17.逃げ場を探して
「大将、やってるかしらー?」
「ここは居酒屋ではありませんよ。
帰ってください」
だんだんと風も暖かくなってきた。
そんな季節だった。
相談室にふわりと、穏やかな春風が吹いてきた。
それと同時に強烈なアルコールの匂いも吹いてきた。
「つれないわねぇ。
そんなこと言わないでよね」
「そうだそうだ、アルタイル。
相談があってきたのに可哀想だろ」
今日は補助としてアルタイルが来てくれていた。
ベガと一緒じゃないから、ややテンションが低い。
「え?相談?
……ああ、違う違う!
相談なんてないのよぉ!」
「……アルタイル、前言撤回しよう。
キミは今すぐ回れ右して帰ってくれ」
「わー!追い出さないでー!
考えるからー!
相談考えるからー!」
ジタバタと暴れる酔っ払い。
結局追い出そうにも追い出しきれなかった。
「で、相談は決まったのか?」
「うん!飲み仲間が欲しいの!」
スピカ。
乙女座の連星。
「麦の穂先」という意味の、豊穣の象徴。
「……やっぱ帰ってもらいましょうか」
「誰かと飲みたいのー!
ねえねえいいでしょー!?」
アルタイルはため息をひとつ吐いた。
どうやら諦めたようだ。
「飲み仲間はいいけども、僕は未成年だ。
その相談は受けれそうにない」
スピカはニヤリと笑うと、カバンから何かを取り出す。
ダンッと音を立てて1本のボトルを取り出した。
透明な液体の入ったボトル。
「お冷の水割り、ロックで」
「ただの水だな、それ」
ドヤ顔で言うものだからついツッコミを入れてしまう。
そうこうしているうちにスピカはせっせとグラスの準備を始める。
お酒もドンドンドンと3本立ち並ぶ。
「……ホントに飲み仲間が欲しかっただけなんですね」
「そりゃそうよ。
私のわがままに付き合ってもらうんだから、そこまで手間は取らせないわ」
わがままの自覚はあるらしい。
アルタイルも渋々席につく。
「僕はベガほどでは無いですけど、お酒の強さには自信があるんです。
お酒が減っちゃったなんて、泣かないでくださいよ?」
「ベガぁ……!ベガぁぁぁ!」
「よしよし、そうだねー。
彼女さん可愛いもんねー」
アルタイルはよく粘った。
頑張った。
昴は心の中でその健闘を称えた。
飲み始めてから30分。
アルタイルはついに、撃沈した。
「……この焼酎、飲みやすいっ……ヒッ……すねぇ」
「当然よ、私の力を受けて育った麦から作った麦焼酎。
春っぽいピンク色に描かれた金色の麦のラベル!
その名も春爛漫!
うちの自慢の一本だもの!」
誇らしげに語っていた。
アルタイルは感想を言いながら、また自身のグラスに焼酎を注いでいく。
……この状態でなお、ストレートでいくつもりだ。
昴には麦焼酎の味は分からないが、実際スピカの力は凄かった。
彼女は麦焼酎だけでなく、おつまみをいくつか持参していた。
そら豆の炙り焼き。
新ごぼうの甘辛チップス。
筍の麦味噌炒め。
昴はまた、ごぼうチップスに手が伸びる。
飲んでるのはただの水のはずなのに、なぜかとても美味しく感じる。
「……こーいう時間も、悪く……ヒッ……ないですねぇ」
「でしょ!?そうでしょ!?そう思うでしょ!?」
アルタイルは感慨深そうに空を仰いだ。
「僕……よくベガから仕事押し付けられるんです。
基本織物の販売とかですね……。
僕にも……仕事……あるのになぁ」
昴は身構える。
アルタイルが、仕事の愚痴を言い始めた……!
スピカは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。
「僕が牛飼いをしてることは知ってるでしょぅ……?
畑を耕したり、荷物を運んだり……。
だから、ベガは言うんですよ……ヒッ……。
これもついでに持ってって……なんて」
アルタイルはボソボソと自分の仕事を語る。
スピカはうんうんと頷きながら聞いている。
昴は少し距離を取りながら、ごぼうチップスをポリポリ食べている。
「ついでってなんですか……!?
積載荷重とか、限界量とかヒッ……こっちは予算に合うよう調整してるのに!?
たかが布の1枚2枚平気でしょって言うんですよ!」
アルタイルはだんだんとヒートアップしてきた。
酒をクイッとあおる。
「それで僕が……ヒック……僕が渋ってると、積荷に乗って言うんですよ……!
ほら行くよー、しゅっぱーつ!って!!」
ダンッ!
力強くグラスを置く。
力加減は一応しているようだ。
「そうだね、わかるわかる。
それは彼女さんが」
「そうなんですよ!!
かぁーーーーわいいんですよ!!」
アルタイルが徐々に止まらなくなってきた。
酒が無くなったグラスに、また焼酎を注ごうとしている。
見ていないうちに、そっと昴は自分のボトルと入れ替える。
違和感はあったようだが、気にしてはいなさそうだ。
「あざとすぎないですか!?
なんですか!しゅっぱーつって!
遠く指さして!
もう僕が牛の代わりに引いていけると思いましたね!
