5.悪魔の目を探して
「……あ、あの!
すいません……」
周囲の温度が少し下がった気がする。
今日は階段から足音はしなかった。
缶ジュースが微かに震えた。
音もなく上がってきたものだったから、ナナは驚いたのか、少し飛び跳ねた。
「あ、あああアルゴルか。
い、いいいらっしゃい。
どうしたの……かな……?」
声が震えていた。
平静を装おうとして、僕の買ってきた缶ジュースに手を伸ばした。
ナナの持つ缶ジュースは、開ける前からプルプルと震えていた。
「……あ、ごめんなさい。
驚かせてしまって……」
アルゴルと呼ばれた少年の身体は、輪郭がぼやけていた。
それこそ、幽霊のように。
しかし星特有の光だろうか。
身体がうっすら発光し、より幽霊らしさを強めていた。
「いやいや、全然全然全然全然……。
おどおどど驚いてなんてないよ?」
「ナナ、一旦落ち着こうか。
ほら、ヒッヒッフー」
「そこは深呼吸させるところだろ!?」
ナナはもしかして怖いのが苦手なのだろうか。
昴は初対面の時も「お化けでも出たら嫌だからね」と言っていたことを思い出す。
昴のボケにツッコんだら、ナナは落ち着いたようでソファに腰を下ろす。
「……ごめんね。落ち着いたよ。
それで、相談があるんだよね?」
「あ、はい。
でも、ここに来るまでに落とし物をしてしまって……。
とても大事なものなので、探してもらえませんか?」
最初目的としていた相談は別にあることを昴達は察した。
「いいよ、それじゃ落とし物探しからいこっか。
それで、何を落としたのかな?
指輪かな?ネックレス?」
「えっと……眼帯です」
「眼帯!?目の怪我とか!?大丈夫なのか!?」
「えっと、違うくて……。
あれです、海賊とかの黒い……」
昴は理解した。
中二病御用達のあれだった。
「さ、昴くん、任せたよ。
頑張って行ってきて」
「何言ってるんだよナナ。
ナナも行くんだよ」
ナナは外を見る。
暗闇だった。
「……ほほほら、私はぁ……アルゴルの相談を」
「ぼくも一緒に探します……!
というか、なくしたのは僕ですし……」
逃げ場を失ったナナ。
今は一人になるのも嫌だったようで、渋々付いていくことにした。
「昴くん昴くん!
あの茂み揺れなかったかい!?」
「ただの風だ」
「あの木!
絶対何か悪いものが憑いてるって!」
「木のくぼみが顔に見えるだけだ」
ずっとこんな調子だった。
昴の腕にしがみつくナナ。
昴は少し、この距離感が嬉しかった。
「この道を歩いてきただけなんだけどなぁ……」
月明かりが周囲の木々を照らしている。
こんな時間でも蝉の声は賑やかだった。
キョロキョロとアルゴルは周囲を捜索する。
「眼帯なんて、そう簡単に外れるものじゃないだろ?
どうして落としたりしたんだ?」
「恥ずかしい話だけどね、眼帯付けてると目が蒸れたり、かゆくなったりするんだ。
そういう時に少し外して休むんだけど、おそらくその時に。
……本当に大事なものなんだけどね」
アルゴルは自虐的に笑った。
相変わらず、アルゴルの輪郭はぼやけている。
「なぁナナ」
「ひゃい!?」
「僕の言葉にすら驚かないでくれよ……。
アルゴルの輪郭がぼやけてるのは、またあれか?
