9.昴を探して
『私もあなたがーー大好きでした』
頭の中にはずっと、その言葉が響いていた。
夢遊病のように、毎日フラフラと天文台へと向かう。
あの場所に行けばキミがいるかもしれない。
実はひょっこり戻ってくるかもしれない。
やっぱり会いたくなっちゃった、なんて言って。
相談室を放っておけないからね、とか言ったりして。
そして天文台に辿り着くと、いつも現実を突きつけられるんだ。
キミは、やっぱりいないんだと。
***
昴は天文台の隅で小さくなっている。
最近はいつもこうだった。
机も、椅子もあるのに。
床で誰かを待つように座っていた。
パタパタパタと忙しない足音がした。
「ーーナナ!?」
やっぱり来てくれた。
昴はそう思って立ち上がる。
「あ……ごめんなさい、タイミング悪かったみたいですね」
見たことのない幼女。
見た目的に、14歳ほどだろうか。
「いや、ごめん、なんでもないんだ。
……もう暗いし、早く帰った方がいいよ」
昴はそう言って、もう一度座り込んだ。
優しく言ったつもりだけど、自分でどんな顔をしていたか、分からないでいた。
「あ、お気遣いありがとう。
……じゃなくて!
ここ、相談室で合ってますか!?」
相談室。
昴はその言葉に反応する。
ナナのいない、相談室。
「合ってるけど、今はやってないんだ。
相談員が、今はいないからさ」
僕はあくまで助手だから。
昴はそう呟いてナナの席を見る。
昴の隣、ナナの席を。
「……いやまぁいいや!
ごめんなさい!緊急事態なんですよ!
誰でもいいから手伝って欲しいんです!」
「だったら僕以外を……ってうわぁ!」
あり得ないような怪力で、僕の身体は持ち上げられた。
「だから僕はあそこで人を待って……!」
「それはすいません!
後で一緒に土下座しましょう!」
そんなことを快活に言い放った。
どうやら昴も土下座することは確定らしい。
「……それで、キミはなんなんだよ」
もう何を言っても無駄だと悟った昴は、市中引き回しの刑を避けるべく、手伝うからと言って降ろしてもらった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。
わたしはプレイオネと言います。
あなたは?」
「僕は昴だよ。
相談室の助手を……していたんだ」
お互いの自己紹介が終わり、プレイオネの目がキラキラと輝いているのが分かる。
「昴……スバル……!
わたし達と同じ名前ですね!」
「はぁ?
あんたにはプレイオネって名前があるだろう」
フルフルとプレイオネは首を横に振る。
「それはわたし個人の名前。
わたし達はプレアデス星団って団体で動いているんです。
その和名が、スバル」
昔、ナナがそんなことを言っていたと思い出す。
「スバルかぁ……冬の夜に強く光る星。
……また見えたらいいなぁ」
昴の名前の由来がここかどうか、定かではないが、昴には強く印象に残っていた。
「……そっか。
いつか見てみたいと思っていた。
できれば……相談室で」
「ホント、タイミングが悪かったみたいですね」
プレイオネはクスクスと笑う。
楽しそうに。
「そういえば、言ってませんでしたよね。
あなたを連れ出した目的」
「あぁ、そういえば」
何をさせられるか、昴は少し身構える。
「ああ、そんな身構えないでください。
ただ、その……。
迷子を探して欲しいんです」
「……?迷子って、キミじゃなくて?」
「ちーがーいーまーすー!!」
頬を膨らませ、手を腰に当てて昴に向かって威嚇する。
「仮にもわたし、あの子たちのお母さんなんですよ?」
「あー、うん、そうだね。
で、探しているのはどんな子なんだ?」
昴の反応には気に食わなかったようだが、これ以上言っても仕方ないという反応を示す。
一つため息の後で語る。
「はぐれてしまったのは、二人。
アトラスと、アルキオネです。
物静かなマフラー巻いた男の子と……あ、この子だなって感じの女の子なんですよ」
「男の子の方は分かった。
女の子の方は分かる自信がないな」
なんだよ、あ、この子だなって。
昴はそう思いつつも、辺りを探す。
「……そういえば、聞いてなかった。
プレアデス星団、そのスバルっていうのは一体なんなんだ?」
ナナのいない今、昴に星の知識はない。
「スバルっていうのは、1000以上からなる星の集団なのです。
おうし座に位置する若い星の集まりで、わたしこそ、彼らをまとめ上げる母……なんです」
誇らしげに語っている中、最後の最後、少し言い淀む。
「どうしたんだ?
