14.アリアドネを探して
「つまんないの……」
ぼやきながら適当な場所を、当てもなく歩く。
お兄ちゃんが昴くんの相談室を手伝ってくるとかで今日は一緒にいられないみたい。
別に3人でやればいいじゃん。
どうにも、最近のお兄ちゃんはやけにぼくを突き放したがる。
その理由も、だいたい察しはつくけどさーー。
「……ん?」
遠目に、辺りをキョロキョロ見回す少女がいた。
周囲がほんのり明るい。
だいたい……二等星かな。
「ない……やっぱり、いないのかな……」
何か、或いは誰かを探しているようだ。
空を見上げたかと思えば、周囲をキョロキョロして、次はゴミ箱を覗く。
……探し物の大きさも分かってないのかな。
「どうしたの?
探し物?それとも迷子?」
少し怖くはあったが、この退屈の方がよほど苦痛だった。
少女に声をかけにいく。
「……両方。
……あなたはだぁれ?」
警戒しながら、恐る恐る答えてくる。
両方……探し人でもいるのかな。
「ぼくはカストルって言うんだ。
もし良ければその探し人、協力させてくれないかな」
暇だし。
その言葉は胸の奥深くにしまい込む。
少女は少し怪訝な顔をする。
「……笑わない?」
「何を?」
「あたしが探しているのが、アリアドネだって聞いても」
アリアドネ。
神話に出てくる女性だ。
確かテセウスを迷宮から脱出させる手助けをしたとか。
確か、アリアドネの糸だっけ。
「……おかしいよね。
みんな、あたしを笑うんだ。
そんな人、おとぎ話だって」
「でも、本当にいるんだろ?」
少女はその言葉に、少し困った顔をする。
「ごめんね、確信はないんだ。
でも、あたしはアリアドネと一緒にいたいんだよ……」
言ってる意味は、正直分からなかった。
脈絡のない言葉だった。
でも、一緒にいたいという思いだけは、痛いほどに分かってしまう。
「いいよ、探そうよ!」
「……本当に?笑わないの?」
少女の目は若干潤んでいた。
きっと、今まで疑われ続けてきたんだろう。
「どういう事情があったかは知らないけどさ、大事な人なんでしょ?
それならずっと隣にいてもらわないと!」
ぼくと、お兄ちゃんのように。
「……うん!」
こうしてぼくらの、小さな冒険が始まったんだ。
アルフェッカ。
少女はそう名乗った。
かんむり座の最も明るい恒星。
「あたしの星座はね、アリアドネが身につけていた冠が星座になったんだよ!」
「なるほど、だから一緒にいたいんだ」
持ち主と一緒にいたい。
アルフェッカにとって、アリアドネは2人で一つみたいな存在なのだろう。
「それなら、ちゃんと見つけて、今度こそはぐれないようにしないとな」
「うん!
次はちゃんと手放されないよう、しがみついてやるの!」
ギュッとしがみつくフリをする。
その姿はどこか、昔の自分を見ているようだった。
アルフェッカについていって20分程だろうか。
小さな公園に到着した。
「みてみて!
目的地はあそこだよ!」
「……マジか」
小さな丘の上にある展望台。
一応道は整備されているように見えるが、この暗闇のなか、この上り坂を上るのは骨が折れそうだ。
「さあ!いくよー!」
「ま、待ってって!」
言うが早いか、アルフェッカは走り出した。
その後ろを必死に走って追いかける。
ようやく追いついた頃には、丘を半分ほど上っていた。
「ぜぇ……はぁ……よく……ここは上るのか……?」
「まあ、そうだね」
ぼくの様子を見てだろうか。
アルフェッカは歩きに切り替えていた。
息も絶え絶えなぼくとは対照的にケロッとしている。
きっと、アリアドネを探して歩き回っているから体力がついたのだろう。
「……そういえば、アリアドネって、どんな人なんだ?」
息を整えながら、軽く聞いてみる。
「……ミノタウロスのいる迷宮から、婚約者のテセウスを脱出させた人なんだよ。
アリアドネの糸って言って、入り口から糸を伸ばして、帰りはその糸をたどるんだ」
そこまではとても楽しげに話す。
アリアドネの功績を、自分のことのように誇らしげに。
でも、そこからは少し暗い顔をした。
笑顔を作りながら、その続きを語る。
「その後は、いろんなお話があるんだけどね。
あたしが最初に読んだお話では、アリアドネはテセウスに置いていかれちゃうの」
「それは、なんで?」
「それも色んなお話があるんだよ。
テセウスが他の女の子を好きになったとか、島に上陸して休ませてたら亡くなったとか、色々ね。
でも、本当に置いてけぼりにされちゃってたら……きっと寂しい思いをしていると思う」
少し重い空気になってしまった。
パシッと頬を両手で強く叩く。
「それなら尚更、早く見つけないとね!」
「うん!さあ、後少し上るよー!」
ぼくらは丘の上を目指して駆け出した。
今度は、ぼくが前に立ちながら。
「ぜぇ……ぜぇ……」
張り切りすぎた。
体全体が空気を求めている。
幸いなことに、ここの空気はとても澄んでいた。
「……すごい、キレイだね」
「そうでしょ?」
そこからは、星がよく見えた。
今日は特に、雲もなく、月もない。
「きっと、アリアドネもここからあたしを探してくれていると思うんだ。
……ほら!これ!」
言って一枚の布切れを取り出す。
「アリアドネのお洋服の一部だよ!きっと」
ただの布切れじゃないか。
カストルはその言葉を飲み込む。
「それにこの星のマーク!
