ニューマン将軍との面会
国王が集団ストーカー作戦を許可してから、事は順調に進んでいる。
国王軍は魔王軍との戦争を継続しつつ、その一方で集団ストーカー作戦の準備を進めている。魔王軍側の協力者の確保である。
王国軍情報部隊は、前線で戦う魔王軍の兵士に対して、認識外から追跡魔法を実行、対象の住居・家族を特定し脅迫を行うことによって、魔王軍の協力者を増加させた。
しかし、それでも1年で200人程度のペースであり、目標としている500人には2.5年かかってしまう。それだけでなく、ただ500人集めればよいというわけでもない。たしかに、協力者を増やすこと自体は良いことであるが、魔王を集団ストーカーするためには、
「魔王が居住している地区に500人の協力者を用意する」
必要がある。現在、王国軍が協力者としている魔王軍の兵士のほとんどは前線周辺の農村出身であり、魔王がいるとされる魔都出身者は一人もいなかった。
そのため、現在の作戦が効果的であるのか疑問を持ち始めたとき、思わぬ知らせを受けた。
魔王軍の将軍が王国軍に対して面会を申し入れたのである。
私はその面会の責任者として前線近くの砦に送られた。
砦の前には王国軍の兵隊と魔王軍の兵隊が整列している異様な光景が広がっていた。
とりわけ目を引いたのは魔王軍の兵隊だ。全員甲冑を纏ったリザードマンで構成される部隊であり、4列に美しく整列している。それだけで、統率の取れている部隊であることが誰にでも分かった。
砦の取調室に入ると予想通り、リザードマンの将軍が部下2名を連れて座っていた。私が部屋に入るとリザードマンの将軍が口を開いた。
「君が今回の件の担当者か?」
そうだ。と私が答えると、
「私は魔王軍将軍のニューマンだ。よろしく。」
と握手を求められた。私が躊躇していると、
「今は戦争中だったな。仕方ない。」
と言い、将軍は手を引っ込めた。その後、仕切り直してこう尋ねた。
「今回王国軍に面会を頼んだのは、ある情報を耳にしたからだ。」
「最近、王国軍は我が軍の兵士を脅迫して協力者にしているそうじゃないか。その真意が知りたい。」
「それを知ってどうするつもりですか?」
私は尋ね、周囲を見渡した。取調室には王国軍兵士3人と魔王軍のニューマン将軍とその部下2名だけがいる。王国軍が一般的な兵士を取調室に残しているのに対して、魔王軍は数は少ないが2名の部下は精鋭であることが見て取れる。相手の方が一枚上手だ。暗殺を試みても返り討ちにされるのが関の山だろう。
その様子を読み取ったニューマン将軍が笑いながら答えた。
「もし、魔王様に伝えるためなら、もうとっくに伝えている。今回は交渉のために着たのだ。」
「王国軍は新しい作戦のために協力者を求めているのだろう。その作戦が我々の部隊にとって有益ならば、我々も協力者になろうと申し出ているのだ。」
想像を遙かに超える好条件に私の頭は混乱していた。これも何かの罠なのではないか。しかし、仮にそうだとしても今の状況を打開できる他の手段はない。結局、私はグライス将軍に事実を伝えることにした。
私はニューマン将軍に、王国軍は魔王に対して集団ストーカーを実行することによって中枢に打撃を与える作戦を計画していることを伝えた。その上で集団ストーカーの定義、手法、実際に国王に実施して許可を得た経緯などを説明した。
その説明を聞くと、ニューマン将軍は少し考え、こう発言した。
「なるほど、その計画は面白い。
しかし、その”集団ストーカー”は、孤立した個体に対して効果が発生するような作戦だろう?
魔王様には七賢将という直属の幹部との強い繋がりがある。だから、魔王様に対して集団ストーカーを行っても効果が薄いと思われる。
それよりも先に、七賢将を狙った方が効果があると思わないかね?
