13.道楽を探して
「まさか、あたしが伝言を頼まれるとはねぇ」
夜の暗闇、言われた天文台までの道をゆっくり歩く。
こっちに来たのは久しぶりだったけど、ちょうど来る口実ができて助かった。
「好きなサークル様の薄い本!!
ああ、これを薄いだなんて、謙虚にもほどがある……!
こんなにも、こんなにも厚くて、熱いのに!」
周囲に人影がいないことを確認して戦利品に頬ずりする。
今日は大収穫だ。
気分がいい。
まあ、伝言もさっさと伝えて……。
「あたしに頼んで、しかも、こんな伝言。
それに、相手もあのーー」
ワクワクしてきちゃう。
これは間違いなく恋の匂い。
そう、今日のあたしは気分がいい。
もし、あたしの気に入らない恋だったら、勝手に帰ってやろう。
あたしを満足させる恋、期待しちゃうから。
「……んで、来てみたものの……」
伝言相手は、あの人、神谷昴。
気配を消して、遠くから見つめる。
相談室にいる、とは言っていたけど……。
どうなのかしら。
相手を探している様子もない。
ずっと、相談室の椅子で誰かを待っている。
「……なんなの、これ」
第一印象は、0点だ。
間違いなく。
思いを馳せる?
ふざけないでほしい。
あたしの経験から言わせてもらいましょう。
これは彼女の思い出に縋っているだけ。
ずっと待ちの姿勢。
餌を与えられるのを待つだけ。
……なんでこんなののために、あたしは駆り出されたのか。
むしゃくしゃしてきた。
少し話を聞いて、ぶん殴ってから帰ることにしよう。
今日のあたしが、気分良くなるために。
***
「ちわー!ここが相談室ってやつ!?」
「うわビックリしたぁ!」
唐突に背後から大声で挨拶されるものだから、椅子がひっくり返るところだった。
「あ、ああ、相談室で合ってるよ。
相談事?だったらこの席に」
「どうもどうも。
よいせっ……と。
あ、ここにカバン置かせてもらうねー」
ドン……。
そんな重厚感溢れる音と共にカバンが下ろされる。
土埃が微かに舞った。
「んでんで、相談ってさ、なんでもいいの?」
「ええ、ただ解決できるかは約束しかねるな」
「あー、そんなのいーのいーの!」
手をブンブン振る。
とても軽い感じの人に、昴は若干のやりにくさを感じる。
「あたしはデネブって言うんだ。
知ってるっしょ?
あの夏の大三角の一つ!」
デネブ。
はくちょう座の尾の部分。
夏の大三角を構成する星の一つで天の川の中に位置している。
「デネブってあの!?
どうりで、ベガやアルタイルと同じくらい光ってると思ったよ」
「お、知ってる?
ベガちゃん達もやっぱり来てたのかー!」
先を越されたと言わんばかりに頭を抱える。
「それでそれでさ!
今日は昴くんと、恋バナしたかったんだよねぇ」
「ああ、それが相談内容。
いいよ、恋の価値観とかの話?」
昴は自分の名前を言ったか疑問に思いつつ、話を振る。
デネブはそれに、ノンノンと指を振った。
「あたしはカップルになんてなりたくないね!
断じて嫌だ!
だからあたしは、他のカップルについて語りたいんだよ!」
「な、なるほど……?」
昴はその言葉の意味をなんとなく咀嚼する。
きっと、他のカップルについて話したいということだろう。
……だからといって、昴は何を話せばいいのか分からなかったが。
「やっぱり、王道のベガとアルタイルは外せないわよね!!」
「あの2人は1人でいると逆に不自然な感じしちゃうからな」
「そう!そうなのよ!
分かってるじゃないの!
あの2人が喧嘩もないし、神話みたいなハラハラ感もないし、安心して見ていられるのよ……!」
デネブの言葉に段々と熱がこもってくる。
「あと、この前の2人も良かったな。
アルビレオ、上手くやれてるといいけど」
「アルビレオもいいわよねぇ……。
最近モヤモヤしてたみたいだけど、進展があったようで何よりだわ。
あの2人、付き合っていた頃は喧嘩ばかりだったのよ」
「そうなんですか!?
てっきり、最初からあの距離感だと」
「違う違う、見つけたのよ。
その熟年夫婦みたいな距離感。
でもあの2人は名前が付いたのと同時に色々考えちゃって……!
でも、そのモヤモヤした感じも……!」
ヒートアップしてきたのをクールダウンさせるように、コホンと一つ咳払いした。
「あとは、ミルファクとアルフェラッツも抑えておきたいわね!」
「あ、その2人はまだ会ってないんだ」
「ええ!もったいない!
あの2人は星としてという繋がりこそ無いんだけど、神話としての繋がりで、とにかくラブラブなの!
でもね!ミルファクが少し浮気性なとこもあって喧嘩も絶えない……!
いい!すごくいい!」
思い出したのか、デネブは身を捩らせる。
「恋バナとは違うけど、カストルとポルックスも仲良かったな」
「昴……くん……?」
間違えた。
その言葉が昴の頭の中で反響する。
しかし、その直後ガシッと手を掴まれる。
「さすがよ……!さすがよ昴くん!
そっちの方向性もいけるのね……!
そうなの、あの2人もいいの!
やっぱりあの2人はカストルが受け……?
いやいや、あれはカストルが攻めでこそ輝く場面も……!」
徐々にデネブが輝きを増していく。
それは、爆発寸前の爆弾のように。
「ああ……いい……尊い……!尊い!