これはアリアドネが残した印よ!」
木の柵にチョークか何かで描かれた星を指さす。
たぶん子供のイタズラだろう。
アルフェッカはそうしたものを一つ一つ、写真に撮ったり、カバンにしまって保存したりしていた。
……きっと、アルフェッカもアリアドネがいないと思っているのではないか。
だから、こうした小さなものにも縋ってしまう。
「……ねえ!
今あの辺り光らなかった!?」
「……あ!
ちょっと待ってよ!」
そんなことを考えていると、公園の反対側、森の方へと走り出した。
ズザッ……。
ちょっとした段差に足を滑らせる。
「あれ……?
この辺りだった気がするんだけどな……」
アルフェッカはキョロキョロと辺りを見回している。
「……やっと追いついた。
アルフェッカ、急に走り出さないでよ」
「ごめんなさい……。
どうしても気になっちゃって……」
少し叱ると、反省したのかしょんぼりとする。
だいぶ奥の方へと来てしまった。
「さあ、戻ろう、ね」
「……うん」
アルフェッカの手をとる。
はぐれないよう、しっかりと手を繋ぐ。
「……ねえ、カストル?
帰り道、どっち……?」
「……あっち……だよ、うん」
ぼくらはゆっくりと歩き始める。
ーー見覚えの全くない道を。
「……ねえ、カストルはどうして、あたしを手伝ってくれるの?」
歩き始めて40分経っただろうか。
未だに出口は見えてこない。
「……ぼくにも、一緒にいたい人がいるんだ。
だから、誰かとはぐれちゃったとか、そういう辛さが分かっちゃうんだよ」
「……そっか、優しいね」
ぼくが自信を無くしたらダメだ。
出口がこっちだと信じて歩き続ける。
「……ごめんなさい。
あたしが勝手に走り出したから……」
「謝ることは何もないよ。
大丈夫。絶対、大丈夫だから」
不安な気持ちを押し殺し、一歩ずつ進む。
途端、アルフェッカが足を止めた。
「ねえカストル!
これ見て!」
手に取ったのは、赤い糸。
「これはきっとアリアドネの糸だよ!
出口を教えてくれるんだ!」
「……その糸は、どこに続いているんだよ」
手に取ったのは、短く切れた糸だった。
アリアドネの糸は、入口から伸びているから意味があった。
この糸には、何の意味もないんだ。
「……ごめんね。
おかしなこと言って」
「……いや、いいんだよ。
ぼくも少し元気が出るからさ」
実際、そんなことでも言ってくれないと、足を止めてしまいそうだった。
「…………ホントはね、時々思うんだ。
これはアリアドネとは関係ない、アリアドネはおとぎ話の登場人物だって」
ポツリと、そんな告白をする。
「でも、だからこそ。
こうして思い出を作ってるんだ。
アリアドネとの、思い出を。
そうしたら、さ。
いないはずもアリアドネも、こうした思い出になって、一緒にいられるような気がするんだ」
そこにアリアドネはいないのに。
アリアドネと一緒にいる。
「縋っているだけかもしれない。
だけどさ、思い出があれば、どこかで繋がってるって思うんだ。
そこにその人がいなくても、そこにその人がいるんだって」
「……そっか、すごいねアルフェッカは……」
ぼくには最初からお兄ちゃんがいた。
追うべき影に、形があった。
「キミは、アリアドネとの思い出を探していたんだね。
ぼくには、最初から一緒にいたい人は隣にいた。
もしその人が隣にいなかったら、ぼくは……」
どうなっていたんだろう。
そして、その人が隣から居なくなったらーー。
ぼくのその言葉に、アルフェッカは首を横に振る。
「もちろん、アリアドネがいたらいいなとは思うよ。
だから言ったでしょ、探しているのは、物でもあるし、人でもあるの。
それに、あたしはまだ、一緒にいたい人に出会えていないんだから。
ーーカストルのがよっぽどすごいよ」
ギュッと、見つけたアリアドネの糸を握りしめる。
ふと、遠くに、ぼんやりとした白い影が見えた。
アルフェッカの握りしめた糸が、白い影の方に揺れた気がした。
「ねえ、あっちの方行ってみない?」
「……うん、行ってみよう」
ガサガサと、低木をかき分けて進む。
ぼくらの身長だと、肩まですっぽりと覆われる高さだった。
ぼんやりとした白い影は、いつの間にか消えていた。
「ーーぷはっ!」
「ーーたはっ!」
一際大きい茂みを超えると、道になっていた。
その道には見覚えがあった。
「ここ、天文台の道だ……」
「……帰ってこれたの?
……よ、よかっだぁ……」
アルフェッカは緊張の糸が切れたからか、泣き出してしまう。
ぼくもぼくで、少し泣いてしまいそうだった。
「……あれ?」
ふと目についた木の幹に、何かが巻きついていた。
それは途切れた赤い糸。
アルフェッカの見つけたものと、同じ。
「ーーまさかね」
もしかしたら、この糸は本当にぼくらを導いてくれたのかもしれない。
木の幹の糸が風に揺られるのと同時に、少女の糸も静かに揺れた。




