グリやんの一日
集団ストーカー百二十七日目、今日はグリニフェス卿の一日の生活にフォーカスする。
午前5時43分、グリニフェス卿は背中にピリッとした違和感を感じて起床する。本来は6時30分に起きるはずであったため、就寝時間は不足している。違和感による起床と同時に右隣の部屋から笑い声が聞こえる。グリニフェス卿は苛立ちながら右隣の部屋を透視魔法で透視する。下級魔物が二体いる。起床時の違和感を起こした魔法の証拠を探すが見当たらない。諦めて透視魔法をやめる。起床してからのこのやりとりを、テクノロジー犯罪が開始された八十七日目から四十日間ずっと繰り返している。
ピリッとした違和感が魔法によって発生した電磁波によるものであることはグリニフェス卿も理解している。これを防ぐためには、防御魔法で体全体を覆ってしまえばよい。しかし、就寝中は意識を失ってしまうため、防御魔法が解除されてしまう。そのため、電磁波によって起床するという最悪の目覚めを毎日繰り返している。起きている間は防御魔法が使えるため、グリニフェス卿は起床すると自身に防御魔法を施す。防御魔法の青い透明な球状の膜がグリニフェス卿を覆う。これで安心して一日を過ごすことができる。
午前7時20分、グリニフェス卿は魔宮に出勤するために集合型住宅を出る。もちろん、住宅の前にはアンカリング用の馬車が停まっており、グリニフェス卿はその馬車の識別番号をメモする。日課である。近所に住んでいる魔物のうち、その行動に気が付いている者はその様子を笑いながら見ている。
午前7時50分、グリニフェス卿は魔宮前の広場に到着する。広場にはたくさんの魔物がいるが、防御魔法を使用しているのはグリニフェス卿ただ一人である。そのため、広い魔宮前の広場であっても、防御魔法の青い円から簡単にグリニフェス卿を見つけることができた。防御魔法で体を覆うということは、体全体をアルミホイルで覆っている様なものである。普通の魔物からすれば異常な行動と判断されても何ら不思議ではない。
午前8時00分、グリニフェス卿が魔宮に到着する。魔宮に到着すると、七賢将の円形のテーブルの三時の方角の席に座った。まだ他の七賢将は誰も到着していない。今日は毎週行われる七賢将の定例会議の日であり、今回の議題の提案はグリニフェス卿の担当であった。グリニフェス卿は今回の議題の資料を整理している。今回の議題には自信があった。
グリニフェス卿は百二十七日集団ストーカーを受けてきたのだが、ただ受けてきただけではなく、発見もあった。それは、透視魔法を使用すると、確実にニューマン将軍の部下が通りかかるという現象である。これはかなり高い確率で発生しており、偶然として処理するにはあまりにも不自然すぎる。そして、これは自分の右隣の部屋の笑い声がトリガーになっていると推察される。すると、ニューマン将軍の部下と右隣の部屋の下級魔物が共犯であるということになる。毎回通りかかるニューマン将軍の部下は別人であることから、ニューマン将軍の部下個人が共犯というより、ニューマン将軍の部隊全体が共犯であると考えるのが妥当であるだろう。つまり、自分が受けている監視やいやがらせは、ニューマン将軍による指示であると考えられる。ニューマン将軍は出世欲の強い魔物だ。そんなことをする理由はただ一つである。”私”を異常者に仕立て上げ、七賢将の座を奪うことが目的に決まっている。
証拠は揃っている。右隣の部屋の下級魔物の所属を確認すればニューマン将軍との関係が判明するはずだ。そして、今までメモした馬車の識別番号も照会すれば、ニューマン将軍の所属の馬車であることが判明するだろう。そうなれば、疑惑は確実なものとなる。ただ、問題なのは所属の確認には公権力が必要なことだ。だから、今回この議題を挙げることで、公権力に正式に調査してもらい、ニューマン将軍の野望を打ち砕くともりだ。
午後1時00分、魔王と七賢将全員が着席し、毎週の定例会議が始まった。
「今週の議題は何だ?」
と魔王が聞く。
「魔王様、今週議題にしたいのは魔王軍内部に根を張っている”陰謀”についてです。」
グリニフェス卿が答えた。
「“陰謀”?」
魔王が聞き返す。
「はい。現在、私は何者かによる監視と攻撃を受けています。おそらく、私を七賢将から引きずり降ろそうとする魔王軍内部の犯行と思われます。しかし、犯人の目星はおおよそ付いています。
ニューマン将軍です。
