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2.笑顔を探して

「よかったよ、来てくれて」


翌日夜。

天文台に行くと、約束通り彼女はいた。

夜空の星々よりも、一段と輝いて。

赤白く光る髪をゆらゆら揺らしながら待っていた。


「こっちこそ。

……星の話はまだ半信半疑だけど」


星が人に混ざって生活している。

さすがに、これを即座に信じるやつはどうかしてると思う。


「ふふ、そうだね。

無理に信じなくてもいいんだよ。

普通に、ちょっと変わった人と話してるだけ」


でも、それがもし本当だったらーー。

相談室を通して、それも分かるかもしれない。


「あ、言い忘れてた。

僕は神谷昴。

この春から大学一年生になったんだ。

今は山を降りたとこで一人暮らししている」


「スバルかぁ……冬の夜に強く光る星。

……また見えたらいいなぁ」


忘れていた自己紹介をしようかと切り出したら、少女の興味はまた星の方に逸れてしまった。


「……星の話も気になるんだけどさ。

キミの名前を聞いておきたいんだ」


少女はそこで、少し困ったような顔をした。


「……私、名前がまだ無いからさ」


「えっと……そういうお年頃?」


「違うよぉ!」


むー、と不満げな顔をした後、少女の顔に笑顔が戻った。


「ーーうん、ナナでいいよ。名前。

名無しだから、ナナってことで」


「そっか。よろしく、ナナ」


「よろしくね、昴くん」


少女は少し悩んだ末、自分をナナと名付けた。

例え今付けた名でも、ナナを名前で呼べることが昴には嬉しかった。


「……言いたくなければいいんだけど、名前が無いのって」


「今日の相談相手が来たよ。

……その話はまた今度にしよう」


本当にやるんだ、相談室。

昴はその言葉を咄嗟に飲み込んだ。

ナナの時もよりも重たい足音が、天文台に響いた。

その姿を見て、昴は少し萎縮する。


金色の髪に金色のつり目の男性。

口にはたばこを咥えている。

動きやすそうなTシャツに、ジャラジャラと重そうな飾りがついている。


「ーー初回からなんか凄い人が来た!?」


「あぁ!?誰が凄い人だぁ!?」


出会い頭、昴の気持ちが飛び出してしまう。

さすがに気に入らなかったのか、ものすごい形相で昴に向かって歩いてくる。


「わっ、ごめん、つい……」


昴の目の前に立つと、手を振り上げる。

反射的に昴は目を閉じた。


ポン……。


「……わりぃ、ビビらせちまったな。

この髪、地毛なんだよ。

だけどな、こうやって毎回人を怖がらせちまう」


昴の思ってたものと違う感触が頭頂部を襲う。

子どもをなだめるような手つき。


「……でも、出会い頭に『なんか凄い人』はねーだろ?」


「……ホントそうだよね。

ごめん」


満足したのか、昴から離れていく。

もういいかな?と様子をうかがってたナナが自己紹介と昴の紹介を軽く済ませる。


「今日は相談室に来てくれて、ありがとうね。

レグルス」


「……お前よく俺の名前知ってるな」


有名だからね、とナナはドヤ顔で返す。

ナナは彼、レグルスの紹介を続ける。


「彼はレグルスだよ。

しし座の心臓部の星。

小さな王様とか呼ばれてる」


「やめろよ、王様とか。

そんな大層なもんじゃねぇ」


レグルスは照れたような表情ではなかった。

何か責任を感じているような、少し重い表情。


「それで、それで?

何か相談事とかないの?」


「なんだよ、唐突すぎんだろ……。

……笑わねぇって約束、だぞ?」


ズイズイと身を寄せるナナに、レグルスは少し押され気味だった。


「笑わないよ。大丈夫」


「……ガキに、好かれたいんだよ」


少し照れたような表情をしたレグルス。

ナナはそれを見て、なるほど、と小さく呟いた。


「いや、笑えよ!

タバコ咥えたヤツが子どもに好かれたいって、どう見てもギャグだろうが!」


「いや、笑わないでって言われたからね。

それに、ギャグでもないでしょ?」


恥じらいを隠すように、レグルスが吠えた。

ナナは至って真剣に、どうしたものかと悩んでいる。


「そういえば、お前、いきなり失礼なこと言ってたよな?」


「その節は大変申し訳」


「いやいや、謝ってほしいんじゃないんだ。

やっぱ俺……怖いか?」


昴は少し考える。

初対面、何を考えたか。

金髪金眼にタバコ。

緊張していたのか、硬い表情。


「……正直、すごく怖かった」


「だよなぁ……」


ズーンと、レグルスは頭を抱える。


「それじゃぁ昴くん。

レグルスのどんなところが怖いかな?」


「そうだな……。

一番は表情じゃないか?」


さすがに、あんな険しい表情をされると少しプレッシャーを感じる。


「それじゃ、レグルス、笑ってみせて?」


「ニィッ……これでどうだ?」


レグルスはニィッと笑う。

その顔は、何かとても嬉しそうで。

何かとても楽しそうで。

とても……何か企んでいそうで。


「ーーこわい!」


「ーーはぁ!?こわいだぁ!?