その方が我々の利益とも良く合致する。」
「あなた方の利益とはいったい何ですか?」
「それは私の口からは言えないよ。」
ニューマン将軍は直接の言及を避けたが、一連のやり取りから、ニューマン将軍の目論見を読み取ることができた。
ニューマン将軍は七賢将への昇進を狙っている。
しかし、現在七賢将の席は全て埋まっている。そこで、七賢将の席を空け、そこに自身が着けるように王国軍を利用しようとしているのである。我々はニューマン将軍の出世のために今後作戦を実行することになる。では、我々はこの要求を吞むべきか否か?
もちろん、呑むべきである。
敵対組織の中枢を攻撃する上で、空いた中枢への昇進を目的として協力する協力者ほど頼もしいものはない。なぜならば、双方の目的が合致しているからである。双方ともに中枢の破壊を目的としているので、最大限の協力が得られ、密告の心配もない。状況を確実に有利に進めることが可能なのである。つまり、千載一遇のチャンスなのである。
しかし、ここで簡単に快諾しては、相手に足元を見られかねない。私は毅然とニューマン将軍に対して質問をした。
「正直、王国軍側でも結構な数の協力者を集めることに成功している。あなた方が協力することのメリットが知りたい。ニューマン将軍の配下の人数を教えてください。」
「私の現在の部下の兵士の人数は5354人だ。さらに下級魔物を含めれば3万くらいだろう。」
3万。500人協力者がいればいいと言っていた自分にとって、あまりに素晴らしい案件すぎる。
「あなたの配下に魔王のいる魔都出身者はいますか?」
「何十人かいるだろう。第一、魔都には定期的に数百人程度兵を派遣している。」
「あなたの配下の兵士は魔法が使えますか?」
「20%位は使えるだろう。残りの80%についても魔法が使えないのではなく、覚えてないだけだから、学習すれば使えるようになるだろう。」
合格だ。 協力者にしよう。いや、協力者になっていただけませんか。
「少し、他のものと話をします。」
私がそう言い、席を立った。
他のものと話すと言ったが、この砦にはアレフ一行は来ておらず、自分が責任者であり、他に話す相手もいなかったため、誰とも話さず、適当に時間をつぶして取調室に戻った。
「“相談”の結果、どうなった?」
ニューマン将軍が尋ねたため、私は答えた。
「王国軍はニューマン将軍とその配下を協力者として承認します。」
それを聞くとニューマン将軍が改めて発言した。
「そういえば、我々が協力者となる条件をまだ話していなかった。」
確かに話していなかった。そして、交渉においてそちらに分があることを察知してこう発言したことは間違いない。
「条件とは何ですか?」
私が質問すると、ニューマン将軍から思わぬ返答が返ってきた。
「君は、”勇者”だな。」
「我々は王国軍の誰が勇者であるか判別することができる。」
「そして、その勇者を倒すと武勲を立てることができる。」
「しかし、勇者の中にも強い勇者と弱い勇者が混在している。」
「そこで、王国軍には年間10人、我々の部隊に弱い勇者を送り込んでほしいのだ。」
毎年10名の弱い勇者を犠牲に、王国軍と協力関係を結ぶというのである。
王国軍と協力し、七賢将の席を空け、勇者を多数討伐した武勲により、七賢将に昇進する。
極めて合理的な取引条件である。狡猾な男だ。
しかし、勇者たちの命のためにこの取引を反故にするかと言われたら、絶対にそうしたくはない。これは何度でもいうが、集団ストーカー作戦を行うにあたって、千載一遇のチャンスなのである。第一、弱い勇者ではこの世界で生きていくことはできない。今回の決定では、弱い勇者たちが殺されるのが、ニューマン将軍の配下か、それとも魔王軍のほかの誰かになるかを決めているに過ぎない。
私はニューマン将軍の要求に応じた。少しでも弱い勇者を送る人数を減らすために交渉することもできたが、今後の関係も考えて言われた条件を呑んだ。
「君ととても有益な交渉ができて嬉しいよ。ルーク」
ニューマン将軍はそう言うと、ふたたび握手を求めた。
「私もです。ニューマン将軍」
私はそう言うと、出された手に固く握手をした。
年間10人の勇者の犠牲によって、集団ストーカー作戦の成功が確約されたのである。