お願いです。私の部屋の右隣に居住している魔物の所属を魔王様の権力で調査してください。私が今までに記録した馬車の識別番号も証拠になるはずです。こちらの識別番号の調査もお願いします。」
グリニフェス卿が哀願する。
数秒沈黙が流れた後、魔王が口を開いた。
「グリニフェス卿、いつから監視されていると感じるようになったんだ?」
「およそ百十日前になります。」
それを聞き、魔王は数秒考えるそぶりをした後答えた。
「グリニフェス卿、どうやらお前は疲れているようだ。私の精神サポートチームにカウンセリングを受けてくれ。」
「いえ、私の精神は正常で----------」
「ギャハハハハハハハハハ」
王宮で笑い声がこだました。
魔宮でのグリニフェス卿の会議の様子は、水晶玉を通して王宮に中継されていた。
「普通だったらそう思われるわい」
笑いながら国王陛下がそうツッコんだ。
実は、グリニフェス卿が監視されている様子は常に王宮で中継されており、王都に住む人間の娯楽となっていた。中継を見ている人間から、グリニフェス卿は
”グリやん”
という愛称で呼ばれていた。
「グリやんは今日も絶好調だな!」
アレフが中継を見ながら話しかける。
「グリやん、言ってることは正しいのに、相手にされなくて可哀そう(笑)」
クルトが同情している。
「そういえば、フレイヤがいないな。」
グラントが尋ねた。
フレイヤは少し前に中継している部屋から出ていた。彼女は敵ではあるが、魔法使いとして、高度な魔法を何個も発明していたグリニフェス卿を内心尊敬していた。だから、今の目も当てられないグリニフェス卿の状態を、これ以上見ていられなくなったのだ。
「まぁ、そのうち戻ってくるでしょう。」
私が答えた。
「私の精神は正常なのです!異常なのはニューマン将軍とその手下たちです!」
「もしこのまま奴らを野放しにしていたら、魔王軍が崩壊してしまいます!」
グリニフェス卿が声を張り上げた。
「もし、精神が正常ならば、なぜ今防御魔法を展開しているのですか?」
同じ七賢将の 戦略家 ルクセンティ が尋ねた。
「それは、ニューマン将軍の手下が、私に対して常にどこからか電磁波魔法をかけてくるからだ。」
グリニフェス卿が答えた。
「電磁波魔法を受けるとどうなるのですか?」
ルクセンティが続けて質問する。
「電磁波魔法を受けると、皮膚がピリッとする感覚が発生する。」
「それだけですか?」
「そうだ。」
数秒の沈黙が流れる。
「そんなものに怯えている奴が七賢将をやっているなんてお笑いね。」
七賢将 堕天使 キャサリンが言った。
「ニューマン将軍はここ1年で13人の勇者を討伐したらしいわよ。」
「あんたはここ最近何を成し遂げたの? 新しい魔法の発明もないじゃない。」
「あんたは成果を上げてるニューマン将軍が、自分の七賢将の席に取って代わられるのを恐れているだけじゃないかしら」
キャサリンが捲し立てる。
「キャサリン、そこまでにしておきましょう。」
七賢将 友愛者 アミシティアが制止する。
「ニューマン将軍は私の部下なので事情を聞いてみます。」
「ただ、どうしてニューマン将軍がその犯人だと思われたのですか?」
アミティシアが質問をした。
「それは、、、、」
グリニフェス卿は答えを言い淀んだ。
ニューマン将軍を疑うのは、自分が透視魔法を使ったときに、その部下を確実に視認する規則性からだ。しかし、それを指摘すれば自分が透視魔法を使用していることを公開することになる。以前にも述べたが、透視魔法はプライバシーの観点から使用が禁止されている。よって、これを理由として発言することはできない。しかし、相手はニューマン将軍を疑っている理由を求めている。さっきの理由以外に、客観的にニューマン将軍を疑っていることを裏付ける証拠は自分にはない。残る証拠は自分の記録した馬車の識別番号だけだ。
「とにかく、この識別番号を調べてもらったら、ニューマン将軍が犯人だとわかるはずだ。」
グリニフェス卿が答える。
「いや、識別番号を調べる前に、なぜニューマン将軍を疑っているのですか?」
アミティシアが追及する。
「それは、私を監視していると思われる馬車にニューマン将軍の部下が乗っていたからだ。」
グリニフェス卿が苦し紛れに答える。これは話の流れから自然についてしまった嘘であり、本当はアンカリングされている馬車でニューマン将軍の部下を見たことはない。
「魔都にはニューマン将軍の部下はたくさんいます。馬車で見かけても不自然ではないと思います。」
アミティシアが答える。
