭は、この氷室と工場跡の近辺からとれる木によるものでなくてはいけない。

 よそから持ってきたものは暖炉に容赦のなさを与える。かけらばかりの慈しみさえ失わせ、氷をことごとく溶かしきるだけの猛炎になりはてさせる。

 氷、暖炉、そしてここの木の三位一体があってこそ、氷の荒行は成り立つと教わったんだよね。


 が、荒行は荒行。

 ついていけないものは、容赦なく振り落とすよりない。

 行は二段構えになっており、まず三日三晩、暖炉から一定距離を離した鉄板の上へ、それぞれの氷の破片を置き熱気に当て続ける。炉の熱の調整もまた伝統の知識を持った専門の人が行う。

 その間に溶けきってしまったものはもちろん、形をとどめたものであっても、一定のラインを割ってしまったものは不合格となり候補から外される。

 次に、ラインをクリアしたものたちは、「キリ」で穴をあけられて中身を見られるんだ。あの工作でも使う道具のひとつのね。

 先端の金具部分が10センチ以上ある、やや大ぶりのもの。それで身体をえぐられていき、完全に穴が開いてから一時間を待つんだ。

 その時間が経過しても、穴がそのままであったり、ふさがってもそれが単なる水の範疇を出ないものであったなら、やはり不合格とみなされる。

 真の合格は、穴をあけてからほどなく、その穴が蜜でいっぱいに満たされるものとなり、さらには周囲の氷の冷たさにおされるように、たちどころに固まって自ら栓をする。これをなすことができて、はじめて合格に至るんだ。


 こうしてふるまわれるかき氷は、シロップなしでも非常に甘い。

 人によって感じる甘さは差があり、リンゴといったり、練乳といったり、メープルシロップといったりする。だが、甘みを苦手とする人であっても、このかき氷を嫌いという人はめったに現れない。

 おそらくは、その人の舌が、あるいは脳が是とする甘みへ自らを変えているのではないか、という説もあるくらいだ。体の電気信号へ働きかけるタイプだとしたら、感覚をごまかされるのも、さもありなんといったところだ。


 ――ん? そのかき氷を食べてみたいって?


 ああ、できれば世に大々的に売り出したいところだけどね。

 けれど残念ながら、近年になって氷室奥からとれる氷の量が少なくなった上に、工場跡もまわりも開発が進んだ関係で木は激減。工場跡自体も維持され続けるか怪しいところだ。

 荒行ができる環境は、もうほどなくなくなるとみられている。氷ももう地元でしか使われないだろう。けれども環境が変わるってことは、また別の荒行が生まれる可能性も含んでいるわけだ。

 将来には、まだ誰も信じないような荒行なり環境なりではぐくまれるものが出てくると、僕は考えているんだ。

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