さっきまであんなに自信満々に言ってたじゃないか」
昴が煽るように話を促す。
プレイオネは少し困ったような顔をした。
「え、えへへ……。
そうなんです。
母なんですよ?母……なんですけど。
わたし、プレアデス星団の中でも暗いんです」
プレイオネはポツリと言葉を漏らす。
それは、星団であるが故の悩み。
つながりを、持っているが故の。
「わたしよりも、アルキオネの方がうんとキレイな星なんです。
アトラスも、ずっと強く輝いてる。
わたしには、スバルの中心は担えない」
他の星が輝いているから。
近くにその星がいて。
同じ星団にも属していて。
それなのに、自分が中心にいる。
劣等感や、無力感に苛まれるのだろう。
「若い星の集まりだから、常に色んな変化が起こるんです。
見えなくなった星の伝承も、たくさん。
わたしは、母なのに、何もしてあげられなくて……」
何も出来なかった。
その責任が、強くのしかかるのだろう。
「やっぱり見た目通り、母って柄じゃないですよね……!」
プレイオネは必死に笑顔をつくった。
しかしその目には、小さな涙が浮かんでいた。
昴は、スバルを知らない昴は、まだ何も言えなかった。
「あ、あの子だ」
結局あの後、プレイオネとは手分けして探すことになった。
全然顔も分からないんだけど!?という昴の言葉も無視して。
しかし、彼女の言った通り、あの子だとすぐ分かった。
「ちょっと!どうなってるのよこれ……!何を押しても……んっ!何も起こらないじゃないの……!」
「しらないよぉ……プレママからはぐれるから、すぅぐそぉなる……」
眠そうな男の子に、いかにも星の輝きをまとった女の子。
2人とも青白い髪をしている。
頭の上には天使の輪みたいなものがあり、それが反時計回りに回る。
外周ほど薄くなるそれは、内側から放たれるガスによって形成されているようだ。
「あの子達はBe星って言って、凄いエネルギーを持っているのです。
だから身体にもその特徴が出てるのです」
プレイオネはそう言っていた。
その特徴が、あの輪っかなのだろう。
「ごめんね……あたしが勝手にどこかへ行っちゃうから……」
「ホントだよぉ、ぼくまで怒られちゃうじゃん……」
「そこは、そんなことないよ、仕方ないよって言ってよ!」
アルキオネ。
スバルの一つで、一番明るいBe星。
不安定なガス放出により明るさの変化がある。
おそらくそれが、あの感情ジェットコースターの原因なのだろう。
アトラス。
スバルの一つで、Be星の多重星。
高速で自転するBeでありながら、複雑な多重星をまとめている。
極めて稀な星。
「ああもう、あったまきた……!
やっぱり白黒ハッキリつけましょう……!」
「ぼくは肉弾戦キャラじゃないのにぃ……。
でもまぁ……本気のぼくに勝ったことないよね?」
バチバチと火花が飛び交う。
あの天使の輪が凄い勢いで回転を始める。
「ちょい待て待て待て待て!!」
昴が慌てて飛び出す。
さすがに止めないとまずい、そんな気がした。
「なんですか……?
今とても真剣なんですけど」
アトラスが昴を見て言う。
その顔は、喧嘩中だったこともあり、敵意に満ちていた。
「プレイオネがお前達を探していたんだよ……」
「……おかーさんが?」
2人とも拳を下げた。
それと同時に天使の輪も通常の回転に戻った。
昴はそれを見て、安堵したのか腰が抜けた。
「んー!このジュースおいしい!」
「うん……いいものだね……」
昴は結局、自販機でジュースを3本買って辺りを歩き回っていた。
迷子のプレイオネを探して。
結果的に、あの母が迷子になってしまった。
「なぁ、キミらから見て、プレイオネってどうなんだ?」
昴の質問に、2人は顔を見合わせ首を傾げる。
「どうって?おかーさんはおかーさんだよ?」
「それ以上でも……以下でもない……」
「それなら、ちゃんとお母さん出来てると思うのか?