あー!超新星爆発するー!
しちゃうのーーーー!!」
「や、やめろーーー!!」
「……落ち着いたか?」
「ごめんね、興奮しちゃった」
デネブは淹れてきた紅茶を一口、口に含む。
「星のこと、よく知ってるな」
「まぁね。
あたしは見守る者だったり、旅する者とか言われるからね。
色んな星を見てきたんだ」
色んな星を見て。
その関係性を俯瞰してきた。
「昴くんはいないの?
そういう出会いとかさ」
「僕には……」
ナナしかいないから。
でも、そのナナはいないから。
「ほら、ここには色んな星が来るでしょ?
例えば、アンタレスとかいいじゃない。
リードしてくれる姉御肌」
「いやいや、確かに可愛いところのギャップも含めて良いとは思いますけども」
「だったら、禁断のベガちゃん?
略奪恋愛しちゃう!?」
「アルタイルに怒られるよ……」
「もしかして……レグルス!?
……ありね!」
「鼻血!鼻血垂れてるから!」
昴は急いでティッシュを手渡す。
「……僕には、心に決めた人が。
……いたから」
「……へぇ、聞かせてくれる?」
昴は少し言いたくないとは思いつつも、ため息の後、要点だけ語る。
「僕はここで、ナナと出会ったんだよ。
相談室を通して、惹かれていった。
……いや、一目惚れだったかも。
それで夏祭りで、思いを伝えた。
でもその言葉は……届かなかった。
星と人は、やっぱり結ばれなかった。
今じゃ、もうしばらく会ってないんだ」
デネブはそれを、茶化すでも興奮するでもなく、真面目に聞いていた。
「……やっぱりもう帰ろうかしら」
気まずくなったからか、そんな事をデネブは呟く。
「相談室を続けてるのはなんで?
そのナナって子の居場所に縋っているの?」
「……最初は縋ることすら出来なかった。
でも、これまで相談室では星と星のつながりを確かに紡いできたんだって気づいた。
……いや、違う、教えてもらったんだ」
スバルに、今まで関わってきた星たちに。
「僕には、今ナナを探す手がかりが何もないんだ。情けないことにね。
一時期は望遠鏡を覗いてナナの名前を叫んでいた。
でも、ナナは、名前じゃないんだ」
どれだけ叫んでも、その名前は彼女には届かない。
彼女が呼びかけに応えることはない。
「僕が相談室を続ける理由は2つあるんだ。
1つは星と星のつながりを持たせるため。
スバルを見て、それでアンタレスからナナの話を聞いて、何かできないかって思った。
もう1つは、女々しいと分かってるけど、このつながりがいつか……ナナに届くんじゃないかってーー期待してるんだ」
そんな昴の独白を、デネブは黙って聞いていた。
まるで何かを、見定めるように。
「……そう。
それじゃもう1つ聞かせて。
そのナナって子のどこが好きなの?
全部なんて適当な答えは期待してないから」
それは茶化すための質問ではないことを、昴は察した。
「……ごめん。僕は彼女の全部が好きなんだ。
赤白い髪、ワンピースが似合うところ、琥珀色の目、可愛い耳、小さな鼻、子供舌。
ちょっと背が足りなくて僕を見上げるところ。
何かを見透かしたようでいて、実は怖がりなところ。
芯の強さも、困るくらいに頑固なところもーー全部。
僕は彼女について知ってきたつもりだけど、彼女は自分について語らない。
まだ知らないところもたくさんある。
でも、そこも含めてーー大好きなんだ」
「それでも、彼女は星だよ?
人間じゃないんだよ?」
星と人。
それは明確な寿命の差。
流れる時の明確な差。
「……そうだね。
僕もまだ、明確な答えは出ていないんだ。
僕は人だ。それは……覆らない。
だから僕は、彼女と数億年分に凝縮された数年を共有したいんだ」
「……残される身にもなって欲しいね」
「たぶんナナにもそう言われる。
僕ってたぶん、僕が思う以上に、自分勝手でわがままなんだ。
ーーナナのことに関してだけはね」
デネブは変わらず、昴を見定めるように見つめる。
そして、一度目を伏せ、一拍、二拍と開けてから口を開く。
「……60点」
「あと40点はなんなんだよ……」
「まあギリギリ合格ってことでいいでしょ」
デネブは満足したように、椅子の背もたれに身体を一度預ける。
そして身体を起こす反動で立ち上がる。
あの重そうなカバンをひょいっと持ち上げる。
「今日はありがとうね!
いやぁ、今日は豊作だったなぁ!
帰ったらまた少し執筆が捗るぞお!」
「はは……それは良かったよ」
***
ダンダンと重い足音を立てながら、階段へと向かう。
埃が僕の目の前で舞う。
少し、掃除しないとな。
「伝言忘れてた!」
わざとらしく、デネブは振り返る。
「『あの子の名前を探して』だってさ!」
あの子の……名前?
あの子って誰だろう。
ナナには名前がないはずなのに。
「これはあの名も無き星の子からの伝言だよ!」
「名も無き星って……!」
ナナのことだろうか。
ナナが僕に、誰かの名前を探させようとしている?
でも、一体誰を……?
「あ、違う違う、そうじゃん、今は名前を付けてもらったんだったっけ」
ーーノワールから。
それは昴が紡いだ、ナナへのつながりの1つだった。




