15.言葉の行方を探して
デネブからノワールの伝言を受け取って早くも半月が経過しようとしていた。
『あの子の名前を探して』。
それはきっと、ナナには名前があったことを伝えてくれた……のだと思う。
しかし、思い出をいくら漁っても手がかりを掴めずにいた。
どんなに小さな手がかりでも構わないから、何かを掴むために昴は今日も相談室を開く。
星と星のつながりが、いつか手がかりになると信じて。
「今日は来てくれてありがとう、ポルックス」
今日の相談室には、ポルックスが手伝いに来ていた。
「いいんですよ。
困ってるって話は聞いてましたから」
過去に紡いだ星のつながりが、今も昴を助けていた。
「そういえば、今日はカストルは一緒じゃないのか、珍しい」
そう言うと、ポルックスは少し顔をしかめる。
「あ、ああ。そうですね。
付いてこようとはしていましたけど、今日は置いてきました。
……あいつもそろそろ、兄離れをするべきなんです」
確かに、初対面の時ポルックスにべったりだったことを思い出す。
昴はその言葉を、そのまんま受け取った。
「兄離れ……か。
あの様子だと、しばらくは厳しいかもな」
「ホント、それだとまずいんですけどね」
そんな事を喋っていたら、コツ……コツ……と迷いながら階段を上がってくる音が聞こえる。
「ようこそ、相談室へ。
もし相談事があるようなら、こっちの席へ」
「え、あ……はい」
昴に案内され、訪ねてきた女性は席につく。
長く伸びた白髪がふわっと広がっている。
目は完全に隠れており、よく見えない。
寒いからなのか、相当着込んでいることがよく分かる。
そして、頭の上にはハッキリと天使の輪っかのようなものが確認できる。
アルキオネ達と同じBe星の特徴。
「えっと、わたしは、アケルナルって言います……」
席について数秒間の沈黙の後、アケルナルは喋り始める。
「早速、相談なのですが、これを見てもらえますか……?」
言うと、アケルナルは服に手をかける。
「ちょっと!
急に脱ぎ始めないで!
ここはそういう相談はNGで!」
「……え、あ、いえ、その、違うんです。
これを、見て欲しくて……」
見ると、脇腹に何かが書かれている。
『あなたのことを、愛してます』
「……なんだこれ?
落書きか?」
アケルナルは首を横に振る。
次に腕をまくり、見せる。
『絶対に、許さない』
「……先に腕の方から見せてくれたら、あらぬ誤解も無かったのに」
「あ、たしかに、すいません。
ただ、順番的に腕の方はインパクトが強いかなって……」
昴とポルックスは書かれた文字をまじまじと見つめる。
文字を擦って貰ったりもしたが、インクとかとはまた違うようだ。
「わたし、アケルナルはエリダヌス座を構成する星の一つ。
かつて太陽神の息子が墜落し、命を落とした川がモチーフとなっています。
中でもわたしは、川の終わり。
だからきっと、誰かの無念や想いが、わたしの元に流れついてくるのです」
神話はあくまでも物語であり、フィクションだ。
しかし、星たちの中には、そのイメージが影響を与えることもある。
アケルナルはその一人なのだろう。
「……事情はよく分かったよ。
それで相談っていうのは、この言葉を残した人やその遺族を探してほしい、とか?」
アケルナルは昴の言葉に首を横に振る。
「その人たちが生きている確証もありませんし、手がかりもありません。
あまりに無謀すぎると、わたしは思います。
ただわたしは、この言葉をどうするべきか悩むのです」
昴とポルックスはその言葉を聞いて頭を悩ませる。
ポルックスは思いついたように、その言葉に指をさす。
「とりあえず、これはインクとかじゃないみたいだし、消すことは出来なさそうですね。
だったら、カバーメイクで隠すのがいいかな。
塗り直しは必要になるけどね。
最近だとタトゥーのレーザー除去や切除が出来るとは聞くけど有効かは分からないし……」
「……そういうことで合ってるのかな?」
ポルックスのアイデアはもっともだとは思いながらも、昴は横から口を挟む。
「たぶん、どうするべきかって、どう消せばいいのか、とは違うとは思うんだ。
そうだよね?」
「あ、はい、そうです。
宛名も差出人も分からない言葉なのですが、そう簡単に捨ててしまっていいのか、分からなくて」
ポルックスは首を傾げる。
純粋に分からないっていう顔だ。
「だってそれは、他人の未練ですよね。
言ってしまえば、赤の他人の遺言なんです。
見なかったことにするのが一番だと僕は思うのですけど」
「それはそうです。
そうなんですけど……」
言語化出来ないようで、アケルナルは黙ってしまう。
「たぶんだけど、その言葉を残した人の強い想いがあったから、アケルナルに届いたんだよ。
アケルナルはその言葉を無かったことにはしたくない、いや、出来ないんじゃないかな」
「そうです、そうなんです……!」
「強い、想いね……」
身を乗り出して、自分の気持ちが言語化されたことを喜ぶアケルナル。
対してポルックスは言葉にこそしないが、まだ理解も納得もできないといった顔だ。
「それなら……無縁仏とかはどうでしょうか。
あ、いや、宗教が違うからとかならアイデアだけでもなんですけど」
ポルックスは自身の知識を活用しアイデアを絞り出す。
確かに無縁仏という文化は、アケルナルの状況に近いものがあった。
「誰にも弔われない魂の供養のために、みんなで供養するっていう文化なんですよ。
形式的に祈るだけではあるんですけどね。
それでも、誰かに覚えていてもらえる、ということは精神的な支えになると思うんです。
その言葉の想いも、供養できるんじゃないでしょうか」
ポルックスの言葉に、昴は感心したように頷く。
行き場の無い言葉も、これならどこかで行き場を見つけられるかもしれない。
そう思っていたが、唯一アケルナルだけは怪訝な顔をしていた。
「……本当に、それでいいんでしょうか……」
一拍、二拍と続く沈黙に、アケルナルの顔はやや青ざめる。
「あ、すいません……!
