ターゲット変更
「諸君、君たちは勇者の中でも選ばれた存在だ。
たしかに、転生時に授かった能力は、他の勇者に及ばないものであるかもしれない。
しかし、単純な力だけが強さではない。
王国は君たちのような、”本当の頭の良さ”を持った勇者たちに活躍してもらう、新しい作戦を発令した。
君たちには、王国軍情報部が掴んでいる魔王軍前線の”弱点”を攻めてもらう。
転生者としての知識を総動員して、状況を打開してほしい。
君たちに幸運があることを願っている。」
王国軍の役人がこの文章を読み上げると、勇者10人を乗せた1台の馬車が王都から前線のマルタ地方へと走っていった。
マルタ地方、そこはニューマン将軍が戦闘を管轄する地域であった。勇者たちが送られるのは魔王軍前線の弱点ではなく、あらかじめニューマン将軍より指定されている、入念に偽装された、魔王軍の精鋭たちが潜む危険地帯である。
多分、あの馬車の勇者たちは誰一人として生きて帰ることはないだろう。せめて、ニューマン将軍の精鋭の部下が人道的で、苦しませずに殺めてくれることを願うのみである。
そんな思いを馳せながら馬車を見送っていると、アレフが声をかけてきた。
「とうとう陰湿野郎から人殺しにレベルアップしたな。」
スライムに襲われたところをアレフ一行に助けてもらってから約2年が経過したが、その間にアレフ一行とはだいぶ仲良くなった。
「大勢の人々を救うための最小限の犠牲ですよ。」
と私が言い返すと
「もし、お前が集団ストーカー作戦を思いつかなかったら、あの馬車に真っ先に乗せられてたのはお前だったろうに。
まぁ、スライムにやられる位だからニューマン将軍の兵士の手柄にすらならないかもな。」
と返された。そんな言い合いをしていると、グラントが止めに入った。
「その辺にしてやれ、アレフ。あんまりしつこくすると”集団ストーカー”されるぞ。」
「だが、ルーク、お前はもっと強くなるべきだ。ちょっとでいいから、俺と一緒に ”筋トレ” しないか?」
グラント、王国軍勇者憲兵隊アレフ班の戦士で30歳ほどの屈強な男だ。魔物を虐殺することを ”筋トレ” と呼んでいる異常者であり、週に4回以上 ”筋トレ” をしないと発狂し、制御不能になるため、アレフ一行は王都にいながら、毎週4回 “筋トレ” の手伝いをしている。
「いや、自分には力は必要ないので大丈夫です。」
と私はグラントの誘いをやんわり断った。ここ2年は”集団ストーカー作戦”をいかに成功させるかについての考察しかしておらず、剣を全く握っていなかった。そのため、修道院で教わった剣術もほとんど忘れてしまった。しかし、そんなものはあってもなくても同じようなものだ。
「そうです。ルークさんに力は必要ない。ルークさんに必要なのは、集団ストーカー作戦を実行するための陰湿さやいやらしさだけなのです。」
私を庇うように皮肉を言ったのは、同じアレフ班のクルトだ。
クルトは20歳くらいの神官の青年であり、イケメンであることが何よりの特徴だろう。そして、こいつは神に仕える身でありながら、普通に女と寝る。呼吸をするように寝る。しかし、こいつの唱える回復魔法や神の加護は一級品であるため、他の神官たちから普通に嫌われている。もちろん私も嫌いだ。
このように、王国軍憲兵勇者隊隊長のアレフ班は、よく漫画で出てくるような、それぞれの技能は一級品であるが、変わり者の集まりという典型であろう。強いて挙げるなら、魔法使いのフレイヤは接していくうちに、常識人よりの人間であることが分かったが、常識人よりの人間であるため、仕事以外で他3人とやや距離を取っていることも分かった。そして、私も4人目の異常者としてカウントされており、距離を取られつつある。
王都から出発する勇者たちを見送ってから2週間後、王都に馬車が一台やってきた。
