6.恋を探して
その日、昴は天文台の外に出ていた。
相談室を開いてから早くも2ヶ月が経過しようとしていた。
もう夏は過ぎて、秋がやって来ようとしていた。
秋特有の、少し涼しい風が頬を撫でる。
展望台からは相変わらず、星が綺麗に見えていた。
そろそろアルゴルが見える時期だろうか。
昴は既に星に興味を持ち始めていた。
「……今日も、すごく輝いてる」
ナナも天文台から外へ出てきて昴の隣に並んだ。
2人で夜空の星々を見上げる。
「……ほんと、今日の星も綺麗だな。
いつか手が届きそうな気がして……」
昴はチラリと横目でナナを見た。
ナナがこうして隣に来てくれるのが嬉しい。
周囲は暗かったが、本当によく見えた。
「……届かないって、分かってるんだけど。
それでも……つい、手を伸ばしたくなるんだよ。いつも」
だからこそ、昴はナナが出会った時よりもーー輝きが小さくなったような気がしてならなかった。
***
私は戸惑っていた。
適度な距離感を求めていた。
天文台の階段の上から、昴を見つめる。
この前は彼の秘密をたくさん知った。
そして今までも、彼の必死な姿をよく見ていた。
いつしかそんな彼が、星と同じように輝いて見えた。
だからといって、それがどういう意味なのかは分からない。
自分がどうしたいのかーー分からなかった。
適度な距離感。
私が言った言葉だ。
適度って、どれくらいだろう。
隣にいるくらいなら、それでもいいんだろうか。
私は昴の隣に向かって、階段を一段一段降りていく。
一歩踏みしめるたびに、足は少し重くなる。
私は星で、昴は人だ。
生きてる時間が違いすぎるんだ。
何度も私の隣から人が去っていった。
その度に毎回、これっきりにしようと心に誓った。
ーーでも、彼なら。
「……今日も、すごく輝いてる」
星を見上げながら言った。
彼に向けた言葉を。
気付かないで欲しい。
でもやっぱりーー。
「……ほんと、今日の星も綺麗だな。
いつか手が届きそうな気がして……」
どうやら、星に向かって言ったと解釈してくれたようだ。
ホッと胸を撫で下ろす。
「……届かないって分かってるんだけど。
それでも……つい、手を伸ばしたくなるんだよ。いつも」
でも、心のどこかでーーほんの少しだけ期待していたのかもしれない。
気づかれても、よかったって。
それで、そのままーー
「あの2人、いい感じになれそうじゃない?」
そう、いい感じにーー。
***
「ーー誰!?」
「あらやだ、私ったらつい……。
いいのよ、続けて続けて?」
「そうそう、僕らは茂みだ。
僕らは木なんだ」
よくよく見ると、茂みがほんのり淡く光っていた。
星特有の輝きだが、その輝き方は他の星とは一線を画していた。
あれが竹なら、切ったら赤ん坊が出てきそうなほど。
「なんだ……ベガとアルタイルかぁ」
「えっ!?あの織姫と彦星!?」
バレちゃったかーと、観念して茂みから2人が出てくる。
「アンちゃんから相談室のことを聞いて、珍しいなーって思って来てみたのよ」
「アンちゃん……アンタレスが?
へえ……そっかそっかぁ……」
ナナは嬉しそうな表情が隠せなかった。
それを見て、ベガは微笑む。
「でも、織姫と彦星って一年に一度しか会えないんだろ?
今日はもう九月末だぞ?」
ベガとアルタイルは顔を見合わせて、笑っていた。
「あんなの、人間が勝手に妄想したことじゃない」
「もし神様が僕らを突き放すのなら、僕は神にだって抗ってみせるよ」
「もう!アルタイルったら!」
今まで神話の通りの星が多かったから、昴にはこの2人がすごく不思議だった。
「今みたいに、人間と星がかかわる機会っていうのは、昔から少なからずあったんだよ。
だから、神話はそうした星の関係性とかをもとに書かれているんだけど……」
こんな感じに、勝手に妄想が一人歩きするパターンもある。
ナナはそう補足した。
「ーーなんか今、サラッとすごく大変なこと言わなかったか?」
「さぁね?