せっかく色々アイデアを貰って」
「どういうことなんですか。
是非とも聞かせて欲しいです」
焦るアケルナルに、ポルックスは優しく語りかける。
その顔からは、好奇心にも似た感情が読み取れる。
「……えっと。
この言葉たちはきっと、供養して欲しいんじゃない、と、思うんです。
亡くなった人たちが、現世に想いを残すため、現世に残るための言葉だと、思うんです」
この言葉を残そうとして。
この言葉はアケルナルに沈んでしまった。
「ポルックスさんは、きっと、残す側の気持ちが強いんです。
もちろんそれは、良い悪いとかじゃなくて。
だから、残される側がこの言葉を受け取ってどう考えるかよりも、残す側がどうして欲しいかを考える。
でも、残された人にとって、その言葉は残り続けるんです」
例え赤の他人だとしても、無縁仏に、縁が出来てしまうんです。
ポルックスはその言葉をゆっくりと咀嚼する。
今まで考えてこなかった、残される側の視点。
再び辺りは沈黙に包まれる。
「……すいませんすいません!
わけがわからないこと言いました!
偉そうなこと言い」
「いや、謝らないでください。
それは僕には無かった視点で。
ーー考えなきゃいけないものでした」
ポルックスは立ち上がり、戸棚にあった、瓶詰めの塩を手に取る。
「僕は残されることが無かったですから。
改めて今、考えました。
残される人の、痛みや、苦しみを」
戸棚の塩を別の容器に移し替える。
手元には、容器に入った塩と、空き瓶が残る。
「でも、だからこそ、一人で抱えるのはさらに重く苦しいと、そう思いました。
なので、少し他の人に背負ってもらうのはどうでしょうか」
アケルナルに空き瓶を手渡す。
「例えば、これに言葉を詰めて、もう一度流すんです。
今まではあなた一人が背負う言葉も、今この場で僕たち三人が背負いました。
だからもっと、色んな人に背負ってもらいましょう」
それは供養でも、残す側への配慮でもない。
残された人が、それを重荷と思わないようにという解決策だった。
「エリダヌス川に沈んだ言葉を、もう一度こうして流す。
なんだか、不思議な感覚ですね」
アケルナルは、かつて自分の中に沈んだ言葉を、もう一度すくい上げて水に浮かべた。
あの時沈んでしまった言葉が、今度こそ行くべき場所へと行くように。
そう、祈りながら。
瓶詰めの言葉が静かに流れる。
ゆっくり、ゆっくりと流れていく。
「いつかは、どこかの誰かに届くんですかね」
「届くか届かないかは分からないけど。
でも、どこかの誰かに届いたかもしれない、この言葉を抱えているのは一人じゃない。
そう思うだけでも少しは楽になるんじゃないかな」
不安を滲ませるアケルナルに、昴は声をかける。
ポルックスは、後ろからその様子を眺めていた。
「……ポルックスさんだったら、この空き瓶拾うと思いますか?」
「たぶん、拾うね。
好奇心で。
それでたぶん、後悔もすると思う」
だって、これは言ってみれば、呪いの分散のようなものだ。
「それを見た人の心の中に、ずっと残り続けるんだ。
……たまったものじゃないね」
そう言って、ポルックスは静かに笑った。
それを受けてアケルナルも笑いながら、瓶の行く末を静かに見守っていた。
***
帰路。
一人で夜の道を歩く。
「あっ!お兄ちゃん!」
「カストル?どうしてここに」
見ると木の葉で汚れている。
背中には、カストルと同い年くらいの女の子。
どうやら眠ってしまったらしい。
「ほら、カストル、僕が背負おうか」
「いや、いいんだ、僕が背負ってく!」
ふらふらとおぼつかない足取りで歩くカストル。
何をしてたのか定かではないが、少しだけ成長した、そんな気がした。
ふと、今日の出来事を思い出す。
残される側の立場。
残したものは、ずっと残された人に残り続ける。
それは、呪いのように。
僕はいったい、カストルに。
ーー何を残すべきなんだろうか。