「絶対にニューマン将軍だ! なんでそれが分からないんだ! このままでは魔王軍は終わりだ! 私はもう知らん!」
グリニフェス卿がそう怒鳴ると、そのまま退席してしまった。
退席後、沈黙のまま数分が経過した。
「馬車の識別番号をひたすらメモしてるっていう噂、本当だったんだ(笑)」
キャサリンが呟いた。
「どうやらグリニフェス卿は大分精神的に参っているようだ。」
「しかし、提案に応じてあげるのが筋だろう。グリニフェス卿の右隣に居住している魔物の所属と渡された識別番号の馬車の所属を調査せよ。」
魔王が部下の調査官に命令した。
「しかし、魔王様、さきほどの発言より、調査をしたのですが、」
部下の調査官が進言する。
「どうした?」
魔王が聞く。
「それが、、、、調査の結果、、グリニフェス卿の右隣の部屋は空家になります。」
「パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ」
王宮は拍手で包まれていた。
「いや~本当に素晴らしかった!」
王都の表通りのパン屋のクラウドが感動している。
「グリやんも大したことなかったな。」
鍛冶屋のクレイマーが同調する。
集団ストーカー対象の失敗を喜び分かち合う、これが集団ストーカーの醍醐味である。今、王宮は大きな創値学会平和会館と化している。
王宮内を俯瞰してみると、中の人々の様々な反応が見られて面白い。
戦士たちはグリやんが発言するたびに、それを復唱して面白がっている。
魔法使いの中には、水晶玉の中継でグリやんが出る度にグリやんの顔にラクガキの魔法をかけて遊んでいる者もいる。
神官たちはそういった行為は行わないが、グリやんが失敗したり、精神的ダメージを負ったときに、一斉に拍手を送っている。
特に、リリー、、とかいう名前の十数歳のシスターの拍手は洗練されている。熟年の女子部の会員を彷彿とさせた。
「グリやんもこれでそろそろ終わりか?」
アレフが自分に尋ねた。
「そろそろ仕上げに入りますよ。」
私は答える。
午後2時23分、グリやんは魔宮の広場のベンチに座っている。勢いで会議を飛び出して来たが、他に行く当てがない。グリやんはただ無気力に時間が過ぎるのを待っている。すると、魔宮広場にいる魔物の会話が聞こえてきた。
「~~はい、万事順調に進んでいます~~」
「~~今が絶好調ですよ!~~」
「~~これ、完全に終わってますよ~~」
これらは、グリやんと全く関係のない魔物の他愛のない会話であった。
しかし、度重なるアンカリングやほのめかしによって”教育”された今のグリやんにはこのように聞こえる。
「~~はい、(グリニフェス卿への監視・いやがらせの作戦は)万事順調に進んでいます~~」
「~~(グリニフェス卿のいやがらせへの反応は)今が絶好調ですよ!~~」
「~~これ、(グリニフェス卿の立場は)完全に終わってますよ~~」
もはや、グリやんには普通の魔物の会話も”ほのめかし”と認識して、精神的ダメージを受けるようになってしまったのだ。
午後5時43分、グリやんが魔宮の広場から自宅へ帰宅した。
帰宅途中、グリやんは下級魔物2体にすれ違い様に咳払いをされるアンカリングを受けた。グリやんは舌打ちをして応戦したが、それがかえって相手を喜ばせ、大笑いされることで、多大な精神的ダメージを負うことになった。
しかし、この2体の下級魔物はニューマン将軍配下の集団ストーカー実行部隊ではない。グリやんがすれ違い様に咳払いをすると、面白い反応が返ってくるという噂が既に広がっており、その噂を実行した無関係の魔物が彼らなのである。そして、噂通りの反応が返ってきたため、大笑いをした。この噂はさらに広がっていくだろう。もはや、グリやんに対して集団ストーカー実行部隊が直々にアンカリングをする必要はもう無い。
午後6時26分、グリやんが目を血走らせながら魔法の研究をしている。
新しい魔法を生みだそうとしているのだ。
そして、それは凄まじい威力の爆発魔法である。
しかし、その魔法は勇者たちや王国軍に対して向けられたものではない。
自分を嘲笑し、精神的に追い詰めた魔王軍の魔物たちに対して向けられたものであった。
かつて、グリニフェス卿は高度に洗練された魔法をいくつも発明し、魔王軍の活躍に貢献した。さらに、その魔法を誰にでも使えるように方法を公開するという、公共の利益を優先した思考を持っており、それに魔王は感心し、七賢将の座を与えた。
もはや、今のグリやんにかつてのグリニフェス卿の面影は残っていない。