私達がこうして出会ったのも、別に特別じゃなかったってだけだよ」
僕はナナとの出会いだったから特別だった。
その言葉は、目の前にベガとアルタイルがいるからだろうか。
昴の喉につっかえて出てこなかった。
ベガはそんな昴の様子を見逃さなかった。
「それでね、相談事なんだけどね」
「なんだ、来てみただけじゃなかったんだね」
「まぁ、最初はそのつもり……。
じゃなかった、当然そうでしょ?」
ベガは焦ったように言い直す。
「私達、この後秋祭りに行くのよ」
「楽しみだね、ベガとの秋祭り。
今年はどんなことをしようか」
アルタイルにもベガの意図は伝わったようで、2人してニヤリと含みのある笑い方をする。
「今年はうんと楽しいことが出来ると思うの。
だから2人には私達のデートに付いてきて欲しいの」
「楽しそうなら混ざってくれていいし、後ろから眺めてるだけでもいいんだ。
僕たちのデートに協力……してくれるよね?」
昴はナナとの秋祭りと聞いて、少し照れながらも力強く首を縦に振る。
「うっ……まぁ、それが相談内容なら仕方ないか……」
渋々といった感じに、ナナも首を縦に振った。
***
「ホントはあの2人の恋を見たいだけだろ?」
「もう、言わないでよね。
私達はすぐラブラブだったから」
ーー羨ましいのよ。
その言葉は2人の耳に届くことは無かった。
***
「えぇっと……お待たせ」
「アルタイルー!」
天文台で別れた昴たちは、再度秋祭りで落ち合うことになった。
元気に飛び出してくるベガと対照的に、ナナは小さく俯いて歩いていた。
「とても似合ってるよ!ベガ!」
「もう!アルタイルこそ!」
「えっと……」
隣の熱さは、アンタレスのそれとはまた違う熱さがあった。
昴は視線をナナへと向ける。
ナナはそれに気づいて、少し袖を広げてアピールする。
長い赤白い髪がヒラリと揺れる。
今まで天文台では気付かなかったが、黒い髪が混ざっていることに昴は気づいた。
「……とても似合ってる……うん」
「あはは……そっか。
……ありがとう、昴くんも、その……似合ってるよ」
ぎこちなく、お互いを褒め合う。
両方ともベガとアルタイルのお古を貰った。
ベガが神話通りに織ったものだ。
見た目は普通の浴衣だが、おそらく付加価値は国宝級だろう。
「ふふふ、それじゃ行きましょうか!」
「あぁ、どこまでも!」
ノリノリな2人の後ろで、昴とナナは顔を見合わせた。
「僕たちも行こっか」
「……そうだね」
「キャー!アルタイルー!」
「待って待って待って待って……いやダメだって!!
小さな規模って言ったじゃん!
子供だましじゃなかったの!?」
可愛らしい、あざとい悲鳴と、本気の泣き言が混ざっていた。
最初に入ったのはお化け屋敷。
とはいえ、秋祭り会場で有志のやってるホントに小さなものだ。
「僕が守るよ!ベガ!」
「……ほら、ナナ。もう少し寄ってきてもいいから」
昴はアルタイルの行動を見て、ナナのために何かできないかを考えていた。
怖がるナナに手を回し、少し自分に引き寄せる。
「ひゃん!」
「僕の手にビビらないでって……」
前も僕の声にびっくりしてたよな……。
昴はそんな風に以前のことを思い出す。
「……いや……違うの……あ……あしに……」
「足?」
昴が舌を向くと、ガシッとナナの足首が掴まれていた。
ヴァァ!と勢いと迫力で驚かせてくる。
「キャァァァアアア!!」
その事件性のある悲鳴は、このお化け屋敷に多くの客を呼んだことを、ナナは知らない。
「……おいしい」
お化け屋敷側が配慮が足りなかったと500円券を渡してくれた。
怖がらせるのが仕事なのに。
昴たちは断ったが、向こうも引く気はなかった。
ナナはその500円券で買った焼きそばを頬張っていた。
「ほら、ベガ、あーん」
「あーん……うーん、おいしい!
いつもの焼きそばよりも、うーんとおいしい!」
目の前の2人が食べさせ合っていた。
ナナはチラっと昴を見る。
呆れたように2人を見ていた。
「す、昴くん……!」
ナナは食べる手を止め、昴に向き直る。
昴も歩いていた足を止めた。
「あ……あーん……」
昴は戸惑っていた。
これはいってもいいものだろうか。
いっちゃってもいいのだろうか。
ただ、このチャンスを逃したくないと、決意した。
「あ、あーん……」
「ーーごめんやっぱ無理!」
昴の上唇に焼きそばが当たった辺りで、箸が遠ざかっていった。
昴が目を開けた時には、もう焼きそばはなくなっていた。
「……焼きそば……」
「ご、ごめん!昴くん!ほら、買いに戻ろ!ね?」
昴は改めてもう一つ買った焼きそばを、おいしいおいしいと食べていた。
その焼きそばは少し、塩味が強かった気がする。
昴たちはりんご飴を買った。
姫リンゴではなく、普通のサイズのやつ。
ナナはおいしいと呟きながら、夢中で食べていたが、やがてペースが落ちてきた。
「昴くん、お腹いっぱいでさ……あはは。
……半分、食べてくれない?」
「ありがとう、半分貰うよ」
昴は間接キスへの興奮を押し殺して、至って平静を装った返事をする。
この秋祭りを通して、昴は確かな成長を感じていた。
「おいしいね、アルタイル」
「そうだね、ベガ」
その頃、2人は同じりんご飴を一緒に食べていた。
あの距離感まではまだ遠いけど。
昴はナナの方を見る。
「ナナ、唇に飴がすごいついてる」
「分かってるよ……。
でも、ベタついてとれないの……」
ゆっくりと僕たちのペースで歩いていこう。
そういう気持ちが昴の中に確かにあった。
「やっぱり楽しいわね、秋祭り」
色んな屋台を回って、人も少しずつ増えてきた。
少し油断したらはぐれてしまいそうだ。
「ほら、ベガ、はぐれないように」
「もう、アルタイルったら」
ベガは差し出された手を無視して、肩にピッタリとくっついた。
その時だった。
「なにこれ!天の川!?」
「違う!人の波だ!」
奥から神輿が通ってきたようで、昴たちは分断されてしまう。
「ベガー!」
「アルタイルー!」
奇しくも、神話と同じ構図が出来上がった。
「ナナ!?」
「昴くん!」
それに巻き込まれた2人がいることを除けば。