星の影響とかなのか?」
昴は聞きながら、頭の中でナナの驚いた声をリピートしていた。
コホンと、ナナは一つ咳払いをする。
「アルゴルはね……食連星って言われる星の一つなんだよ。
……日食とかの食。
定期的に明るさが変化する星なんだよね。
だからそれが投影されてるんじゃないかな」
ナナは星の話を始めると急に落ち着き、饒舌になる。
「その影響で付けられた名前がーー」
「あれ?アルゴルは?」
どうやら僕たちが話しているうちに、アルゴルは先へ行ってしまったようだ。
ナナの話を中断してアルゴルの姿を探す。
唐突に、蝉の声が、フッと静かになった気がした。
「あっ!昴くん!あれ!」
ナナが指さした方向。
輪郭のぼやけた人影。
うっすら周囲が淡く光っている。
少し遠くて分かりにくいが、アルゴルの特徴そのものだった。
無事見つかって、ホッと胸を撫で下ろす。
「おーい!アルゴルー!」
「そんな大声出さなくても聞こえてるよ?」
背後から声がした。
ふと後ろを振り返るとアルゴルがいた。
「ごめんね、あの場所に眼帯が落ちてたの見つけたから勝手に一人で行っちゃって……」
座るのにちょうど良さそうな石を指さした。
きっとあそこで休憩して忘れてきたのだろう。
「え?でも、確かにあそこにアルゴルが……」
ナナが指さした方向。
そこにもう人影は無かった。
「いや、でも、ほら、確かにあそこに……」
ナナの笑顔が徐々に引きつってくる。
「……ねぇ、ナナ。
僕思うんだが……あれってもしかして本物のゆ、幽霊ーー」
「……きゅぅ」
「ナナー!?」
昴はその日、ナナを天文台へ背負って連れて行くことになった。
「我こそが悪魔の目を持つ者!
その名はアルゴル!」
「え?キミ、ホントにアルゴルか?」
天文台に戻り、アルゴルは早速眼帯をつけた。
途端、別人のような口調になった。
「いかにも!
我が魂を封じ込めし魔道具をよくぞ見つけてくれたな。
感謝する」
ペコリとお辞儀をした。
その仕草は、前のアルゴルそのものだった。
……きっと礼儀正しい子なのだろう。
「ん……んぁ……すばるくん……?」
「おぉ、目を覚ましたか、星の子よ」
「誰!?それにあなたも星の子でしょ!?」
寝起きのナナはとてもポワポワしてた。
しかし、アルゴルの変わりようを見たからか、すぐにスイッチが入ったようだ。
ハハハ、とアルゴルは声に出して笑う。
「……それで、相談事があるんだったよな?」
「そうなのだ人の子、昴よ。
この姿こそ真の我なのだがな。
眼帯を外すと、我が力が弱まるせいか、我の仮の姿が表に出てきてしまうのだ……!
だから我はこの弱い自分を消し去りたいのだ……!」
ナナに代わって、今回は昴が話を促す。
昴は理解した。
この子はいつもの自分が嫌いなのだと。
しかし、それを直接言っても届かないこともまた理解していた。
「よかろう、まずは片割れを理解するところから始めるとするか。
その魂を封じ込めし魔道具とはいつ出会ったんだ?」
中二病には中二病を。
昴は最大限の中二病を発揮する。
「そうだな。
これと出会ったのはつい最近だ。
お前で言うところの1000年ほど前のことだろうか。
その時まで我は仮の姿で暮らしていた。
我は悪魔の目を持つがゆえ、人々から恐れられていた。
我の悪魔の目はいつ暴走するか分からぬが、それでも制御していたのだ。
しかし食連星の宿命か、人々は我を恐れたのだ……!」
ナナはそれにこっそりと補足してくれる。
アルゴル。
明るさが2,3日周期で変わる食連星。
その不気味さから不吉な星とされ、ついたあだ名は「悪魔の目」や「魔王星」。
ペルセウス座を構成する星の一つなのだが、メドゥーサの首として扱われている。
「我も人間に怖がられるのは不本意だった。
だから我は作り上げたのだ!