お前マジで、思ったことそのまま口に出すクセ直せよな!」


昴はまた怒られてしまった。


「……まったくもう。

それじゃ笑顔の練習しよっか。

……そうだなぁ」


ナナはゴソゴソと何やら準備を始める。

取り出してきたのは、鏡だ。


「それじゃレグルス。

鏡に向かって……一分間、笑ってみよっか」


「……ったく、もう……。

鏡に向かって。笑えばいいんだろ?

一分間な?」


レグルスは素直に鏡の前に立つ。

昴はスマホでタイマーをセットした。


再度レグルスが鏡の前でニィッと笑う。

言われて、作った笑い。

その笑い方に違和感を覚えたのか、それを修正しようと試行錯誤を始める。


「……フフッ」


「ナナ!お前今笑ったか!?

そんな愉快か!滑稽か!」


「ごめんごめん……!

でも、フフッ……続けて……ハハハ……!」


凄く気に入らないという表情をしながら、再度鏡に向かう。

ナナは必死に笑いを堪えてる。

ナナが笑うのも分からなくない。

顔が、その……歪んでるのだ。


「にらめっこじゃないんだぞ」


「んなつもりねぇよ!」


昴はまた、つい思ったことが口に出る。


「お前も笑ってんじゃねぇよ!」


「……?えっと、ごめん、私笑ってた?」


「あっ……いや、違うんだ……勘違いだ。……すまん」


レグルスはバツが悪そうに頭を掻く。

ため息一つこぼして、ヤレヤレと手を左右に広げる。


「……やめだやめ。

俺の顔がいけねぇんだ。

……もうこの髪……染めちまうか」


プチッと1本髪を抜く。

……ほんの少し、彼の光が弱まった気がする。

レグルスはジッとその髪を見つめている。


「……その考え、僕は反対だ」


昴はまた、ふと言葉が出ていた。

でも今度は、レグルスは言葉の続きを待っていた。


「僕は最初、その髪を見て確かに怖かった。

でもすぐに偏見だって分かったんだ。

確かに最初は怖かったけど、すぐに優しい人だと分かった」


それに、と昴は言葉を続ける。


「その髪は、キミのアイデンティティだろ」


「……っ、俺は……。

俺はレグルスだ。

この髪は、俺の……俺そのものなんだ」


レグルスはハッと言葉にならない声を出す。

少し苦しそうな顔をしてから、真剣な顔で昴を見る。


「……俺が子どもに好かれたかったのは、色んな人に頼りにされたかったからだ。

でも、それは俺の気持ちじゃなくて、ずっとーー憧れの人の背中を追ってたんだ」


怖がられながらも人助けをして。

でもやっぱり、報われなくて。


「ーーそうだよな。

俺は俺だ。

この髪も、全部な」


「勝手なこと、言うようだけどさ」


ナナはポツリと、会話に入ってくる。


「自分以外の誰かがやったことって、すごくすごく大きく見えるんだ。

でもね、当の本人は、不満ばかり感じてしまう。

自分のこと、ちっぽけに思えたりもする」


その憧れの人も、実はそれが当たり前だったのかもしれない。

そうナナは続ける。


「きっとね、憧れの人がキミを見たら……。

すごいことしてるなぁって思ってくれると思うんだ」


レグルスはナナから視線を外し、星空を見た。

その目は遠くを見てるようで、近くを見ている気がした。


「最初は正直やめとこうかと思ったんだ。

でも……来てよかったよ、相談室」


ポツリとそんなことを呟いた。

戸惑いながらも、その視線は行き先を見つけたように一点に向いていた。


「それじゃ、解決したし帰るわ!

もし悩んでそうなヤツがいたら、ここ紹介しといてやるからな!」


ハハハ!と快活に笑って階段を降りていく。

その笑顔はとても晴れやかで。

とても楽しげで。

とても嬉しそうで。


「怖くなんてないじゃん」


レグルスが出ていったことを確認すると、ナナは疲弊したように座り込む。


「初回にしては、上出来だったんじゃない?昴くん」


にへへ、と柔らかな笑みを浮かべる。

レグルスもいつか、こんな柔らかい笑顔が出来れば、と昴はふと思う。


「……そうだな」


しかし昴は内心、まだ彼の心の棘は残っていると感じていた。

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