……ああいや、言い方悪かったか、純粋に聞きたいだけなんだ」
プレイオネは、自身が母であることに不安を感じていた。
昴はあの言葉に、答えを持っておきたかった。
アルキオネはまだ首を傾げている。
アトラスは、一つ頷く。
どうやら昴の質問の意図を理解したようだ。
「そうだね……こっちのお母さんとは……違うかもね……。
でも、プレママは……プレママだよ」
自信のある表情でそう答える。
「僕らは……プレママよりも輝ける……。
でも、近いから……今みたいによく……衝突しちゃうんだよ……。
でも、プレママは……そんなみんなを……まとめられるんだ……」
そうアトラスは答える。
近いが故の衝突。
だからこそ、リーダーみたいな人が必要なのだ。
「……何を言いたいのかは分からないけどさ。
おかーさんは、おかーさんって役割はちゃんとやってると思うよ。
だからあたし達は、より輝くことでスバルを支えてる。
星団ってーー支え合うためにあるんじゃないのかな」
スバルはそーいうとこだから。
アルキオネはまだ首を傾けていた。
しかしそれは、昴にとってこれ以上ないほどの答えだった。
「ーーありがとう。
参考になったよ」
「あ、いたー!あなた達どこへ行ってたのですか!」
昴のお礼と同時、プレイオネが昴達を見つけた。
「おかーさんだ!」
「プレママー!」
昴は2人を厳しく叱りつけるプレイオネを、後ろから微笑ましく見ていた。
「今日は無理を聞いてくださって、本当にありがとうございました」
2人を先に帰してから、プレイオネと共に天文台へと戻ってきた。
プレイオネは深々と頭を下げる。
「そんなそんな!
お礼を言われるようなことは何も!」
「あの2人がもし喧嘩でもしたら、この辺り一帯は……塵とかしていたと思うと……」
「ーーへ、へぇ……」
知らず知らず、この街の平和を守っていた。
昴は相談室を見る。
変わらずそこにーーナナはいない。
「それに、待ち合わせの人、今日は来れなかったみたいだし」
昴はポツリと呟く。
「そうだ、プレイオネ、キミはちゃんと母できてると思ったよ」
「……ふふ、お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃなくてだな……」
昴は困ったように頭を掻く。
この人は、目標とするところが極端に高いのだ。
「アルキオネ達言ってたよ。
ちゃんとおかーさんできてるって。
確かに、キミの理想像は一人でなんでもできる母親なのかもしれない」
私がやらなきゃ。
私がなんとかしなきゃ。
それを昴は彼女から感じていた。
……昴も、そうだったから。
「でも、そのために星団があるんだろ?
支え合うため、それをまとめることが母の務め。
だからもう少し、周りを頼ってもいいんじゃないか?」
それは彼女に対しても。
また、自分に対しても刺さる。
「……星って、何かしらつながりを求めるのですよ。
それは神話であったり、星座であったり……星団も。
だからこの場所、相談室は、星にとって必要だと思っていたんです」
星と星のつながり。
相談室は、ナナと様々な星をつなげる役割を確かに担っていた。
「今日は……来てよかったです。
この場所は確かに、星と星をつなげることの出来る場所だと、確信しました」
「いや、今日は相談室はやってなくて……」
昴の言葉に、プレイオネは首を横に振る。
「昴さんは、私と同じですね。
その人を頼らないところ、やっぱりあなたもスバルなんです。
スバルって言うのは、沢山の星で構成された星団。
昴さんは、確かに一人かもしれない。
でも、あなたを構成するのは、一人だけではないのでしょう?」
「ーーっ……」
昴は、ずっと自分にはナナしかいないと思っていた。
でも、ここには相談室がまだある。
空を見れば、今までの星のつながりが確かにそこにあった。
「……ありがとう、プレイオネ。
何をするべきか、分かった気がする」
「ふふ、ではお互い様ですね」
今日の相談室では。
昴とスバルが、支え合っていた。