王国軍情報部隊の馬車である。
王国軍からニューマン将軍への勇者の納品が完了したとき、その見返りとして、魔王軍の内部情報を提供する取り決めとなっていた。ニューマン将軍は討伐した勇者に対する犠牲者より、今回の勇者の脅威度を判定し、王国軍が信頼に足ると判断したため、情報を提供したと見て取れる。
王国軍情報部隊の馬車には、昔のびっくりドンキーのメニュー表程の大きさの分厚い本が5冊。広辞苑クラスの本が30冊。あと魔導書の類が15冊積まれていた。情報量としては一見あまり大した情報とは思えなかったが、調べるうちにその心配はなくなった。
圧倒的に情報の”質”が良い。
それぞれの本に記述されている魔王軍の組織構造・体制・法統治構造・その他の情報については、体系的に分かりやすくまとめられており、さらに今回の作戦で重要になりそうな要素については、ニューマン将軍によって印がつけられ強調されていた。
そして、これらの資料は、ここ数十年王国軍が独自に魔王軍を調査して得られた情報と照らし合わせても、矛盾が発生しておらず、信頼に足る情報であることが確認された。
これほどの重要情報が王国にもたらされたのは史上初といっても過言ではない。
得られた情報を精査していくうちに、ニューマン将軍の発言のように、魔王へ直接集団ストーカーを行うことが困難であることが判明してきた。魔王は直々の幹部である七賢将と毎週数時間の会議を設けている。そして、七賢将それぞれ一人と毎月夕食会を開いており、個人的なつながりも強かった。また、精神面で不調が無いか診断する専属のサポートチームも存在していた。これらが、集団ストーカーを行う上で大きな障害となることは確実であった。
一方で、七賢将に集団ストーカーを行うことは、魔王に対して行うよりも簡単であるように思えた。七賢将には専用のメンタルサポートチームはおらず、魔王とのつながりはあっても、それ以外とのつながりはまちまちであった。
七賢将の資料を眺めていると、ニューマン将軍により、一人の名前だけ強く強調されていることに気がついた。
魔導求道者 グリニフェス卿
名前の下には以下のようなメモが記されていた。
「もし、最初に”集団ストーカー作戦”を行うのであれば、この男をターゲットにするのが最も成功の可能性が高くなるだろう。」
魔導求道者 グリニフェス卿、魔王軍七賢将の一人であり、魔王軍の魔法研究の第一人者。彼の生み出す魔法は斬新でありながら実用的であり、それを魔王軍全土へ普及させることによって、多くの勇者を葬り、王国軍を苦しめた。魔術を生み出すことが彼の生きがいであり、名声については特に欲していない。そのため、発明した魔術は独占せず、魔王軍全員に公開している。その姿勢が魔王より評価され、現在七賢将の座に着いている。天才的な頭脳ゆえか友人は少なく、内向的であり、自室で魔導の研究をすることを趣味としている。
理想的である。まさに、集団ストーカーのターゲットの教科書と言える人物が七賢将に存在していた。感動した。
さらに、ニューマン将軍は魔導求道者 グリニフェス卿の住所・住居の間取り図・住居の設計図・生活スケジュールを既に調べ上げており、その詳細な資料が製本されていた。
資料によると、魔導求道者 グリニフェス卿は集合型住宅に住んでいるらしい。これもまた、集団ストーカーに適していた。
そのほかに、集団ストーカーに活用できそうな魔法の魔導書が十数冊添えられていた。
最後にメモとして、
「疑問点、情報の不足があったら連絡を求む。 ニューマン」
と記されていた。
全てがニューマン将軍の思惑通りなのが癪ではあるが、我々は魔王をターゲットとして集団ストーカーを行う作戦をいったん中止した。
そして、次なるターゲットに選んだのは
七賢将 魔導求道者 グリニフェス卿
である。