魔王の目を封じ込めし魔道具を!」
いつもの自分でいることで人々を怖がらせてしまう。
だから眼帯をつけて、中二病を演じているのだ。
だからアルゴルは、細かい所作にも現れる「弱い自分」を消し去りたいのだと思う。
「すごく……羨ましい。
アルゴルの中にはアルゴルが2人いるんだ。
僕の中には……誰もいなかったから」
昴は過去の自分を思い出す。
からっぽだった自分。
ここに来るまでは。
「僕の中を埋めるために色々やってきた。
高校生の頃、流れ星を見つけたら全力で縋ってた。
アイデンティティをくださいとか、本気になれるものをくださいとか。
ベランダで土下座しながら叫んでた」
「……え?」
アルゴルは驚きからか、一瞬素に戻る。
「他にもオリジナルの星座とか作ってた。
堕天使アルガラム、だったかな。
なんの根拠も設定もなく、ビームとか吐くんだ。
必殺技は堕天使大爆発。
中学生の頃はベランダで叫んでた、懐かしいな」
「すごく賑やかなベランダだね!?」
アルゴルはもう、中二病の仮面が完全に剥がれていた。
「極めつけは、ポエムを作ってるんだ。
小学生の時から。
一部は暗唱もできる。
夜空の星が僕に語りかけるんだ。
キミは何者にもなれる。
それを見つけれてないだけなんだ。
僕たちをみてごらん。
連れて行ってあげるよ。
キミの思うところならどこへでも。
ベランダで朗読してたら、この時はさすがに怒られた」
「ベランダ好きは小学生の時から!?
何らかの罪に問われなくて良かったよ……」
「そして今でもたまにポエムは書いている。
机の、上から二段目の引き出しの底にポエムノートもしまってある」
「それ……聞いちゃって良かったのかな……」
アルゴルは若干引きながらも、心配していた。
それはもう色々と。
背後からナナの爆笑が聞こえていたが、名誉のために描写は避けておこう。
「僕はこんなに色々やってきて、それでもからっぽだったんだ。
だからアルゴルは……羨ましい。
いや、すごいよ。尊敬する」
尊敬するという言葉に、アルゴルは少し顔を赤くした。
「……ふはは!
当然だろう!我はーー」
「そっちのキミもだけど、僕はいつものキミを尊敬してるんだ」
「ーーえ?」
思い出したように中二病に戻るアルゴルを、昴は制止した。
これだけやっても、埋まらなかった。
次の朝が来たら、また何もない自分になっていた。
だから、もう一人の自分を作り上げたアルゴルは昴にとってーー憧れだったのだ。
「キミはいつものキミを弱い自分と言った。
でも僕はそんな風に思わない。
他人を思って、他人のために自分を作った。
2人とも性質が違うだけでーー強い自分なんだ……と思う」
「ーーでは、我は不要だと?」
少し寂しそうに、アルゴルは俯いた。
「いいや、違う。
言っただろう?
アルゴルの中にアルゴルが2人いるのが羨ましいって。
どっちも、2人でアルゴルなんだ」
作られた自分は偽物だと、そう思う時期が昴にもあった。
でも作られた自分も、結局は自分なのだ。
偽物なんかではない。
「ーーそっか。そうなんだ。
2人で……」
アルゴルは胸に手を当てる。
自分を大事に抱きかかえるように。
「ありがとう、昴。
何か、見えた気がするよ」
そう言ってアルゴルは立ち上がる。
ふっと笑って、声を張り上げた。
「やはり我……いや、我々は2人で一つ!」
中空に手をかざし、ポーズを決める。
その直後、眼帯をそっとずらすと、昴にだけ視線を向ける。
「さっき聞いた色々はーーヒミツにしておくね」
人差し指を口元に添え、微笑んだ。
その姿は来た時よりも輝いて見えた。
「昴くん、咄嗟にしてはすごいウソをつくよね」
アルゴルが帰ったあと、まだクスクスと笑っていたナナが声をかける。
「ウソ?なんのことだ?」
「え?いや、ポエムとか……」
「全部ホントのことだが?」
ナナが固まった。
驚きで何も言えないという顔だ。
「……あはは、今日は昴くんのとんでもない一面を知っちゃったな……」
「僕は怖がりなナナを見れたから、お釣りがくるとおもってるけどね」
「わわわ、忘れろー!」
星空には今日も愉快な笑い声が響いた。