いいや、行けますね!」
パタッ
アルタイルは電池が切れたように突っ伏した。
どうやら限界だったようで、すぐに寝息が聞こえてきた。
「……えっと、ごめんね?」
「いえいえ、このごぼうチップス、とてもおいしいよ」
昴はアルタイルから目を逸らした。
見なかったことにした。
スピカはその姿をみて苦笑した。
「そうでしょ?
この新ごぼう、今年上手くできたと思うんだぁ」
「そういえば、言われてたな。
豊穣の象徴、だったか?」
昴は水を飲みながら、ごぼうチップスにまた手を伸ばす。
「うん、そうだね。
みんなから言われるんだ。
豊穣の象徴だって。
アルタイルが働いてるように、こう見えて私も働いてるんだよ?」
「自分でこう見えてって言っちゃうのか」
「……私、連星でさ。
シュレアっていう妹みたいな存在がいるんだ」
こっちではスピカBと呼ばれてるわね、と補足する。
スピカは減ってきたごぼうチップスを補充しながら、そら豆を一つ手に取る。
「とても真面目な人……いや、星なんだよ。
こうして飲み歩くなんて、絶対しないような。
だから、今日はさ、実は逃げてきたんだ」
酔った勢いか、或いは誰かに聞いて欲しかったのか。
スピカは少しずつ、告白する。
「逃げてきた?
仕事の途中だったのか?」
「ううん。今日は一通り終わったんだ。
でも、シュレアは真面目すぎる。
明日の、他の誰かの仕事を始めるんだ。
絶対に今やらなくていいし、明日誰かがやる仕事を」
本当に、やめてほしい。
小さな声で、スピカは呟く。
それは少し、悲鳴のようにも聞こえた。
「次の日職場に来たらみんな笑ってる。
今日は少し暇になるかもね、なんて言って。
シュレアも嬉しそうな人を見て笑ってる。
みんな、笑ってるんだ。
私だけが……少しモヤモヤしながら」
ギュッと、少しグラスを強く握った。
その顔からは、怒りではなく、困惑の表情が見て取れた。
「私達連星は、とても近くにあるんだ。
それこそ、一つに見えるくらい。
だから私も思うんだよ。
私も、こうあらなきゃいけないのかなって」
一つに見えるからこそ。
過度に頑張ってる人を見て、自分は頑張ってないように見えてしまう。
きっとこの人は、自分が嫌いなんだ。
「だから……逃げてきた!
ごめんね!
こんな話をして!」
昴は少し悩む。
悩みながら……また一つ、ごぼうチップスを手に取った。
「たぶん僕は、その妹さんが相談室に来たら、頑張ってるね、偉い、という風に声をかけると思うんだ」
人一倍、働いて。
誰かのためになるように。
頑張ってるって認めてあげたい。
「でもそれって、彼女なりに、自分の好きなことに時間を使ってるだけなんじゃないかな」
「……え?」
誰かの笑顔のために頑張る。
頼りにされるから頑張る。
それは承認欲求を満たすためともいえる。
「もちろん、それはとても良いことだ。
褒められるべき行いだ。
でも、目の前にいるスピカがお酒を飲む時間に使うのが好きなように、シュレアさんは人のための時間が好きなんだと思う。
それにーー」
昴は改めて、ごぼうチップスを手に取った。
皿からまた、ごぼうチップスが消えた。
「ーーこれ、とても美味しいよ。
少なくとも、僕やアルタイルを笑顔にすることは出来たんじゃないかな。
……この二人だけじゃ不満?」
スピカは再び、自分の焼酎を見つめる。
妹の行動が人を笑顔にしていたように。
自分の行動も、誰かを笑顔にした。
お互い、好きなように人を笑顔にしたんだ。
「ーーそうね!
私は私の好きなように時間を使う!」
クイッとグラスの焼酎を一気飲みした。
「こんなに美味しいお酒があるんだもの!」
その笑顔は、少し吹っ切れたように晴れていた。
「あぁ!ごぼうチップスもう無いじゃない!」
あんなに作ったのにぃ……とスピカは萎れていった。
「ごめん、おいしくてつい」
「……美味しかったのならいっか。
それじゃ私はそろそろ帰る支度をしようかな」
持ってきたグラスやお酒、お皿を手際よく片付けていく。
すぐにカバンに収納されて、スピカは素面かのようにスッと立ち上がる。
「……ホントにお酒強いですね」
「帰ったら少し飲み直そうかな。
あの妹誘って、久しぶりに。
飲んだら次は妹の好きな時間共有してみるよ」
今回の相談で、スピカと、シュレアさんのつながりになったらいいなと、昴は密かに思う。
「それじゃ、今日はありがとうね」
「こっちこそ。
またお冷の水割りで良ければ付き合うよ」
それは楽しみね、と微笑んだ。
スピカが階段を一段降りる。
「あ、あれも持って帰ってくれないか?」
「あれ?何か忘れてたかしら」
指さした方向は、相談室の椅子。
「……えへへぇ……ベガぁ……」
倒れたアルタイル。
「…………どうかな?」
「私知らなーい」
スピカはそう言って、楽しげに走り去っていった。
翌日、ベガの説教があったのは、また別のお話……。




